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ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
17/39

都市攻防戦(2)

 ティグレと常盤の両者が城塞都市ポルトンへの侵攻を決意したのには幾つかの事情があった。

 一つには森が広がらないと軍勢が増えない、という物理的な問題がある。

 順調に森は広がっているのだが、順調すぎた。

 非常に当り前の話だったのだが、常盤にした所でゲーム時代の感覚が強すぎた。現在確保されている新たな森という名の戦力供給地は最大限に見て、エルフの森から城塞都市ポルトンまでの地となる。

 ここに、まず彼らは各集落から集まったエルフ達の集落を確保しなければならない。それも訓練施設なども併設したかなり大規模なものだ。そこでは軍の訓練も行えなければならない。モンスター集団とはいえ精霊王エントの力によって統率されたモンスター達は軍勢として動けるが低級のモンスターはちゃんと指示を下してやる必要があり、知能を持つモンスターの場合は生まれたばかりだから一応の知識として軍に関する事も与えられてはいてもそれを実践した事はない。

 つまり、エルフ達もモンスター達も実際に部隊を率いて戦ってみる必要がある訳だ。

 現代においても軍の実戦訓練を行う敷地というのは広い。万が一にも砲弾が飛びすぎて市街地へ着弾したりしないようにする為には当然の話だが、この世界においても魔法という手段が存在する故に結構な広範囲を必要とする。居住区が近傍にあるなら尚更だ。

 従って、これだけでも一つの小規模な貴族領となりうるだけの敷地を必要とした。

 そこから先に本格的に森を拡大した訳だが、実の所全てが全てじっくり育てたモンスターではない。モンスターだらけにしても仕方がないからだ。それに将来的にある程度ブリガンテ王国との、或いはその後継国との間に多少なりとも落ち着いた後、有用な薬草などの群生地なども用意する事で森の有用性を認識させる計画もあった。その為にはある程度以上の有用な森としての性質も必要である。

 まあ、トータルで何が言いたいかというと、あれこれに敷地を取られていたらモンスターの軍勢に回せる分の割合は思っていたより小さくなった、という事だ。

 これ以上に、出来ればこれぐらいは、と思う所まで軍勢を拡大するなら城塞都市の先まで森を延ばす必要があった。

 

 更に練習、という意味合いもある。

 如何にハイスペックな体を与えられようとも、桜華を含めた三将はいずれも経験不足。そして、ティグレにしごかれたエルフ達の部隊もそれは同じ。

 知識自体は与えられていても、世の中ただ勉強しただけでは駄目。

 分かったように思えて、模擬戦もやってみて、これなら大丈夫万全だ!と思っていたら、いざ実地に出てみれば想定外の事が発生したり、いざ実際にみっちり練習したはずの、まさにその事態が起きたら混乱してしまい何も出来ない、なんて事は現実にはよくある事だ。

 勉強が終わったなら、後はそれを実践してみる事。 

 互いに軍を展開しての合戦自体は相手の動きも必要だから「やってみよう」「では今から始めます」という訳にはいかないが、攻城戦は幸い舞台があった。こうした「森林連盟」側としての事情が重なって今こうして城塞都市ポルトンの間近へと軍を進めている。

 こうした事情もあり今回の派遣軍はこのような編成となっている。 


 将軍;桜華/種族【血染め桜】

 副将:シャサール/種族エルフ

 第一軍:晶輝/種族【金剛装樹】

 第二軍:焔麗/種族【火炎樹精】

 第三軍:エルフ隊


 見ての通りティグレと常盤は今回の部隊には加わっていない。お前達の初陣、遠方から見せてもらう、という事になっている。

 それだけに桜華らは張り切っていた。

 尚、金剛装樹は以前に出たアイアンツリーやスティールツリーの上位種で見た目は透き通ったフルプレートメイルを纏った騎士である。ただし、その透き通った装甲や僅かな間接部から透けて見えるのは人の身体ではなく蠢く緑色の蔦の塊、というモンスターだ。

