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ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
16/39

都市攻防戦(1)

※お知らせ

日曜定期更新をやめようと思ってます…と言っても別に投稿をやめるのではなく、完成次第順次投稿していこうと思うのですね

折角盆休みなので、二、三日の内に追加投稿を予定していますが、先だってもまとまった休みが取れたという事で連続投稿したのでこの際、完成したら投稿してく形にしようかと

今後も週に一回は更新!を目指していきたいと思っています

よろしくお願いします

+誤字修正

 城塞都市ポルトン。

 周囲を壁に囲まれた要塞都市であり、現在のブリガンテ王国における最西端の都市でもある。

 元々、この都市は街ではなく砦であった。

 かつてはこの近辺にまで森が広がっており、時折そこから魔物が出現していたのだ。

 その方面全般を担っていた当時このあたりを統治していた中規模王国の辺境伯がそれを防ぐ為に山脈の切れ目にあたる隘路(といっても谷ではなくそれなりの幅があるのだが)に砦と丸太を打ち込んだ柵を建設。魔物の侵入を防いだのが始まりである。当時の王国としてもそこを抜かれると魔物が王国のどこに流れていくか分からない為に砦と柵自体は望ましい話というより必要な事として、建設の補助という資金援助を行ったり、騎士団の一部が配置されるといった記録が残っている。


 それがその後、砦後方の開発が進むに従って貧困から流民となった者達が危険を冒しても砦西方の開発を望むようになった。

 辺境伯としても土地を持たない流民が領内の治安を脅かすよりは開拓に従事させた方が得である。

 土地を手放し、一度流民となってしまった者達だが一部は行商人となったり、土地持ちの富農や貴族に雇われて土地を耕す小作人となったりする。しかし、実際の所大部分は安定した収入も持たず大きな街にスラムを作り上げて小銭を稼ぐか、或いはもっと悪い場合は盗賊集団となるか……。大抵の場合はそのどちらかだ。

 それよりは現在は未だ未開発の土地に、開拓に成功すればその土地の耕作権や土地持ちの農民となる事を認めるとした方が彼らとて未来に希望が持てるし、辺境伯としても嬉しい。

 彼らは危険はあっても頑張れば再び土地持ちになれる。

 辺境伯にしてみれば現在何ら生産や税に寄与しておらず、むしろ治安への問題点となっている者達を減らすと共に将来的な税の増大も期待出来る。

 後者にとってはその為には流民達が積極的に開拓に向かってもらわねばならない。嫌々な者達を強引に送り出した所で良い結果は生まないからだ。その為には何かあった時には救援を向かわせる体制を整え、実際初期には魔獣に襲われた開拓村の救助に砦から騎士が派遣されるという事も結構あったようだ。

 しかし、開拓が進んで次第に規模が拡大していくと今度は新天地として今まで二の足を踏んでいた連中も開拓に向かいだす。

 そうなると、それまで暮らしていた場所から砦へと向けて道が出来、その道の安全を王国が図る為に正規の街道となり、同時に困った問題点が生じる。開拓村から領主の街までが遠すぎる、という点だ。

 開拓村の者達にとっても収穫した作物、獲れた獲物などを売るにも不便だ。小規模な内は商隊を組んだ商人達が訪れる事で良かったが、大規模になる内にそれでは足りなくなってゆく。

 そうなってくると商人達の中にも、腰を据えて彼らとの商売を始めようという者達が出てくる。

 その場合、彼らはそれでも比較的安全な場所として、砦周辺に居住区が生まれだす。この頃にはこの砦の役目も最前線ではなく救援を出す後方としての役割を担いだし、小さいとはいえ街が出来れば砦に駐在する騎士達にとっても便利である。

 経済が成立すれば人は増える。

 そうやって次第に砦の周囲の居住区は拡大してゆき、小さな居住区から村へ、村から町へと拡大していった。

 その後最初の王国は現在のブリガンテ王国へと併合されたが流れ自体は止まらず、現在の壁に囲まれた城塞都市ポルトンへと変わっている。

 また、ポルトン西方にも普通に街が出来、王国に併合された事でそれまでのしがらみ(辺境伯がずっと開発に関わってきた事など)が消えた事で領地を分け与える事が容易となり、城塞都市自体は王国の直轄地とした上で新たな功績を上げた貴族の領地としたりしている。

