強制から始まる国作り
活動報告にも書いておりましたが、まとまったお休みが取れたので今週は二本掲載予定です
「ティグレって……何でまた?」
「いや、その、な。俺は戦士だろう?どうしたって敵と面を合わせちまう事になるんだが……最前線で騎士なんかと出くわして名乗りを上げるとなると……な」
やっぱり、今の名前じゃしまらねえ、そんな言葉に常盤も納得せざるをえなかった。
という訳で猫子猫は名前をティグレに変えた。
まあ、ゲームの中ならともかく、現実なら分からないでもない、と他の仲間からも割とすんなりと理解され、エルフ達はまだ名前が広まっていなかった為に問題なかった。
そう、この時点では勇者の召喚が行われた事は知られていても、まだ彼らの名前すらエルフ達は知らなかったのだ。その名が知られる事になったのは……翌日のエルフ達の集会の場、そして森に住むエルフ全体に広がるにはもう一月程の時間を必要としたのだった。
◆ティグレ視点◆
「何故我らが国なぞ建てる必要があるのだ!!」
そう叫ぶエルフがいた。
常盤や猫子猫改めティグレ達が戦っていた間、長老達とて何もしていなかった訳ではない。
彼らが行っていたのは森の各地にある集落へと使者を送る事。国を建てるのか、或いは独自の道を行くのか、いずれにせよ現状のままでは何時か人族によって森を追い出される。それぐらいは彼らも理解していたし、各地のエルフの集落においても余程閉鎖的な集落以外は代表を送ってきたというのが他の集落においても何も考えていなかった訳ではない、という事を示しているだろう。
最も、送られてきたエルフがそれを理解しているかどうかはまた別だったが。
「ではどうするのだ?」
「そうだ、このままでは人族に我らが追いやられるのは必至だ」
「我らが本気を出せば簡単に、なぞと言うなよ?既に集落を放棄せざるをえなかった者は決して少なくはないのだ」
口々に長老達から告げられる言葉。
その言葉には声を荒げた者も顔を歪ませつつも沈黙せざるをえない……と思いきや、「それはこれから考えれば良い!」と叫びだす。
そして、それに感情からか賛同の声が少なからず聞こえるのが長老達に暗い気持ちを抱かせる。
分かっているのだ。
長老達とて彼らの気持ちは痛い程に分かる。
代表者として送り込まれてきた人物達だ。当然、彼らは元の集落でそれなりの立場を持つ者達であり、それは同時に長い時を生き続けてきたエルフ達でもある。すなわち、彼らはこれまで変わらぬ日々を送ってきた者達、今日まで続いてきた事が明日以降もまたずっと続く……そう思い、そんな日々が続いてきた者達である。そう、最低でも百年以上に渡って……。
それだけに変わる、変えねばならない、というのが納得出来ない。
今を耐えれば、またその内、同じ日々が戻ってくる、そう思っているに違いない。そう、災害と同じく……一時的に大きな嵐で森が大きな被害を受けても数十年の内にやがてその傷も飲み込んで森は再び何事もなかったかのように静かに森の民を受け入れる。
だが……。
「考えるってなあ、どんぐらいかかるんだ?」
面白そうな響きの篭った声で声をかけた者がいる。
いわずとしれたティグレだ。横には常盤もいる、ように見えるが実際は分体だ。基本は人型のイヤホンであって、スピーカーではないから黙っている。本体は現在もエルフの森の手前に新たな森を一刻も早く完成させるべく根を張り続けており、【血染め桜】などが順調に成長しつつある。
「一年か?二年か?エルフはどうにも気が長いのは知ってるけどよ……んな時間なんぞねえぜ?」
エルフの生は長い。
人族が老いて死に、その孫がまた老いて死ぬ頃になっても、同じ頃に生まれたエルフにとってはようやく一人前と看做される年になる、という事も珍しくない。
確かにそれはその分だけ強くなる事に時間をかけられる、という面はあるが、同時に極めてのんびり屋、という面もある。一年、二年をかけてゆっくり、じっくりと考えて答えを出す事だってある。しかし、それでは到底間に合わない。今は戦争なのだ、戦争ならば相手の、人族のタイムスパンに合わせて動く必要がある。それが分かっていない。
そう、ティグレは思う。
そして、言われた当人達はといえば苦々しい顔になる。
「何せ、今回の一件、誰が見たって王国軍を撃退した奴の裏にはお前ら、エルフがいると思うだろうからなあ……このまま王国が黙って引き下がると思ってんのか?」
そんな訳がない、とティグレは断言する。
王国がどれだけの期間で立て直して攻め込んで来るかは分からないが、このままでは面子に関わる。まず間違いなく攻め込んで来るだろう。
一年も二年もかけてのんびり国を建てるかどうかの議論をやっている余裕はない。国を一刻も早く成立させ、その組織を構築し、迎撃する為の態勢を整えていかねばならない。
「き、貴様らのせいだろうが!!」
「ああ、そうだぜ?」
思わず、といった様子で叫んだエルフに、いともあっさりとティグレは答える。
だがな?と思わず絶句したエルフにティグレは続ける。
あんだけの軍隊が何の為にやって来たと思ってるんだ?まさか武器を担いで万の軍勢が仲良くしましょう、なんて笑顔で手を差し出してくれるとでも思ってるのか?
