表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
20/39

都市攻防戦(4)

回の魔人族の「オーバーヒート」について

ゲームではあれは「MPを継続消費してのブースト能力」でした

MPがどんどん減っていく代わりに能力を強化する能力だった訳です

現実ではあんな形になってますが

 「……俺達に裏切れってのか?」

 「別にそこまで難しく考える必要はないさ……そもそもあんた達は裏切る、っていうが」


 そこまでこの街の連中に恩義があるのかい?

 そう問いかけるとむすっとした顔で黙り込む。


 「……それでも、だ。話自体は裏切る、としか言えんだろうが、違うか?」


 その問いかけに目の前の細目に僅かな笑みを浮かべたエルフは軽く肩をすくめる事で答えた。

 彼の目の前にいるのはスラムのまとめ役、みたいな事をやっている人物の一人、名をカサドルという。

 スラムは都市の統治下にはない。

 だが、だからといって完璧な無法地帯、という訳でもない。元々は普通の生活を行っていた領民達、無法地帯に暮らしたいと望んでいる訳でも、元々彼らが守っていたような法を好き好んで無視したいと願っている訳でもなかった。

 しかし、かつての領主は悪い方も良い方もいない。

 彼らがスラムに住む、というのはさすがに許されない。例え領主が望んでも彼らが仮にも他の領主の領地、その屋敷のある都市の傍で直接統治の外にある場所で暮らす、という事は出来ないのだ。 

 結果として、彼らは自分達の間から代表を選ばざるをえなくなった。尤も、現在の民主主義とは違い、あくまで代表。複数の小領地の住民が集まって出来たスラムなのでそれぞれの領地ごとにそれなりに信用が置かれていた者、必ずしも村長とは限らなかったが「あの人なら」そう呼ばれる者がまとめ役として存在していた。

 無論、それらとは別に若者などで構成される警備団のような集団もあった。

 どうしても無法者が流れ込みやすい環境だけに自然とそういう相手に対抗しようという連中が集まって出来たものだ。

 何せ、もし無法集団が出来たとした所で彼らも生活しなければならない。今の状況で何も貢献しない集団があったとして、それ自体が生活する為には誰かから奪うしかない訳だが……さすがに自分達の父母や知り合いが懸命に稼ぐのを奪う、というのは出来ない。

 結果として、スラムと呼ばれながらも案外治安は悪くなかったのだ。

 

 とはいえ……スラムの住人の問題はポルトンにとって難しい問題だった。

 元々他領の領地の住人ではあるが、ポルトンと全く関係がなかった訳ではない。城塞都市ポルトンはこの近辺随一の都市、というより唯一の都市。当然、年に何度かそうした他領の小さな村、そこを訪れる行商人だけでは不足しがちなもの、行商人が持ってくるには嵩張る事や、必要ではあるが需要が低い故に運んでこない品などの普段は手に入らない品、或いは種籾などの買出し、またそれに必要な金を猟で得て保存していた毛皮などを売却して得る。そうした行動自体は年中行事だった。   

 そうやって一時的にやって来る程度ならば問題はない。ポルトンの人々も「偶にやって来るお客」程度の感覚だった。


 しかし、あの軍の大敗とその後の環境の変化が全てを変えた。


 軍が大敗した事による治安の混乱、敗北した結果離散した兵士達の僅かな生き残りは自分達が生き残る為に村から物資を奪った。

 敗残兵の野盗化である。 

 仮にも武器を持つ集団故に、ただの農民で対処出来る範囲を超えている。

 かといって、地方領主程度では兵士自体がろくにいない。元々向かった兵士は一万五千、一万以上が死傷し、帰還した者は三千に満たない……お分かりだろうか、この間には二千以上の差が存在している。彼らの全てがという訳ではないが例え半分で計算しても千に達する。百もまとまって動いていれば地方領主の手勢ではどうにもならない。

 このような場合にはこの辺り一帯の王国側の最高責任者とでもいうべき立場にあるマノ伯爵に救援を求める、或いは更に上、王国に陳情して兵を派遣というのが妥当な訳だがここで彼らの想定を更に上回る事態が発生した。大量の水が大地を侵し、森が急拡大したのである。

 これには誰も手が打てなかった。

 更にこの森の動きを軍の大敗でエルフとの戦争が始まった前触れ、と看做された事で、まず領主が領地を離れる事を決めた。

 真っ当な領主はきちんと事情を領民に話し、自分達の少数の兵士では彼らが攻めて来た場合守りきれない事を説明して避難を促した結果、大多数の領民は避難する事を決めた。問題ある領主は領主で真っ先にさっさと金を持って家族や愛人を抱えて逃げ出した事で、領民も領主にならって耕作を諦めて逃げ出した。