 事実、最初にエルフと交戦して敗退したエシェック男爵もこうして貴族に任命された者の一人だ。 


 しかし、やがて問題が生じる。

 エルフ達との接触だ。

 エルフ達とて広大な森の全てを自分達の持ち物と看做している訳ではない。むしろ、彼らは小規模な集落を幾つも作ってそれぞれに生活圏を確保すればそれで満足していたから広大極まりない森の大部分は彼らの手は入っていなかった。というより今でさえ彼らの集落が全く存在しない領域はかなりの割合で存在している。

 そして彼らも人族の領域で接する事による煩わしさを嫌った事もあり、初期はエルフ族と人族の領域はそれなりの距離があり、結構な規模の森が手付かずで残されていた。

 だが、それらを人族が切り倒し、開発し、農耕地を広げ、自らの領域を広げていけば何時かはエルフ族の領域に接する事になる。

 そこで止まれればいいのだが、そうはいかない。

 既に成功している人族ならば止まる事も出来るだろうが、危険な地域に踏み入ってまで開拓しようというのは当然だが貧しい人族だ。彼らは自分達も豊かな生活を得るか、或いは再び貧しい流民となるかの瀬戸際であり、今までは良かったのに何故自分達は駄目なのか、と不満を持つ。無論、冷静に傍から見ればこれまでは誰も使っていなかったからであり、そこから先は既に使っている者がいるから、となるのだがそれで納得するようなら世の中苦労はしない。

 かくして、ポルトンの周囲には次第にスラムが構築されつつあった……。

 一番初期は最前線の開拓村の連中が一時避難してきたものであり、この段階ではそれなりにしっかりした支援が為されていた。

 問題はその後だ。

 誰もが、そうポルトンの都市長も市民も誰もが国が勝つまでの一時的なもの、と思っていた事が崩壊した後の事である。

 大敗の話はあっという間に洩れた。ボロボロになってかろうじて生き延びた兵士達が戻ってくれば、そこからの情報流出は止めようがない。

 更に、異様な森の急速な伸張によってポルトンより先の領主やその領民まで避難してくる事になった事が混乱に拍車をかけた。尤も、彼らが避難した事を責める事は出来ない。彼らはあの二度の戦いでの敗北で自分達が動員出来る兵力の過半を失った。

 元々ポルトンより先の領主というのは精々男爵まででその領地も一日もあれば横断出来る小さなもの。兵力も警備の為の兵士がギリギリの数存在しているだけでそれらが失われればちょっとした魔物の襲撃であっても自分達の身を守るのも困難になってしまう。

 加えて、森方面から流れてくる大量の水が平地に出る事によって都市近傍の男爵領などを浸しだした事も影響している。

 大量の水は大地を泥濘とし、それでもまだ足りないとばかりにひたひたと増え続けている。

 偵察を行った者からは森が急速に広がっているという話も伝わっている。何十年或いは何百年もかけて切り開いてきた森が急速にその勢力を人の側に押し返しているのだ。

 これらもまた避難民の数を増やす原因となっている。


 そして避難してきた街中に身を寄せられる親戚がいればともかく、或いは貴族ならばともかく殆どの者はそうではない。

 結果として彼らは城壁の中に入った者も落ちぶれ、食う為に犯罪に手を染め、或いは街の外に住み着いてスラムを拡大させる。

 王国から了承を得て、冒険者ギルドを通じて傭兵を臨時の治安兵として雇用する事で傭兵の盗賊化と治安維持の双方に役立ててはいる。しかし、力で押さえた所で街の不安は隠れただけで消えた訳ではない。消えたように見えた火が燻り、時に燃えるものを得て再び発火するように街の不安は燻り続けていたのだった……。    


 たったったったっ……。


 そんな街中を駆ける子供が一人。

 まだ少年と呼ぶのが相応しい彼の頭部には小さく揺れる耳、腰には尻尾。獣人と呼ばれる種族の出身だった。

 獣人と一口に言ってもティグレなどは直立した獣といった風情だが、こうした一部のみに特徴が出ている者もまた多かった。

 人族の街だ。おまけに少年が走っている一帯はポルトンの中でも高級住宅街に属する地域。子供とはいえ亜種族である少年には嫌悪の目が……と思いきや、周辺の家に仕えるのであろう人々が少年を見かけても「ああ、あの子か」といった様子で大して気にもしない。

