各国蠢動
本来なら土曜には仕上げて上げる予定だったけれど……
ええ、言い訳はしません、朝早々に届いたモンスターハンター4にはまってたんです……
「さて、話を聞こうか」
「「は……」」
アルシュ皇国のある朝。
朝議の場で第二皇子ギヨームの不機嫌な声が響き、その声に身を縮ませる者が二名。
表と裏、それぞれにおいて護衛を纏める者達である。
無論、彼らだけではなく朝議の場故に他にもアルシュ皇国において重要な役職を持つ者達がその場にはいたが、彼らがその両名へと向ける視線はいずれも厳しい。起きた事態を考えれば当然の話なのだが。
アルシュ皇国はギヨームが既に後継者として動いている。
そして、先の皇王は妻「達」を連れて国内を動いている……。
古来より、この皇国のみならず王国や帝国では後宮の存在は、複数の女性を妻として迎えるのは当り前の行動だった。
良い、悪いではない。義務なのだ、それは。
血筋を少しでも確実に残す、という意味合いもあったし、或いは他国と血縁関係を結ぶ為、或いは争う国同士の関係改善の為、或いは国内貴族同士の力関係などの派閥力学その他諸々の事情により真っ当な国の次期後継者たる者、国内の地位の低い貴族令嬢や平民の女性一人迎えてそれで終わり、という事は許されない。
まあ、延々と何が言いたいかというと、ギヨームにも既に複数の妻たる女性がいるという事だ。
正妻は隣国の姫君だが、他にも国内最大派閥の侯爵の娘だとか、それよりは落ちるが他にも派閥を持つ貴族からの娘が二名、他数名。
隣国の姫君とて馬鹿ではないし、まずもって夫婦関係は良好……というより普通だろう。
まあ、真っ当な国ならばきちんとそこら辺を理解した姫を送り込んでくる。隣国だってこちらと良好な関係を維持したいから送ってくるのであって、当然後宮で馬鹿をやらかすような、皇王であるギヨームを差し置いて後宮を勝手に我が物とするような真似をするような姫を送っては来ないし、ギヨームとて正妻である彼女を第一として扱う。
……さて、その他にも色々あるが今回このような話をしたのは後宮の一室、昨晩ギヨームが泊まったのは正妻の所、まだギヨームが即位はしていないので姫と呼ぶが、朝一で隠そうとしてはいるが強張った顔つきの侯爵令嬢付の侍女がやって来た。
極めて重要な事情によりこちらへとお渡りになる事をお許し願いたい、との事。
これにはギヨームも姫も首を傾げた。
彼女の方からこちらへ来るのは分かる。立場が彼女の方が下なのだから、ギヨームや姫に来てくれという訳にもいかない。
だが、それでも普通は他の妃の所へ泊まった朝に他の側室がやって来る事などありはしない。そして、彼女はそれをきちんと理解している女性である。逆に言えば……それでも来る必要のある事態が発生したという事でもある。それも姫にも聞かせた方が良いような話が。
首を傾げつつも許可を出す。
間もなくやって来た彼女から聞かされた話はギヨームの顔を険しくさせるには十分だったし、間違いなくギヨームと姫、二人に聞かせるべき話だった。
それこそがギヨームが朝議の場で険しい顔をし、護衛の隊長両名が身を縮めている理由。
サイドテーブルに載っていた手紙。
これが大問題の種だ。
何せ、彼女が寝ている間にベッド脇のそこに置かれていた、というのだ。
侍女が置いたのならば問題ないが、彼女付の侍女の誰も知らない。
つまり、何者かが密かに忍び込み、彼女のサイドテーブルに置いて立ち去ったという事。
アルシュ皇国の皇宮、その後宮に許可を得ず入り込んだ者がいて、そんな相手に後宮の側室の傍らにまで入り込まれたという事実。
それは警護役の責任問題にもなろうというものだ。
ただ、警護役を庇う訳ではないが、どうしようもない面もあるのは事実だ。
実を言えばそれを理解しているからこそギヨームもこうして彼らの弁解を聞いて渋い表情をしながらも即首を刎ねろと命じるような事はしていないし、周囲も皇子が黙っている以上何も言わないでいる。
何故かといえば、表だろうが裏だろうが後宮には男子禁制という原則がある。
勿論、多少の例外はあるが警護の者だからとて男性の兵士を就ける事は出来ず、女性のみ。
そして、残念ながら表は女性自体が皆無に近く、裏も極めて少ない。