 普通なら前者はともかく後者は領主の配下の兵士が止めたりするものだが、そんな領主の配下など上がそれなのだから右にならえ、とばかりにさっさと自分達も逃走し、止める者がいないのだから、農民もさっさと逃げる。一部には頑固に彼ら曰く「開拓」した土地を耕し続ける者もいたが……そんな彼らでも僅かな例外を除けば急速に広がる森を食い止めきれないと分かった時点で諦めざるをえなくなった。農業をやってみると分かるが、夏の雑草というのは物凄い。ほんの一週間程度畑を放置していればむしった草が伸びている。

 そんな勢いで木々まで伸びてくればどうなるか?

 必死に草をむしっても麦畑が一晩寝ている間に雑草生い茂る草原と化し、じゃがいもを植えた畑に灌木が侵食する。

 それに加えて農民では危険な低位の危険植物が混ざっていた。

 第五種の「砲閃華」などに比べれば危険度は低いとはいえ、最下位の第十種級でさえプレイヤーにとっての「罠」扱いされる程度には危険性を持っていた。この世界の住人の命を奪うには十分すぎる。

 数日と経たない内に徒労感と共に彼らもまた長年住み続けた地を離れた。


 本当に極僅かな例外だけがその地に残ったが、彼らもまたそれまでの農耕を諦め森からの恵みを畑からの収穫の代わりとして暮らす事で生活を成り立たせている。そして、森と共に生きる事を選択した以上はエルフはそれを排除する気はなく、彼らも抗った所で死ぬだけと理解しているから大人しくしている。そんな彼らは樹木に呑み込まれたボロ屋、或いはツリーハウスにハンモックを釣って、果物を干し、狩りをして暮らしているのだが領主が逃げたせいで、納める税がなくなった分、むしろ悠々とした生き方となっているのは確かだろう。

 そんな人々は良いが、避難した者達もその殆どが入れてもらえなかった訳だ。

 都市とは分かりやすく考えるなら、人体。普段精密に絡み合い、しかしそれらは内部で完結している。食事で食べ物を食べるように外部から入ってくる者もいるが、彼らは用事が済めばまた出て行く……では、出て行こうとしない、自分達も体の一部に加えてくれ、と来る相手にはどうすればいいか?

 答えは……一部の例外を除けば無理、という事になる。

 内部で完結しているだけに、新たに入り込むのは難しい。

 それだけに裏を返せば、入れる可能性のある話はスラムの住人にとっては見過ごせなかった。

 あの最初のエルフ軍(仮にだが)の攻撃によってスラムの住人も被害を受けたが、その被害は実は予想外に少ないものだった。

 確かに、妊婦や老婆、商人など最初に血祭りにあげられた者は目だっていたが、それ以外は怪我こそしたものの殆どは内部へと逃げ込む事に成功している。無論、それを実際に行った人形達にそんな判断を勝手に下す機能などある訳がなく、それはきちんと指示に基づいたもの。最初に狙われたのは「周囲と極力異なる者」すなわち、目に付きやすい者を殺せ、という指示であり、尤も同じ人族、そこまで極端な差が出る訳がなく臨月故におなかの膨らんだ妊婦や腰の曲がった老婆、周囲と異なり小奇麗で立派な衣服を着込んでいた商人が狙われた。

 それが終われば抵抗する者は追い払え、武器を持つ者は殺せ、という命令の下周囲を囲み、都市の内部へと彼らを追い込んだのだ。

 その理由は都市に負担をかける事。

 篭城する側にとって一人でも人数が多い程それは食料に負担がかかる。中に逃げ込んだスラムの住人にも保護、という名の捕縛した者にはまさか閉じ込めて飢え死にさせる訳にもいかない、という事で最低限の食料などは出ていた。

 そして、逃げた者達も食わねばならない。しかし、稼ぐ手段がない……となれば一番手っ取り早いのは盗み奪う事、追い詰められた人々は今度は新たな盗賊と化す。

 必然的にそれは治安の悪化へと繋がる。

 別に明確な意思を持って犯罪を行う訳でもなく、ただ生きていれば、生きようとすればそれだけで敵に負担になるのが篭城だ。なので、篭城する側も対策を考える、それも実際に影響が出る前に、スラムの住人を内部に入れた時点で早々に考え、打ち出さねばならない。結果。


