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ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
19/39

都市攻防戦(3)

お待たせしました

楽しんで頂ければと思います

 城塞都市ポルトン。

 そこは現在篝火が城壁の上、全域に渡って煌々と焚かれていた、訳ではない。

 本音を言えばそうしたい所だろうがそれは備蓄を凄まじい勢いで食い潰すという事とイコールだ。篭城が何時まで続くか分からない状況でそれは出来ない。見張りを増やす、という手もあるが、それはそれで見張りを行う人員に負担をかける。こちらも結局の所短期で終わるならばともかく、長期を考えるならば無理は出来ない。

 結果として、城壁の周囲にはところどころ暗い場所、見張りが常時張り付いていない場所が存在する。

 事前の観測によって彼らが定期的に場所を変えている事を把握したが、逆に言えば変えたばかりならばそこに見張りはいない、という事。

 対峙して数日の後、そうしたルートを通り、エルフ達とモンスターが密かに少数潜り込む事に成功していた。

 

 無論、だからといって事前の草、現地諜報員がいる訳ではない。

 宿屋などに泊まるのも危険にすぎる。

 さすがに、エルフの軍と対峙している状況でエルフが、となれば即座に領主軍に通報されるであろう。

 それが分かっているからエルフ達も真っ当な所へは泊まらない。

 彼らが休む場所は……。


 「……ふう」


 一人のエルフが変装用のフードを外して一息つく。

 エルフ族は見た目的には殆ど人族のそれと変わらないが、その尖った耳だけは別だ。どうしても目立ってしまう。

 だからこそ、方法としては二つ。

 一つは何らかの手段で誤魔化す方法。

 しかし、マジックアイテムでもそこまで便利なもの、というよりピンポイントなものはない。いや、探せばあるだろうがゲームでは「耳などの顔のパーツを変化させる」など完全にコレクターズアイテム、趣味の領域になるけれども、実際にあると非常に厄介な代物となってしまう。

 何しろ、そんなマジックアイテムがあれば顔の印象を色々と変える事が出来る、という事になる。

 潜入したのを見つかって追われたとして、髪の色合いを金髪から茶髪に、瞳の色を青から黒に変えて、肌の色を白からやや浅黒く、鼻の高さや形を微妙に変化させる……といった事をすればどうなるだろう?

 後はちょいと服装を変えれば、もう別人としか思わないだろう。それだけ外見を変化させるアイテム、というのは単なる衣装系のアイテムどころではなく現実の世界では危険だ。その為、そんなものがあれば国がまず押さえるべく動く。

 迷宮で発掘される可能性はあるが、生憎エルフはそんなものを持っていなかった。

 けれども、エルフ達が潜り込む余地がないかと問われればそんな事はない。

 金で同じ人族を裏切る連中もいる。彼らは金が続く限りは約束を守る……ただし、金があれば、の話だが。エルフ達は人族の金なんか持ってないのでこれは却下。

 尤も、種明かしをしてしまえば、今回同行した植物系モンスターがその答えだ。


 女性型植物系モンスター『アルラウネ』


 この種族も人を誘惑する、という解釈が昨今のゲームでは一般的となっている種族だ。

 要は裏社会の人族を「魅了」してしまったという事だ。

 彼らの女?大抵の女は金で黙る。裏社会でボスに取り入って権力を振るう女は余り長生き出来ない、という事を証明しただけの話。普通の頭か、賢い女はあくまで金の繋がりのみで裏社会の男と繋がっている。

 勿論、それだけではなく廃屋や下水道の一角に身を潜めている者もいる。もし、正気に返ったりした場合には彼らの手が及ばない、存在を知らない者の存在が重要となるからだ。

 今の所は特に問題は発生せず、バックアップはバックアップとして潜んでいるに留まっている。


 「どうだった?」

 「大分揺らいできているな……先日の戦闘も効いたようだ」

 

