表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
25/39

ブルグンド派遣軍

お待たせしました

ちょっと私事によってしばらくは手間取りそうです……

いや、資格とかの方でちょっと…

 ブルグンド王国の国内を整然たる軍勢が行進する。

 万を優に超える軍勢、総数実に四万以上。

 ただし、その軍勢に正規軍の姿はない。

 オルソ騎士団含め王国の正規騎士団は複数存在する。三つというのはあくまで王都駐留の部隊であり、緊急展開用の部隊でもある。これは動かせない。

 何せ、その三つの内の一つ、オルソ騎士団が大打撃を受けたばかり。数だけならば補充出来たとしてもそれらはいずれも予備を構成する従騎士や新人が大多数。失った経験豊富な人員には到底及ばない。半数以上は生き残っているのが幸いとばかりに猛訓練に励んでいる、というのが実情だ。

 当然、そのシワ寄せは他の二つの騎士団にかかってくる。

 通常ならば出撃、非常待機、訓練兼休暇というローテーションの最後がなくなっている、という状況だ。

 

 かといって北方と東方の地方騎士団は動かせない。

 これらはいずれもが各地域の要となる軍勢。他国との紛争が発生した際の戦力だ。

 南方はまだまだこれからであったし、そもそも船による戦力が構築されつつあった。

 西方は……専門の騎士団は現在存在しない。というか、城塞都市ポルトンのマノ伯爵家が実質それを担っているような状況だった。それはまあ、西方には他の地域と比べて明確な国、というべき相手が存在しておらず長らく戦乱もなかったのだから下手に戦力を貼り付けても無意味になるだけだ。

 まあ、それでもマノ伯爵家にはきちんと王国から本来よりも大きな戦力を維持する為の費用も出ていたし、ポルトン建設時には王国から正規の職人魔術師が派遣されていた。

 が、しかし、だ。

 幾らそうしていた、と言っても所詮は実戦経験のない一貴族の私兵集団に過ぎない。

 この西方は比較的盗賊達も少ない。それ自体は実に簡単な理由で実入りが少ないからだ。

 既に開発が進み、都市と都市が繋がる北方や東方、諸島連合との貿易で賑わう南方と比べると亜種族との国境に接し、交流も極一部で開拓民に近い状態であるブルグンド王国西方は他三方と比較すると貧しい上に通りがかる商人も限られている。それにしたって大商人なんてものは城塞都市ポルトン辺りまででそこから先は大商人が未だルートとしていない地域に足を運ぶ小規模商人が殆どだ。

 必然的にこの地域の盗賊などは猟師兼業、みたいな事になる。盗賊だけじゃやっていけないからだ。

 大抵の場合は、盗賊なんて楽をしたくて足を踏み外した者か、どうしても追い込まれて盗賊の道へ足を踏み入れた者。まずもっと簡単に財が得られる可能性のある他の地方へ向かい、結果的に盗賊の数も明らかに少ない、となる訳だ。

 そんな地域だからマノ伯爵が常備する戦力でも実戦経験のある者は限られる。

 大抵の連中は精々が街中の喧嘩、少し経験のある者で魔獣などの討伐任務や極僅かな例外とも言える盗賊の討伐、といったくらいだ。

 それにしたって、本当に危険な魔獣は大森林地帯から出てこず、エルフ達がいるので外に出てくる魔獣は縄張り争いに敗れて追い出された弱めの魔獣である事が大抵だ。

 本当に危険なレベルの魔獣となると見えざる風の弾丸をブレスとして放ち空を舞う風翔熊なんて記録もあるのだが、生憎ここうん十年そこまで危険な魔獣が大森林から姿を現した記録はない。

 尚、ここで言う魔獣とは魔力溜まり、魔力が溜まる場所に巣くった獣が長年の間に体に魔力が馴染み、それまでとは異質な生物と化した存在である。

 大体一部の瘴気とも言えるものを除き、魔力が溜まる場所というのは自然の恵みに満ち溢れた生命にとって素晴らしい環境である為、そこを縄張りとするのは強力なものが多く、大抵の場合はそこから追い出されるような事はなく、わざわざ獲物の少ない場所へと出て行く事もない。

