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ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
15/39

幕間劇

本日は幕間劇二本でお送りします

◆幕間劇1◆

 

 射撃武技【精密射撃】

 「ぎいいいいいっ!?」


 矢が飛び、猿のような怪物の右目に突き刺さった事によって、怪物は苦痛の悲鳴を上げて思わず、といった風情で目を押さえる。

 さしもの筋骨隆々とした大猿も目までは鍛えられない。

 当然、そんな行動を戦闘中に取れば、視界は悪化するし隙だらけになる。その隙をついて死角となる大猿の魔物の右から重量ある斧が足へと叩きつけられる。


 基礎武技【フルスイング】


 人族らに比べ倍近い巨体を誇る大猿といえど、武技を用いての一撃には耐えられない。

 見事に足を膝から断ち切られ、倒れこんでしまう。

 

 風属性魔法【風刃】


 そこへ満を持して打ち込まれる魔法。

 風の刃が深く大猿の胸を切り裂き、風の勢いが右足を失ったその体のバランスを崩し、転倒させる。


 支援魔法【ブースト】


 そしてそこへ更に放たれた魔法が一体の獣を強化する。

 大猿の後背に控えていた巨熊、といっても猿に比べれば小型になってしまうが、その位置は大猿が転倒した故にその頭部から迫る事になる。支援魔法で攻撃力を強化された、その大振りの一撃が大猿の頭部を砕き、遂に戦いの終わりを告げた。


 ………。

 大猿の頭部が砕かれてしばし後、ふう、と誰からともなく溜息が洩れた。

 誰もが動きを止めてじっと猿の怪物を睨んでいたが、どうやら本当に倒れたのだと理解してようやく力を抜いたのだ。こうした魔物は特に往生際が悪い上、妙に悪知恵が効く連中も多い。最後の最後まで気を抜いてはいけない。事実最初油断して近づいてまだ生きていた魔物に攻撃を受けそうになったぐらいだ。 

 その時は幸い、傍にいた一体のルーク、チェスガーディアンズから派遣されたゴーレムが割り込んで事無きを得たのだが……。

 そう、彼女達は翡翠以下の召喚された女性陣のパーティであった。より正確には、翡翠達の女性陣に、エルフの巫女ことメディウムが加わっている。

 メディウムが同行している理由としては幾つかあり、重要なのは、この世界の事を彼女らは何も知らないから、という理由だ。

 どの植物が毒を持つのか、これは食べられるのか、といった事も知らない以上当然の話ではある。

 それに、彼女らがこの世界に来た責任は自分にある、と当人が思っている事もあり、話は割りと順調に進んだ。

 勿論、彼女のクラスを考えてティグレと常盤が勧めた事もある。

 元々、「ワールドネイション」というVRMMOにおいては最終的に各人が国家を建てる上に、建てた後が本番である為に然程回復魔法の使い手が重視されない。より正確には回復魔法の使い手がおらずとも仲間集めのクエスト段階では何とかなるように設計されているのだ。メディウムのようにNPCの回復役を加える事も出来る。この為、翡翠達は誰も回復魔法を習得していなかった。

 しかし、この世界では違う。

 実際に命を賭けた戦いを強要されるこの世界では支援や回復の魔法というのは極めて重要な意味合いを持つ。死んでもやり直せるゲームと、死んだら終わりな現実の差とも言える。

 

 「……ふう、終わったあ」


 鳥の獣人がそう息をついてクロスボウを降ろした。

 それと共に熊が、ドワーフが、二人のエルフが矢張り構えを崩す。

 守森翡翠、相木香香、緋南陽奈、高戸摩莉香の四人にメディウムを加えた五人は現在、修行の旅、という名称のレベルアップの最中だった。無論、彼女らとて心情的にはすんなり納得出来た訳ではなかったが、同時に現在のままでは足手まといにしかならないのも理解していた。彼女らとて別のゲームのトッププレイヤーだった、店売りの初心者装備をまとった低レベルキャラと最高クラスの素材を用いて最高クラスの職人が創り出した装備で身を固めたトッププレイヤーのキャラとでは根本的に性能が違いすぎるのは重々承知している。

 下手に議論して時間がかかるのが惜しいとさっさと修行の旅に出た為に戦争があの後あった事も、猫子猫改めティグレと常盤が強引極まりない手段でエルフの森をまとめた事も知らない。