 見た目の通り武器戦闘に長けている種族で、今回は桜華が全体指揮を執る為に主力となる前衛部隊の指揮を執る。

 本来性別というものはないが、性格的には雄性である為に男性と周囲からは看做されている。

 火炎樹精はその名の通り。

 湧水樹の火炎版とでも言うべき姿で、本来は火山地帯に生える妖樹だ。

 妖艶な大人の女性の姿をしているが、その両肩から背中にかけて樹木が生えている……が、普通の樹木と異なるのは葉や花の代わりに焔がちろちろと燃えている事だろう。それでありながら、焔はちゃんと葉や花の形を作っているという樹木で、その樹木でありながら炎に対する完全耐性を持つ故にすばらしい素材となる。

 ……ただし、年経た立派な樹木にはこうした樹精というべき守り手が存在し、立派な樹木程、その素材を得る事は難しい、という相手だ。

 溶岩に根を降ろすという性質からか炎系統と土系統の魔法を用いる強力な魔法使いとしての性質を持つ。

 今回は後衛部隊の指揮官としての役割を与えられている。


 残る一部隊を構成するエルフ達はエルフ達で意外と、というべきか張り切っている者も多い。年配者はともかく、若い者達はやられっ放しというのは納得していない者は多かった。理屈としては「広大な森故敢えて奪い合う戦いを為す事はない。争いを避け、新たな場に根付けばよい」という、ひたすら逃げ続ける老人達のやり方に苛立つ者は多かったのだ。

 実を言えば今回の強引な統一に意外と反発が少なかったのもここら辺にある。

 幾ら上が不満を持ったとしても、下が従わねば意味はない。特に最上位の長老格、彼らは長く生きたが故に自然と同じく流され、受け流すという生活が身に染み付いていたからか今回の事を期にあっさりと身を引いてしまった為に不満を持つのがそれに次ぐ長老層となってしまった。

 更にその下の中堅となってくると、これはこれまでのやり方でいいじゃないか、という者と若者に賛同する者が入り混じっている状態。この位になってくるとまだまだ枯れていないというか、普通に妻や子を人族の攻撃で失い内心の憤りを抱えていた者も少なくなかったという事が明らかになってきた。

 結果として、これまで絶対的な権限を握っていた最長老達がその権限を失い、それを継いだ長老達も権威を確立出来ない内に集落内での数としては圧倒的多数が人族への反撃に賛成し、ティグレや常盤といった力がある為に長老達も文句を言う程度しか出来ない状況の中、現在の流れは出来上がっていったのだ。そうして予想以上に多数の集まった志願者の内から鍛えられ、第一陣として認められた千名が今回の第三軍を形成するエルフ部隊となっている。

 

 この三部隊より構成される軍勢。総数約一万。

 千に何とか達するエルフ部隊を除けば全てモンスターによって構成される軍勢だが、アンデッドなどと違い見た目的には殆ど樹木や草系なので木々がエルフに操られているようにしか見えないだろう。 

 

 「さて、こうして攻略対象を見た訳ですけれど……」

 「……カタソウ、ダ。タカサモアル」

 「堀がないのが救いぞえ」

 「……周囲には粗末な小屋が群がっているようだな」


 少し小高い丘、なんてものはないので背の高いモンスターを見張り台代わりにして眺めている。樹木の変化したモンスターなので当然ながらある程度の高さがあるのだ。

 もっとも桜華とエルフはともかく、後の両者は登るのが一苦労だった訳だが……晶輝は見た目からして重いし、焔麗は燃えているのだから仕方ないのだが。それでも何とか……登られた側も何か震えていたような気がしないでもないが、とにかく必要な高さまでは登れた。

 もっと頑丈で燃えにくい石製か何かの見張り台を作ろうと若干二体程が決心したようだし、後には大型のモンスターの内手を持つ連中が岩を積み上げてそれっぽい物を作ったりもするのだがそれは今は置いておいて。