大体、後宮とは皇家の私的な家でもある。そんな場所に如何にも、な警備は置けず、必然的に侍女をやりながら警備の訓練を受けた者が配置される訳だが、そんな相手がそうホイホイと量産出来る訳がない。後宮で働けるだけの技術を持った侍女とは専門職であり、当然のように高い教育と技量を要求される。そこへ護衛の役割まで担わせるというのは大変だ。
必然的に極少数の精鋭となり、彼女らは次期皇王たる皇子の傍につく。
つまり、あの晩、護衛達は後宮の外におり、一旦後宮に入った時ギヨームにさえ近づかなければ後の護衛はかなりザルだった訳だ、実は。
しかし、皇王の守護を行う以上忠誠心と技量双方が不可欠であり、そうである以上数を増やせず……。
かといって、数を補える男子は後宮には入る事を許されず……。
それが分かるからこそ護衛役の長達の首も未だ繋がっている訳だ。少なくとも、ギヨームの下への侵入は防げた訳だから。
それを理解している者しかここにはおらず、周囲に広げられるような話でもない以上ここでのこうした朝議も半ば儀式のようなものだ。皇宮の後宮への侵入者があったなど国として認められる訳がなく、例え今回の当事者となった側室の女性も父に問われる事があったとしても、しらばっくれるだろう。
父が、そんな事も理解出来ない間抜けと見られる訳にはいかないし、そんな者が国内最大派閥の長をやっていられる訳がない。やるとしたら「そんな事はなかった」と周囲には「そういう事なのだ」と知らせる為の猿芝居であろう。
「で、問題の手紙がこれな訳だが……」
渋い表情でギヨームが持ち上げる。
中身は既に確認済みだ。
怪しい事この上ない手紙、そんなものが次期皇王の手にある時点で魔術含め完璧に調べ上げられた後と相場は決まっている。
当然、今更読むまでもなく内容は全員が把握済みだ。
「ヴァルト連盟、ですか……」
「初めて聞く名ですな、まあ建国したてでは当然ですが」
ヴァルト連盟。
とことん仲の悪い隣国ブルグンド王国を打ち破ったエルフ達が新たに建てた国。
それが今回手紙を送ってきた相手だった。
ここで手紙、とただ称しているのは正式なものではない事と、まだヴァルト連盟を認めた国が存在していないからだ。無論、このアルシュ皇国も。
交戦中の当事者であるブルグンド王国はともかく他国が認めるまではその国は国としては認められたとは言えない。
「これ自体は名乗りと建国したという連絡、そして正式な使者を送る、という内容な訳だが……さて、皆どう考える?」
全員がそれぞれに意見を述べる。
既に全員が内容を知らされていた以上、各自がそれぞれに考え、決断した内容を順に口にしてゆく。
一通り巡った上で同じような意見をまとめて幾つかのグループに分け、討論する。
あるグループは積極的に認め、ブルグンド王国の力を削ぐべきであると主張する。
またあるグループはこのような真似をした国と国交を結ぶべきではないと主張する。
また別のグループは……。
宰相がそれらの議長役を務め、ギヨーム自身は敢えてそれらには加わらず、静かにそれぞれの意見を聞いている。
そうして議論がひと段落ついて発言が一時停止した時にポツリと宰相が言った。
「しかし、通常なら悪手の今回の一手。今回に限ってで言えば良手ですな……」
「ふむ?どういう事か」
ギヨームも悪手は分かるが良手というのには少し興味を持ったらしい。
先程から国交を結ぶのに反対していた者達も興味を持ったのか視線を宰相に向けている。
「承知しました。まあ、はっきり申せばこのような場を我々が設けているという時点で彼らの思惑は半ば以上成功しているという事なのです」
「む?」
「このアルシュ皇国の中枢に属する者がこの早朝から集まって何時間も新参のまだ海とも山とも知れぬ国について議論する……普通はありえますまい?」
そう、未だ国交を結んでいない国の王の後宮に侵入し、その寵姫の一人の枕元まで忍び込み手紙を置いた。
これだけなら相当な悪手である。
だが、今回は少々事情が異なる。
ヴァルト連盟は当り前だが未だどの国とも国交を結んではおらず、歴史は浅い。もし、そんな国が正式な手順を踏んでこのアルシュ皇国に国交を求めに来たらどうなっていただろうか?