 とりあえず、とばかりに解体作業を進める中、摩莉香が香香……と言っても今の姿は二足歩行の熊な訳だが、じっと手を見ているのに気がついた。

 

 「香香、どうかしたの?」

 「……レベルアップで進化出来るみたい」


 えッ、と皆が声を上げた。

 「ワールドネイション」のモンスター種族はこうした進化によって種族そのものが変わる。

 進化レベルは他基準で10Lvごと。

 常盤も現在こそ種族は世界樹をその体とする植物の精霊王エントであるが、一番最初は人の半分程度の高さしかないウォーキンググラスという低レベルモンスターであり、直接的な攻撃力は低めだが、回復や麻痺などの効果を持つ花粉を飛ばすモンスターだった。それが今では見上げても地面からでは天辺が見えない巨木だ。

 では、香香きょうかのワイルドベアはどうなのだろうか……?

 その結果は香香の姿が淡い光に包まれて消えた後、明らかになった。


 「「「「……あれ?」」」」

 「ふう」

 「「「「何で人型?」」」」


 モンスターだったはずの香香は一人の女の子となっていた。

 尤も、驚きの理由は他三人とメディウムで少々異なる。

 翡翠達の驚きの理由は「モンスター種族を選んだのではなかったのか?」という事に基づく驚きであり、一方のメディウムは「ワイルドベアというモンスターが人の姿を持つ種族になった!」という驚きだ。彼女は進化というものがモンスターにあるという事は知っていたが、それはあくまで魔物がより強い同じ系統の魔物になる、という認識だったからだ。

 ワイルドベアという熊型のモンスターが進化して、女の子が出てくるというのは彼女にとって想定外だった。


 「これでもモンスター」

 「え、そうなの?」


 香香の言葉に摩莉香がじっと見る。

 他の者も釣られるように視線を向けるが、本来のプレイヤーに良く似た女の子としての外見に毛皮をなめした衣服を纏っている、ように見える。 

 どことなく問うような視線の中、香香は頷いた。


 「そう、熊女」

 「く、熊女!?」

 「要は狼男。狼が熊になって、男が女になっただけ」

 「ああ、成る程…」


 ワーベア。そう呼ばれるモンスターに分類される種族。

 ただまあ、狼男と違って別に満月でなくとも直立した熊のような姿に変身可能らしいが。

 香香によると選択肢が二つあったらしい。

 一つはワイルドベアの強化形態であるアームドベア。甲殻を纏い、防御力と攻撃力を純粋に上昇させたタイプだ。

 もう一方がこちら。人の姿を基準とし、戦闘時に獣化する事でブーストをかけるタイプ。人と同じタイプの武器を用いる事が出来るが、防具に関してはブースト時に弾け飛んでしまう為に一部の防具以外は基本使用不可、人の姿の時に身につけられるのは生体防具とも言うべき毛皮が変化した革鎧だけになる。変身の度に裸になってしまうとゲームでは抗議が来る可能性が高いのでこんな生体防具が設定されている。

 変身は戦闘時に一定時間変身を可能とする事で攻撃力と防御力を強化するスキルとなっている。

 ただし、はっきり言ってしまえばアームドベアルートの方が攻撃力・防御力・特殊能力全てに優れている。しかし、それでも香香にはこちらのルートを選ぶ理由があった。

 ちら、とメディウムを見て……。


 「……私だけペット扱いされるのは一度で十分」

 「あ、あはははははは」


 乾いた笑い声を上げて目を逸らしたのは、この修行の旅に出る際に香香のワイルドベアの姿を見て思わず『皆さんのペットか、ティムしたモンスターですか?』と聞いてしまったエルフのメディウムだ。尤も、別段彼女がおかしいという訳ではなく、人の叡智を遥かに上回るとも称される上位モンスターならともかく、下位モンスターではそれが一般的な見解だと言っていい。

 けれども、言われた当人としては結構ショックだったようだ。

 まあ、もう一つの理由はモンスター種族を選んだ理由であるディフォルメモードが使えなくなった、という事もあったようだが。

 

 「ええと、そうなると武器必要なんかいな?」

 「うん、お願い……二つ」

 「二つ?」

 