 現在彼らの視線の先にあるのは城塞都市ポルトン。

 ポルトンは城塞都市の名に恥じない都市で、その中心から少しずれた位置にかつての砦跡がある。

 現在は増築してマノ伯爵直属の兵士達の兵舎となっている。

 砦をそのまま使わなかった理由は至極単純、砦というものは最も重視されるのは守る事だ。そこに篭って戦い、より安全に相手を撃退する為の機能。その為、居住性はどうしても犠牲になる。快適性を重視するという事は例えば風通しを良くすればそれは当然窓を大きくしたり、或いは風の通り道を作る事になるが、前者はそこから魔物が入り込みやすくなるし、飛んできた魔法が中にいる者にダメージを与えやすくなってしまう。後者は後者で奥にまでやすやすと風が通るようになれば、そこに煙状の眠り薬でも流されようものなら一発だ。

 他のものを優先すればどうやったって別の所にシワ寄せが来る。それがぱっと見では分からないような事でも、どこかで、だ。

 その為、この地が後方と看做されるようになり、領主が駐在するようになった時、領主の館、現在の本館は砦に隣接するように建設され、そこから街が広がっていった。この為、砦の名残である建物は中心から少しずれて存在するようになった訳だ。

 領主の本館を中心に広がる大きな街、それを囲む城壁。

 さぞかし時間と人手と金をかけて……と思う所だが、実はそこまで時間はかかっていない。

 全て人力であれば確かにそうなるだろうが、この世界には魔術がある。魔術を利用すれば下手な重機以上に建設を容易に行う事が出来る。無論、ヘタクソがやれば見た目は頑丈なだけのハリボテが出来上がるだけだろうが、これが一級の職人でもある土魔術師がやれば全て人力で積み上げた城壁を上回るものを一日で作る事が出来る。だからこそ魔術師といっても別にただ攻撃だけの魔術師がもてはやされるのではなく(宮廷魔術師団のような所は別だが、あそこは軍隊なので)、土でも水でもそれを使いこなせる人物こそが敬意を払われ、高い賃金を払ってでも依頼が殺到するし、宮廷魔術師という職に就いたりもする。

 この城壁も王国お抱えの魔術師の行ったものであり、規模といい頑丈さといい優れたものである。

 

 「さて、相手の戦力はどんなものですかね?」


 そう桜華は呟くと城塞都市へと視線を向けた。



 ◆



 

 現在、外の……スラムの人々は大混乱だ。

 本当なら都市としては扉を閉ざしてしまいたい所だろうが、面倒なのは城門に押し寄せる人々の中には今日のこの状況を知らずに到着した商人なども含まれている事だ。

 スラムの住人ならば追い返せばいい。元々、住んではならぬ場所に住み着いた連中だ。

 だが、商人などはそうはいかない。

 もし、ここで商人をスラムの住人を一緒くたにして追い出してしまえば、この街へと物資を運ぶ商人が減る危険性がある。この時代、街道は比較的安全といったって現代のそれとは違う。少ないとはいえ盗賊に襲われる危険だってあるし、純粋な道の危険性だってそうだ。

 現代でも山を歩いていたら熊と出くわしたなんて話は耳にするだろうが、そうした野生の獣ですら人が襲われたなら危険なのだ。モンスターに襲われでもしたらどうなるか……全ての人族の商人が複数の護衛を雇える程裕福な訳ではなく、また現代ならば数時間で到達出来るような距離を何日も何日も重い荷物を馬車で運んでくるのだ。

 それなのに、いざ都市を前にして「危ないからドアは開けない、お前らは好きにすれば」なんて言われたらどうだろうか?確かに商売だからそれからも荷物は運んでくるかもしれないが、危ないと見たらすぐに逃げてしまうだろう。間違っても「いざ!」という時に商売度外視で荷物を運ぼうなどと思ったりはしないはずだ。運んできても法外な値段で売る為、が精々だ。

 世の中因果応報、とは限らないのが世の常ではあるものの、それでもこんな時だからこそ商人など真っ当な者はきちんと都市に入れなければならない。

 が、当然スラムの住人もモンスターの群れは見えている訳で、当然都市に入ろうとする訳で……少しその様子を見てみれば。


 「おい、押すな!!」

 「駄目だ駄目だ!貴様らを入れる訳にはいかん!!」

 「お願いです!子供だけでも!!」

 「私は商人だ!ここに証明もある!!っ!?き、貴様何をする!!」

 「うるせえ!そいつがあれば俺達も中に入れるんだろうっ!!ぎゃあっ!?」

 「何をしている!!貴様っ!」

 