 『都市防衛に人手を求める。この際都市住人、都市外住人であるは問わない』 

 『都市防衛に貢献した場合は、都市の永住許可に対して考慮する』

 『都市防衛に参加する場合は食事と寝る場所と賃金を保証する』


 この三点が公布され、そして、その話に釣られたスラムの住人は案外多かった。

 何しろ、これに応募すれば最低でも都市防衛が行われている間は堂々と暮らす事が出来、多少の貯金も期待出来る。寝る場所や捕らえられる心配もしなくていい。都市防衛が終わった、という時は少なくとも敵がいなくなったか、或いは都市が陥落した場合のいずれか。前者なら最悪スラムに戻るという手もあるし、後者ならそもそも考える必要はなくなる。大体、彼らの多くは犯罪を犯さず暮らせるならその方がいいと考えているのだから、それを可能とする方法が示された以上それに応じたのは当然と言えるだろう。

 そうやって志願した者は多く、約束自体は守られている。が……。


 「それでも気づいているんでしょう?……使い捨てにされかねないという事ぐらい?」

 「…………」

 「この間の戦いで実感されたでしょう?」

 

 その言葉に元は兵士であった、という怪我で一度は引退したまとめ役を務める男は押し黙った。

 その脳裏に浮かぶのは先日の戦いの光景。


 突如襲ってきた単体の相手。

 単体で駆け、城壁を駆け上がり、兵士達が次々と血祭りに上げられた。

 凄腕、と称される魔人族の傭兵を相手どり常に余裕を示し、それを殺し、悠々と立ち去っていった……。


 あの戦闘も問題だった。

 あの戦闘は皆に分かる形で教えてしまった。そう、あのまま彼女が侵攻していれば少なくとも門を制圧する事ぐらいは間違いなく出来たであろう事を、それだけで間違いなくこの城塞都市ポルトンは陥落していたであろう事を、だ。

 ただでさえ数は向こうが多く、個々の戦闘力もあちらが上……。

 そんな話は自然と洩れる。

 街中にはどこか不穏とも絶望とも言える空気が漂っていた……いや、それだけではない。先日の戦いは暴きだしてしまったのだ。街の住人とスラムの住人との間に横たわる深い溝の存在を……。

 桜華の撤退後はお互いに剣呑な雰囲気になっていたものだ。

 それは当然の事だろう、誰だって「お前らは俺達の盾」と言われれば腹を立てる。

 無論、全員が全員そう思っている訳ではないにせよ、咄嗟にあの瞬間に盾として押し出された事実は変わらない。もちろん、押し出した面々にだって言い分はあるだろう、「お前行けよ!」と押す際に知り合いや友人を前に押し出すよりは、知らない相手や嫌いな相手を押し出す方が気楽だ。

 そして、あの時、それはスラムの住人が対象だった訳だ。

 けれど、そんな言い分が通じるはずもなく、関係の悪化は深刻なものとなっていた。

 今の状況ゆえに互いに表立っての衝突は起きていないものの……カサドルも苛立っていたのは確かだ。立場上、宥めてはいるものの彼とて不本意である事は誰にだって分かる……。


 「いずれにせよ時間の余裕は余り」

 「分かってる……」


 そう、時間はない。主にスラムの住人の側にとって。

 あの桜華の単独進撃はスラムの住人に対してのみ意味を持っていた訳ではない……むしろ、マノ伯爵ら本来の街の統治者達の方にこそ意味は大きい。

 今、彼らは援軍の到着が先か、それとも降伏するか。その瀬戸際にあると言っても過言ではないだろう。……もし、増援が常盤によって無残にも消滅する運命にあると知っていれば果たして彼らはどのような選択を取っていただろうか?少なくとも徹底抗戦は考えなかった、かもしれない。

 カサドルと会っていたのは裏通りの一角。

 この辺りまでは普段でも好き好んで見回りの兵士も立ち入る事はなく、そして現状では見回りなどという余裕のある兵士などいはしない。そこから素早くフードつきのローブを着込んだ陰が滑り出る。その陰に手を出そうとした者全てが翌朝には冷たい死体となった事もあって今では手を出す者はいない。 