 陽奈の呟きに、香香が答える。

 こうした武器が扱える、というのは元々はβテストの結果を受けてのモンスター系への救済処置だった。

 最初は興味を持ってモンスターを選んでみたけれど、やっぱり皆と同じく自分も武器を使ってみたい、という声からだ。最初の進化でこうしてワーベアが選択に入っているのも、「いざモンスターを使ってはみたけれど」という最初の選択だからだ。 

 さて、その選択の結果だが、防具は前述の理由で不要だ。

 しかし、武器に関しては用意しなくては攻撃力が大幅減衰してしまう。この際問題となるのがブーストの後の話……。

 ワーベアは変身後の獣の姿でも武器が使える手の形状をしているのだが、人の姿の際と獣に変身しての際は攻撃力が、というより筋力がかなり違ってくる。当然扱える武器も異なり、軽い武器より重い武器の方が攻撃力が増大する。ナイフよりは剣の方が攻撃力が高いのは当然ではある。

 納得した陽奈はどんな武器がいいかを相談している。

 ……ここらが面白いというか有難い所で、本来武器を作るならば専用の設備が必要だ。しかし、ゲームを始めたばかりの人間に専用の工房なんか購入出来る訳がなく、それでは武器の製作が出来ずにスキルレベルが上がらない。

 なので用意されているのが簡易工房と貸し工房。

 持ち運び可能な旅先で武器を製作する事が出来るセットと、NPC運営の工房を借りて武器を製作出来るというもの。当然、後者の方が良い設備を作りやすいが前者は素材集めの場で製作可能という利点がある。素材を集め、その場で製作してみて、失敗したらまた素材を集めて……という事が可能になる訳だ。

 当然、マジックアイテム扱いの代物なのでそれなりのお値段がするのだが、これはプレゼントという事で常盤が購入していた。

 無論、最初は彼女らとて辞退した訳だがこれぐらいは持っておいた方がいい、気にするなら後で稼いで返してくれればいい、と携帯式の簡易工房とお泊りセットがポーション類のような消耗品と共に贈られていた。それが今回のような場では役に立つ。とりあえずは事前に予備としてエルフの村で借り受けていた武器を使う事になるだろうが。


 「けど、なかなかモンスターとは出くわさないね……」

 「そうだね、早く山脈まで行こう」


 実を言えばこれもゲームと違う事を実感した事だった。

 ゲームならモンスターと戦う機会はそこらを歩いていれば幾らでもある。自然とポップし、ただ漫然と歩いていれば出くわして戦う事になる。

 しかし、現実は違う。

 野生の獣は人と積極的に戦闘するのを好む訳ではないし、食物連鎖の関係上、上位のモンスターがそこらにゴロゴロしていたらあっという間に獲物が食い尽くされて彼らは飢え、結果として数が減る。つまりこうした場所でモンスターと出くわす確率は案外低く、先程の大猿の魔物と出くわすまでは小型のものと幾度か戦い、ウサギ(型の似たような生物)などを食料として狩るぐらいだった。その程度ではレベルが上がらず、今回こうやって目に見える形でレベルが上がったのは初めてだ。

 無論、それをよしとしている訳ではなく、それが山脈を目指す理由。

 森はエルフ達が暮らし、長年の生活の場である事もあって危険なモンスターの数は限られている。余り危険だから、と狩りすぎると今度は森の生態系が崩壊する危険があるのはエルフ達も理解しているので自然との共存を選んできた彼らは絶滅するまで狩ったりはしないが、モンスターもそこは理解していて無闇にエルフの集落を襲ったりはしない。

 襲うとなると仲間意識が極めて強い魔物を間違えて傷つけたとか、余程飢えてるか、そんな事でもない限りまず起きない。


 しかし、そんな状況はレベルアップをしたい現状では困る。

 闇雲に探した所で獣というのは気配には人以上に敏感だ。普通はさっさと離れてしまうし、彼らも幾ら魔物といっても無差別に殺したりしては今度は森の生態系をぐちゃぐちゃにしてしまう。

 捕食者とて森のバランスを担う一端。彼らがいなくなれば、今度はそれまで食われていたものが爆発的に増え、結果としてその地の植物を食べつくしてしまう、なんて事だって起きる可能性がある。人の一方的な見方で行動した結果、自然のバランスを崩してしまうなんて事になった例はそれこそ現実世界でも枚挙に暇がない。  