 押し合いへし合い、何とかして中へ入ろうと誰もが必死だ。

 中には商人の証を奪おうと(奪った所でギルドカード同様他者が使う事は出来ないので意味はないのだが持たない者が知るはずもない)襲い掛かる者やそれを防ぐべく動く兵士もいるという状況で、混乱につぐ混乱で押し合いへし合いもみ合っている状況だ。

 そしてそんな状況を見せられれば当然ながら攻める側にとっては好機という事になる。この城門前の混乱、門を閉めるに閉めれない状況は正に絶好の機だ。

 それを理解出来る頭を桜華も晶輝も焔麗も持っている。

 そして、のんびりと全軍で迫っていればその機を失ってしまう、という事も。だからこそ、一部の足の速いモンスターが突出する。それを援護すべく後衛部隊が一部展開する。

 そうしてモンスターの一部が動き出せば……城門前の混乱には拍車がかかる。


 「奴らの足を止めるんだ!構え!!」


 現状ですぐに門を閉める事は出来ないと見て取り、城壁の上で指揮官は命令を下す。

 兵士達や冒険者達も内心でどう思っているかは置いておき、素早く或いは弓矢を構え、或いは弩を操作する。さすがに城壁の上では投石機のような大型は設置出来ないが、数人がかりで操作する大型の弩は相当な破壊力があるし、高い所から撃つ為に普通の弓矢でも通常より遠方へと届く。

 また魔術師も術の詠唱を開始する。


 「撃て!!」


 その声と共に、最も射程の長い弩が発射される。 

 だが……。


 「な、魔法障壁!?」  

 

 弩はそう何十基もある訳ではない。

 そして、計画性を持って製造する為に魔術兵を揃え易いモンスター軍は突撃する部隊への防御をしっかりと行っていた。

 結果として、展開された魔法障壁が完全に、ではないものの勢いの大半を殺してしまう。

 もし、単なる頑丈な一枚の盾を展開した魔法ならば、弩の大型の矢では打ち破られていたかもしれない。だが、この時展開されたのは勢いを殺すもの。モンスター軍へと矢は降り注ぎはしたものの、その勢いの大半は殺され装甲を貫く程ではない。

 それでももし、馬にでも乗っていれば馬というもの自体が臆病な動物である為に多少の混乱が生まれていたかもしれないが、迫ってくるのはモンスター。

 この程度の棒が当たった程度では怯えたりしない。というより怯える頭を持っていないとも言う。

 弩に続き、弓も攻撃を開始するが……いずれも効果を及ぼせず、焦りから狙いが逸れる。最も幾ら小部隊とはいえ仮にも部隊と呼べる規模の相手に向けて撃っている以上多少狙いが逸れても当たる事は当たる……当たっても効果がなければ意味はないが。

 さすがに魔術による攻撃で何体かが吹き飛ぶが大規模攻撃魔術を習得している者はある程度以上のレベルに達していないといけない。そして、残念ながらこの場にはそこまでの高レベルはいなかった。

 かくして……。


 「しまっ!」

 

 門前の集団への突入を許す事になる。

 悲鳴があがった。

 門の前は瞬く間に血が飛び散り、悲鳴が巻き起こる!

  

 「うわああああああああああっ!?」

 「や、やめ、やめて、たすけげぶっ!?」

 「お、お願い、この子だけばっ」

 

 まるで見せ付けるように串刺しにされた状態で掲げられる赤子ごと串刺しにされた女性、老婆、太った商人……。

 しん、と思わずといった様子で静まり返る。城壁上の兵士達も硬直している。

 その硬直が解けるより僅かに早く続けざまに遺骸を嬲るように複数の槍が貫いた後……目の前の群集の中へと投げ込まれた。

 それが硬直が解けるきっかけとなった。

 一斉に悲鳴をあげ、逃げ惑う。

 しかし、人形達は迷いなく、半包囲するように動き、彼らを城壁を用いて動きを拘束する。

 人形達の動きに迷いはない。迷う心そのものがない。

 城壁からの攻撃がどの程度か分からない以上、その攻撃によって潰される可能性もある以上重要な戦力を突っ込ませるのは無謀でしかない。潰れても構わない最低限の感情すら持たない人形を用いた攻撃であり、人形に「助けて」だの感情に訴えるお願いをした所で意味はない。ただ命じられたままに、命じられるままに動く。