 「……さて」


 カサドルを置いて歩き出したエルフ、ブルホはフードの下で楽しそうな笑みを浮かべていた。

 彼は自分がエルフ族としては異端である事を重々理解していた。

 ここにやって来る前に諜報や謀略といった行動に関して、その重要性についてと共に一通り教育を受けた訳だが、殆どの面々は困惑していた。

 分からないでもない、とはブルホも理解している。

 まだ統治や政治に関してならば理解出来るだろう。小さくてもその基本は集落の統治や、集落同士の付き合いに通じる所があるからだ。

 だが、諜報や謀略となるとこれまで争うとしても仲間内でしかなかった故にそうした分野に関して詳しい者がいない。というより理解出来る者もいないし、場合によっては嫌悪感を示す有様だ。そんな中で一部の者は理解を示し、更に一部の者は謀略と諜報、いずれかに関心を示した。

 ブルホはその中でも謀略に関して興味を示したエルフだった。

 彼は楽しかったのだ、他者を分析し、その相手を自分の狙った所に落とし込む、という行為が。

 

 (自分が悪戯好きなのは自覚していましたが……) 


 こちらの方が遥かに楽しい。

 同じように秘密を探る事、幾つもの断片から真実を組み立てる事、そうした行為が好きな者は確かにいた。

 そうして選ばれた者が更に教育を受け、ブルホらがこうして今、城塞都市ポルトンへと潜り込み活動している訳だ。

 周囲への警戒は怠らず、同時に脳裏では先程の会談とその結果に関して目まぐるしく思考を働かせている。


 (反応は悪くない、だが乗り切れないでいる)


 まだあの男程度なら簡単な方なのだ。

 謀略とて彼らはまだまだ練習の課程……そう、これもまたティグレと常盤が仕組んだ練習の一環だった。

 何時かは増援が来ない事から、増援が途中で絶たれたと理解し、マノ伯爵も降伏するだろう。篭城とは増援が来ると信じて初めて成立する。増援なき篭城などただの時間稼ぎでしかなく、しかもその時間稼ぎの代償は都市の住人の飢えである。そうなる前におそらく内部崩壊を起こすはずだ、別に魔物達は全周囲を囲んでいる訳ではなく、門を開け放って逃げようとするならば不可能ではない。魔物達とて死に物狂いで逃げ出す住人達の前に立ちはだかるような真似はしない、正確には上がさせない。

 ただその結果、この城塞都市ポルトンが無傷でエルフ軍に渡るのは避けられない。

 しかし、同時にエルフ軍にしてもただポルトンだけが手に入っても困る。エルフ達は別にこんな自然のない都市で暮らすのは好まないし、精々残された財宝を交渉材料に使う程度でしかないだろう。

 ここを生かすその為には……。

 

 (ああ、楽しいですね。どうやって、と考えるとわくわくしてきます)

 「後一押し、ですかね?」


 そう呟くと、ブルホは足早にその場を離れていった。

 


 ◆◆



 その日、ポルトンの街では一つの騒動が起きていた。

 領主直属の部隊が摘発を行ったのだ。……都市内のスラムの住人達が住む一角で。

 最初はバラバラに逃げ散った彼らだったが、矢張り周囲が全く知らない者ばかりというのは厳しい。比較的安全な場所、或いは街の兵士募集によって多少立場を確定した者、いずれにせよ次第に寄り集まって生活するようになっていた。

 そんな中での摘発だ。

 しかも……。

 

 「おい、こいつは何の真似だ!!」


 この騒動に誰かが呼んだのだろう、やって来たカサドルが大声で兵士に怒鳴った。

 彼も今は兵士ではあるが、同時にこの辺りの住民のまとめ役でもある。それが分かったのか、それとも同じ兵士という事があったのかは分からないが、捕らえる側の一人が厳しい顔で伝えた。


 「騒ぐな、こいつらは裏切っているという垂れ込みがあったのだ」

 「違う!俺達はそんな事……!」

 「黙れ!既に証拠はあがっているんだ!!」


 なっ……とカサドルは思わず絶句した

 彼は自分が連れて行かれるのならば納得しただろう。頷いた訳ではないとはいえ、エルフ側の相手と話をしたのも、それを黙っていたのも事実だからだ。

 だが、今、目の前で起きている事は……。


 「待ってくれ、そいつのおっかさんが病気なのに、んな事を」

 「だからこそ、金でなびいたという可能性があるだろう」


 俺はそんな事していない、もらってたらとっくに薬ぐらい買ってると言う若者を兵士は容赦なく連れて行く。

 この他にも幾つかの場所で同じように連行された者がいた、と彼が知ったのは間もなくの事だった。


 「くっそう……」


 その晩、カサドルは自室で唸っていた。

 連行された者が全て元スラムの住人達だった、という事であの後、更に騒動が発生した。

 街の住人側は「やはりスラムの奴らは」と、元スラムの住人側は「街の奴ら、俺達が何もしていないのに犯罪者扱いしやがって」と双方が不穏な空気を漂わせだしたのだ。

 彼自身も聞いてみたが、矢張り捕らえられた彼らが裏切り……まあ、街の住人視点だが、そういう事をしているとは思えなかった。スラムの住人というのは仲間意識が強い。助け合わないと生きていないからだが、それだけに官憲には話さないような事も彼には話してくれる。

