遭遇戦
やっと資格試験が終わりました
またボチボチ書いていきたいと思います
……え?試験の結果?……聞かないで下さい(orz
※誤字修正
少し時間を遡る。
常盤によってヴァルト連盟に加わった魔獣達は全てが元の住処に残った訳ではない。
とはいえ、強引に移住させた、というのとも違う。
元々大森林は広大ではあったし豊かでもあったが、魔獣全てを養うにはとうに限界を超えていた。だからこそ、魔獣同士が争い、命を落とし、或いは敗者が人の領域へと出て被害をもたらす、といった事が起き、それは少しずつではあるが数字を見れば着実に増加しつつあったのだ。
そこへ新たな領域が生まれた。
確かに新しく生まれた森林地帯だが、そこは植物を司る植物の精霊王がその力を揮った地だ。それまでの森林地帯と比べても違和感はない。
そして、魔力溜まりとでも言うべき地、そうなりうる地は他にもある。そうした場所が新たに森林に飲み込まれ、大森林と繋がった。森林が拡大した事で自然が豊かになり、新たに魔力溜まりとなりだした地も報告されている。
お分かりだろうか。
魔獣達にとっては新たなフロンティアが生まれた訳だ。
これまでの旧地域から新たな地域へと移住するものが現れるのはそうおかしな話ではない。人と同様に知恵を持つならば、争わずに恵みが約束されている地がそこにあるのだ。人と違いその地から獣から搾取する訳でもなく、新たに拡大した地域である為に先住の住人、すなわちそこを縄張りとしている魔獣なども存在しない。
結果として結構な数の魔獣が新たに移り住んだ。
力の強いもの程、最初は大森林から近い地域を確保していた。
だが、それもその内に崩れた。範囲が大幅に拡大し、大森林地帯に匹敵するような領域が新たに組み込まれだすと、そうした地域の中には大森林の中でも豊か、そう呼べるだけの魔力溜まりを持つ地があったからだ。
結果として敢えて縄張りを定めるのを遅らせ、そうした場所を見極めようとする魔獣も現れ……結果、元々大森林に居を確保していた強大な魔獣が新地域に移住する例も出てきていた。
そうやって新たな住処を確保した魔獣達。
そんな彼らからすれば、人族が再び押し寄せる、というのは不快な行為だった。何しろ、森林地帯はかつてはもっと広がっており、それを次第に削ってきたのが人族だったのだ。
……そんな中に一体の竜がいた。
「また俺達から土地を奪う気か!」
数百年を生き残ってきた強大な魔獣の一体。
竜と呼ばれる種はそうした魔獣の中でも特に強大な種だ。知恵も高く、生体魔術機関も強力なものを兼ね備えている。こうした生体魔術機関は長く生きる程に巨大になり、それを稼動させるに足る魔力も強大なものへと成長してゆく。
赤黒い鱗を持つ「彼」のブレスはかつては火球を一つ打ち出すのが精々だったが(それでも直撃すれば人一人を丸焼けにするぐらいの威力はあったのだ!)、今ではマグマの砲弾を放ち、着弾点を中心に広がった高温のマグマが周囲を焼き尽くす、という凶悪なものとなっている。
それでも「彼」は個としての力には限界がある事も知っていた。なにせ、かつては彼もまた人族によって土地を追われた魔獣の一体だったのだ。
中心に近い領域程強大な魔獣の縄張りであり、当時の「彼」のような年若いものはより人族に近い領域に居を構えていたが、結果としてその地を「彼」は追われた。個々の力として見るならば今は言うに及ばず当時でも自分には遠く及ばない力しか持っていなかった人族。それが集団で優れた連携とコンビネーションによって彼を圧倒し、結局「彼」は命からがら大森林へと逃げ込むしかなかった。
幸い、というべきだろう。
間もなく「彼」は豊かな魔力溜まりを得た。
生きる事に飽いた老魔獣が瀕死の「彼」を拾い、やがて「彼」に自らの地を譲って、いずこかへと去ったのだ。魔獣には時折こうした行動を取るものがいる、というのは魔獣のみが知る事だ。少なくとも千年を超え生き続けたある日、唐突に生きる事を終わらせる事を選び、そうすると彼らは何処かへと導かれるように消えてゆく。まるで彼らに用意された墓場があるかのように……。まあ、人族の間でも魔獣が最期の時を迎える墓場があって、そこにはたくさんの魔獣の素材が最高の状態で転がっている!という一攫千金の伝説はあるのだが。
幸運ではあっただろう。もし、「彼」があのままであればいずれの魔獣の配下となって細々と生きるか、或いは力を失って単なる獣となるかの二択であった訳だから。
そうして元が優秀な竜種である。
それが優れた地を得て、力を蓄えたのだ。その地の主に相応しい力を手に入れるのにそう長い時は必要としなかった。
そんな「彼」であったが、長い長い間思考し続けていた。
何故自分は人族に負けたのか、という事をだ。
個としての力は自分の方が勝っていた。
地の利もあった。
けれど、負けた。
では何が悪かった?何かが自分の敗北の原因となったはずなのだ。
単体の戦闘力ではない。ならば数か?