 そこで現在向かっている山脈、正確にはそこにあるダンジョンだ。

 ダンジョン。

 それはこの世界では正体不明の洞窟の総称だ。

 何が正体不明かといえば、誰が作ったものなのか、何故そこがそういう独自の秩序があるのか、そうした事が何一つ分からないからだ。そこでは比較的ゲームの中の世界に近い現象が発生する。魔物を倒す事により生じるドロップ品、頻繁に出現する凶暴な魔物達。

 ただし、貴重な分人族は見つけると国が管理してしまうらしいが、亜人達はそれをしない。

 というより興味がない。

 精々、強くなりたい者が篭ったりする程度で、そもそも大金を稼ぎたいとかそういう興味がないから独占なんて事も考えない。

 もちろん、山脈のダンジョンも人族が支配化におけば国が独占するのだろうけれど、それはまずエルフの森を支配下においた後の話、今はまだ考えなくてもいい事だ。

 

 「……とりあえず今日はここで一泊になりそうね」

 「そうだよねえ。陽奈ちゃん、早速簡易工房展開中だし」


 少し呆れたような口調で摩莉香が翡翠の呟きに答える。

 まあ、仕方ないだろう。

 武器がなければ、生身でも武器に使える爪や牙のあったこれまでと異なり、香香の攻撃力は相当落ちる。それを補う為には武器を持たないといけないが、こんな進化系統があるとは思っていなかったし、どの程度の筋力になるかも分かっていなかったから当然、香香のアイテムボックスに武器は入っていない。

 私達のには武器は入ってはいるが、これは自分の武器の予備だ。

 どうしても武器である以上、損傷したり破損する事がある。そんな時に引っ張り出す訳だが、当然それぞれの筋力に合わせてあるから、香香には合わない。今の香香、そして変身後の彼女の筋力に合わせて、今ここで調節しながら作るのが一番確実だ。

 まあ、幸い簡易工房は同時に素材系アイテムの収納ボックスが付属している。

 折角簡易工房を持っていても、素材をある程度持ち運べなければ意味がないのだから、だろうがお陰でまとまった量の素材を運ぶ事が出来ている。これがなかったら私達は鉄の塊なりを背負って持ち運ぶか、或いは貴重なアイテムボックスの枠を潰すかのどちらかしかなかった。 

 それに気づけば夕暮れとなりつつある。案外、あの魔物と長く戦っていたようだ。この分では進むにしても大して距離を稼げない内に野営の準備をしないといけない時間になりそうだ。森の中は暗くなるのも早い。魔法の野営セットのお陰でテントもすぐ展開、火はチャッカマンみたいな道具で起こせるし、着火すれば灰になるまで燃え続ける燃料もある。水だって小型の水瓶を傾ければ幾らでも補充出来る、と至れり尽くせりだ。尤もゲームの中でリアルの野営の手配なんて面倒なだけだろうから、その辺を簡略化したのが現在こういう形で現れているのかもしれない。

 少なくとも、エルフ達はこんなものは持っていないようで、メディウムは驚いていた。

 

 「とりあえずご飯の支度しとこう。角兎まだ残ってたよね?」

 「香草と後は食べられる葉物と……うん、塩振って蒸し焼きにしようか」

 

 兎の肉に適度の塩胡椒、ハーブと一緒に大きい葉で包み地面に埋めて、その上で火を焚く。

 今から準備しておけば晩御飯の頃に掘り出せば、良く火の通った兎肉の蒸し焼きの出来上がりだ。


 「……けど、こうして思うとお米食べたいよね」

 「……言わないで」


 実を言えばお米自体は、ある。

 そこは植物に関しては専門家とも言える精霊王エント。常盤は植物系の食材ならすぐ生み出す事が出来る。……米なら何故か精米が終わった状態で。

 ただし、米もまとまった量となると嵩張るし重い。

 幾ら水が簡単に得られると言っても、こればかりはどうしようもない。五キロまでなら一つの品としてアイテムボックスに入るので一袋確保してはあるが、他にも持っていく物を考えるとこれがギリギリだった。なまじあると分かっているから、余計に食べたくなるが五人で五キロとなると(メディウムは別に米にこだわりはないが、一人だけ別のご飯をやると余計な手間がかかってしまう)一人頭一キロ。

