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ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
18/39

都市攻防、その頃

「これからの方針」に加筆

召喚されて協力する事に決めた理由をば少々……


誤字修正…

 「……レベル上がったけどどうすっかねえ」

 「覇王のスキル取れるんでしょう?」

 「そうだけどよ、お前はその点悩まなくていいよな」


 などという会話をしながら、小高い丘でのんびりとくつろぐ者が二人、ティグレと常盤であった。

 ここは城塞都市ポルトンより王国側へ進んだ地点。

 一足先にブリガンテ王国内へと入り込んだ二人は穏やかに話しており、ここからは今頃開戦しているであろうポルトンの姿は見えない。

 無論、ちゃんと理由があってこんな所にいる訳だが、その時までは暇だし、実際に必要になるかもこの時点では分からない。かといって、こんな場所だ。暇潰しといったって精々が身体を動かしての訓練ぐらいしかする事はなく、そんなもん何時間も何時間も延々ひたすらやってるのは気が滅入る。

 食料や燃料も全く問題がない。

 なので、この間の戦闘でレベルが上がったのでそっちに関して暇潰しがてら話をしている訳だ。

 

 今回の戦は二人は新たに出来た部下達に完全に任せるつもりだった。

 ただし、あくまでポルトン周辺だけだが……。

 魔物達はまだ、いい。

 問題はその他のメンバー、エルフだ。

 魔物達は彼らを生み出した存在である精霊王エント、常盤の言う事をきちんと聞いてくれている。

 性格的に合う合わないはあるようだが、そこら辺は指揮を執る者が誰かをはっきりさせておいて、その指揮を執る者がきちんと理解出来ていればいい。桜華は問題なし、晶輝は割合命令に従って動く方が気楽と考えている部分があるようだ。でかい事を考える事は苦手、と感じているのか?焔麗は参謀向き、直接指揮を執るのではなく、ちょこちょこと見落とし部分とか、そこら辺を何気なしに指摘するのが性にあっているらしい。

 お陰で三名の役職というか配置はすんなり決まったし、全員納得していた。

 

 「でよお、覇王スキル取れるのはいいんだが、攻撃にすっか防御にすっか指揮にすっかが悩み所でよ」

 「あーまあ、これまでは指揮とかに振ってても、これからはそうはいきませんからねえ」

 「そうなんだよなあ……」

 

 まあ、気持ちは分からないでもない。

 モンスターの場合は特殊スキルが自動的につく。戦士とかのクラススキルがないから選択肢が基本ない。……ここら辺の関係もモンスター系の人気が当初出なかった原因のひとつらしい。その後、デフォルメモードの採用、基準能力値の向上なんかで優遇された結果、次第にモンスターの人気も上がっていった訳だが。

 常盤の場合、今回取得したスキルは自分はモンスター創造や自然制御スキルが上昇していた。

 レベルアップまでの過程で積極的にやっていた行動が反映されるらしいから、大体想像通りの成長だったと言えるだろう。ここしばらくはずっと新規モンスターの創造と、森や湿原の拡大の為に植物と土壌の操作というか強化というかそういうのばかりやっていた訳だし。

 一方のティグレはといえばこちらは選択式だ。

 最高レベルにまでそれまでのスキルを上昇させたとはいえ、全てのスキルを取り付くせた訳ではない、というか取りつくせないようになっている。だからこそ、例えば同じ騎士がメインクラスでも成長次第で攻撃を主体とした騎士になったり、防御を主体とした騎士になったり……同じ攻撃系でも全体攻撃が得意な者もいれば、単体攻撃が得意な者もいる訳だ。

 そうやって、いざ国を築いた際に味方が不利になった際に押す敵部隊を全体攻撃で削ったり、敵の将クラスを一騎打ちモードで倒したり、或いは味方を守ったり……といった形で使える訳だ。ただし、そうやって王が出撃していると他の戦線がどうなっているか分からなくなるので、幾ら便利だからってホイホイ出撃してると一つの前線に夢中になってる間に他が壊滅状態に陥ったりする事になる訳だが……。まあ、国を築いた初心者がよくやる失敗だった。なまじ、個々の戦場で無双が出来る為にそっちに夢中になってしまう訳だ。