 だが、そんな魔獣の子は最初から魔獣として生まれてくるし、そうして新たに生まれた魔獣の全てが自分の縄張りを得られる訳ではない。

 結果として、弾き出される魔獣がどうしても出てくる訳だ。

 そうした魔獣は縄張りの外をうろつき、時に人里へと出現し、更に時には人の味を覚え、極めて危険な存在となる。これらの討伐任務に就いた兵士ともなれば経験も馬鹿にならない……という訳ではない。何しろエルフ達は普段、そうした魔獣を森の中で相手にしている訳だから、一般的なエルフならばこうした兵士を上回るだけの力を持っている。

 では何故人がエルフに勝てるかといえば単純な数の問題だけであったりする。何せ、これまではエルフ達は小さな集落内で閉じこもっていたのだから。

 

 そんなエルフ達が国を興した。

 そうなると人族の側はエルフを確実に上回るだけの軍勢を用意する必要がある。

 確かに歴戦の兵士ならばエルフとでも互角に戦えるだろう。

 だが、そんな兵士は貴重であり、数も限られる。

 これに対し、エルフ達はいずれもが人に比べれば精兵に等しい。無論、これまで軍律がなく、個々や小集団で戦ってきたから大規模戦闘では人族に一日の長があるかもしれないが、魔獣蠢く大森林地帯で暮らし、長い生故に武術と魔術に鍛錬を重ねた者達だ。

 本来の救いはエルフの数が少ない事、だったはずだがおそらくエルフは森の魔獣と盟約か何かを結んだのだろう、そう魔術師は推測していた。

 魔獣というのは単なる獣ではない。

 中には高い知性を誇るものとて存在するのだ。

 彼らとて大森林地帯が削られるのは住処を奪われる事を意味する。それを理解するだけの頭もある。

 人族は先だってのポルトン攻防戦でエルフ陣営に魔物が多数存在していた事をそう解釈していたのだ。

 そして、実際それは現在では決して間違っている訳ではない。

 常盤がそうした魔獣を説得したのだ。

 ……主に拳で。

 いや、実際に振るった訳ではない。それはどちらかと言えば「砲艦外交」と呼ばれる類のものだ。

 広大な大森林地帯の魔獣、その中でも魔獣を統べる……そう、魔力によって肉体を根本的に変質させ、長年生き続けて高度に心と知性を発達させた魔獣は自分の縄張りの中で節度を守るならば他の魔獣の存在を許す程度にまで発展させたある種の領主、王とも呼べる存在達は自分達が勝手に暴れ回れば、肝心の大森林すら荒れてしまう事をよく理解していた。

 また、同じ魔獣といえど幼い子らを無闇やたらと傷つけない程度の理性もあった。或いは子を育てる環境を求める母などに手を差し伸べる事も……。

 そんな魔獣達は総じて巨大だ。サイズの違いこそあれどこればかりは例外はない。

 しかし、だ。

 そんな魔獣達だが精々がとこ二十メートルに達するかどうか、だ。

 彼らは生態系を乱す存在ではない。

 というか、魔力は生態系を乱してしまえば地脈も乱れ、やがては魔力の衰えから魔獣自体が衰えていく。そうして、魔獣が力を失う事で再び自然は元へと戻っていく。

 そうして、一部の魔獣は比較的自然以外では潤沢な魔力を持つ亜人や人族から不足する魔力を奪おうとして襲う訳だが……。

 つまり、魔獣とは魔力を糧としているのであり、その魔力は豊かな自然が潤沢な魔力を生む。必然的に長く生きるもの程自然の守り手となっていく訳だ。そんな彼らの体も生態系に合わせ、サイズにも限界がある、訳だが。世界樹の若木たる常盤はその本来の姿は優に五百メートルを超える巨体である。そして、自然の化身そのものたるその体には膨大な魔力が宿っている。