 これからどれだけの期間ダンジョンに潜るか不明な現状で早々に食い尽くしてしまう訳にはいかない。とはいえ、なまじ持っているだけにご飯にあいそうな食事の時は……案外辛いものだ。普段は自覚していなくても海外などで食べる機会がないと食べたくなってしまう……。 


 「……やめやめ。早くご飯にしよ」

 「そうね」


 そんな二人を不思議そうに見ながら会話を聞いているメディウム。

 彼女が日常で食べていたものをふと食べたくなる時がある、という感覚を知るのはダンジョンに潜った後の事である。

 そして、翡翠達の本当の意味での出番は……今しばらく先の話である。





◆幕間劇2◆


 美しい花が咲いていた。

 淡く染まった花が大きく育った大木一面に咲き誇っている。

 その足元に木に寄りかかるように座る一人の少女。

 根が大きくうねり、大地に根を降ろし、その根にちょこんと座るように着物を着た黒髪の美しい少女がある。

血染め桜


 「お父様」


 ほう、と息をつくその声には父、とただ呼ぶには余りにも濃い慕情が篭められていた……。


 「お父様……」


 繰り返し、熱い思いを篭めて彼女は呟く。

 ……桜の木の下には遺体が埋まっている

 数が増える程に【血染め桜】という魔物は力を増す。

 一体で桜は薄紅に染まり、十で淡い意志を覚え、百で魔と化す、というのがゲームでの設定であり、戦の後で何本か植えるという選択を行う事で次回のイベント戦までに生まれる、という形になっていた。

 では、現実となったこちらではどうだったのか?

 答えは一月弱で生まれた、だ。

 元々、常盤は【血染め桜】というユニットを将として育てるつもりだった。一つには安定した強さを誇り、ハズレという危険性がない為に人格とでも言うべきものを持つ設定のユニットの試金石として選択している。これが元からゴーレム系として設定されている【チェスガーデンズ】などでは時間をかけても人格は設定されない可能性が高い。

 敗北した戦いより勝利した戦闘の方が、戦死者が少ない戦いより多い戦いの方が、たくさん植えるより少数に絞った方が強力なユニットとして生まれていた。

 なので、「それなら今回の戦いは結構な強さで生まれるんじゃないか?」と実験という事もあって一本だけ植えたのだ。その結果誕生したのが彼女だった。

 ただし、常盤の予想よりは大分違った形で……。

 常盤が勘違いしていたのは戦死者数だ。

 一万を超える兵士の大半が帰れなかったとは彼は知らなかった。ゲームでない以上、「戦闘による戦死者数」などご丁寧に表示される訳がない。もし、最終的な王国側の戦死者数が万を超えると知っていれば複数の【血染め桜】を植えていたかもしれないが、あくまで仮定だ。 

 結果として、百で魔と化す【血染め桜】は万を超える死者全てを己の糧とし、一月で桜は大樹と化し、その花は我々が見る桜色ではなく鮮血の如き赤に染まっている。

 と、同時に常盤が将として期待していた他のモンスターのいずれをも上回る魔物として誕生し、現在は常盤を総司令官とするならば副司令官とでも言うべき立場に収まっている。実の所、生贄は質的な面も大いに関わっており、エンリコやアレハンドロ、領主勢やその配下の割と上位に位置する者などが全て結果としてだが生贄となった為に文官としてもかなり優れた才能を示している。まあ、ゲーム的に現すならば「ただ数が多いだけの数合わせユニットを倒しても強いユニットは作れないよ」という事な訳だが。

 

 さて、常盤は彼女を含め、将として育成予定、或いは将として誕生させたものに関しては固有名詞を与えている。

 そして、彼女に与えられた名は桜華おうか

 そこには常盤なりの葛藤がある。安直な名前は何だが、かといって余り複雑な名前をつけて忘れたりしたらもっと気まずい。妥協の結果がこの名前だった。それでも、桜華にしてみれば大事な宝物、というべき名前であるのは間違いない。いや、将となるべく生まれた者、といっても現状では彼女含めた三体だが、全員そうだ。