 まるで甚振るように軽く怪我をさせ、逃げるとまた別の者へと。

 悲鳴、絶叫が上がり、人々は一斉にそれから離れようとパニック状態に陥ったまま前へと押し寄せる。


 「どけ!」

 「助けて、助けてくれ!!」

 「おい、早く中へ入れろよ!!」

 「押すな!ちょ、やめ」


 大勢の人が秩序もないままに前へ前へと進もうとすればどうなるか?

 まだ目の前にいる相手が単独や少数の盗賊で、兵士達が駆けつけたらすぐに逃げるか取り押さえるというのならば逃走先にスラムも選択肢となるだろう。一時的に隠れていれば、すぐにいなくなってしまうのだから蜘蛛の子散らすように一斉に散らばって逃げるはずだ。

 だが、今回は違う。

 今回は目の前の連中は敵の極一部であり、本命はその背後に並ぶ軍団。

 兵士達が来た所で彼らが逃げる訳でもなく、スラムに隠れた所で意味はない。それどころかここで下手にスラムに隠れようものなら都市内部に入る機会は完全に失われてしまう。それが分かるから彼らは必死にポルトンの小さな門へと殺到する。しかし、そこへそれだけの人が集中するとどうなるのか……答えは将棋倒しの発生、圧殺という死に方だ。特に大人ではなくその中に埋もれてしまう子供の被害が大きい。僅かなバランスの崩れが押し合う前へのバランスを崩し、それがまた次のバランスの崩壊へと繋がり大規模な転倒へと繋がり、人が死ぬ。そこにはスラムの住人も商人も旅人も兵士も関係ない。

 巨大な城門ではなく傍の小さな門であったから殺到した人々の密度は余計高まる。

 中には自棄になったのか人形兵士に襲い掛かる者、或いは兵士が武器を持って戦おうとするがゴーレム系の兵士というものは馬鹿だが厄介だ。

 馬鹿、というのはそもそも自律判断能力がない為に命じられた事しか出来ないから。

 この為、低位のアンデッド同様に案外使いどころが難しい。判断能力皆無、という事は罠にかけられたらあっさり引っかかってしまうからだ。極端な話、真っ直ぐ突っ込んで敵を攻撃しろ、という命令を受けた場合、敵陣の前に堀があっても命じられていなければそのまま真っ直ぐ進んで落っこちる。

 もちろん、高級な上位ゴーレムともなれば連携戦闘ぐらいならこなせるが、低位ではそれすら出来ない。

 しかし、反面使いどころを間違えなければ非常にゴーレムというのは厄介な戦力だ。

 感情がないからどんなに絶望的な戦場でも逃げたりはしない。殿軍として残されても最後の最後、壊れるその時まで戦い続けるし、矢が飛び魔術が飛び隣が消し飛んでも怯える事なく突き進む。

 痛覚がないから刺されようが斬られようが動きに支障さえなければ全身に剣や槍が突き刺さっている状態でも稼動する。

 そして、比較的ゴーレムというのは人でいう所の筋力が高い。

 結果として武器も持たずに襲い掛かった者は腕を貫かれ、或いは怪我を負って追い払われ、武器を持っていてもまともに連携すら取らずに闇雲に突っ込んでいっても返り討ちになっただけだった。

 それでも何体かを偶然倒す事に成功するも、そこまで。

 本音を言えば都市側とて一時的にでも軍勢を外に出してさっさと駆逐したいのだ。しかし、この目の前に大量の住人が押し寄せている状態では……。


 「何をしている!!」

 「こ、これは騎士長殿!」

 「許可が出た!構わぬからスラムの住人ごと中へ入れろ!!このままではスラム云々の前に奴らに城壁に取り付かれるぞ!!」


 これまでスラムの住人を中へは入れぬよう命じられていた。

 このままではいけない、とは理解しつつも下っ端連中だけではその命令に反する行動は出来ず小さな門の前で必死に食い止めていた為に混乱が拡大していたのだが、ようやくそれに関して判断の下せる者が来た、というより門での混乱がやっと上に届いて許可が出た、というべきか。