 野生のままの魔獣は本能で腹をさらけ出して降参の姿勢を取り、知性を持つ魔獣は一瞬で勝てないと理解して、一部渋々ではあったものの協力を約束したのだった。

 もっとも無理強いして戦場に出そうという訳ではなく、あくまで協力要請だ。

 軍などに入った魔獣を統率する魔獣などは森を彼ら曰く開拓し続ける人族に対して怒りを抱いていたモノなどが多い。

 それ以外の魔獣は基本森の各地、彼らの縄張り一帯の管理者としてヴァルト連盟の一員として登録し、時折要請に応じる以外はこれまでと同じ生活を約束されている。

 一見義務が課せられただけに思えるが、彼ら自身が野生に生きる以上強いものに従うのは仕方がない、と判断している面があるのに加えて、これまでは縄張りが不調、水の流れが変わったり木々に病気や天敵の蟲が発生したといった場合に陥った際の手助けが期待出来るようになったのだから悪い事ばかりではない。

 

 と、話が長くなったが、かくなる訳で現在のヴァルト連盟軍は決して馬鹿に出来るようなものではなくなっている。

 無論、そこまで細かく詳細をブルグンド王国側が把握していた訳ではないが、この引けない一戦において戦力をケチるなどありえない。

 が、同時に一部の者は「負けた場合」も考えておかねばならない事を重々理解していた。

 故にこの一件に関してはカペサ公爵とガルガンタ侯爵は結託した。

 最悪に備え、カペサ公爵はヴァルト連盟に話を通じ、貴族の暴走が起きたと管理不行き届きを謝罪し、何とかしてくれた場合国として承認する旨を出している。

 この事はガルガンタ侯爵含めた本当に黙っていられる者にしか知らされていない事実だ。

 ……下手な人間に話して、口を滑らしでもしたら目も当てられない。最悪、内乱が発生する危険すらある。

 

 「さて、ここまでは順調だった訳だが」


 ガルガンダ侯爵他、総司令部を兼ねる幕舎に集まった顔触れは大きく分けると三つある。

 一つは渋い表情、一つは楽観的な表情、最後が何も考えていない顔、である。

 無論、ガルガンダ侯爵のような将たる立場にある者は敢えて感情を表に出さないように気を配っている。

 

 「奴らとてこのままポルトンを再奪還されるのは望みますまい。その前に戦端が開かれるのは確実でありましょう」

 「つまり奴等がこの先にて陣を張っている可能性は高いという事だな!」


 などともっともらしく語っている者がいるが、ガルガンダ侯爵からすれば舌打ちしたい気持ちで一杯だ。

 気分は完全に渋い表情をしている者の味方であったりする。

 確かにここまでは順調に進んでこれた。……だが、それはあくまで平野部だから、だ。ここから先はそうはいかない。……森林地帯だからだ。

 

 無論、この地域に大規模な森林地帯など残ってはいないはずだ。

 であるのに存在する。

 間違いなく、ヴァルト連盟が関わっている地域であろう。

 どういう手法を用いているかは分からないが、酷く急速に森林地帯が拡大している事は聞いている。そして、その報告が真実とするならば……。


 『森に悪意を持って踏み込んで帰って来た者はいない』


 ただ森の恵みを分けてもらいに入った者は普通に帰って来れている。

 どころか、森の獣に出くわしても見逃されたという話がある。

 反面、王国が調査の為に派遣した者は誰一人として帰って来ない。まあ、何も知らない村人について素直に森の恵みのみの採取に留めて素直に帰って来た場合は帰って来れるらしいので、一定以上の奥に足を踏み入れると危険なのだ、と理解されている。

 さて、そんな場所へ踏み込むかどうか、それが問題だ。

 森林地帯へ大軍を突っ込ませるのは間違いなく非効率的だ。大軍を活かすのに最善の地は平野。見晴らしの良い下手な小細工の効かない地、それが良い。

 反面、山岳地帯、森林地帯などというのは少数の側に利がある。身を隠す場所が豊富にあり、起伏に富んでいたり、崖などの高低差のある地形、生い茂る木々は容易に視界を遮り、はびこる根が統一した行軍を阻んで重い鉄鎧での行動を困難にさせる。