自身が疲れ、十分に動けなくなった所を攻撃。至極納得いく答えだ。多数いるだけに疲れれば交代し、常に元気な者を前線に立て、持ち堪える。
ここまで思考を巡らせた所で「彼」は気がついた。
戦い方にも自身が敗北した理由がある、と。
ただ数に任せて押し寄せるだけならばこの大森林でもそういう蟲系の魔獣が存在している。そうした無数とも思える蟲系の魔獣はその核とも言うべき女王蟻、女王蜂に相当する存在を潰すまで本当の意味での終わりはない。核を失えば統制を失い、群がばらけてしまう。
そうなってしまえば、群の極一部のみを相手どれば良い。
そう、統制だ。
一つの意志の下、群が整然と動く。それを理解すると人族に自分が敗れた理由も見えてくるというもの。
それは戦術、と呼ばれるものであったが、「彼」はそのような名称は知らない。知らずともそれを考え、運用する事は出来る。無論、それは長年同族同士でも戦い、洗練された人族のものと比べれば拙いものだ。だが、重要なのは魔獣が思考し、戦術を使う事を覚えた、という事。
若くとも強大な種である竜であり、豊かな魔力溜まりを持つ彼の縄張りには複数の魔獣が彼の許可の下生息している。
時折そこへ余所者が現れる事がある。
ただ、許可を得て生息する事を選ぶならば問題はない。けれども時にはその土地を狙い、更にはそうした土地を狙う魔獣が結託し、複数でやって来る事がある。
彼らとて必死なのだ。何とかして土地を得なければならない、そう考え、けれども単体では足りないから群れる。群れて劣勢を補おうとする。
実の所、魔力溜まりに座す相手がどの程度の相手か、など対峙してみなければ分からないのだ。だから彼らは勝率を少しでも上げるべく群れて、挑んでくる。少しでも勝率を上げる為に……。
かつてはそれを鬱陶しいと思っていた。
情けない、と見下していた。
違うのだ、弱者である事は恥ではない。群れる事も恥ではない。
「勝った者こそが正しいのだ」
極論すれば生き残る事。
最善ならば縄張りを守りきる事。敵ならば縄張りを得る事。
それが出来るならば、手段を選ばない事は恥ではない。むしろ、積極的に行うべき事だ。
そう考え、巣にある時は思考を巡らし、考えた。
そうやって「彼」は数百年を過ごし、力を蓄え……常盤と遭遇した時、諦めた。
冷徹に戦力を分析し、今の自身に勝ち目がない事を理解した。
群を統率して戦ったとしても万に一つの勝ち目もないと。
ならばどうする?