 そして、覇王に留まらず王系のスキルというのは基本部隊指揮系のスキルだ。

 例えば、「覇王スキル」の場合、【全体攻撃力強化】とか【突破強化】といった攻撃強化系のスキルが多い。

 他の王系統のスキルも同様に、「賢王スキル」ならば魔法系の強化、「武王スキル」の場合は防御系の強化がメインとなり、中には「狂王スキル」のように防御を捨てて覇王以上の攻撃強化、みたいな使い方を間違えれれば自滅みたいな癖の強いスキルだって存在している。

 ただし、覇王のレベルが上がっても、覇王ではなく下のクラスのスキルを選択してもいい訳で……。


 「うーん、やっぱしここは獣戦士系スキルを取るべきかなあ?」

 「……まあ、防御に回すのも手ですよね。こっちじゃ死んだら終わりだし」

 

 その通り。

 ゲームと異なり、ただ敗北や戦力が大きく落ちるというだけでなく、命すら落とす以上防御回復を優先するのは決して間違っている訳ではない。 

 ただ、魔法使いが戦士のスキルに興味薄いように、系統が全く異なる為に常盤はそっち方面には余り詳しくない。

 まあ、もちろん対策を取らなければならないからどんなスキルが存在していて、その中でも気をつけないといけないスキルは何か、といった事は知っているがティグレが実際にどんなスキル構成をしていて、どこに比重を置いていて、どこが甘いのか、などそれぞれのプレイヤーにとっても重要な秘匿事項だ。育てた軍団同士とはいえPvPがイベントの基本となる訳だから、そんな重要な事を他者に明かしている訳がない。

 なので、下手に「これはどうか?」と勧めても「それはもう持ってる」という事になりかねない訳だ。

 まあ、普段の戦い方などから、攻撃系寄りのスキル編成だろう、という予測はついているが先だっての王国騎士団の隊長との戦いで基本的な防御系スキルを押さえている事は確認出来ている。

 それが分かって尚こうやって話に常盤が付き合っているのも、そしてティグレが話をしているのもこれが暇潰しだと互いに理解しているからだ。


 「……おや、動きだしたみたいですよ」

 「おお?」


 などと話している間にどうやらお待ちかねの動きがあったようだ。

 城塞都市ポルトンの側より数騎の兵士が駆けてくる。数は全部で三。

 想定通り、事前に準備されていた襲来を告げ、救援を求める早馬だろう。攻めてくるのを予想していれば、都市に接近する軍勢が確認された時点でただちにそれが出されたとしてもおかしな話ではない。

 

 「ああ、矢張り三方に分かれましたね」

 「ま、そうだろなぁ」


 その光景をのんびりと両者は見ていた。

 当然といえば当然だ。

 ここは城塞都市ポルトンからの街道が三方に分かれる、その分岐点が見える箇所だ。そういう場所に陣取っている。

 その動きを妨害すれば当然増援は派遣される事はない。

 逆に増援が到着すれば攻城側は苦しい立場に置かれる事になるだろう。そもそも篭城戦というものは篭城する側はそういう増援を見込んで行うものだからだ。

 だが……ティグレも常盤もその早馬を止める様子はない。

 もちろん、本当の意味で何もしていない訳ではなく、発信機兼盗聴器とでも言うべき種はこうして会話をしている間に既に取り付け済みだ。


 「やはり、確実性の為でしょうねえ」

 「そりゃそうだろ。出来りゃあ一騎で済ませたい所だろうが、それじゃあ何処で何が起きて連絡失敗すっかわからねえからなあ」


 後ろ手に立つ常盤に対し、ティグレは胡坐をかき、膝に片肘をつく形で地面に座り込んでいる。

 増援を求める早馬をどれだけ出すかは難しい所だ。

 馬を扱える人材、それもちょっと扱えるだけの見習いではなく、長時間連続して馬を走らせられるだけの優秀な人材でなければ早馬を任せる訳にはいかない。

 篭城である以上、騎馬の必要性は薄れるとはいえそれなりの優秀な人材である事は事実。戦力を削って送り出す事になる。

 数を絞りたいが、しかし、絞るという事は同時に不確実性を生む。

 一人だけ送り出せば、途中で何かが起きた際にその時点で詰む。それこそ道に偶然生じていた窪みで馬が怪我をするかもしれない。如何に熟達しているとはいえ兵士が落馬してしまう事だってある。我々の世界だってジョッキーが落馬、という事故は常に起こりうる。途中で盗賊に襲撃、なんて事だってゼロではない。