 それを聞いても彼らが捕らえられるような証拠と言えるものは見出せなかった。

 

 (だが……)


 間違いなく、あの兵士達は彼らが内通者だと思っていた。

 いや、少なくとも彼らの上司があいつらが内通者だと信じるような事があったはずなのだ。

 カサドルは元々猟師だった。

 決して学がある訳ではない。小さな領の猟師がきちんとした教育を受けられる余裕が、学べる場がそうある訳ではなく、いたとしても精々ちょいと村長や薬師、旅の者に教えてもらった、といった程度だろう。

 だが、それと頭がいいのはまた別の話だ。超一流の大学に入った、或いは卒業してもバカな行動を取る者はいるし、昔は成績が悪くてもその後偉業を成し遂げた人物はいる。勉学に励んでいなくても、考えを巡らせる事は出来るし、何かしら思いつく事は出来る。


 (……だとしたら何故だ?何故そう思った?)


 例えば……自分に接触したエルフ達が……。

 そう考えた後で、それを否定する。

 もし、それを行うとしてどうやってそれを信じさせるというのか?

 街の住人に噂を流すのとは違う。例え投書があったとしても……それが誰が投げ込んだかわからないメモで誰かを捕らえようと思うだろうか?


 (……いや、今の状況じゃ無理だ)


 ただでさえ仲が悪いのに、そこへこんな火種を投げ込んだら……。

 最悪内部崩壊しかねない。

 自分が動かずとも……。


 (いや……それが狙いか?だとしても、何で)


 役人なりお偉いさんなりが動いた?

 これまで人と接点がなく、今こうして人と敵対しているエルフ達。彼らがこの街の上層部を動かすような伝手を持っているとは到底思えない。

 しかし、そんな伝手なくして動かせるとも思えない。

 だとすると……。


 (本当にあいつらが周囲すら欺いて内通を……俺みたいに接触をもたれていたか、或いは)


 街の連中はわざとやった……?だとしたら何故。


 (上の引き締め……?)


 スラムの住人ではない。

 それこそ街のもっと上の人族に内通者、裏切りを図る者がいたとしたら……。

 だとしたら今回の摘発も分かる。上の、裏切りを狙っている相手への警告なのだ。裏切りは許さない、というマノ伯爵の意志の……もし、この推測が当たっていたとしたらいきなりその対象を捕らえなかった理由も分かる。いきなりそんな相手を捕らえるには情報が少なすぎるのだろう。マノ伯爵が独裁者なら話は別だが、別にそうでないのならばいきなり有力者を捕らえる事など出来ない。

 まあ、余程の証拠が手に入れば話は別だろうが、そこまでの証拠が入ったならばむしろ裏切っていると思わせる為にわざと偽物の証拠を入手させた、と見るべきかもしれない。

 だが、いずれにせよ……。


 (だとしたら……あいつらが捕らえられた理由が単なる上への警告の為だった、ってんなら……)


 俺はそいつらを許せん。

 カサドルはそう思う。

 確かに(もし自分の想像が当たっていたとした場合の仮定ではあるが)上層部に裏切り者、或いは裏切りを考えて、エルフ側と接触しようとしているあるいは、既にしている者がいたとして、その相手への警告として実際に捕えられた、という実例を示すのは間違っていないのかもしれない。

 だが、弱い立場の者をその為だけに捕えるとなれば……そんな相手の為に命がけで戦わなければならないとしたら……。  

 カサドルは到底戦えそうにない。

 いかん、まだそう決まった訳ではないのだ、落ち着け!と自分を叱咤しても一度湧き上がった考えと思いはそう簡単には消えてくれない。

 おまけに仕事に行けば、元スラム住人と街の住人との溝は深まるばかり。互いに無視して、関わらないようにする事で喧嘩をしないようにしている、という状態。

 こんな状況を目にすれば「この都市は持ち堪えられるのか…?」という気持ちがますます募ってきてしまう。


 (……先に裏切れば)