 そんな地形では騎士の鎧など邪魔なだけであり、軽装の皮鎧に狩人としての技術が役立つのだが、生憎そんなものを持っているのは極一部に過ぎない。

 無論、ガルガンダ侯爵らは事前の情報収集でそういう事が可能な部隊の必要性を理解していたし、準備しようと試みもしたのだが、これまでそんな部隊の必要性は極一部だった。盗賊などの山狩りにした所で、彼らは死に物狂いで反撃をするよりも逃亡を図ったからだ。盗賊が行うのは戦争ではなく、略奪であり、包囲されたならともかく逃げれるならさっさと逃げた方がいいからだ。

 そういう連中の逃げ道を限定し、逃げる可能性の高い方向に兵を伏せ、待ち伏せして捕縛、或いは殺害する。

 それが一般的な山狩りであり、戦争としての活動ではなかった。

 

 (このまま進めばみすみす相手に勝利を献上する事になるだけだ)


 それが多少なりとも経験のある者には分かる、分かってしまう。

 だからこそ動くに動けない。

 今回は敗北が許されない。だからこそ「一か八か」といった賭けに出られない、出てはいけない。

 

 無論、彼らとて森林地帯が広がっている事は理解していたし、策も考えた。

 油を撒いて火を放つ方法。

 魔術で焼き払う方法。

 人海戦術で木々を切り倒して進む方法。

 主だった案としてはこんな所だ。

 荒唐無稽なものレベルとなると、魔獣を多数狩り集め、薬によって暴走させて木々をなぎ倒させるなんてものまであったが、そもそも魔獣をそんなに簡単に集められる手段の提示もなく、魔獣を狂わせるという薬のあてもなく、魔獣を制御する手段も何も提示していないような方法では却下されるのは当然と言えよう。

 さて、そうした荒唐無稽なものを除いたまだ「真っ当」な案であったが、その全ては却下された。

 もちろん、きちんと吟味はされた。だが……。


 いずれも困難だと判断せざるをえなかった。


 まず油作戦だが、これは乾季ではない事が問題だった。

 一般的に大規模な森林火災などを耳にするが、それらは乾季、空気が乾燥し、雨が余り降らない時期に由来する。焼畑農業と呼ばれるものもまたしかり。大気と森自体が乾燥していなければ、そうそう森が大規模に燃えるものではない。湿った薪と、乾いた薪、どちらが燃えやすいかなど分かりきった話だ。

 加えて、この森の急拡大には大量の水分が必要だ。

 幾ら常盤が植物の精霊王だとて、生やす事は出来てもそれを維持する為には水分がいる。

 元からの自然のそれに頼るには限界がある。それを補っているのがまたしてもお馴染み湧水樹だった。

 この湧水樹、人族がいる自然では滅多に見かける事がない。その利便さから狩りつくされたからだ。

 狩りつくされた、というのは比喩ではない。便利さから人族はこの樹木を次々と自らの住居近くに移した。わざわざ井戸を掘るより簡単だと思ったからだ。

 が、木々というのは植樹するにしても根付くまではきちんと世話をしてやる必要がある。

 そして、湧水樹の移植に必要な世話、という奴を人族は長らく知らなかった。結果として、ある程度過ぎると枯れてしまう、という事が続出したのだが、「枯れたなら次持ってくるか」で次々と移され……気づいた時には人族の住まう地では滅多に見られなくなっていた。結果として、群生地が壊滅し、そこを水源としていた近隣の都市が滅んだという笑えない話もある。

 この為、現存する湧水樹は極僅かな専門の知識を持つ者が管理する以外は滅多にお目にかかる事はない。


 そんな歴史までは常盤は知らなかったが、湧水樹を守る必要がある事は重々理解していた。

 この為に周囲には危険植物をわざわざ植えている。

 例えば水源の近辺に生え、吸い上げた豊富な水を内部で圧縮し、近づいた相手を幹に走る無数の割れ目から高圧で放射する「水刃翔みずばしょう」。

 葉から周囲に霧が立つ程に水分を放出し、その霧の中に内部の有毒成分を混ぜ、迂闊に吸おうものなら幻覚で方向感覚を失い僅かな範囲を彷徨った挙句やがては毒が体に染みこみ死ぬ「霞葬かすみそう」などだ。