 確実性を追求するなら数を増やすしかない。それにしても……。


 「三騎とは奮発したねえ」

 「それだけ切羽詰っているとも言えますが」

 「言えてるな。或いは別の所にも送る腹なのか……」


 道を分けたのも道が何らかの原因、例えば河の増水、崖崩れなどで封鎖されている危険を考慮したものだろうが……。

 それでも完全に三方に分かれた、というのが気になる。

 全てが同じ方向へと救援を求めたのだろうか?例えば、王都方面と近隣の有力領主とに分けたという可能性もある……。


 「けれどやっぱりそこまでは頭が回らんかったか」

 「まあ、その辺りはこれから、でしょう」


 経験を積んでいけば、こうした事にも対応していけるはずだ。

 いや、既に常盤は桜華達へとこの事自体は伝えてある。ただ、対処はこちらですると伝えているから、彼女達はエルフ達へと伝える事はしなかった。それだけだ。

 そう、二人が手を出さないのはあくまで攻城戦そのものに関してのみ……。

 さすがに今回が初戦の面々に全てをやらせる気はなく、多少のミスは彼らがカバーする腹だった。


 「さてと……それじゃまあ、俺は戻るわ」


 早馬を確認した事で、ティグレが腰を上げた。

 彼はこの後、暗殺者などの存在を確認する為に一旦戻る。

 桜華達の戦闘力からすれば問題ないだろうが、現時点ではまだ暗殺者系のモンスターが生まれていないからだ。より正確には暗殺者系の将となるモンスターというべきか……主に情報収集に活用する事にしている。

 その為、主にエルフ達の護衛とでも言うべき役割を引き受けたのがティグレだった。

 立ち上がったティグレはふと、といった様子で語りかけた。


 「……なあ」

 「何です?」

 「この戦いが終わったら、俺はこの地を離れようと思う」


 思わず常盤はティグレの顔を見ていた。

 背を向け立ち止まっているティグレはこちらを向く様子はない。

 その背に視線を向けながら常盤は聞いた。


 「何故また?」

 「……分かってんだろう?俺は今のままじゃあ出来るのは単なる一兵士。お前さんの部隊を指揮するって言ったってお前さん自身が指揮した方が遥かにいい運用が出来る」

 「………」

 

 矢張りそれか、と常盤も内心では理解していた。

 そもそも常盤とティグレでは部隊の運用方法が全く異なる。

 第二次世界大戦で言うなら常盤のやり方はソ連軍、ティグレのやり方はドイツ軍。多少質で劣っても物量で押し潰す常盤と、高速高機動戦を展開するティグレ、という形になる。常盤の生み出したモンスター軍団の指揮の一部を任せるにしても、それはあくまで部隊の一部を任せているだけで……実質的な影響は常盤の下にある。どういう事を意味するかというと、ティグレのスキルの影響力には入らないのだ、実は。

 ティグレの覇王スキルは部隊全体の能力をアップさせるが、モンスター軍団は常盤の支配化にあり、常盤の軍団系特殊スキルの影響下にある。

 同時に部隊強化系スキルは影響を及ぼさない。

 既に常時発動型の特殊スキルの影響下にある以上、ティグレの持つ覇王スキルは効果を発揮出来ないのだ。

 かといって、完全譲渡しようにもモンスター系というのはそれぞれのマスターの支配下になければ暴走の危険がある。あくまで彼らは「モンスター」なのだ。 


 そうした意味ではエルフ達をきちんと仕上げれば、これはティグレのスキルの効果を用いる事が出来るが……。

 ここで問題となるのはエルフ族の得意とする戦い方とティグレの得意とする戦い方の違いだ。

 エルフ族の戦い方、というのは現代戦のそれに近い。少数の部隊ごとに散開、部隊ごとに互いの連携を取りつつ弓や魔法によって攻撃、という形だ。散開した部隊ごとに連携を取りながら進む上に徒歩が基本な以上、どうしてもその進行速度は遅くなる。