 作戦が順調な為に双方とも穏やかだ。

 本当はただ落とすだけなら裏社会同様方法は幾らでもある。

 だが、それでは駄目だ。

 それでは本当にただ「落としただけ」になる。

 完璧に人族と敵対する腹ならそれでも良いのだが、「国家」として成立させる未来を見込むのならばそれはよろしくない、非常によろしくない。国家である以上は外交でよく語られるように互いの後ろ手にナイフを握りながら笑顔で握手する、という状況自体は別段不思議な話ではなく同盟国同士でさえそれが必要なのが世の常だ。

 そして、それは統治にも通じる所があり、何でもかんでも敵に回してはやっていけない。

 そもそも、大抵の平民は生活に問題がなければ多少の不満は腹に飲み込んでしまうものだ。酒場で酒の勢いで不満をぶちまけたりする者や、家庭で仕事のトラブルなどから苛々を家族に話したりする者はいるだろうが実際にだからといって実力行使に出るというような者は一部だ。

 しかし、強引に落としエルフと人族で深刻な対立が起こるようなら話は別だ。

 その為に今、苦労をしている。

 

 「しかし……」

 「ああ、確かにあれは心が折れるかもしれん」


 彼らは先程の会話でふと先日の戦闘の事を思い返していた……。

 

 

 ◆



 「少し遊んでこようと思うのですけれど」


 桜華が唐突にそんな事を言い出した。

 晶輝は身じろぎせず、焔麗は理解しているのか溜息をつき、サビオは訳が分からないという顔をしている。

 

 「どういう事ですかな?」


 疑念を口にしたのはサビオだ。

 遊び、という意味が分からないらしく困惑した顔を崩さない。 

 見た目通りの少女ならば本当に遊びに行く、としてもおかしくない訳だが、桜華という少女がそんな事を言い出す訳がないと理解出来るだけに尚更混乱しているようだ。


 「はあ……最前線に突っ込んでこようってのかい?司令官殿が?」


 呆れたように、どこか疲れたように突っ込んだのは焔麗だ。

 その言葉にサビオはぎょっとした顔になる。そんなサビオへとちら、と視線を向けて焔麗は言った。


 「あんたはやるんじゃないよ。そんな事やるのは司令官失格なんだ、本来ならね」

 「どことなく棘がありますわね……」


 当り前だろ、本来は精々晶輝までだ。そう焔麗は苦い顔で言った。

 ただし、それが無理なのも分かっている。

 いや、晶輝に出来ないという訳ではない。……やりすぎるのだ、彼の場合は。

 より正確には手加減が苦手とも言える。

 今回の場合、都市を過剰に破壊するのは避けたい所なのに、彼が出ると城壁の一角ぐらいは崩壊しかねない。……まあ、常盤が本気でやると都市が壊滅状態になる事確定なので、それに比べれば遥かにマシ、と言えなくもないが……。

 

 「でも、内部に入り込んだ方々の援護にはスラムの人達に知ってもらう必要がありますもの」

 「……自分達が使い捨てにすぎない、という事をですか?」


 サビオの問いかけに桜華は「それもありますけど」とあくまでにこやかな笑みで答える。


 「あの都市ぐらい本気で落とそうと思えば、落とせると理解してもらう事です」


 落とせないのではなく、落とさない。

 弄ばれている、そう感じてもらってもいい。

 重要なのは「もしかしたら?」そんな疑問を抱かせる事だ。その為には「やりすぎず、圧倒する」という事を見せ付けなければならない。

 攻撃力を現状で強化すれば必要以上に壊しかねない。となれば、一体で圧倒してみせるのが一番手っ取り早い。圧倒して、余裕を見せて……しかし、そんな事は雑魚兵には難しい、幾らモンスターでも、だ。ある程度以上強くないといけない訳だが、今現在それが出来そうで且つ頭が良い……手加減とか程々とかの分別をつけられそうなものとなると……桜華しかいない。