 確かに良く見れば少年が着ている物は仕立てもなかなかに良く、少なくとも浮浪児が着るようなものではなかった。

 その答えは簡単。

 彼が周囲の屋敷の一つに仕えている者であり、周囲の家の者も彼をよく見知っているという事。事実、少年はあるこじんまりとしてはいるが立派な屋敷の一つの裏門に辿り着くと懐から取り出した鍵で一の扉を開け、するりと中に入る。中には二人の兵士がいたが、少年の姿を見ると特に誰と問うでもなく中の扉を開ける。それだけでも彼らが顔見知りである事が分かる。


 「ありがと!」

 「こけるんじゃねえぞー」


 元気な声に、少し笑いを含んだ声で兵士が見送る。

 少年は「大丈夫!」と返し、そのまま家の中へと入っていく。ただし、下仕えの者が使う場や台所ではなく裏口ではあっても裏庭に出る為の正規の出口、下仕えの者が普通は使わない扉を平然と開け、中に入ったら入ったで堂々と廊下を小走りに駆けていく。それも真ん中をだ。

 それに出くわしたメイドらも少年に道を譲ってゆく。

 もちろん、彼女らがそうやって譲るのにはきちんとした理由があり……少年はやがてある扉の前へと辿り着いた。

 きちんと装飾の施されたかなり立派な扉だ。丁寧にその扉をノックする。


 「お嬢様、只今戻りました」

 『あ、お帰り!』


 ノックして声を出すと共にすぐに二歩下がる。

 理由は単純、少年が下がった直後に扉が勢いよく開いたからだ。あのまま前に立っていたら間違いなく彼に扉は当たっていただろう。

 とはいえ、ぶつかった所で文句を言う者、言える者はいない。何故なら少年の言葉の示す通り、扉を開けた者こそがお嬢様……この屋敷の主人だからだ。

 その当の少女は慌てるメイドにお構いなく、少年の手に持つ箱にキラキラした目を向けている。


 「買えた?」

 「はい、何とか」


 やった、と嬉しそうな笑顔でお嬢様は手を叩いた。

 周囲の者もつい笑みがこぼれるような笑みだった……。


 「早く食べよう!あそこのケーキ美味しいから楽しみにしてたんだよね」


 うきうきとした口調の少女に手を引かれる少年。

 体勢を崩さないようさりげなく傍らの苦笑するメイドに箱を渡し、少女についていった。


 彼女はこの城塞都市ポルトンの領主であるマノ伯の妾の子である。

 ここでややこしいのは妾の子ではあるが、それはあくまでこの国では正室である奥方以外は全てそう呼ばれるから、という事。つまり、妾だからといって別に日陰の存在とは限らないという事であり、また奥方が亡くなっても正式な婚姻を上げるのは貴族での間のみ、という事も多く、正式な婚姻を上げていない場合は実質的な後妻であっても妾という言葉が使われるという事だった。

 実際、マノ伯が少女の母に手をつけたのは奥方が亡くなって何年か経っての話であり、事実上の再婚だ。

 平民出身の女性ではあるが、仲は至極良く、家族仲もいい。

 そもそも、ブリガンテ王国は実は平民と貴族の間の婚姻というものが普通に容認されている。

 これは王国が周辺国家を併合する際に有力者を自国の貴族としてきた面が影響しており、そうした国の中には有力な商人や、民衆の代表が選ばれてという国もあった。そうした貴族ではない人間が貴族となった事が一度ならずあった為か、王家や一部の名門と言われる貴族を除けば普通に貴族と平民の婚姻というのは行われている。

 実際、幼少時より傍にいてくれた少し年上の平民出身のメイドに手をつけたある貴族の跡取りが、そのメイドと特に大きな問題なく結婚してメイドから正式な奥方となったという話は現在も普通に存在している。