……おそらく門前払いである。
これが既に隣に強大な国家となって存在し、その上で国交を求めて来た、というなら話は別だ。
だが、違う。ヴァルト連盟はその国力も未だ不明。領域も大森林を領地としているとは言うが本当にきちんと支配しているのか、どこが首都なのか誰が国家のトップなのか、政治体制は果たして如何なる存在なのかなど全てが全く不明で特産品も全く不明。
いきなり大手商社にどこのものとも分からない新設の会社の人間がやって来て、社長に面会と今後の取引を求めても無理なのと同じ事。
しかし、だ。
今回彼らは実力の一端を示した訳だ。
結果として、アルシュ皇国上層部はこうして早朝から集まって喧々諤々の議論を交わし、それを不審に思ってはいない。反対している者でもそれはあくまで「国交を結ぶ事に対して」であって、ヴァルト連盟という相手を「国」として認識し、それに対する議論の場がこうして設けられた事には疑問を持っていないのだ。
それを指摘された事で或いは憮然とし、或いは驚きの表情を浮かべる。
そう、国交を結ぶか否か、の議論をしている時点で既に相手を一つの「国」と看做しているようなものなのだ。
それに気づかされた一同は渋い表情になる。
この時点で半ば勝負は決まったようなものだ。他ならぬ自分達の行動が相手を「国」として認めてしまっていた。
「ふむ……となれば会ってみざるをえまいな」
「御意。相手が果たして」
狙っての事か、それとも偶然か。
無論、背後にいる「本物」が敢えて何も知らぬ者を送り込んでくるという可能性もあるが……。
大体、エルフ達にはエルフ達なりの礼儀という奴がある。アルシュ皇国の礼儀が別の国では無礼となる事だってある。食事一つにしたって静かに音を立てないように作法に従って食べるのが礼儀、というやり方が正式という国があるかと思えば、盛大に音を立ててがっついて見せるのが礼儀という国だってある。
そうした意味合いでも今回は初めてだけに難しい。相手の礼儀が如何なるものか全くわからないのだ。
「……まあ、そこは問うまい。どうせあちらとて同じだ」
「左様で御座いますな。まあ、成立して間もないとなれば未だ交渉自体は未熟でありましょう」
国が出来て初めての他国との交渉。
確かに腹の探りあいなどの経験は少なかろう。そういう意味合いでは今度はこちらが情報を引き出す好機だと見る事も出来る。
「どうせなら今回の事に文句でも言ってみるか」
それで譲歩なり何らかの反応なり引き出せれば上等だ。
どうせ、後宮に何者かが侵入した事など隠さざるをえないのだ。表立って非難する事が出来ない以上それとなく話題とした所で問題もあるまい。
しかし、それと引き換えにヴァルト連盟が得られる物もまた大きい。
我らアルシュ皇国上層部にこうもはっきりと覚えてもらった、という事が一つ。小さな国家程度なら「ああ、あったな、そんな国が」程度の配慮しかしてもらえない、というケースは実の所極普通の話だ。しかし、ヴァルト連盟に関して言えば当分我々が彼らを忘れる事は出来まい。今後密偵を放ち、調査も行う予定だ。
更に、彼らにとっては貴重な時間も稼げた。
現在ヴァルト連盟は反撃に出ており、ブルグンド王国とは絶賛戦争中である。
しかし、現在の状況ではあくまで「王国と反対勢力の紛争」なのだ。なにせヴァルト連盟はまだ他国に国として認知されていないのだからどうしてもそうなる。すなわち、現時点ではブルグンド王国の国内問題、他国が調停に乗り出す、というような事も出来はしない。他国の国内の事に口を出すという事は本来戦争を吹っかけるような話だ。
それは調停に乗り出せるのが国内貴族だけ、という事を意味する。
そして、大量の貴族をエルフ達との戦いで失った以上、それも期待出来まい。このままでは泥沼化は必至だ。
だが、正確には大森林地帯はブルグンド王国の国内とは未だ認められてはいなかった。そこはまだ未開地であり、未開地である以上ブルグンド王国の支配地という訳ではなかった。これから伸ばそうとしていた地域ではあったにせよ、だ。
そこで言い訳が生じる余地が出る。
自分達はエルフであり、まだブルグンド王国の統治下には置かれていない第三勢力であると。自分達は以前より国に相当するものを構築していた。ブルグンド王国が我々の国内に侵入してきたから自分達は反撃に出たのだと、これが無知故に引き起こされたブルグンド王国とヴァルト連盟二つの国の紛争なのだと。