 晶輝は前述の通りだし、焔麗は接近戦は苦手だ。

 まあ、接近したからとて早々普通の人族が殴れる程に近寄れるものではないのだが、それが可能な距離まで近づくというのは桜華以上に危険が大きい。

 だから、桜華が行く。

 もっとも、晶輝と焔麗が桜華の行動に反対しないのはもう一つ、大きな理由があるのだが……それはまたの機会に。


 ともあれ、そのような話が行われた後の戦い。

 当然ながら守る側はそのような事情など知る由もなく……。  

  

 「防げ、防げーッ!!」

 「くそ、いい加減にしやがれ!!」


 モンスターの攻撃は意図的な都市内部への直接攻撃は行わない。

 だが、魔術と見紛う特殊能力を用いた襲撃が昼も夜もお構いなしに続いていた結果、都市側は消耗し続けていた。

 無論、それはどちらかと言えば嫌がらせの類であるが、ここで数が多い事が優位をもたらす。

 マノ伯爵家の私兵というか都市防衛の為の専門の兵士というのは実は然程多くはない。無論、重要な都市の領主として千程度はいるが、それだけでは到底足りない。したがって、緊急徴募した普段は民間人の兵士にスラム住民から志願で得た兵士を足すなどかなりの無理を押し通しやっと五千程度でしかない。

 それでも本来ならば攻者三倍の原則に従えば落とせないはずだが、それは自力で互角という条件あっての事。きちんと訓練を積んだ兵士ならともかく、普段は農民や街を歩いてるような人が武器を渡された所でいきなりモンスターを討伐可能になるなら誰も苦労はしない。つまり、倍であっても押されている訳だ。相手が波状攻撃を仕掛けてきている以上、こちらも常にある程度の戦力を動かせるように部隊を分割しないといけないから常に最大戦力を動かせる訳でもなし。

 結果、向こうが四交代で二千。こちらは二交代で昼に二千、夜に三千を回すという状況になっていた。

 夜の方が多いのは視界が利かない為にその分人手でカバーする必要があるからだ。そんな中……。


 「さて、少し遊んでみましょう」


 桜華はそう呟くと走り出す。

 今日は最初からその予定だったので指揮は焔麗に任せて前線に出ていたのだ。

 軽く走り出し、途中から一気にトップスピードへ。

 短時間に騎兵すら上回る速度へと加速し、一気に迫る。

 戦場を駆ける和服の少女。

 それは夜ならばともかく昼、モンスター達が闊歩する戦場を見下ろす城壁からでは非常に目立っていた。


 「なっ、なんだあ?」

 「おい、ありゃあ……女の子……?」


 予想外の光景に思わず、といった様子で手を止める兵士が続出する。

 それも仕方のない話。ここまで明らかに人のそれとは異なる形状を持つモンスターが相手であった。それならば物に攻撃する感覚で普通に弓を撃つ事が出来た者も、いざ相手が人族そっくりの姿をしているとなるとどうしても手が鈍る。


 「何をしている!!!」


 だが、そんな戦場で時に起きる空白の瞬間を埋め、隙を作らないのも指揮官の仕事だ。

 この時は即座に熟練の騎士が動いた。


 「エルフ族と戦っているのだぞ、我々は!!見た目が少女が混じっていたとして何を手を止める必要がある!撃て!!」


 はた、と気づいて慌てて兵士達も動き出す。

 なまじモンスターとの戦闘が多い為に彼らもすっかり忘れていた訳だが、今回の戦闘は人族とモンスターによるものではなく、あくまで人族とエルフ族によるものなのだ。

 それを思い出して大慌てで弓を射るのだが……当たらない。

 無理もない話だ。

 これまでは相手が軍という集団だった。

 そんな相手に対してであれば「おおまかに相手の方へ飛んでいけばいい」訳だが、一人を狙うとなると話は違う。

 ただ前に飛ばせばいい、のと、しっかり狙って的に当てなければならない、のではまるで違う。

 屋台の射的をやった事、或いは見た事聞いた事はあるだろうか?