 こうした「危険植物」が周囲に生えているせいで、迂闊に近づいた人族が死ぬ事案が発生している。と、同時にエルフの死体までも発見されているのが実は常盤達を悩ませてもいた。

 子供ならばともかく大人のエルフであった為に何らかの事故かと当初は思われたのだが、どの集落からも行方不明者が出ていない事、その所持品を確認した事で見つかったものなどが事態をややこしくさせていたのだが……いずれにせよ現状では下手に湧水樹に近づくのは死を意味していた。

 まあ、ただ単に水を汲むだけなら群生地から流れ出す川から水を汲めばいいだけなのだから別に問題はないのだが。

 はっきりしているのはそんな豊富な水に満ちた森に下手な油を撒いて燃やした所で油が尽きれば自然と消える、少なくとも期待している程の延焼は困難だという事だった。

 もちろん、特殊な油はある。

 錬金術で精製された油で、一種の魔法薬だ。これならば湿っていようが関係ない。派手に燃えてくれるだろう……ただし、コストと釣りあうかが問題だが。

 それでも、今回は何が何でも勝たねばならない。赤字だ損だと言ってはいられない訳だし、金で済む話ならば貴族達も出しただろう。

 が、これの最大の問題は「錬金術」の産物であるという事。

 あくまでこれは単なる油ではなく、ある種の魔法薬であり、当然元となる素材は限られ、大量生産が困難。時間もかかる。

 かといって、通常の植物油では……。

 そう、この世界では未だ石油というものは然程広範囲で認識されたものではなく、また精製されたガソリンなどもない。無論、一部の国では原油が出るし、利用もされているのだが、現在、この世界で一般的に使われているようなものではない。主に輸送能力の関係で。

 ブルグンド王国では現状、油と言えば植物や動物の油が一般的だ。

 これでは湿った森を焼き払うのは不十分なので断念された。


 かといって、魔術も問題だった。

 元々魔術というのは完全に制御されている。

 それによって森の中でもファイアボールを用いる事が出来るのだ。つまり、発生した炎であってもそれは自然のものではなく、精神力という名のMPが切れれば効果を失う。ゲームでは炎系統の魔術を取得したけど森林地帯では使えない、という特に探索モード時の状況を改善する為のものだったが、こちらの世界では狙った対象、範囲以外に影響を及ぼさない、という形で現れている。  

 ここら辺の理屈はややこしい理屈が存在しているのだが、そこら辺は関係ないので省略する。

 ここでの問題は「狙った対象以外に影響を及ぼさない」という点が利点でもあり、欠点でもある。

 利点は炎のコントロールが効き、湿っていようが何だろうが燃やせるという事。

 欠点はどのような魔術でも長時間延々と燃やし続けられるような事は出来ないという事だ。

 中には儀式魔術のように長時間影響を及ぼすものも存在するが、そんなものは何ヶ月もかけての準備と適した地の準備、各種の素材などが必要……移動しながら使えるようなものでもない。

 

 最後の人海戦術だったが、大抵の兵士は樵でもなんでもなく、草の伐採程度ならともかく大木の切り倒しなど経験がない者が殆どだ。

 もちろん、木々を切り倒しての簡易の砦の建築などの土木作業を行う専門の工兵はいるがそれでカバー出来るような話でもない。

 道具を揃える事は出来るだろうが大木といったものは切り倒すにも手間と技術が必要だ。間違いなく怪我人が多数、死者も出る割には効果が上がらない、という結果になるだろう。

 大体、当り前だが切り倒す作業をしていれば無防備になるのだ。

 斧を持っているじゃないか、という者がいるかもしれないが、実の所木を切り倒す全員が斧を使う訳ではない。幾ら大木だといっても斧を振るには当然それなりの空間が必要であり、その空間を確保しつつ木を切るとなれば一度に斧を振るえる者の数は限られる。