勝てないのならば、生き残る事が最優先。それさえ出来るならば……まだ機会はある。
幸い、というべきか。常盤から出された話は縄張りを奪う、という話ではなく、受け入れても問題のない話であった。
と、同時に「彼」は常盤から幾つもの「知識」を得た。
そう、それは彼がこれまで漠然とした考えの下思考錯誤してきた「戦術」という存在に関する事。
歓喜した。
これまで「彼」の支配下にある魔獣達に戦術を身につけさせようとしても理解せず、ただ「彼」が言うから、或いは本能でその方が良さそうと判断して従っていたに過ぎない。
極稀に、というか現在彼の実質的な側近とでも呼べる魔獣、純白の毛並みを持つ老猿の魔獣で実力者ではあるが実に穏やかな魔獣だ。
ここへ流れてきたのも争いを嫌ってだったぐらいだ。
だが、「彼」とその魔獣だけが頑張っても限界はある。そこへ戦術、という正式な知識がもたらされ、人族の書物を常盤を通じて手に入れる算段もついた。
人族のものなので小さい、との事だったがそこら辺は問題ない。図体が大きいからといって細かい事が出来ない訳ではないのだ。ページをめくるだけならば念動の魔術でどうとでもなる。そうして、老猿と竜は語り、相談し、少しずつ知識を学びながらしばらく前に現在の地へとやって来た。
別に移住するとか、強制移転とかいう理由ではない。
ただ単に常盤が幾体かの魔獣に協力を要請し、それに応じただけの話だ。
魔力溜まり。
これが原因だった。
魔力溜まりと一口に言うが、これが常盤にはよく分からなかったのだ。「ここが魔力溜まりと呼ばれる地です」と言われてにどこが違うのかさっぱり分からなかった。
常盤もエルフ達も、そして魔獣も知らない事だが、実はこれは当然の話で、植物の精霊王である常盤はそれ自体が世界法則の一つとでも言うべき存在だ。つまり、魔力溜まりが自然の生み出す現象の一環である以上、自然そのものの形態の一つである精霊王は魔力溜まりといっても当り前にしか感じられないという……分かりにくければ精霊王にとっては魔力溜まりも「あ、道端に草が生えている」ぐらいの感覚でしかないと思ってもらえばいい。
この為、魔力溜まりが発生しているか、に関しては魔獣に協力を依頼するしかなかった。
鮫がはるか遠くから血を感知出来るように、魔獣もまた魔力溜まりを感知出来る。幾ら魔力溜まりが必要だと言っても常に浴び続ける必要がある訳でもない。
かくして魔獣達が幾体か動いた。
数が限られたのは機動力があるかどうかが問われたからだ。飛行能力を持つ竜種や、空を駆ける力を持った魔獣、或いは影を渡る魔獣などのただ地上を駆けるだけの魔獣を大きく上回る機動力を持つものが優先だった。これならば広範囲を一気に調査出来る。
そうして有望そうな魔力溜まりが見つかれば、はぐれ魔獣を移住させ、魔力不足による凶暴化を避けると共に将来の進化した魔獣の数の増大も狙っている。
そんな中、竜たる「彼」は少々他とは違う変わり者でもあった。言い方を変えれば若かったとも言える。
他が用事を済ませた後、再び元の塒に戻ってしまうのに対して、「彼」は積極的に各地を回った。
これまでは自らの持つ魔力溜まりを余り長期間離れる事は出来なかった。理由は単純、奪われるからだ。
強大な主が留守、となれば本来は奪うのが無理な連中でも奪う事が出来る。
そうして、主が留守の間に強引にでも魔力を取り込む事が出来れば、一時的にでも肉体を強化する事に成功する事がある。無論、所詮は一時的なものではあるが主を倒せればそこが自分のものになる訳だからそれでいいのだ。
それにこれまでは他の主の縄張り、言い換えるなら領地に侵入する事も出来なかった。
しかし、だ。
それらが一気に取り去られたのだ!