 アルシュ皇国がこうした貴族と平民の婚姻に厳しい、というのも対抗意識として存在している可能性はあるだろう。それに、王国貴族にしてみても、或いは平民にしてみても困らないというかむしろ残して欲しい制度でもあるので未だ続き、それが当り前となっている。貴族にしてみれば惚れた女性を身分がどうこうという事で諦めなくても良いし、平民は平民で玉の輿の可能性があるのだから嫌がる理由はない。

 ただ、それだけに「強引に権力を背景に奪う奴は貴族の恥さらし」という風潮はある。望めば普通に結婚出来るんだから、きっちり男の魅力でそこまで持っていくのが男の誇りとされている訳で、そうした面ではブリガンテ王国というのは大陸中でも相当におおらかな国家であると言える。

 またこの少女の場合、家族仲も良い。

 長男次男は自分の競争相手となりえないと理解しているし(年齢と性別の関係で跡取りには関係がない)、マノ伯は前の奥方がヒステリー気味な貴族同士の家の関係での婚姻だった事に懲りており、現在の料理上手で一歩身を引いて夫を立ててくれる妻に十分に満足している。この為、少女が住む別館に仕事で暇が出来たらちょくちょくやって来て妻の手料理で一家団欒、というのが最近の楽しみであったりする。実の所、マノ伯にとって本館とは完全に執務の為の場であり、仕事が終わって家に帰る、という感覚ではこちらの別館がそれに当たる。

 とはいえ、さすがに普通は獣人の少年と貴族の少女がこれ程気を許しあう関係という事はない。

 ブリガンテ王国は人族の国家としてはかなり身分制度が甘い国だが、それはあくまで人族の観点からの話。亜種族に対してはむしろ厳しい所がある。

 元々この両者、マノ伯令嬢ティエラと、獣人族の少年メルクリオも貴族令嬢と買われた奴隷という間柄だった。

 だが、ティエラはどういう訳かこの同い年ぐらいの少年を非常に気に入った。

 少年も最初こそ警戒を崩さなかったが、何時しか拒絶しても尚無邪気に好意を向けてくる相手にその殻を崩していった。

 ……彼を奴隷とした国がこのブリガンテ王国ではなかった事も幸いしたかもしれない。

 やがて、マノ伯爵夫妻は娘の気に入った少年を奴隷から解放し、娘の傍付侍従にした。娘が気に入っていた、というだけではこれ程の厚遇は夫人はともかく伯爵は絶対にしない。それはメルクリオの娘に向ける気持ちが本物だと彼も、仮にも伯爵という立場にあり、裏の戦いも知る人物が認めたという事でもある。

 そして、事実メルクリオはそれを裏切らない行動を示し続けてきた、そしてティエラもまた彼に向ける親愛の情に変わりがなかったからこそ、今の関係がある。

 しかし……。


 「……ねえ、やっぱり戦い起きるんだよね……?」

 「……可能性は高いかと」


 今日に限って言えば、ケーキを食べている間は楽しめても、その後、お茶を楽しむ時間ではそんな話が場を冷やさざるをえなかった。

 マノ伯爵自身は今は勢力を広げて領地を確保するよりも国内開発に専念すべき、という考えを持っている。それ故に方向性が同じ宰相派に属している。今は拡大を叫ぶ貴族派か、内政を叫ぶ宰相派かどちらかに属するか、或いは国が決めた事ならばそれに従うとする中立派に属するかのいずれかしか選択肢はない。いずれにも属さない、というのは貴族としての死しかありえない情勢だった。

 そして、中立派という存在が理念・信念などと叫ぼうとも唯々諾々と流されるようにしか見えなかったマノ伯爵の選択は宰相派しかなかったと言える。

 その伯爵が亜種族との戦いの最前線を担う事は何とも皮肉な話ではあったが、同時に彼はエルフ達との戦いが避けられないものだと覚悟もしていた。一度転がりだしたものは止まれない。既に戦端という賽は投げられた。今更なかった事には出来ない……王国内がそれを受け入れられない。

 これが小競り合いレベルならばまだ何とかなる道はあった。

 だが、領主と騎士と兵士のあわせて一万を超える命が失われるという大敗があった今となっては最早どうにもならない。失われた者達の家族が止まらない。そこに領主という国に影響を与える者達が含まれていれば尚更だ。そして、攻め込まれたエルフ達もそれは理解していよう、このままいけば自分達が滅ぼされると……。