 あれとて、ただ前に撃つだけならば誰にだって出来る。ただ玩具の銃口を前に向けて撃つだけ。けれども目標、景品に当てる事が出来るかは全く別の話。

 広い戦場を騎馬を越える速度で走る一人の少女を狙って当てられるかは根本的に別の技術が必要になる。

 そして、結果から言えば遠距離を駆ける彼女に一発でも命中させられる者はいなかった。いや、距離を詰めても、だ。

 そもそも弓矢とてそう乱射出来るものではない。

 何せ矢とて有限だ。例え矢が一本が百グラムとしても二千人に一人辺り百本の矢を配布すればそれだけで二十万本、重量にして二十トン、という膨大な本数と重量に達する。だから、幾ら指揮官が「撃て、撃てー!」と連呼していたとしても実際にはそこまでちゃんと狙いもせず撃つ訳にはいかないのだ。

 それでも、彼らはまだそこまで焦っていなかった。

 城壁の前には空堀があり、その背後に城壁がある。この堀は壁を作る際に材料として用いられたものだ。魔術でゼロから生み出すよりも元からあるものを利用した方が効率は良い。ましてや、城壁の手前に堀が出来たところで問題もない、むしろ防御に有効、という訳だ。

 しかし……。

 それはあくまで普通の相手に対して、である。

 堀といっても、ぱっと思いつくような垂直に切り立ったものでもなければ、空堀でも中に逆茂木を植えたようなものでもない。本当にただ地面が緩やかに城壁の手前で窪んでいるだけのものでしかない。

 もちろん、ちゃんとそれには理由があり、あくまで城壁を作る際の副産物として誕生したもので、わざわざ堀の縁を強化してあった訳でも、整備されていた訳でもない。

 自然と、長い時を経る内に縁が崩れてゆるやかになり、草が生えた。森が減少し、長らく侵攻もなかったので長い城壁に沿って延々と逆茂木を植えたりもしなかった。ここは最前線の城ではなく、後方拠点、という認識になっていたからとも言う。

 それでも大軍が攻めて来た時にはゆるやかでも何でも有効な訳だが……相手が単独の場合は余り意味を為さなかった。

 勢いを落とす事なく、そのまま駆け下り、城壁まで辿り着き……城壁の上から何かを落とすべく岩なり油なり煮えた湯なり持ってくる前に――駆け上がった。

 

 「はっ?」


 そんな声を上げたのは誰だったか…?

 しかし、それも当然だろう。大地を往くが如く壁を駆け上がり、ほんの先程まで堀の向こう側に見えていた姿が今は隣にあるとなれば……誰とてそんな声を上げもする。

 ほんの刹那。

 次の瞬間には我に返り、隣にいるのが自分達が矢を射掛けていた相手なのだと認識するその瞬間に、先んじて彼女が、桜華が動く。

 腰の木刀を抜き一閃。

 それだけで周囲が真っ赤に染まる。断ち切られた人体から噴出すという形で……けれども最も近くで血を浴びているはずの桜華に血の跡は皆無。その白い衣装にもただの一滴すら赤い染みは存在しない。まるでその身を汚す事は敵わぬと知っているのか或いは――ただの一滴も残さず吸われたかのように。

 

 「さあ……遊びましょう」


 そんな声と共に城壁の上の彩りが数を増した。

 城壁の上というのは狭い。

 幾らある程度幅があるとはいえ、大通りではないのだ。ただ並ぶだけならそれなりの数が並べるだろうが武器を振り回すとなるとどうしても数は限られる。

 横一列に兵士が並んで槍を突き出すにしても、精々五名。しかしそれでは一人を狙うには隣が邪魔になるのでそれも考慮すると精々三名。それが前後だから最大で合計六名。それが桜華が城壁上で一度に相手する最大数であり、その程度ならば桜華の敵ではない。それ以上を無理に並べた場合?互いの動きが阻害されて、三名の時よりも簡単になるだけだ。ただ、数を並べりゃいいってもんじゃないのだ。幾らF1マシンが早くてもオフロードに出されたらまともに走る事すら出来ないように、万全の状態で戦うにはそれぞれに合った戦い方、人数というものがある。