 確かにリスクはある。

 だが、その分メリットもある。

 どうせ、この都市は持ち堪える事など出来はしないのだ。今でさえ、敵がその気になれば……。

 気づけばカサドルもそんな事を考えていた。

 後になって裏切る、いや陥落後では現在の統治者層が優先されるだろう。

 そうなった時、自分達はどうなるのか……最悪の、モンスターの前に放り出されるという事はさすがにないだろうが、都市から追い出される、という可能性はある。いずれにせよ確実なのは今より良くなる事はありえないだろう、という事だ。

 今、自分達に接触しているエルフとて利があると見ているからこそ接触してくるのであって、利がなくなる陥落後でのこのこ顔を出した所で見向きもされない……。


 (賭けてみる、か?)


 なに、そう分の悪い賭けでもない……。

 だとしたら声をかける奴らは……。

 

 それから三日後、城塞都市ポルトンは陥落した。

 対立を深める双方の住人対策に、ポルトン守備側は街の兵士と元スラムの兵士を分ける、という選択を行っていた。

 結果として、街の住人の割合が高い時間もあれば、元スラムの住人の割合が高い時間帯もあった……その後者が夜の警備を担った時の事。

 静かに……門が開け放たれた。

 既に話はつけられていた。そこから続々とモンスター達が入り込んでくる……。

 無論、防衛側とて本当に重要な部分、門を守る者は信用のおける兵士達を配備していた。

 だが、彼らとて人だ。物も食べるし、飲みもする。

 もうお分かりだろうが、彼らの飲食物に睡眠薬が混ぜられた。我々の世界にあるような睡眠導入剤レベルではなく、睡眠という状態異常へ落とし込む為の魔薬だ。

 そして、それらを運ぶ者まで全員が全員、重要な役割の者ではない……。

 事前に渡されていた魔薬によって門周辺の住人は深い眠りに落ちた。一部、食事などを取らず起きていた者もいたが……それらは殺された。誰何した所で、「変なんだ、この周辺の兵士らが皆寝ちまってる!」と言われればまずそれを確認しようとするし、実際に顔を良く知る同僚が眠りこけていればそちらに意識が取られる。

 そこを背後から複数で刺されれば……。


 「やあ、お疲れ様でした」

 「……約束は守ってもらうぞ」

 「無論です。我々としても流す血は少ない方が良いのです」


 門の傍らでカサドルとブルホがそんな会話をしていた。

 事実、モンスター達は無秩序に暴れる様子はなく、整然と行進してゆく。

 その様子を見るブルホは口元に何時もの穏やかな笑みを浮かべつつ、思惑が上手くいった事にほくそ笑んでいた。

 カサドルがあのような疑いを抱いたのも偶然ではない。そんな会話をこれまでの接触の際に行い、それを強める為に香も用いた。

 自身は事前に対抗薬を服用した上で、それとなくそうなるよう幾度も誘導し、仕上げに街の上層部に手紙を送った。

 別に自分達が送る必要はない。

 自分達がここにいる為に裏の顔役に魔物の女性が既に入り込んでいる事は語った。

 そんな彼らからの連絡に手紙を滑り込ませた、それだけの話。

 裏の顔役から手紙を受け取った側は、顔役から故に無視出来ず、元スラムの住人が対象という事もあって一旦確保に動き……。

 後は雪崩を打つように物事が進んだ。


 (しかし、時間が限られていたとはいえ情けないものです)


 話術だけでは足りず、薬を使い、魔術を使い、魔物を使い、やっと動かせたのが一人のスラムの住人。

 情けないにも程がある。

 流言とてもっとやりようがあったはず……。


 (いや、これからか)


 今回の攻略で人族の住人を確保出来た。

 これだけの街ならば孤児も相当数がいるはず、そして事実存在する。

 将来的には彼らを、当座は金で動かすとしよう……エルフ相手ならば疑っても同じ人族ならば、なまじ我々エルフ族との戦争故に疑いは薄れるはず……。


 (将来的には周囲の各国も動かしてみたいですねえ)


 幸い、自分には人族のそれと比べて多くの時間がある。

 じっくりと仕掛けをしていこうじゃありませんか……。


今回はかなりインチキしての謀略

練習なので薬各種も使ってのイージーモードです


次回……の前に、ここまでの登場人物とスキルなどについての解説話を入れる予定です

次回予定は陥落後の統治体制に関するというか統治状況などについて


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