 それぞれが今は或いは部隊を率いての訓練中であり、或いは育成を行っている。

 その時、くるり、と桜華の視線が遥か彼方へと向いた。


 「またどなたか来られたのね……」


 くすり、と困った方、とでも言いたげな苦笑と共に呟くと彼女は駆け出す。

 軽く駆けているように見えて、森の中でも足を捕られる事なく平地のように且つ馬をも超える速度で駆け抜ける。彼女にとってはこの森とは愛する父である常盤が生み出した家であり、彼女の兄弟姉妹達そのものであり、自らの庭だ。そんな場所で彼女が走るのを妨げるものはない。

 そうしてしばらく駆けた後、彼女は目的の相手を見つけた。

 あれだけの速度で走りながら、汗一つなく、和服でありながら服に乱れも見られない。

 その視線の先には四人程の男達。いずれも一部金属で重要箇所を守る革鎧で身を固め、武器を持っている。


 「ごきげんよう」

 「……誰だ?」

 「なんだ、子供?」

 「こんな所に女?」


 桜華が姿を見せながら声を掛けると咄嗟に武器を構えた男達は次の瞬間呆気に取られた様子になる。

 それはそうだろう。

 ここまでやって来るのに、彼らは困惑しながら進んできた。  

 この近辺は特に森などはなく、平坦な地形が続いていたはずなのに何時の間にやら河が流れ、湿地が広がりだし、更に森が広がりつつある。

 木々は一度伐採してしまえば、再び元に戻るのに一年や二年では済まない。当然、森と呼べるだけの規模となるまでには相応の時間が必要なはず、だ。少なくとも森が広がっていると分かっていれば、薬草の採取などの依頼が入るのは間違いないので当に彼らが知っているはずだというのに……。

 桜華は知らなかったが、彼らは冒険者と呼ばれる者達だった。

 冒険者、と一口に言ってもこの世界の冒険者は様々で、全てをひっくるめての総称でもある。

 例えば、街で何でも屋のような事をやっている雑用専門みたいな者もいる。領主などの軍に必要に応じて雇われたり、商人の護衛を引き受けたりする傭兵専門みたいな者もいる。或いは薬草の採取などを主に受ける野外活動のエキスパートだって存在するし、ダンジョンのある場所ならそうしたダンジョンに潜る事を専門とする者だっている。

 そうした一般的な生産者、鍛冶師や農民、商人などを除く者を一括して登録し、依頼に応じて必要な人材を派遣するというのがこの世界の冒険者ギルドである。これには世間一般の枠から外れてしまった者を管理するという意味合いもあり、裏社会を統率する盗賊ギルドとは違った形で社会秩序に貢献している。実際問題として、一般人にとっても冒険者にとってもギルドはあった方が圧倒的に楽だ。何かしらの雑用や護衛、採取などの依頼をしたい時、どこに頼めばいいか分からない時は冒険者ギルドに行けばいいと分かっている。冒険者は冒険者で、ギルドに行けば何らかの依頼が張り出してある。

 これがギルドがなければ、一般人は誰に頼めばいいのか分からず、冒険者はどこに仕事があるか分からない。

 無論、組織を運営する為に一定のお金は取られるが、冒険者ギルドに所属する、というのはギルド自体がある程度の身分保障を行っている事もあり、依頼の見つけやすさが段違いなので大抵の者は冒険者ギルドに所属している。また、人族の世界で暮らしにくい亜種族も比較的所属している。

 今回、出くわした面々はいずれも人族であったが。

 桜華の言葉から推測がつくように、ここには幾つかの冒険者達がやって来ている。

 それは、ある者は多数の死者が出て壊走したという噂を逸早く聞きつけた事によって放棄されたであろう、或いは死者が身につけていたであろう装備品など狙った行動であったり、或いは今回の出兵で戦死した(と思われる)領主の遺族からの依頼で一族伝来の剣や宝物の回収の依頼であったりする。

 今回の冒険者達は後者であり、ある子爵家が王家から授けられた剣の回収の依頼を受けての事だった。当主が身につけるものとして代々伝えられてきたものだったが、今回の出兵で領主が戻って来なかったのだ。なので次期当主が回収を依頼したものだった。