 しかし、それでは辺りに臓物を撒き散らした死体が増えるだけ、だった。

 ……その印象が余りに強すぎて、彼女が歩いた辺りは不自然に赤が足りない事に意識が向いた者はいない。というより、今現在量産されている側はとてもそんな所を見ている余裕はなく、後ろから迫る側は下手に手を出して今度は自分達に攻撃が向いたらと考えるとへっぴり腰で接近する有様で、しかも後者に至っては彼女の歩いた後を踏み荒らしていくのだから何をかいわんや、だ。さすがに死体を踏んづけていくような奴はいないけれど。


 「お、おい、押すなよ!!」

 「うるせえよ!お前ら、こんな時の為にいるんだろうが!!」


 などと進んでいる内に幾人かが前へと押し出されてきた。

 桜華はわざとらしく首を傾げて、そこで初めて手を止める。

 まあ、自分を無視して目の前で揉めていれば当然かもしれないし、ようやく思った通りに動き出した、と内心ほくそ笑んでいるのもあるだろう。

 彼女の推察通り、前に押し出されたのはスラムの住人達だった。

 元々スラムの住人達と元からの街の住人達は兵士となっても余り関係は良くない。

 戦場でならそこら辺は、と思うかもしれないが、直接戦闘は行われていない。ただこちらが弓矢を撃ち、向こうが軽く魔法を放って轟音を不規則に立て、そして撤退。命の危険を感じた試しがない反面、音で不眠状態が続くから苛々する。

 そうなるとそれは見知った者よりは異物に向かうのが世の常で、スラム側はスラム側、住人側は住人側、そしてそれ以外という形に分かれる。

 そして最後はちょっとならず例外なので衝突が多いのが街の住人と元スラムの住人という訳だった。

 それでも普通の戦闘中ならここまでにはならないのだろうが、生憎たった一人の強者によって次々と死者が出るという状況ではまた話が変わる。


 「何をやっている!さっさと突っ込まんか!!おい、スラムの連中!お前らはその為にいるんだろうが!!」


 そんな風に叫ぶちょっと身なりの良い者がいる。

 ……騎士ではなさそうだ、となると兵士のまとめ役といった所だろうか?それとももっと上?

 とりあえず隊長と呼んでおくが、いずれにせよ一瞬、その声に皆の視線が逸れる。

 その瞬間に、桜華は跳ぶ。

 軽く跳び上がり、目の前の相手を踏み台にして前へ、ただし「俺を踏み台に」なんて可愛いものではなく、踏み台にされて蹴り飛ばされた相手はその一撃で首の骨をへし折られてそのまま吹き飛び、城壁から転落していたが……。

 瞬時に狙った相手の所へ辿り着き、再度一閃。

 ターゲットの眼前の数名ばかりが首を半ばまで断たれ、崩れ落ちる。その倒れた上へとふわりと着物を翻し舞い降りる影一輪。

 瞬間、見とれるように目が惹き付けられる。

 本当に恐ろしいもの程、人は目を離せなくなるというがそれと同じなのか、或いは……。

 

 「興醒めですわね……そんなに死にたいなら貴方から先に黄泉路へと逝きなさいな」


 にっこりと笑顔の桜華は再び居合いの形で……。

 