 だからこそ、マノ伯爵は防備を固めている。

 最近は伯爵もこの別館に帰って来ない。現在、本館では兵糧の備蓄やいざ戦争が発生した時のスラム住民(彼らは城壁の外だ)の扱い、救援要請の手はず、或いはエルフ達がこの都市を攻撃するとしたらどのような手が考えられるかといった事が議論されているはずだ。お陰で忙しくて、とてもゆっくりしていられる時間がない。平民出身故に料理もするティエラの母は伯爵につきっきりでこちらも帰って来ない。

 ティエラもそれは重々理解してはいるのだが、そこはまだまだ子供な年齢。こっそりとメルクリオにケーキを買って来てもらって、慕っているメルクリオと一緒に食べるという我侭を敢行したのだった。正確にはそれぐらいの我侭なら可愛いもの、という事で世話役の周囲が苦笑して見逃した、という事でもある訳だが……。

 それでも彼女も将来はどこかの貴族の家に嫁ぐ可能性が高い。である以上、どこに出しても恥ずかしくないような教育がきちんと為されている。

 その彼女の頭が理解させてしまうのだ。現在のこの街を取り巻く状況を。


 「……皆、仲良く出来たらいいのにね。でも、分けられるご飯は限りがあるんだよね……」

 「…………」


 メルクリオは何も言わない。

 彼自身は、もし無限に増える食料があったとしても今度はそれを独占しようとする者が現れるだろうと思ってはいるが、人の醜い姿をそこまでティエラに明かす必要はないだろうと思って黙っている。

 

 「さあ、お嬢様。そろそろ午後のお勉強の時間ですよ?」

 「あ、もうそんな時間なんだ……じゃあ、また後でね?」


 そう言って、ティエラはメイド達に連れられて家庭教師が待っているであろう部屋へと歩いていった。

 メルクリオは、と言えば彼は彼で勉強がある。将来彼女の傍にいる為には知識と共に身につけておかねばならないものがあるからだ。

 そう、彼女を守る為の力が……。



 ◆



 面倒な状況だよな。

 メルクリオはそう思った。

 現在、城塞都市ポルトンには複数の貴族が滞在している。幸い、ここは迎賓館というか貴族達が一時滞在する場所がちゃんと用意されているので今の所は問題ない。

 いずれも城塞都市周辺の小貴族達だからマノ伯爵の本拠地たるここでは我侭を言ったりはせず大人しくしている。その彼らが逃げてきた理由が気になる。


 『森の急速な拡大と水』


 この二つだ。 

 何かあった時にはこの別館の住人にはティエラを守る役目がある。

 だからこそ、何が起きているかを把握せねばならず、雇われている冒険者の一人が見回りの際に冒険者ギルドで情報を集めてきてくれた。それを屋敷の主要なメンバーが集まって聞いている。

 執事、メイド長、兵士長、冒険者のリーダー格、それにメルクリオだ。

 執事は料理長や庭師など男の召使達を取りまとめ、メイド長は言うまでもない。兵士長は屋敷周辺の治安を守り、冒険者達は現在マノ伯爵家に雇われている者とは異なり、伯爵家の警備という定期契約を結んでいる連中だ。それだけ付き合いが長く、信頼出来るとも言える。最後は言うまでもないだろう、普段お嬢様の傍に最も仕えている可能性の高いメルクリオはお嬢様の身に何かあった時に傍にいる可能性が最も高いからだ。

 ……尚、この世界、冒険者が窮地に陥ったからとて裏切る可能性は極めて低い。事前に契約違反と看做される事項が幾つか設定され、それを裏切ったが最後、通常銀色のギルドカードは黒く染まり、以後ギルドで仕事を請けるどころか、冒険者ギルドの暗部が面子にかけて処理にやって来る、というのは有名な話だ。

 こういう事は信用商売な面もある為、そこら辺は極めて厳しい対応が取られている。まあ、だからこそこうした仕事にも貴族が冒険者を雇用出来るし、冒険者も仕事をもらえるという面もある。

 