ヴァルト連盟という一つの組織の下に大森林地帯は取り込まれた。反旗を翻した魔獣はあっさり叩き潰された。
結果として、彼の縄張りとしていた魔力溜まりは保全されて、彼のものとして認定された。もし、それを無視してその魔力溜まりを奪おうとした所でその後に待っているのは「強盗」認定された挙句の死だ。……普通の強盗ならここまでの厳罰は取られないのだが、魔力溜まりの強奪は後々極めて厄介な事になりかねないのでここまでの厳しい対応になっている。実は先に出た「一時的な強化」という奴が曲者で、強引な魔力の取り込みに失敗すると一時的な魔力溜まりの枯渇による周辺環境の悪化に、強化失敗による魔獣の暴走による被害拡大という事態が発生してしまうからだ。
こうなってしまうと、例え暴走した相手を倒しても元々の魔力溜まりは弱体化してしまうし、最悪そこの主がそこでの自身の維持が不可能に陥って、周辺の魔力溜まりを襲い……と連鎖的に事態が悪化する危険すら存在している。事実、過去には大暴走と呼称されるエルフ達の間でも悪夢とされる、一時的にエルフと魔獣の大半が協力して立ち向かった事件すらあったようだ。
という訳で、主が留守の間に……なぞと考える輩の徹底排除が『法』によって定められ、魔力溜まりの強奪は特に重い処罰となり、現在では「彼」が多少留守にした所で奪われる心配など不要という状況だった。
まあ、敢えて既に主のいる魔力溜まりを奪わずとも、新しく領域が広がった事で生まれた幾つもの魔力溜まりを任せてもらえるようになった方がお得、という事情もあったが……。
かくして、自由に出かけられるようになった「彼」は割りと自由に各地を回り、魔獣を編成する行動を行っていたのだ。
常盤にした所で、それはむしろ望む所。
これが反乱を起こす為、というならともかく、「彼」はむしろ積極的に常盤の所にやって来ては「これこれこういう事をやっているが、こういう問題が発生している」といった相談を持ちかけ、戦術戦略に関して熱心に学ぼうとしていた。
だからこそ、常盤もグランドデザイン、将来的な魔獣の再編の予定を一部の半ば以上引退しているものを除き魔獣達に示す事で「彼」をヴァルト連盟の組織に組み込み、魔獣方面の担当として動かす事を選択した。
そうして飛び回っている時に今回の討伐軍が発生した。
そうして、彼らは新たに広がった森へとやって来た。
その行動は「彼」の怒りを呼び起こす行為となった。
『また俺達から土地を奪うのか!』と……。
……人族からすれば現状は「自分達の土地を奪われたから奪還」となるが、数百年を生きる魔獣からすれば「お前らが奪った俺達の土地を取り返しただけ」となる。
そう、かつてこの領域も自然に覆われていた。
人族からすれば長い長い時間をかけ、何世代にも渡り、先祖代々に渡り開拓してきた地。
人族視点からすれば遥か昔から生きてきた魔獣にしてみれば、土地を強引に奪われた当事者がまだ生きている状態。
当然、その視点は違う。
両者共に「その(この)土地は自分達のもの」だと考え、そしてそれは両者共に正しい。
人族が奪ったのは確かだが、それは彼ら視点からすれば遥かな昔の話であり、子や孫どころではない時が過ぎ、奪った後多大な投資をして開発してきた。
魔獣からすれば自分達が長らく平穏に暮らしていた土地をいきなり武力で奪い、自分達も殺されかけた。当然、そんな奴等に正当な権利なんぞない!と言いたくはなるだろう。当事者が生きていた頃に言えばいいじゃないか、と思うかもしれないが、殺して奪おうとした相手に苦情を言った所で受け入れるとは思えないだろう。この世界には人族と魔獣双方に公正な裁判所などないのだ。
故にそこにあるのは力によって結果を示すのみ……。
それが今のこの世界におけるルールなのだ。
だからこそ、人族はこうして彼ら視点では正当な彼らの土地を奪還するべく押し寄せた。
これに対し、「彼」は周囲の魔獣を掻き集め、それに対抗すべく動いた。
集まったのは二百弱、といった所だが相手も千程度。十分勝機はある。
(……連盟の軍勢そのものはまだ到着しておらん。ここで一当てして押し返すなりしておけば時間稼ぎにはなろう)
「彼」とてここで人族全軍をこれだけで撃破出来るとは思っていない。
それどころか、少し手間取れば奴等には援軍が来るだろうと予測も立てていた。
そこまでは完全に「彼」の読みどおりだったのだ。
先頭に頑丈な魔獣を置き、脚の早いものは別途まとめ、空を舞う少数もまた別途まとめる。