そう認識してもらえたならば他国の介入も引き起こせる。
ブルグンド王国がそれを認める訳にはいかない以上、他国が揃ってヴァルト連盟の存在を認めてもらうべき。
そうすれば国内問題ではなく、国家同士の戦争となり、他国が間に入っての介入という行動も容易となる。
そして待つ程でもない。
既に城下町に滞在しているヴァルト連盟の大使は明日一番に召還の旨が伝えられている。
結果として後回しにされた他国の者や貴族から「ヴァルト連盟」とは一体なんだ?という声が起きる事は確実だ。当然、彼らもまたヴァルト連盟とは何かを必死になって調べるであろうし、そうなればヴァルト連盟という存在を実質的に国として認識する事になるだろう。
彼らがそう認識してくれたその矢先にアルシュ皇国とヴァルト連盟の国交樹立が成立する事になる。
アルシュ皇国が成立させたとなれば、他国もそれに続きやすくなるはず。
いや、むしろ先に動く事でヴァルト連盟に対して恩を売る方向で、存在感を示す為に動く可能性もあるかもしれない。
そう、そうなればアルシュ皇国としても堂々とブルグンド王国へと介入の手を伸ばす事が出来るようになるのだ。この件に関して他国の介入に王国が抗議した所で今度は逆に当事者であるが故に取り合ってもらえない……もちろん、王国がヴァルト連盟に対して明らかに優位に立てばまた話は変わってくるだろうが……その為にはブルグンド王国はヴァルト連盟に対してはっきりと勝利したという形を示さねばならない、その段階に来つつあるのだ。
おそらく、この後各国がヴァルト連盟の存在を一つの国家として承認すると共にブルグンド王国は大規模な討伐という名の戦争を仕掛けるはずだ。
彼らにはそれしかないのだから……。いや、いっそヴァルト連盟を国家として認めて同盟国として国交を結ぶという方法はある。だが、それが出来るか?あの国は皇国のように中央集権体制が整ってはいない、貴族が大きな力を持つ地方分権国家なのだ。
ヴァルト連盟を現時点で認めるという事は裏を返せば現在侵攻されている部分を譲渡する、という譲歩を行うぐらいは最低限必要だろう。
当然、その占領された部分の貴族は領土を失う事になる……。
国が国の都合で貴族の領土を奪った、という前例が生まれる事になるのだ。そうなったら荒れるだろう。
それを避ける為には……結局の所ブルグンド王国は一度は勝利してみせるしかない。負けられない戦いだ、各地から戦力をかき集める事になるだろう。
勝てればいい。
勝てればヴァルト連盟を和議の席へと引っ張り出す事も出来よう。
その結果として開戦前の状況にまで持っていければ貴族の不満も抑えられるだろうが……もし負けたとしたら?
場合によっては内乱が発生するかもしれない。
そうなったら……?
無論、それはあくまでヴァルト連盟がこの後訪れるであろうブルグンド王国の攻撃に耐えられたら、の話だ。安全策を取るならばその結果を待っても良い、が……それではリスクも小さいがリターンも小さい。結果が分かった時には既に美味しい所は他に抑えられた後だろう……。
故にアルシュ皇国も動く。
自らの利となる可能性がある故に国は動くのだ。
結論から言えば、真っ先に動いたのはアルシュ皇国ではなかった。
この朝議の翌日、ブリガンテ王国南方、オターリャ諸島連合がヴァルト連盟の承認を発表したのである。
この国は大きめの島複数を中心に無数の小さな島々から構成される海洋国家である。ブルグンド王国が南部に勢力を広げる事を警戒している国でもあり、事実王国というバックを得た事で南部では漁師が連合の領域に無断で入り込む事件が頻発していた。
これまでは諸島連合の方が力が強かった。
だが、どこにでも虎の威を借る狐、という奴はいるようで、徐々にだが緊張が高まりつつあったのだ。
故の国交。
それはブルグンド王国への警告と言っても良い。
諸島連合は島である故に陸上兵力はブルグンドのそれに劣る、しかし、その分海上兵力においてはその追随を許さない。
単純な数だけではなく、質。海を制する船の性能、それを操る海兵、それを率いる将。全てが海においては圧倒的な優位を誇る。
しかし、一つ大きな問題があった。
それは最寄の大陸国家がブルグンド王国という正にその点だ。