 それによって押し留めていた兵士達はばっと門を全開にすると共に左右へと飛びのき、決死の顔で殺気立つ形相で押し留められていた者達は一斉に中へと転がり込んでくる。

 

 「城壁の上と門の左右に兵を集めろ!!敵が侵入してきたらそこを狙うのだ!!」


 遠距離であったからこそ魔法障壁をかけられた上に恐怖感を持たないゴーレムを止められなかったのだ。

 さすがに魔術をかけられるような貴重なものは同行していない。つまり、現在ではもう障壁はかかっていない。

 後は物理的な打撃で相手を倒せばいい。

 相手が下位のゴーレムであり、先程までと違い兵士もバラバラではなく連携して攻撃出来る。

 結果、その後間もなくゴーレムは撃破され、門は閉じられた……。

 しかし、そうやって一旦落ち着いた頃には既にスラムの住人達はさっさと街へと散らばってしまっていた。このままここに留まっていてもろくな事にならないと考えたのであろう。

 ……彼らはまともに城壁外のボロ屋から物を持ち出す事も出来なかった。当然宿に泊まる事も出来はしないから軒下や廃屋に入り込むような事になるであろう。金がないから飯も買えない。そこら辺は炊き出しで何とかするしかないだろうが、治安も悪化するであろう。予定外の大量の人員を抱え込んだ事で篭城にも問題が生じるはずだ……。

 この後、それを何とかすべく兵士の追加募集、更にそこで功績を上げれば戦闘終了後の都市内住民としての登録も考慮する、という話が出た事で多くの志願者がスラムの住人から出る事になるのだが……。

 しかし、中年から若者までならば農作業で鍛えられている事もあってとりあえず武器を持たせればまだ使う事も出来るだろうが、そうでない者、老人や乳飲み子を抱えた母親、或いは孤児となってしまった者も元の分母がある程度大きい為にそれなりの数となってしまっている。商人達とて城門を閉じた城塞都市の中では余所者だ。

 今はまだ、いい。彼らには金がある。

 だが、商売の品を今でも抱えている者などいない。それらは城壁の外に放置されている。一部は隙を見て回収されたがそれが誰のものかを証明する術は殆どない。本当に僅かな商人だけが「それは自分のものだ」と証明出来て荷物を取り戻す事が出来たが、なまじ証明する術がない事を良い事に商売品を失った他の商人が知らぬ振りで名乗り出てきたりもする。しかも「もしかしたら自分の物ではないか」「自分の物が混じっていないだろうか」と探りを入れてくる、或いは願望で言ってくるお陰で虚偽で奪おうとしてると罰する事も出来ない。お陰で余計に手間がかかる。中には完全に財産を失ってしまった者もいる。

 そうなると、商人達もスラムの住人も大差はない。

 城塞都市ポルトンは想定外の住民を抱え込んだ事で不穏な空気が漂いつつあった。

 ……こうなる前に何ら対策を取るべきではなかったのか!というのは容易い。だが、どうにも出来なかったのだ……スラムの住人を中へ入れる事は出来ない、かといって追い払っても彼らには行き場がない。下手をすればスラムとの間でまず最初に戦闘が起きる。追い払われても死ぬだけ、と見れば彼らは決死の覚悟で抵抗するだろう。

 かといって、彼らの住む場所を城壁で囲むのも無理だ。その為には王国からきちんとした建築魔術師を派遣してもらわねばならない。小さなものならばともかく、城壁の増築などは事前の届出が必須だ。最悪反乱の準備と看做される危険がある。

 もちろん、複数の貴族領の住人である彼ら全員を雇い入れるだけの金の余裕などある訳がない。

 ないないづくしだ。おまけにやらねばならない事は他にもたくさんある。だからこそ、スラムは放置され続け、そしてこの瞬間を迎える事となった。

 