 「あら?」


 放った刃は空を切った。

 別に間合いを間違えた訳ではない。ただ単に隊長の背後から伸びてきた手が桜華の刃より一瞬早く隊長の襟首を引っ掴んで引っ張ったからだ。

 そちらに視線を向けた桜華は……。


 「どなたかしら?」

 「おう、あんたかい?さっきから暴れてるってのは」


 一人の男と視線があった。

 その男は……。


 「あら、貴方魔人族ですのね」

 「おう、魔人族の傭兵、フェッロってもんだ」


 魔人族。

 彼らの特徴は一目で分かるその青みのかかった肌だ。

 別に真っ青という訳ではなく、うっすらとだが明らかに異質な肌の色をしている。

 彼らは魔力量はエルフ族と並び多いが、その使い方はエルフ族のそれとは全く異なる……というより彼らは魔術を苦手としている。彼らは魔力を正に血同様に体内で循環させ強靭な肉体を持つ種族だ。息吹を取り込み吐く種族は数多あれど、血として取り込み循環させる種族は人族や亜人族に分類される者達の中でも一際異彩を放っている。

 そんな彼らは武を尊び……尊びすぎる種族だ。

 力ある者に挑み、力ある者が挑戦を受けるのが礼儀であり義務という文化を持つ上に、敗れても心まで折れず再び研鑽して挑む、というのが文化である為に結果として強い奴に打ち勝っても仲間にならない。それどころか強い奴程勝利しても「――次は俺が勝つ」と修行の旅に出てしまうような種族なので、なかなか国を大きく出来ない。折角弱いユニットを育てても強くなると挑んでくるわ、敗れたら旅に出るわで、この為、「ワールドネイション」ではエルフ族以上に国を大きくするのが難しい種族として有名だった。

 そんな種族だ、傭兵なんてものをやってるのは別に驚く事ではない。

 彼らは自分達の習慣を他者に押し付ける事はしないので他種族にやたら喧嘩を売るような真似はしない。無論、バトルジャンキーである以上強い相手との手合わせは望むが断られれば素直に引くし、契約はきちんと守る。ただし、偽りの契約時には己の命を賭けて契約主の命を狙ってくるのでえらい事になるが……。

 

 さて、その上で眼前の相手を見るならば鍛え上げられた肉体はただ魔力頼りではない事が分かる。

 背には大剣を背負い、腰には長剣。短剣も投げるもの、緊急時の武器など各種複数装備しており、年齢的には壮年に入りかかった、という所だろうか?熟練の傭兵である。

 

 「貴方がお相手、という事でよろしいのかしら?」

 「おう、そう思ってもらって構わんぜ」


 実に楽しげに嗤う。

 彼、フェッロからすれば強い相手と殺り合えるのが堪らなく楽しいのであろう。


 「お前さん名前は?」

 「桜華、です」

 「そっか……種族は……ってどうでもいいか、んなもん」


 いや、聞けよ!と思った者がいたかは分からない。

 次第に両者の間で膨れ上がる殺気に兵士達は怯えて距離を空けていたからだ。茶化すような声など上げる余裕は、ない。結果的にちょうど両者の周囲にだけぽっかりと空間が出来あがる。

 素早くフェッロは背中の大剣を降ろす。

 桜華は、といえばその瞬間に斬り込むような無粋な真似はせず彼がちら、と向けてきた視線ににこやかな笑みで頷く。

 その意味を間違えたりせず、フェッロは堂々と大剣を壁際に横たえる。


 「あちらは使わないのですね」

 「あれは広い戦場用だからなあ。お前さん相手にあれじゃあっという間に懐に飛び込まれて終わっちまうだろうよ」


 そう言いつつ、長剣を引き抜く。

 バスタードソード、そう呼ばれる両手でも片手でも持てる剣の一種だ。魔力などは宿っていないようだが、きちんと手入れされているし、もの自体はかなり良さそうだ。

 その選択は正しいと言えるだろう。大剣ではどうしても攻撃が大振りになり、一撃一撃の威力は大きくとも小回りはどうしても落ちる。


 「良い剣ですね」

 「おう、自慢の一品だぜ」


 既に互いに臨戦態勢。

 桜華は木刀を鞘に納めたまま居合いの形を。

 フェッロは正眼に両手持ちで剣を構える。

 小柄な桜華に対し、フェッロは二mを超える長身。

 一見すればフェッロの勝ちは揺るがないように見えて、互いに睨み合ったまま動かない。そして表情だけを見るならば、どこか楽しげな雰囲気を漂わせる桜華に対し、真剣なフェッロとむしろ桜華の方に余裕すら見えるようだ。