 高速で一気に蹂躙!を戦術の基本とするティグレのやり方とは真逆に近い。

 つまり、指揮を執るにしても慣れないやり方に改めて慣れるというか構築するというか、或いは……。


 「もうしばらく待って下さい。将級に百ぐらい高速戦闘可能な奴ぐらいつけますよ」

 「わりいな」


 どこかでそれを得意とする部隊を編成するしかない。

 幸い、というべきか北方、そちらは比較的低い山地となっているが、それを超えた先は平原が広がっており、そこには獣人族の部族が暮らすという。

 ブリガンテ王国と仲の悪いアルシュ皇国の西方領域にあたり、獣人族をその統治下におこうとするアルシュ皇国とは幾度となく刃を交えているとも聞くからやりようはあるだろう。だが、それでも、直接スキルの効果を及ぼせずとも兵力は必要だ。

 たった一人で全てを一から構築するよりは、多少なりとも指揮下の部隊を持っていた方がやりやすいはずだ……。

 そう考え、生み出すモンスターをどれにするかを考える。敢えてこの後の別れ……一時であれば良いが最悪永遠ともなりかねない別れの事を頭から追い出そうとしていた……。

 きっと、たった一人、この世界に放り出されていたらもっと混乱していただろう。

 そんな中、あの初めてのこの世界での戦場に共に来てくれたティグレの存在がどれ程心強かったか……。

 互いに何も言わず、ティグレは足を早めエルフ達の方へと駆けていった。その背を常盤はじっと見送っていた……。

 


 ◆



 ――あれからおおよそ二週間。

 桜華からは今の所作戦は順調に進んでいるという連絡が来ている。尤も、エントの能力を使えば複数の視点から直接状況を見る事が可能だ。

 一応、常盤自身も確認してみたが、元々エルフは森の民。住む場所もそこまで手の込んだものを好まないという事もあり、現在の所問題は発生していないようだ。

 

 こうなると問題は早馬が到着した後の状況である。

 こちらは予想より早い段階で出兵の準備が整っていた。無論、それには理由がある。

 最大の理由は貴族派の焦り、だ。

 貴族派は前回の出兵で大きなミソをつける事になった。

 ただ単に敗退した、というだけではない。国の騎士団の一つまで確実性を高める為に動員しながら結果は大敗し、おまけに騎士団の副団長に次期団長、多数の貴族派領主の戦死。現在は戦死した領主勢は絶賛混乱中で宰相派が恩を売って切り崩そうとする動きを懸命に防ぐ貴族派という状況だ。 

 一部中立派も貴族派が一部崩れた事で宰相派になびきかけているという話もある。中立派だって、家を残したいという気持ちは変わらない。

 両者が並び立っている状況ならば双方が緊迫した状況時に間に入る者も必要であるし、どちらも相手につかれるよりは、と中立を気取りも出来るが片方が落ち目になったら話は別だ。

 そして、物事においては確実な状況まで待っていたら機を逃す事になる。

 考えてみれば分かる話だが、完璧に有利になってから擦り寄ってきた者と、最初から共に頑張ってきた者やまだまだ情勢不明で危険な時に手を貸してくれた者が同列に扱われるだろうか?答えは否、だ。安全になってから出てきた者にはそれ相応の見返りしか与えられないし、得られない。つまり、本当に勢力争いには興味がない、中央の権力にも興味はない、という覚悟の上で中立を維持する極少数の者以外は今回の貴族派の揺らぎで色気を見せている訳だ。

 当然それを察知して完全に引き込もうとする宰相派、させじと動く貴族派と暗闘はなかなか激しいものとなっている。

 