 しかし、ここまで来るのに彼らとてそれなりの苦労をしていた。人の手のはいっていない自然の森、というのは想像以上に進みにくいのだ。 

 それでも進んできて、ようやくもうじき戦場だった場所、という所で出くわした一人の少女。しかも、和服となれば首を傾げたくもなるだろう。

 

 「……お嬢ちゃん、一体どうしてここにいるんだ?」


 少し迷ったようだが矢張りそこは見た目の為だろう。

 如何にも魔物という姿をしていればともかく、見た目は普通の人族なのだ。

 無論、冒険者にだってこうした比較的丁寧な対応を取る者もいれば、荒くれ者だっているが、今回は前者だったようだ。もちろん、いきなり襲い掛かったりせず、声をかけた、という事も大きいだろう。もしかしたら彼女もまた別の冒険者で、今こそ一人だが周囲に仲間がいる、という可能性だってあるのだから。もっとも。


 「うふふ、私はですね?貴方達みたいな勝手に入ってくる人を排除する為です」


 一瞬で桜華の方から相手の配慮を無駄にしてしまった訳だが。

 そんな事を言われれば、冒険者達も即座に武器に手をかけ、臨戦態勢になる。

 瞬時に緊迫した空気漂う中、桜華はあくまでにこやかな笑みを浮かべたまま、すらり、と鞘から刀を抜く。


 「なんだ?木刀……?」


 誰かが不審げな声を上げる。

 それもまた仕方ないといえば仕方のない話だろう。

 刀、という武器はこの世界に存在している。だが、木刀は武器としてはさすがに中途半端だ。

 刀というのは斬る武器だが、木製では当然斬れる訳がなく、かといって打撃武器として扱うならば軽すぎる。とはいえ油断はしない、熟練者の扱う鉄芯入りの木刀で殴られようものなら一撃で頭部を砕く事とて可能だからだ。竹光のような飾りであったのならばともかく、どんなに予想外の武器であろうが、それが相手を殺せるものならば彼らは油断しない。

 していないつもりだった。


 「えっ?」


 一人が驚いたような声を上げた。

 一歩前へ出ていた、おそらくは一行のリーダー格であったと思われる戦士の青年だったのだが……彼がそんな声を上げたのは先程まで離れた場所に立っていたはずの桜華が彼のすぐ目の前に立っていたからだ……平地ではなく、この足場の悪い森の中で一瞬で距離を詰めたという事への理解が遅れた。

 いずれにせよ手遅れであったが。

 彼は桜華が木刀を振り切った状態にあった事に最期に気がついただろうか?

 袈裟斬りに斬られ、ずるりと肉が地面へと落下するまでに既に彼の三人の仲間は動いている。その動きは決して彼らが初心者ではない事を示している。しかし、同時に彼らの顔は酷く歪んでいた、そこにあるのは怒りではなく恐怖だ。

 あの一瞬の交錯で彼らのリーダーが殺された。

 その事実は彼らでは勝てない事を明確に示していた。何せ動きが全く見えなかったのだ。気づけばリーダーが殺されていた。しかし同時にこの足場の悪さであの移動を成し遂げた彼女から逃げられないという事も同時に彼らは理解した、してしまった。そんな相手に背を向けて逃げた所でどうなるだろうか?おそらく然程逃げる間もなく全員殺されて終わるだろう。

 それぐらいならば、まだ三人でかかった方が誰か一人でも生き残れる可能性は高まる……そう判断しての行動だったが、現実は無常だった。

 

 「ふう」  


 僅かな時間の後、そこには四つの死体が転がっていた。

 血が広がるそこへと桜華はにこやかな笑みを崩さぬままに種を撒く。

 それらは血を吸い、急速に芽を出して根を肉へと食い込ませる。そんな光景を桜華は穏やかな目で見つめていた。


 「お父様」


 私は貴方のお役に立てていますか?

如何だったでしょうか?

翡翠達と新キャラの「血染め桜」の和風少女です

尚、後の二体の将は装甲部隊担当と、魔法や特殊能力担当です

こちらも近々登場予定


次回予告

世の中色々な思惑がある

そうした思惑、将来への布石、しがらみ、そうした中から一つの選択が行われる

それが正しい選択なのか……分かるのは未来の視点からである

次回「都市攻防戦(1)」

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