 「森も水も急速に広がっているらしい。ギルドはどうもエルフ達が絡んでるんじゃないか、と見てるようだな」

 「うちの上も同じだぜ。まあ、それが一番可能性が高いしな」


 冒険者と兵士長が口々に言う。

 水も適度な水ならば問題ないが、問題ないと言えるレベルを既に超えているらしい。おまけに森林が急速に拡大し、遺品漁りや逆に遺品を回収する依頼を受けてその森に入り込んだ者で生きて帰って来た者は未だ確認されていない。いずれもただ森に入って出てくるだけならば間違いなくこなせる腕を持った面々であり、それはすなわち森の中に何か彼らを襲うものがいるという事……。


 「それがエルフだと?」

 「確証はねえけどなあ……何しろ生きて帰って来た連中がいないから、確実な情報がない」


 しかし、同時に……。


 「……前の戦で獣人が関わってた、オルソ騎士団の腕利きを倒したのはそいつだ、って噂はある」


 思わず、といった様子でメルクリオへと視線を向けるが、本人に動じた様子はなく、言った当人すらも問題にした様子はない。

 元々獣人という種族は傭兵として動く者も多い。

 だが、種族としては森林地帯よりも草原地帯で暮らしている。こちらの世界では虎などは森林地帯に住んでいるが、こちらはエルフ族の居住区域が森という事も重なっているのか、長年の住み分けの結果というべきなのか草原地帯での遊牧民として生きているのが種族としての獣人なのだ。故に彼らの認識ではティグレの事も凄腕の傭兵がエルフに雇われている、という認識となっている訳だ。それでもメルクリオに視線が集まったのはもう反射的なものだと言わざるをえない。


 実の所、現状最大の問題となっているのは水だった。

 まず水が押し寄せ、それを追うように森が広がる。

 水自体は本来ならば嬉しい話である。元々このポルトンより西では大河と呼べるだけの流れが存在していない。元々森だった地域を切り開いたそこは小川がある程度。

 しかし、それは逆に言えば、治水の必要性が殆どなかったとも言える。

 だからこそ、水が先だっての大軍が行軍した道を伝って流れ込んできた時、最初は喜び、けれどもすぐに制御が効かなくなった……いや、人が水の流れを完全に制御するなどおこがましいとも言う。だからこそ治水に成功した為政者は古来より称えられてきた。

 広がった水は大地を泥濘と化した。

 如何なる薬も過ぎれば毒となる。大地を侵し続ける水は作物を腐らせ、その地に住まう人々を追い払った。そして、無人となった大地に植物が凄まじい勢いで侵食してくるのだ……。

 

 「現状のままじゃ避難する奴は増えはしても減りはしねえよ」

 「そうでしょうな……我々はどうすべきなのか」


 暮らしていけないどころか、命の危機がある。

 それならそこから逃げるのは当然の事だ。

 当然なのだが……避難先がこのポルトンしかないのが問題だ。もっと後方に下がった方が安全なのは避難民とて理解はしているだろうが、次の大都市と呼べる都市となると結構な距離がある。それはもう避難してきた田舎貴族達が躊躇うぐらいに。

 この辺りがマノ伯が国内開発を推す理由でもあった。元々が辺境を守る砦で、その後は辺境開発の拠点として発展したのはいいのだが結果として国内は幾つかの国策として開発を進めた大都市を除けばかつての小国の都だったりした小都市が乱立するだけ。これらを結ぶ街道ですらまだまだ地ならしをしただけの所さえあるのだ。貴族派の拡大政策を宰相派が「貴族の数を増やしたいだけ」「頭数を増やして発言力強化狙い」などと罵る理由もそこにある。

 そうした会話をメルクリオは黙って聞いているだけだ。

 自分がここにいるのはティエラお嬢様を守る為にきちんと状況を理解しておく為であって、発言を求められている訳ではないと理解しているからだ。

 そもそも、人生経験も社会知識も未熟だと十分理解してもいる。

 それでも彼は聞いておきたい事があった。


 「……一つよろしいですか?」

 「なんだ?」


 幸い問答無用に拒絶されたりはしなかった。


 「侵攻が発生した場合、どのような事が起きると考えておけば良いでしょうか。特にお嬢様を守る点において」


 それはメルクリオが質問する内容としては尤もな内容であった。そして執事はそれを自分も理解しておくべき事と判断すると共に、自分では分からぬ事と判断し、他の二人へと問いかける視線を向けた。