 この状況を何とかする最善の一手は勝利する事だ。

 そんな風に考える貴族派の一派がいた。

 実際にはそこまで単純な話ではないのだが、矢張り大敗が今の状況悪化を招いているだけにそちらと結びつける者が出たのは必然と言えるだろう。

 故に彼らは両方で進攻の準備を進めていた。

 無論、きちんと周囲の理解は得て、だ。貴族派に説明しておくのは勿論、宰相派にもきちんと話を通しておかなければ最悪謀反の準備と取られる危険がある。

 かくして、食料を蓄積し、兵の準備を整え着々と将来の出兵に備えていた訳だ。そこへ城塞都市ポルトンへの侵攻が確認された。


 『救援を!』


 早馬は幸いというべきだろう、三騎共に突発事態に見舞われる事なく到達した。

 派遣されたのは王都方面に二騎、南方諸侯の中心とでも言うべき都市に一騎。

 ただし、南方側にも走らせたのは、保険の意味合いと、もしポルトンが抜かれた場合そちら方面に敵が進出する可能性が高いので防備を!警戒を!という意味合いが大きい。王都方面から街道整備は進んでおり、南方は比較的後期に王国に編入された地域。他地域に比べれば安定度はまだ低い。

 街道に沿って簡易ながら防御施設が設けられている王都方面に対して、南方は街道がやっと基本的なものが整備し終えた、といった所でしかないのだ。

 当然、そちらの方が兵力も少なく、城塞都市ポルトンを抜かれたら、まず王都を守らねばならない分、新たに兵力を回す事も難しく必然的に南方は例えポルトンが落ちようとも正規騎士団などの増援はなく、現有戦力で何とかするしかなくなる。なので、そこら辺の事情を知るマノ伯爵が最悪に備えて……という意図のようだった。

 無論、「将来南方単独で防衛するぐらいなら」とポルトンで食い止める事を狙って派兵してくる可能性もあったが、王国内で最も遅く王国の領域に入り、必然的に最も開発が遅れている南方領域は国内開発優先、すなわち宰相派であり、兵力も盗賊やモンスターの被害を防ぐ為の最小限の戦力以外は常駐戦力を置いていない。

 現有戦力は別の事に使う為に必要である以上、ポルトンへ増援を送るとなればこれから兵力を徴募する事になり、到底間に合わないだろう。それぐらいは南方諸侯も理解出来るはずなので、おそらくは兵力の増強を図るぐらいだろう。無論、表向きは増援の準備という事にして下手な軍備増強に関する面倒な話を遮る、予定だ。

 

 本命は王都方面の二騎。

 とはいえ、元々安全性の高い街道を優れた乗り手が走るのだ。

 もし、盗賊がいたとしても良い馬に乗って走る相手を追うのは難しいし、そもそも早馬の場合見た目に分かり易いよう早馬を現す青の流しを肩につけている。

 これと「伝令ー!」などと叫ぶ事で緊急の連絡であると周囲に周知させるのだ。

 当然、盗賊らもそれは見える。そんなものを下手に襲えば国が本気になる危険性があるので、まずそんな相手を狙う奴らはいない。大体襲っても早馬である以上、金目のものはまず持っていないのだし。

 お陰で、特に事故もなく、多少の到着の前後こそあったものの無事両騎共に街道沿いの砦に到着。

 そこからは狼煙と腕木通信で次々とリレーされ、王都へと到達。

 王都からは正規騎士団が……出撃する訳がなかった。

 何せ、王都駐留の正規騎士団は三つ、内一つは半壊状態で騎士団長は現在、自身の爵位継承というか父母に弟を拘束するお家騒動の真っ最中。

 さすがに現役騎士団長という事もあって相手は全く抵抗出来ておらず、この後宰相派と話をつける事で何事もなかったように爵位を継承出来るはずだが、半壊した部隊の再建や従騎士の正騎士への昇格認可に部隊の練度向上などなど実際に出撃可能になるまでにはまだ時間がかかる。当然、団長も団自体もこの状態では当然出撃は不可能。

 では残る二つはといえば、この間の大敗がここでも尾を引いていて、中立派に属する騎士団は現在国境へと派遣中。アルシュ皇国があの大敗のせいで国境で何やら策動しているという情報が入り、国境をしっかりと抑える為に近隣領主共々皇国側と睨みあっていたのだ。

 そうなると現在王都に駐留する団長も含めて完全充足状態の騎士団は一つのみ。

 まさか、最後の一つを王女を置いて出撃させる訳にはいかず、かといって王女自ら増援にというのも論外。

 当然のように貴族の領主軍を用いた増援が決定された訳だが、ここで積極的に手を挙げたのが貴族派の一派だった、という訳だ。

 