そう、どこへ向かうにせよこのままブルグンド王国との緊張が高まり続ければ諸島連合の船は大回りを余儀なくされる。
当然それはオターリャ諸島連合の交易の妨げになる。これまではブルグンド王国の港に優れたオターリャ諸島連合の真珠や珊瑚、貴重な海の魔物の産物などを買い付けに来ていた商人もブルグンド王国に睨まれては一歩引かざるをえない。
そうなると、諸島連合としては離れた場所まで荷を運ばねばならず、当然それは余計な手間を必要とする。
かといって、諸島連合まで買い付けに来る商人だけでは生産と消費が釣り合わない。
これまでは大陸側が諸島連合より勢力としては小さい国だった。とはいえ諸島連合も無茶を言っている訳ではなく、むしろ諸島連合から運ばれてきた品の取引によって商人が落とす税がその国を豊かにしているというそんな間柄だった。
が、王国がその国を吸収した頃から次第に状況が変わり始めていた、らしい。
どのみち数年内に関係悪化が待っている可能性が高いなら、という事でヴァルト連盟と裏で一部密約を結びながら今回の逸早くの国交成立、と周囲からは看做されている。
無論、ブルグンド王国側からも、だ。
しかし……。
実は既にこの時点で王国南部は孤立しつつあった。森が急速に広がり、王国中央との街道を飲み込んでしまい、そうなってしまうと当然だが街道のない場所や今は使われていない旧街道、或いは森を突っ切って通らなければならない。
だが、それらは現在の街道より不便だから、或いは危険だからこそ廃れた道だ。当然、中央と南部の交通は悪化した。特に南部は比較的後になってブルグンド王国の勢力下に入った地域という事もあり、正規街道を逸れれば野盗や魔獣などに襲われる確率もぐっと上昇する。中央と南部の街道が遮断された時点で交易量は急速に落下。
なまじ南部の王国の交易に占める割合が低かった事(何しろ南部の交易相手は諸島連合一国にほぼ絞られる)から王国中枢としてはこの際切り捨てるのもやむなしと見ていた。
何としても救う、という道を選べばそれは無理を通さざるをえないからだ。例えば戦場の設定などで……。
それだけにそれを自分達の権益の為にも承認出来ない貴族派が急速に決戦に向けての準備を進めつつあった。
宰相派は、というとこの件に関しては足並みを揃えて、とはいかなかったのが響いていた。何しろ宰相派でもこの一件に関しては貴族派に同調する方向、という意見が決して少なくなかったからだ。単純に国土の五分の一近い地域を占領された状態で停戦というのは問題だ!とする意見も多かった。
そして、宰相たるカペサ公爵自身がこのままの停戦では王国の未来に問題が出るのでは、という気持ちをどうしても拭えなかった。
結果として、ブルグンド王国は宰相派をも巻き込んで動き出すのである。
こうして、次第にヴァルト連盟は各国にその存在を認識されていった。
……しかし、全てが全てヴァルト連盟にとって上手く事が運んだ訳ではない。
某教国。
その首都にそびえる巨大な教会。
その奥深くにおいて複数の陰が会話を交わしていた。
「ふむ、捕える事には成功しましたか」
けれど、生きて捕える事は出来ず。
操られた、いや命じられた事を己が意志の全力でこなす使い魔とでも呼ぶべき者達はその全てを持って己に与えられた命令を果たさんと動く。
元より日陰に咲く花。
自然とあるが故に、それがそこにあるのが自然。そう思わせる存在。
けれどもこの都は違う。
自然というものが徹底的に排された都……全てが造られた都。
「……成る程、捕えたものの生かしては無理であったと」
「ヴァルト連盟ですか……」
「……人では宥められぬ魔物をここまで使いこなす者……矢張り」
複数の陰が会話を交わす。
その場は闇に覆われて互いの姿は見えず、声もまたくぐもって誰の声とも判別しづらい。
実の所これは彼らなりの工夫だ。互いの身分、立場を消して意見を交し合う為の……だから互いの正体を明かすような事は厳禁だ。
薄々誰が誰と感づいてもこの場での事は忘れる、それが掟であり、それが出来ぬ者は次に呼ばれる事も、上へと上がれる事もない。
「喚んだか……」
「魔をも使いこなす存在、この世界にはありえぬ力を持つ者。それすなわち」
「勇者を」
静かにその声がその場に響いた。
次回は主人公側から
拡大し続ける森、その中で足掻き蠢くのは……
次回「南部浸透」