 後日、城壁外の遺骸や荷物は油と魔術によって焼き払われた。

 荷物の回収を願う商人、せめて遺体の回収をと願う遺族はいた。なまじ目の前に転がっているので諦め切れなかったのだろう。

 だが、大軍と睨みあう中での回収作業は困難だ。

 虫が湧き出し、このままでは病気の原因にすらなるとあっては焼き払うしかなかったのだ……。


 

 ◆◆ 

 

 

 エルフ部隊の指揮官を勤めるのはサビオという人で言えば中年に入りかけた男だ。

 エルフの正式名称というのはこの後に何家の何番目の子供で氏族がどこで、とアレコレくっついてくる為、非常に長ったらしいので省略する。

 その当人はと言えば苦い顔をしていた。

 別段自分達の状況に不満がある訳ではない。自分達の甘さに吐き気がしたからだ。

 

 今回の戦いの開幕。

 何の気概もない、戦う意志もない者達が虐殺された。虐殺といっていいだろう、植物と樹木で構築されたゴーレム達は最後は全て撃破されたがそれまで命令通り散々に暴れまわっていたのは遠目にも分かった。

 ……不満に思う気持ちはあった。戦士でもない者を何故殺さねばならないのかと……部下なっている若者の間からも不満は、出た。だが。


 『貴方達は何か勘違いをしていませんか?』


 恐ろしく冷たい目で桜華殿からは告げられた。


 『これは戦争なのです』


 分かっていたつもりだったのだが……。

 どうやら完全につもりだけ、だったようだ、少なくとも彼女達にとっては。

 彼女達にとっての戦争とは「どう部下を効率的に殺すか」より正確には「無駄死にさせないか」にある。その為に使えるものは何でも使う。それには敵の兵士のみならず市民も必要ならばその攻撃の対象となる。

 だが、彼女の真に恐るべきは占領後の事も考えていた事だ。

 そもそも、彼女の計画では都市やそこの住民に余り大きな損害を出す事なく終わらせる計画だという。


 『ここで双方に甚大な被害を出しても何の意味もないのです』


 そうして告げられた作戦計画。

 ……正々堂々という戦いではない。しかし……。


 (……真っ向からの戦いでは落とせるかも疑問、落とせたとしても……こちらも都市も、そして都市の住民も全てが大きな損害を受ける)

 

 城塞都市の攻防戦で一番真っ当な正攻法とは何か?

 それは城門を破る事だ。

 城門を破り、城門周辺を制圧。都市内部に兵を送り込む、ここまでいけば攻略は成功だ。後は出来ても内部にある領主の館に篭る程度だが、最早そこまでいけば最後の足掻きとしか言いようがない。

 だが、当然ながら城門周辺は大きな損害を受ける。

 そして、陥落させた、という事はその瞬間から陥落させた側は守る側となる。破壊した城門を迅速に修復しなければならないのだ。おまけに元々は相手の都市なのだから弱点や抜け道も相手は熟知している。

 更に下手に恨みを買えば、その瞬間から都市内部に残る多数の民は潜在的な敵となる。

 つまり、都市の被害を大きなものとする訳にはいかないのだ。現状でならば、少数の兵士を除けば……今の所被害を受けたのはスラムの住人のみ。そして、スラムの住人にした所で、今後の展開次第という面はあるが対応策はある。 

 本当は桜華などは全て自分達でやってしまう事も考えてはいたようなのだが、サビオが事情を聞いて自分達も協力を申し出た為に一部変更となった。

 無論、桜華はモンスターが今回の初撃を与えた分、接触はエルフの方がいいか、そんな風に考えた部分も、ある。エルフ族がモンスター族を余り良く思っていない、そう思わせる事が出来ればまたそこで一手打つ事も出来る。

 無論、そこまでは桜華は語らない。

 そのぐらいは将来的には考え付いてもらわないと困る、と父から告げられているからだ。 

 いずれにせよ、サビオ自身は自ら動く事を決めた。

 

 「……そもそもこれは我々の戦いだった」


 だから。


 「学ばねばならん。何時か自分達の足で立つ為には」

まずは2をお送りします

既に策謀というか攻略計画は始まってます

……が、その前にティグレと常盤がどうしてるかを

常盤の戦闘力が明らかに

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