 宰相派にしてみれば危険な仕事である事には変わりない以上、敢えて火中の栗を拾う必要はないとする者と、ここでガッチリと勝利を抑えて勝利を確定づけるべきと主張する者など様々ではあった。

 だが、最終的には消極的賛成の宰相派と積極賛成派の貴族派という形となり、貴族派が出撃する事になった。

 もちろん、宰相派も全く兵を出さない訳ではない。ただ単に兵糧と速度の関係上先遣という形で出撃する五千弱の部隊の指揮を執らなかった、というだけの話だ。

 この後の本隊では宰相派としても兵を出す事になっている。 

 早馬が砦に到達し、そこから王都へとリレーされた情報が届いたのが攻城戦開始三日後。

 臨時に召集された会議の結果、指揮官含めた派遣される先遣隊の面子が決まったのが五日後 

 そこから準備を整え、王都近郊よりまず領主らが出発。

 馬で急ぎ、数日かけて事前に兵糧の蓄えと騎士を駐留させていた砦へ到着。

 ここに待機していた部隊にプラスする形で先遣隊として出撃。

 急ぎに急ぐ……といっても数が数。加えて、到着したはいいが疲れきって増援の役を果たせなかったとなったら本末転倒。当然、速度は心は急くが、程ほどという事になり早馬のそれには到底及ばないものになる。それでも陥落後では意味がないから急ぎに急いでようやく近傍まで到着していた……。    

 先遣隊はといえば、割と戦意には不足していなかった。

 自分達が勝利を決めてやると意気込んでいたのだ。……それと遭遇したのはもう少し進んだ先で最後の宿泊を行い、翌朝日の出前に出発、日の出直後に攻撃をかける、という作戦が発表されて足を速めていた時の事だった。


 「なんだ、ありゃ?」


 そう言ったのが誰かは分からない。

 何しろ、先遣隊の司令官や隊長クラスでさえそう呟いた者は多かったのだから。

 いや、正確にはそれが何かはすぐに分かっただろう……樹木である。

 ただし、彼らが疑問の声を上げたのも当然で、その木は普通の木と決定的に違っている事があった。それは……。


 「……でけえ」


 そう、大きい事だった。

 さすがに背後に見える巨大な山脈の一部よりは下回るものの下手な山すら上回る巨大な樹木。

 緑に生い茂るその姿が彼らの目を吸い寄せるのは当然と言えるだろう。

 次に、「あんな樹木があっただろうか?」そういう考えに至ったのも当然の話。何しろ、樹木というのは成長に時間がかかる。竹などはかなり早く生長する訳だが、普通の樹木となれば何年も何年も時を重ねて、何百何千という年月を経て巨木と呼ばれる樹木となる。

 あれだけ巨大な、ともなれば何千年何万年もかかるのが普通であろうし、そんなものが生えていたとして世間一般に知られない程、ここは田舎ではない。

 いや、田舎と言えば田舎なのだが、あんなものが生えていれば噂の一つぐらい流れようというもの。

 当然ながら、それに疑念を抱く者はいる。

 とはいえ、同時にその疑念に対して疑念を抱いてもいる。

 つまり……「あれは何かの敵の策ではないのか?」「いやまて、あんなもの策として用意出来るのか?ハリボテでもそう簡単なものではないぞ」、という訳だ。事実、攻城戦に用いる道具の運搬と構築の苦労を考えれば、あれがどれだけ馬鹿げた労力の下に作られたものか、考えるだに馬鹿馬鹿しいだろう。作られたものなら、の話だが。

 生憎、それは作られたものではない。

 天然自然の存在だ……ただし、この世界ではない別の世界での話だが……。

 

 『かつて光と闇が生まれ、大地が生じた。神はその上に水を張り、大気で包み、炎で暖めた。その大地の上に植物が根を降ろし……』


 ゲーム世界の創世神話という設定を簡単に現せばこうなる。

 そして、その始原の植物は大地におおいに根を降ろし、我が子となる植物達をその後に生まれた動物達との間で食物連鎖を構築するのだが、やがて人という種族が大地に生まれ落ちる。