 その二人はと言えば悩んでいた。

 最大の理由は規模が分からない事だ。

 これが人族の軍勢ならばここを攻めてくるというのならばどの程度の規模かが分かる。しかし……ブリガンテ王国は亜種族との戦いの経験が少ない。

 

 「……人族なら簡単なんだが……まあ、人族の戦いに準じるとしたら暗殺者、ないしそれに準じる連中だけ心配してりゃいいんだろうが」

 「まあ、それを参考にするしかないでしょう。そうすると、火災と暗殺でしょうか?しかし、お嬢様を暗殺というのは可能性は低いでしょうな……」

 「ああ、こういう言い方はなんだがよ、暗殺しても指揮とか命令とかに影響与えないからな……まだ誘拐の方が可能性があるか」

 「後は魔術を用いた火災の発生などで街が混乱に陥った時に押し入ろうと考える連中だな。金目のものを狙う者が一気に増える」


 残念ながら、戦争が始まった場合、お嬢様にとって一番危険なのはエルフじゃなく人族だろうな。

 そう呟く兵士長と冒険者だった。

 さすがにマノ伯爵自身を狙う者はいないだろうが、伯爵の別館ならば金目のものがあるだろうと判断して狙ってくる者も多いだろう、という訳だ。


 「まあ、その場合はお嬢様の身柄優先ですな」


 執事がきっぱりと割り切った口調で断言した。

 それはすなわち、もし暴徒なりが大挙して押し寄せた場合、貴重な品などを最悪犠牲としてでもお嬢様の安全を優先するという事。当り前のように思えるが、それをきちんと決定しておかないといざという時に混乱を招く事になりかねない。

 まあ、とはいえこの話も伯爵家の財宝というか本当に貴重なものは書類含めて本館にあるからこそ言える言葉とも言える。 

 緊急時にはティエラの確保と本館を目指しての脱出。その時に備えた緊急持ち出し用の貴重品や衣類(最悪ティエラが寝ている時に脱出だ!)の準備をしておく事などが決められて解散したのだった。



 ◆



 「ふわ……」


 城壁の上で兵士が欠伸を噛み殺した。

 二人一組で回っている冒険者の同僚も眠そうだ。

 昨今は忙しい。

 何時、エルフの襲撃があるか分からない。

 襲撃というか反撃自体は既に確信されている。次第に迫り来る森へと仕事に向かった者、この場合依頼を受けたりして回収作業などに向かった者や純粋に偵察の依頼を受けて向かった者がいずれも帰還していない。一人二人、或いは一組二組のパーティならば事故という可能性もあるだろうが、誰も戻ってこないとなれば何か起きていると判断せざるをえない。

 そして、この状況においてはそれはエルフ達が迫っている、と考えざるをえないのだ。まあ、エルフ達が口封じをしているのか?とエルフの所属者もいる冒険者ギルドとしては首を傾げる部分もあるのだが、現状では他の可能性がない。既に先の戦いでゴーレムが用いられていたという話は確認されている為に、自動迎撃網が設定されているのではないか、という判断がなされていた。設定された範囲に入れば自動的に攻撃を受ける訳だが、そうであれば少数の下手な侵入は危険と判断せざるをえない。

 かといって、この忙しい中、まとまった人数を割いて強行偵察、という案も却下されていた。

 ちらり、と兵士は城壁の外のスラム街へと視線を向け、心の内で舌打ちする。

 

 (まったく……あいつらのせいで最近は仕事が忙しくてならねえ)


 実の所、殆どの兵にとって避難民への感情とはそんなものだ。 

 これが避難してきた者の中に余程親しい身内がいれば話は別だろうが、殆どの人間にとっては仕事を増やしただけの厄介者という認識に過ぎない。身内のいる者でもやむなく受け入れたはいいが仕事がない為にギスギスした関係となった者もいる。避難民で上手くいっている者など本当に一握りの例外に過ぎない。 