 

 「ふっ……」


 軽く息を吐き、先に動いたのは桜華。

 笑みを浮かべたまま、至極無造作に距離を詰める。それこそ間合いなど関係ない、とばかりに……。

 強者の余裕、そう見たか。フェッロはニヤリと笑みを浮かべると突きを放つ。

 強者に挑むは魔人族にとっては望む所。

 例え、その結果戦いに倒れてもそれもまた良し。

 そんなバトルジャンキーにとって彼女が強いなら強い程、歓喜がこみ上げてくるのだ。


 ギンッ!


 鋭い音を立てて、抜かれた木刀が鋭く突き出された刃を弾く。

 その音は到底木刀と剣の立てる音ではないが……まあ、木刀と言っても殆ど見た目だけだ。強度は鋼すら上回る。

 太刀と剣。

 双方が激しく刃を交わす。

 鋭く澄んだ音が立て続けに響く。


 何時しかその動きは片方が攻め込み、片方が受ける、という形へと変わってゆく。


 キンッ、ギンッ、そんな音が次第に静かになってゆく。

 するり…と太刀が動き、剣を受け流しだしているのだ。

 フェッロが派手に動いて切り込み、桜華が緩やかな動きでそれを受け、そして流す。

 動きが激しいのは確かにフェッロだが、どちらが優勢かを問うならば誰もが、兵士になりたての連中でさえ桜華を上げるだろう。


 「すげえ……」

 

 誰もが舞のような動きに魅入られていた……。

 それでもフェッロは挫けない。

 いや、むしろ楽しげにますます苛烈に攻撃を仕掛ける。人族なら当に体力が尽きていてもおかしくないが、そこは魔人族。尚もひたすらに攻める。

 もっとも、焦りからではない、彼はただ単に嬉しかったのだ。


 (いいぜいいぜ!圧倒的な強者に挑む!これでこそやりがいがあるってもんよ!!)


 ――フェッロは故郷でも一番の腕の持ち主だと言われていた。

 挑むのではなく、挑まれるのが当り前になり……しかし、どうだ!今、こうして目の前の相手にはまるで歯が立たない!

 挑まれるのではなく挑む。

 競うのではなく挑む。

 忘れていた、久方ぶりのこの感覚!

 それがフェッロの気持ちを高ぶらせ、身体の中の魔力の流れを加速させて更なる速度の向上をもたらす――。

 今より早く、更に早く。

 今より強く、更に強く!

 

 「あら?」


 桜華もそれに気づく。

 激しく活動する魔力が体内を濁流の如く流れ、勢いを増して……しかし、これは。

 一際激しく剣を弾き、軽く距離を取る。

 フェッロは追わない、いや……追えない。ここでようやく他の者も気がついた……フェッロの身体から魔力が立ち昇っている事に。強く、激しく……それは如何にも目を惹く光景だったが……桜華自身は眉を顰めた。彼女には分かったのだ。その意味が……。


 「おい……どうした……早く続けようぜ……」

 

 爛々と目を輝かせ、けれど全力疾走したかのように荒い息をつき……。


 「分かってますか?貴方このままでは死にますよ?」


 桜華は酷く冷たい声をかけた。

 その言葉にぎょっとして一同はフェッロに視線を向ける。

 魔人族の立ち昇る魔力、それは確かに如何にも激しく強く見える。……けれど違う。魔人族にとって魔力とは血、もし、人の身体から大量の血が流れていったらどうなるか……?お分かりだろう、今、フェッロは人で言うならば出血多量で死に至ろうとしているのだ。その魔力をオーバーヒートさせる事による一瞬の強大なブーストと引き換えとして……。 