 人族が、魔人族が、ドワーフ族が木々をお構いなしに切り倒し……といった文明を形作る上で植物が子孫を残せぬまま世界の至る地に砂漠が生まれ……その中で始原の植物、世界樹は悲しみやがて狂い動物を脅かす存在へと変わったった、神はそれを嘆くと共に彼女をその苦痛から解き放つ為に……という巨大クエストが発生した。一度打ち倒した後、狂ってしまった世界樹の代わりに、僅かに残ったその始原存在としての意志を継ぐ者を求める、という形で植物の精霊王エントは誕生した……。

 設定が設定なので公式にも一体のみ。当時純粋なモンスター系で且つ植物系統で最もレベルが高かった常盤はその最初の選択権を手にし、それを行使した。

 この時、常盤以上のレベルに達していたが、全員が全員人に変身して、強力な装備を使うのが可能な道へ進んでいたプレイヤーはおおいに悔しがったという。今では純粋なモンスター系がどんどん上位から減っていくのを憂慮した運営の梃入れだったのでは?と看做されている話だ。

 世界の始まりから存在する樹木故にその身は超巨大。

 当然だろう、他のゲームではその樹木の内側の隙間、葉の上をダンジョンとして進めるものとてあるのだ。

 それが――動き出す。


 「……は?」


 それが作り物だという疑いはあっただろう。

 だが、それが動き出すとは誰が予想しただろうか?それを見た瞬間、誰もが呆けた声を上げた。


 ――さあ、始めるか。


 常盤にはそんな事は関係はない。

 既に準備は万端整った。最早彼らが逃れる術はない。

 彼らが行進した後、道は急速に雑草が覆い、灌木が誕生し、森が生まれている。最早彼らの退路は絶たれていたのだ。

 さて、巨大というのはそれだけで武器となる。

 山にも匹敵する巨体が人体を形作り、それが歩き出す……下手な超高層ビルを超える長さの足が一歩踏み出す。

 身長二メートルの人間が一歩で三十センチ踏み出したとしよう。

 身長五百メートルの巨体が動けば、それだけで一歩は七十五メートルになる。駆け出せば更にその速度は上昇し、まだあったと思われた距離は一瞬でゼロに帰す。

 それでも尚、非現実的にしか思えなかった。

 足音が殆ど響いていなかった事もあるだろう。これは植物を統括する存在故に望めば、小さな草さえ踏みにじらずに……僅かに空中に浮かんで歩を進めるという設定だからだ。麒麟と同じ系統だと考えれば良い。ただし……破壊の意志を込めて攻撃した際はその限りではないが。

 腕が振り上げられ、瞬く間に距離を詰められた軍勢に対して揮われる……。

 巨大、大重量。

 拳だけでうん十メートルに達する巨大な塊。それが高速で振り下ろされた時、どうなるか?


 「は……」


 先遣隊は呆けて実感を得られぬままその直撃を受けた。

 長く感じられたかもしれないが、一歩一歩の歩幅が桁違いである為に実際に歩き出してから、ここまで十秒に満たない。

 思考停止状態が解ける前に――豪腕が大地を砕いた。

 人族の武将の武?金属の鎧?……そんなものが何になるというのだ。

 圧倒的な巨大さ、質量の前では紙と変わらない。

 直撃を食らった者は一瞬で叩き潰され、直撃をもらわずとも衝撃で弾け飛んだ土塊は周囲をなぎ倒し、爆風が吹き荒れてなぎ倒す。

 直後ようやく理解出来たのか悲鳴が上がった。


 そう、これがゲーム世界でチートと呼称された理由。

 単なる生産能力、治癒能力だけならば特化する事でそれを上回る者は実は存在する。

 だが、その戦闘力は……。

 武技などモンスターには与えられていない。世界樹には戦闘用の武技は設定されていない。

 必要ないのだ。

 そのゲーム世界でも巨大な拳を、蹴りを揮えばそれで十分。

 ゲームだからこそ、それに対抗可能な手段は用意されていた……その巨大な拳の一撃を武技で防ぐ事も出来た。傷つける事も出来た。


 だが、それがどうした?