 実の所兵士達の間にすら広がりつつある、こうした軋轢も上の者からすれば頭の痛い問題となっている。

 と、同時にここまで兵士達が精神的に苛立っているのは、この街が戦場になる可能性が高い、という現状にもある。

 無理もない。昔ならばともかく、この城塞都市がこの規模となってからはまともな戦闘というものを経験してはいない。先日の戦に参加していれば話は全く異なるが、マノ伯爵家は宰相派。当然のように先日の軍は貴族派が中心だった為にマノ伯爵家の兵士は参加しておらず、この兵士も大規模な戦闘の経験などはなく、精々はぐれの魔物の討伐に参加した事があるぐらいだ。 

 もっとも、その結果が領主軍に絞れば領主全員を含む九割方が未帰還という悲劇だったのだから、兵士達はマノ伯爵に感謝こそすれ非難の声など上がるはずもない。

 しかし、それだけの被害を領主勢に与えた連中がここに迫っている、かもしれない。自分達が戦わねばならない、かもしれない、というのは矢張り精神的に色々と来るものがある。いざ始まってしまえば案外と何も考えずに済むものだが、始まる前だからこそ色々と考えてしまう。しかし、兵士達とてここは生まれ故郷の都市、自分達にとっても家族や友人、恋人がいる場所を放り捨てて逃げる訳にもいかない。結果として、弱者という立場にある避難民達に厳しい視線が向いてしまう訳だ、殆どの者は自覚していないが。

 と、そこでぼんやりと歩いていた兵士は今晩の仕事の相棒である冒険者が後ろの方で立ち止まっている事に気づいた。一人で戻っても隊長に叱られてしまう、小さく舌打ちして苛立ちからやや足早に戻る。


 「おい、どうした……」


 苛立ちからややきつめになりかけた口調の言葉は口の中でその勢いを失った。

 冒険者が城壁の外を厳しい表情で睨み、目を凝らしていたからだ。その意味が分からない程、兵士も馬鹿ではない。今夜の相棒がこんな事でふざけるような相手ではないという認識もある。

 兵士も急ぎ、冒険者が視線を向けている方向へと目を凝らす。


 「おい、何か見えたのか?」

 「分からんが、遠くの方で何か動いたように見えたんだ」


 互いの声は真剣そのものだ。

 何より、彼らは現代の我々と比べれば遥かに夜目が効くとはいえ、それでも夜に生きるモノ達などに比べれば圧倒的に劣る。それでも遠距離から何かが見えたという事は可能性としては大きく分ければ三つ。一つは単なる見間違い。正直、二人が二人共そうであってくれと内心願いながら目を凝らしている。

 そして二つ目は相手が巨大である事、最後が……大軍である事。


 「っ!?来た、のかっ!!」

 「おいっ!笛だ、笛を鳴らせ!!」


 冒険者の言葉に慌てて、緊急事態を告げる笛が夜明け前の静けさを切り裂く。

 この日、遂に。

 城塞都市ポルトンは都市となって初めての戦闘を開始する事となったのである。 


ギルドカードに関して補足

冒険者ギルドという組織にとって極めて重要なのが信用です

これを失ってしまったら、冒険者ギルドもただのならず者集団と看做されかねませんので、信用を裏切るような事を仕出かした冒険者に関しては極めて厳しい……というか基本、極刑をもって臨んできました

無論、ここでいう信用を失うというのは真面目にやったけど失敗した、という事などではありません。それぐらいなら幾らギルドでも咎めたりはしません、100%全部成功する仕事なんてありませんので

この為、依頼を受ける際には幾つかの「これだけはやっちゃ駄目!」という条項が設けられています

例えば護衛任務においてなら「依頼主を置いて逃げる」「荷物を奪う」「犯罪者と結託する」などです。無論穴を突こうと思えば大雑把な規定なので突けますが、万が一引っかかった場合ギルドは存在していると噂される裏の部隊を用いてでも確実に抹殺すると言われています。無論、馬鹿をやる奴がいないよう意図的に流された噂だという話もありますが……

これらはある種のギアスであり、冒険者ギルドに所属している事を示すカードを用いて行われます

最初こそ登録時の安い値段で渡されますが、失くした場合再発行には高い金がかかります。またそれぞれの持つ固有の微弱な魔力に対応している為に他者はまず使用不能(現代の網膜識別レベルです)です

ギルドの信用を支える根幹とでも言うべきものなので、正にギルドの持つ技術の粋とでも言うべき一品です 

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