外伝或いは幕間劇
あけましておめでとうございます
今年がよい年となりますように
本年度もよろしくお願いします
◆短編1◆
この世界にも新年に相当する時があり、それを祝う祭りがある。
エルフ達は簡単な儀礼を各々の村の象徴たる樹木の前で黙礼を行う……早い話がお参りだ。ただし、それだけ。
これに対して、人族の新年を祝う祭りはかなり賑やかだ。派手に飲んで食べ笑い、この時ばかりは領主からの振る舞い酒などもあって都市は上も下もなく賑やかになる。
そして、それを知った常盤は言った。
「そうだ、イベントをやろう」
しかし、予算はろくにない。
当り前の話だ。
何しろ、これまでエルフ達は国家というものが存在せず、集落単位で暮らしていた。統一した国家というものが存在せず、基本は物々交換で事足り、偶に必要なら森で採ったものを人族の街へと持って行って金銭を入手し、買っていた。
当然ながら税金という概念なぞない。
かといって、城砦都市ポルトンを制圧したとはいえ、税金は制度自体がまだまだこれから。現状、ポルトンで得た金はポルトンの維持で精一杯だ。
「ま、いいさ。なら金をかけない方向でいこう」
常盤はそう呟く。
久しぶりに自分の力を使う時が来たようだ、と……使う方向がかなり間違っているような気がしないでもないが。
そして、今。
ポルトンの街の各所に領主というよりヴァルト連盟の屋台のようなこじんまりとした振る舞いの為の場が設けられている。
もちろん、城砦都市ポルトンの住民達にとっては色々な意味で赴き辛い。旧来の住民達からすれば彼らは侵略者には違いなく、取り入った者達はそちらはそちらでさすがに周囲に裏切った住民達がいる中で踏み出すのはなかなかに度胸がいる。
それでもこのまま見ているだけ、という訳にはいかない。何せ、新年を祝う儀式の為にわざわざ新領主(?)が屋台を立ててくれている訳だ。これで誰も行かなかったりしたら、恥をかかす事になるのではないか、と思ってしまえば、後は色々な事が思い浮かんでしまう。
と、そんな彼らの鼻に良い匂いが漂った。
なんだ?
と考えるまでもなく、屋台から食欲をそそる匂いが漂っている事に気づく。
「……なんかいい匂いだな」
誰かのそんな呟きが広がり……やがて一人が思い切って足を踏み出す。どうやら、若者達の度胸試し的な勢いで出て行ったらしい。
向かった先で二つの品が示され……何やら躊躇していた若者は思い切って片方の汁物と思われる椀を手に取るとゆっくりと口をつけ……しばし、停止した後勢い良く食べだした。瞬く間に食い尽くすと隣の黄色い物体に手を伸ばし、それも口にする。
「すいません、おかわりいいですか?」
そんな姿を見せられた人々がこぞって押し寄せるまで時間はかからなかった。
気付けば大勢が列を作り、並ぶ皆の顔も楽しそうな笑顔になっている。
そんな彼らの視線の先では……。
ぺったんぺったん
そんな音を立てて、全て木製の人型が同じく木製の切り株のようなものに、木製の槌を両手に相方とでも言うべき人型と作業をしている。それは一箇所だけではなくあちらこちらで行われており、時折別の人型がつきおわった……餅を回収にやってくる。
そう、お餅だ。
本来餅つきというのは結構な重労働となる訳だが、ゴーレムである彼らは疲れるという事も飽きるという事も知らず、正確に同じ行動を繰り返し続けている。
もち米はどうしたんだ?或いは、そんなものこの世界にあったんだ……なんて思う人もいるかもしれない。
だがよく思い返して欲しい、常盤は植物の精霊王エントである。
そしてもち米もまた植物である。何もエントの能力は危険な植物モンスターを作るだけが能力ではない。ゲームでは演出や趣味の領域……という訳ではないのだが、普通の植物を生やす能力やその成長を促進させる能力というのもあった。事実、現在ブルグンド王国を侵食している広大な森はそうやって作られたものだ。主に常盤自身はゲームでは障害物や地形を変化させた事による地形効果の利用。或いはプレイヤー有志によるイベント時に頼まれて野菜などの食材を提供する事もあった。