今回は正式な部隊としてではない為、即興での構成だが然程悪い編成ではなかろう。
そう、思っていた。
そして、事実序盤は「彼」の思惑通りに事は進んだ。
人族の先遣隊は足の速い部隊、すなわち全てが騎兵であった。
だが、如何に人族の中では速いとはいえ、所詮は地を駆ける部隊、空を舞う魔獣にはその速度では到底敵わない。
空を抑えられた事を悟った先遣隊の隊長は早々に離脱を断念し、反撃に出た。
「突撃!!」
この判断は間違ってはいない。
何故なら、騎兵というのは根本的に防御には向いていない戦力だからだ。
何が向いていないといって、馬というのは結局の所動物であり、またその全身を覆う鎧を身につけるという事はさすがに無理だ。やってやれない事はないだろうが、金もかかるし、大重量によって機動性も落ちる。弱い地盤では最悪崩落や嵌り込んで動けないという危険すらあるだろう。
つまり、防御しきれないのだ。
そして、馬から落ちれば騎兵は所詮歩兵に過ぎない――それも中途半端な。
重歩兵のように防御を担える訳でもなく、軽歩兵のように身軽さを生かして動くでもなく……北方の地方騎士団などはそうでもないが、東方に向いた騎士団の中には馬から落ちたら身動きが出来ない程の大重量の鎧を纏っているようなケースも実在する。(尚北方南方の騎士団が全身鎧を用いないのは後者は言うまでもなく暑さや水の問題であり、北方では……酷い寒さに晒された金属とは時に凶器となるからだ)
だが……。
そこへ撃ち込まれたのが「彼」のブレスであった。
通常の魔術よりも射程が長く、空から撃ち込まれた一撃。
マグマの砲弾が大地を穿ち、その熱で馬を怯ませ、一定時間の後魔術の効果が切れ、消滅する。
しかし、この立て続けに三発撃ち込まれた攻撃によって突撃を開始したばかりの騎兵部隊は大混乱に陥った。酷い者では棹立ちになった馬から振り落とされた挙句、自身の馬に踏み潰された者すら存在した。
そこへ大地を駆ける魔獣が突撃した。
混乱しつつそれでも先遣を任される部隊だけあってそれに何とか対応しようとした騎兵隊ではあったが……最早勝敗は見えていた。
防御に向かぬ騎兵部隊がその武器である突撃の勢いを失った所へ逆撃を喰らったのだ。
持ち堪えられるはずもない。
更に、側面を回り込んだ高速の……狼や兎の魔獣達が突き、勝敗は決した。
混乱の中、次々と戦果が上がっていく事に満足し、「そろそろ撤退を命じるか」と考えていた。
先にも述べた通り、「彼」は人族がやがて援軍を送り込んでくるであろう事を予測していたし、その全てを今の不完全な部隊で受け止める事は不可能だという事も重々理解していたのだが間もなく異常に気付いた。
「……魔獣の統率が乱れた?」
最初は多少の乱れはあれど中心の竜種の命令に従って動いていたと思われる魔獣の動きが途中から変わった。
血飛沫を上げて倒れる人族の姿に興奮したのだろう。ある魔獣は目を真っ赤に輝かせて人を喰らい、またある魔獣は先程までの行動が嘘のように狂ったように暴れだし、結果として他の魔獣を巻き込んだり、魔獣同士で倒れた獲物を奪い合って喧嘩を始めたりしている。
酷いケースとなれば、他の魔獣を襲うものも出ている。
「いかん!」
個では駄目なのだ!!
あくまで集団でなければ!!
バラバラの統率が取れていない状況で援軍よりの攻撃を受ければ……どうなるか。
駄目だ、駄目だ、駄目だ!!
バラバラに戦っては駄目なのだ!
俺に従え!!
そう空から吼える。
だが、本能に突き動かされる魔獣達には届かない。
今や仮にも統率が取れているのは空を舞う魔獣達だけ。それすら眼下の混乱に次第に興奮しつつあるように感じられる。
やむをえん。
そう歯噛みしつつ、空まで混乱するよりはと先に後退させる。
何とか魔獣達の混乱を鎮めなければならない。
「彼」は自分の力をよく理解している。
彼の力ならば、増援が来たとしてもある程度ならばそれを撃退する事も足止めする事も出来るだろう。
……だがそこまでだ。
ただ一体の「彼」だけではやがて魔力が尽きる。
大規模な生体魔術組織を備えた高位魔獣は確かに人のそれより遥かに容易に魔術を発動させる事が出来るが、巨大という事はそれだけ魔力の消費も激しい。
年を重ねた「彼」であってもそれは同じ事……何十発何百発も放てるような代物ではない。先の攻撃で三発に抑えたのもそれが理由だ。
つまり、敵を抑えるにはどこかで限界が来る。
(その前に混乱を抑えて、撤退させられるか……?)