 だが。


 「それが……どうした?」


 止まらない。

 止まる気もない。

 フェッロは自分が全盛期を過ぎつつある事を悟っていた。

 だが、だからこそ思い切り戦ってみたかった。どうせ死ぬなら戦いの中で死にたかった。  

 そんな思いを受け取ったのか……桜華もまた微かに笑みを浮かべた。

 

 「……良い覚悟、と褒めておくべきでしょうか?……いいでしょう、何かしらもう一枚切り札があるのでしょう?それ次第では……貴方の血、頂くとしましょう」

 「へ、へへ……あんた……吸血種か何か、かあ?」

 「まあ、似たようなものだと思ってもらっても構いませんよ……」


 そう言いつつ、桜華も自らの武器を右肩に担ぐように構える。

 吸血種と聞いて輪を広げた周囲と異なり、フェッロは己の武器に力を篭める。死を覚悟して戦っている現在、そんな事はどうでもいいのだ。

  

 「なら……受け取ってくれや」

 剣士武技【轟断】


 大上段に振り上げ、ただ振り下ろす技。

 言葉にすればそれだけ。

 けれども発動の瞬間、魔力が刀身に絡みつき瞬時に白熱化。 

 巨大な白く輝く剣と化し、降ろした大剣すら上回る巨大な一撃と化す!

 ただ破壊力だけならばもっと上回る一撃もあった、けれど、周囲を巻き込む訳にもいかない、という事情以上に己の一撃を見せるにはただシンプルな一撃を持って示す事を選んだ。

 その一撃は城壁を軽く切り裂き、足元まで振り切った時、そこには深い亀裂が刻まれていた……。


 「……成る程」


 けれど届かず。

 後退する桜華の動きに遅れ、ふわりと舞い上がる袖を切り裂くに留まるが、桜華はその袖に視線を向ける。

 ……完全に避けたつもりだった。

 けれども現実には袖は切り裂かれた。

 それはすなわち、彼の速度が彼女の想定を上回ったという事。

 

 「気に入りました。貴方は私が頂く事にしましょう」

 「そう、かい」

 

 実の所、【血染め桜】というモンスターはそのままではそこまで強くない。

 それでは桜華は?と思うかもしれないが、これらは全て膨大な死者の上に築かれた基礎ステータスの圧倒的な高さが大きな要素を占めている。そこへ生来取得スキルとしての侍の技量が合わさって、通常の大量生産される【血染め桜】とは一線を画した彼女がある。

 だが、それでありながらゲームでは愛用される事の多いモンスターでもあった。

 何故なら……。


 「最早動く力もないようですが……特別です」

 槍騎士武技【千刃乱舞】


 確かこう、でしたかしら?

 彼女がそう呟いた瞬間、木刀が解け瞬時に槍へと変わる。

 そこから放たれる武技の一撃。

 本来は無数の槍の一撃がフェッロの全身を穴だらけにするはずだが……一点にまとめられたその一撃は彼の心臓を正確に貫き、大きな穴を空けていた。

 笑みを浮かべたままフェッロは事切れ……倒れる身体を桜華が受け止めた。


 「なかなか楽しかったですよ」


 後は私の中で生きなさい。

 そんな声が聞こえただろうか? 

 モンスターとしての【血染め桜】は基本は決して強いモンスターではない……だが、これが彼女らが愛用された理由。彼女らは成長する。血を吸い尽くした相手の経験を学び、その技を得る。全てを学びうる訳では無論ないが、一度生産すれば新たな技など身につけないものが殆どの中で成長するモンスターの一つ。それが【血染め桜】だった。

 

 「此度はこれで引き上げる事と致しましょう。――それではまた」


 そう伝え、桜華は城壁から飛び降り帰還していく。

 その背に矢を放つ者は……いなかった。

次回はちょっと陰謀とかその辺の要素が強くなるかな……?

頑張って早く上げたいと思います


血染め桜補足、ゲーム内では

・一回の成長で取得出来るのは一つだけ

・プレイヤーは対象にならない

といった制限がありました

倒せば倒す程、強くなっていく、というユニットですね

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