 しかも、そんな作業を鎧を着たままでやれ、というのも酷な話だ。

 森の中は多湿で、鎧はむれやすい。最悪作業中に次々と倒れるという事になりかねない。熱中症という症状がきちんと理解されている訳ではないが、経験でそれが知られている。

 鎧を脱いで、遠距離からでもそこで大勢が作業をしていると分かるような事をしていれば……まあ、奇襲があると考えるのが普通だろう。

 かくしてこれも却下された。

 結果として、可能性のありそうな策は軒並み却下され、良い案が思いつかぬまま、けれども時間にせかされ、こうして出撃している。

 お陰でガルガンタ侯爵らは頭を悩ませている訳だ。


 意見が激突し、それでもまとまらず疲労が見え出した頃だった。

 突然天幕の中に兵士が飛び込んできた。


 「何事か!」


 ガルガンタ侯爵が叫ぶ。

 この天幕で何が行われているかは派遣軍の全員が知っており、周囲には警備する兵士もいる。

 そんな中、天幕の中に走りこんでくる者、そんなのは伝令しかありえない。それも緊急の要件で、だ。


 「先遣隊より急報です!森より魔獣の群れが出現!交戦状態に突入したと!」


 天幕内部に驚愕が走った。

 と、同時に困惑もある。

 

 「魔獣の群れには旗があるとの報が」

 「旗、だと」


 疑念の声ではない。

 確信を持った響きだ。

 ヴァルト連盟、その名がその場の誰の頭にも浮かぶ。

 

 「旗はヴァルト連盟のもの!また魔獣は陣形らしきものを敷いていると……」


 驚愕が走った。

 魔獣が陣形のようなものを持っている?何の冗談だ、というのが本音だろう。

 

 「馬鹿な!獣如きが陣形だと!?」

 「ありえん!先遣隊の勘違いではないのか!?」


 経験豊富な者程信じられないのだろう。

 そう叫んでいるのはいずれも熟練と呼ばれる実戦経験を持つ軍人貴族だ。ここら辺はなまじ知識を持たない者の方が「そういう事もあるのか」と受け入れる事が出来ている。

 だが、内容は重い。

 魔獣というものは人のそれより優れた性能の体を持っている。

 限られた数ではあるが息をするように魔術を用いる魔獣だっている。竜が炎や雷、毒を吐いたりするのもあれは魔術を自動発動させているのだ。体内に魔法陣と同じような体組織を持ち、そこに持ち前の膨大な魔力を流し込む事で発動する。

 魔術の炎や毒といったものは発動者の意思によって制御され、他を害する事はない。

 だからこそ、竜族は口から灼熱の炎を吐いても平然としていられる訳だ。そうでもなければ、生体が高温の炎だのを吐いて平然としていられる訳がない。

 そうした魔術は体の防御にも用いられている。 

 そうした生体魔術組織を持つ魔獣、或いは高度の知性を持ち魔術を用いる事が出来るものもいる。その発動速度は人族の魔術師が魔術を詠唱するより圧倒的に早い。

 ……それに単純な肉体面でも人と獣とでは獣の方が上、だ。

 単なる熊であっても、相手は巨体ならば三メートルを超える筋肉の塊、下手に銃を撃っても急所でなければそのままお構いなしに突っ込んでくるような相手だ。それが魔獣となれば更にそれが底上げされる……。

 魔獣に対するは数と知恵。

 向こうに野生の本能があるならば、人族は経験と知識で罠を張り、道具を使い、戦術を使う……その優位の一環が崩れるという事だ。

 

 「……数は?」

 「おそらくは二百に満たないと……」


 先遣隊は千。

 数だけなら圧倒している。

 しかし、二百近い魔獣が知恵を用いてくるとなると……極めて危険と言わざるをえない。


 「増援を送れ!本隊も後から続く!!」


 ガルガンタ侯爵の声に一斉に動き出す。

 何かあった時に備えて常にすぐ動ける部隊は用意されている。

 更に千も加われば持ち堪える事も出来るだろう。

 しかし、貴族達の顔には困惑や動揺、恐怖と同時に安堵の色もあった。

 

 (これでようやく動ける……)


 少なくとも、何も決まらず議論を交わすだけの状況からは脱する事が出来たのだから。

 それはガルガンタ侯爵ら遠征軍のトップも同じだった……。

次回、魔獣による部隊と先遣隊が激突

「あの程度の人族など噛み砕いてやるわ!」


なるだけ早く次も上げられるよう頑張ります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