難しい。
そう思わざるをえない。
思い返してみれば、あの状態は「彼」にも覚えがある。
魔獣と一口に言ってもピンキリだ。今回は急ぎ集めた為に比較的獣に近いものが多かった。だからこそ、当初はともかく本能を刺激する状況が強まった結果、理性が吹き飛んでしまったのだろう。こうなると、普段押さえ込まれている本能が解放されただけに、面倒だ。
こういう場合一番手っ取り早いのは沈静効果を持った植物の汁を用いる事だ。興奮を静める事で理性が本能を押さえ込める状況を作り出す。
だが、常盤なら簡単な事でもこれだけの数の相手を即効どうにかするのは「彼」には無理だ。
ならば……後は一つのみ。
より大きな精神効果で上書きする。竜種の持つ生体魔術組織を用いた効果の中でも比較的有名な「恐慌の咆哮」である。
だが、これも問題がある。
あれは距離に反比例して効果が薄れる。
至近距離ほど威力が高く、遠く離れる程効果は薄れる。まだ草食系の魔獣ならばともかく、肉食系の魔獣の血によって興奮した状態を解放するとなると距離を詰めなければならないだろう。
そして、上書きする、という事がここで問題となる。
本能で興奮している状態から、恐怖で恐慌状態に陥る状態になってしまうという事だ。
正直、どちらが早く収まるか検討がつかない。
しかも、援軍の速度次第ではまだ興奮状態で暴れさせていた方がいいとも言える。恐慌状態に一旦陥ったら確かに魔術が切れ次第理性が戻るだろうが、この魔術は一度発動させたら一定時間は切れない。そして厄介な事がいまひとつ。
……「彼」は自身の咆哮の正確な持続時間を知らない。
自分の能力なのに分からないの!?と思うかもしれないが、これまでそれをいちいち計る必要はなかった。吼えれば、抵抗に失敗した者は怯え逃げる。それで良かったからだ。人もそうだが、必要なければわざわざしなくても特に問題の起きていない事をするのは極一部だろう。
もし、予想以上に長く続いたら?
丸一日は効果がありました、など笑い話にもならない。間違いなくその前に援軍が来るだろう。そちらも恐慌状態に陥らせる事が出来れば或いは、とも思うが……。
(いや、抵抗される、或いは抵抗の魔術を用いられると思っておいた方が良かろう)
彼ら竜種は強く、有名だ。
有名ゆえに一般的な能力は魔術を使える者ならば大概知っていると考えるべきだ。ブレスならば吐いてくると分かっていても防ぐのは困難だろうが、恐慌の叫びは他にも使う種族がいる、という事もあって割かし対応方法が知られている、らしい。
そうして「彼」が悩む間に援軍の到着が始まった。
これで興奮が沈まれば、とも思ったが実際にはその正反対。
興奮が拡大し、戦線は入り乱れ、ぐっちゃぐちゃの状態に陥った。
人族側もここまでの混乱状況とは思わなかっただろう。
攻撃するにしても、現状では仲間ごと吹き飛ばすような事になりかねない。更に上空からは「彼」のブレスが……。
もはやこれまで、とばかりに「彼」も援護を可能な限り行い、撤退!撤退だ!と叫び、やがて後退してゆく。
最終的に地上で躯を晒した魔獣はその地上参加したもののおおよそ三分の一に達した。
一方、人族側も甚大。
先遣隊は隊長クラスが軒並みやられ、壊滅状態。これは隊長達が食い止めるべく奮戦した結果でもある。
双方痛み分け、というのが真相ではあるが……相手を撤退させ、こちらが占領したという事をもって、初勝利だと喧伝する事になる。
彼らには一刻も早い勝利の報が必要だったからだ……。
簡単ながら、先遣隊と魔獣部隊の戦闘でした
簡単に当たって、時間稼ぎ、のつもりが「彼」の思惑を超えて戦場が拡大
さて。次は常盤に会ってからになりますね、侵攻軍への対策を考える司令室の