そう、常盤は全て自作で必要な食材や道具を賄った訳だ。これならお金がなくても彼のMPが続く限りどうとでもなる。そして、世界樹の若木のMP自然回復数値は桁が違う。この程度の街ならば街の住人全員の腹を満たすだけの食材を出しても夕方にはMPの数値は僅かに減った、かもしれない?ぐらいの誤差の範囲でしかないはずだ。
もち米。
小豆。
大豆。
サトウキビ。
或いは蒸してつき、或いは煮て、或いは煎ってすり潰す。
そこへ抽出した砂糖を混ぜ(さすがに真っ白ではないが)、そこへ出来たばかりの餅をそれぞれに投入する。
そう、ここで振舞われているのは、ぜんざいであり、きなこ餅だった。
実の所、この世界で甘味というものは限られている。南方ではサトウキビに相当する植物があるが、この糖蜜が一般的に知られている甘味の源で、テンサイに相当する植物は認識されていない。このサトウキビと仮に呼んでおくが、その生産量は地元ではそれなりであっても国外へ持ち出されるとなると話は別だ。
外部の需要を満たすには到底足りず、かといって貴重な外貨獲得手段であるサトウキビを国外へ持ち出す事は固く禁止されている。
結果、需要に比して供給は圧倒的に限られ、必然的に価格は高騰し、甘味は基本的に富裕層の物となり、なかなか庶民の口には入らない。結果として普通の人の甘味は果物が一般的となるが、果物は季節が限られている。そして新年というのはこちらでの北半球同様寒い時期に迎え、長らく甘味に飢えているような状況だ。
そこへ提供されたぜんざいやきなこ餅はポルトンの住人達の警戒心を緩和させるに足る効果があった。
そして、これより後、餅はヴァルト連盟における毎年の風物詩となっていくのである。
「美味しいですね、これ」
「はい、お嬢様」
そんな会話をする女の子と獣人の貴族のカップルもこっそり混じってたり。
◆短編2◆
「ううむ困った」
エルフの一人が呟いた。
彼らエルフの新年の行事として、年明けには彼らの祖を象徴する樹木へ集落全員が集まる習慣があった。
これまではそれで良かった。彼らはそう遠出をする訳ではなく、用事があったとしても近隣で済んでいた。
ところが、今年は少々事情が違った。国が成立した結果、当然エルフ達もそれぞれに仕事が与えられ、その中には故郷の集落を遠く離れる仕事且つ後回しに出来ないような仕事も増えた。かといって、まだまだ人数が足りず、誰かに任せるという事も出来ない。
「何とかなりませんか」
そんな嘆願が上がって来たのは仕方がない事だろう。
かといって、無視も出来ない。こうした事を放置してはエルフ達の士気にも関わる。
という訳で常盤はエルフの長老達……はさすがに高齢すぎて集めるのが難しかったので各地から集落の代表者達を集めて話し合いを行った。
「さて、どうすべきか」
テレポートなんて事が出来れば話は簡単なのだが、それが出来るなら最初から問題になっていない。
無論、常盤自身も自身の記憶から提案はした。例えば、イスラム教であればメッカの方向に向かってお祈りをする。同じように彼らの集落の樹木の方角に向かって祈ればいいのではないか、という訳だがそれは一定の理解を得た。
ただ……。
「せめて、何かしらの……そうですね、祈る対象とでも言うべきものが欲しいのです」
そういうものだと決まっていればいいのだが、なにぶん今回が初めての試みだ。故に試行錯誤が繰り返される。
結果として出来上がったものは……。
「おお、何だこれは……ふむふむ、各地の集落の樹木から葉を頂いて……」
そして各地の「大使館」に送られてきたのは何故か注連飾りつきの門松であった……。
が、これが森の外に出ているエルフ達の新年の習慣として根付き、森から出る際には葉を一枚頂いて新年の際に門松に飾り付けるようになっていく事になるとは……。
「想像もつかなかった」
と、当時を知る者は口を揃えて言うのだった。
外伝、もしくは外典の感覚で新年ものネタで書いてみたお話です
次回からはまた何時もの展開になります