 この世界でも我に返った部隊から殆どは逃走を図るが、一部が必死の反撃を繰り返し、剣が槍が武技によって破壊力を増大させて表層を削り、必死の魔法がその幹を焦がす。だが、繰り返して言おう――それがどうした?世界樹の性質が圧倒的な自然治癒力を発揮する。

 常時発動の再生が瞬きの間に損傷を癒し、それをなかったものとする。

 武技はなくとも、その巨大な質量は素で武技に匹敵する、いや上回る程の破壊力を生み出す。

 人族がふるう武技でもって、巨大なダンプカーを弾き飛ばす?それがどうした?飛来するダンプカーをも上回る巨大な質量が拳として襲い掛かったらそれは防げるのか?一発だけではなく、相手はただ拳をふるっているだけの話。

 ただ歩き、ただ手を振る。

 それだけで根が構成する足の下、数千トンはくだらない重量に押し潰されて肉塊と化し、振るわれた手の衝撃波で吹き飛ばされる。

 そこに人族の強い弱いの差はない。

 騎士として上位にあろうが、下位にあろうがその圧倒的暴力の前ではただただ弄ばれるだけ。

 これでも常盤の種族は「世界樹の若木」なのだ。


 かつて「ワールドネイション」で最大のイベントクエスト「クルエル世界樹」。

 今の常盤を更に上回る巨体。その巨体故に前衛後衛お構いなし。軽く手を伸ばせば自らの射程距離ギリギリにて攻撃準備していた後衛に楽に届く。

 必死に表面の皮を削り、葉を落とせばそれが新たな取り巻きという名の強大なモンスターとなる。

 国家連合という名の超巨大レイドを組み、生まれてくる取り巻きは各人が率いてきた各国家の軍に任せ、プレイヤー達がひたすらに本体を叩く。

 倒す為に当時の登録プレイヤー、その中でも上位に限れば八割方が参加してようやく討伐に成功したとも言われる怪物中の怪物。

 さすがに強さをそのままでは論外なので、滅びゆく最期の瞬間、正気を取り戻した世界樹が己の若木を残し、それが精霊王となった……という伝承の下に生まれた精霊王エント。その桁違いの力が今、この世界で傍若無人にふるわれる。

 武技が使えない事がどうした?

 必死になって攻撃を逸らそうと武技をふるう者がいる。

 潰す。

 懸命に全力で魔術を唱える者がいる。

 潰す。

 泣き喚きながら手に持つ武器を振り回す者がいる。

 潰す。

 相手が素手だろうが、棒切れを持っていようが、ナイフを持っていようがただ最新鋭戦車が全速で突っ込めば別に砲を使わずとも結果は分かりきっている。

 必死で逃げ惑う者の中には何時の間にやら蔓延った周囲の森林に逃げ込む者もいる。

 街道であった場所が森となっていようとも疑問には思わない。落ち着いてどちらの方向が街道か、安全かなど考えている余裕は誰にもない。ただ助かりたくて必死に逃げ――結果として張り巡らされた罠に頭から突っ込んでいく。

 全速で馬を走らせる騎士、その馬の足にねっとりと草が絡みつく。

 草でありながら強靭なワイヤーにも匹敵する頑丈さを持って馬の前足を絡めとり、結果として馬はその足を折ると共に急停止。慣性の法則に則って騎士は前方へと投げ出され、首の骨を折って死んだ。

 藪の中へと逃げ込んだ兵士がいる。

 棘が刺さり、苛立たしげに腕を振り、そこへ更に絡みつき……もがけばもがく程に藪は絡みつき、血を吸って赤く染まり、やがて全身の血を吸い尽くされミイラのように干乾びて死んだ。


 結果から言えば、この先遣隊五千は遂に城塞都市ポルトンへと到着する事はなかった。

 それどころか彼らの遺骸も見つかる事なく、彼らは忽然と王国の歴史から消える事になったのである……。


最後は少々ホラーちっくに

大きい事は強い事だ、でしょうか?

まあ、大型ダンプカーが殺意持って突っ込んでくれば普通死にますよね……

という訳で常盤のチートっぷりをば

ゲーム内ではもう少しバランスを考えられているので、同レベル帯のプレイヤーなら真っ向戦ったり出来るんですが……

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