「……だ、だが君達はかつての勇者と同じ召喚陣で召喚されたと聞く」
何とかならなかったのか、そう告げる反対派の意見を黙って聞いていたティグレだったが深い溜息をつくと口を開いた
「おい、お前らまさか俺達が現れただけで全部解決、自分達は苦労する事なく見てるだけ、なんて考えてたんじゃねえだろうな?」
「なに?」
さすがに疑念の声を上げる他集落のエルフ。
一方召喚を行った集落のエルフ達はといえば、長老などは「そんな事はない!」と言いたげに首を横に振っているが……どうやら一部の者は本気でそう考えていたらしく、何やら罰の悪そうな顔をしている者、或いは何を当然の事を、と不思議そうな顔をしている者すらいるようだ。
何時の世も、どこであろうとも、いや種族すら変わろうとも他力本願な者はいなくならないらしい、そう思うと苦笑が生まれる。
「いいか?俺達を召喚した魔法陣で前に勇者が現れて、魔王を倒し世界を救った……こいつはいいな?」
「ああ」
その通り。
そんな伝承があるからこそ、俺達は召喚された。
どうにもならない状況をどうにかして欲しい、かつてどうにかした勇者と同じように、という事だろうが……この伝承からは一つの事が分かる。
「だが、な?そいつはつまり、勇者って奴は交渉じゃどうにもならなかった、力で相手を、暴力で殴り倒すしかどうにかする方法がなかった、って事なんだぜ。その魔法陣で呼ばれたのが俺達だぞ?何を期待してたんだ、手前らは」
立て続けにティグレの告げた言葉にシン、と周囲が静まり返る。
戦争とは外交の形の一つである、という。それに従えば、戦いもまた外交の形の一つ。であるならば魔王と対話して同盟を成立させるなり、停戦に持ち込むなりするのもまた戦い……まあ、もちろんそもそも言葉が通じない相手とか、双方の根っこに根深い恨みがあるとか、話し合いではどうにもならない場合もあるのだがそこら辺は黙っている。
ティグレ自身はその辺りを突っ込んでくるか、と内心楽しみにしていたのだが、誰もが沈黙している事に内心で失望していた。
外交部門は国を建てるならば不可欠だ。
ただ激昂するだけの者では勤まらない。演技で必要に応じ、状況と相手に応じて激昂するならば構わないが、基本的に外交は「後ろ手でナイフを握りながら、もう片方の手で笑顔で握手する」と言われるように二つ以上の国が互いの最大の利益を目指し、ある所では譲歩し、ある所では奪う……力を背景にただ恫喝し、相手をただ悪いと貶め、財貨を領土を求めるのは悪手だ。それでは自身が弱った時に奪い返されるだけ、恨みを買い後々にまで響く。
だが、それを上手くこなせる人材というのは少ない。
当然だ。力で恫喝し、相手を貶める方が楽なのだから……相手をいい気持ちにさせて、勝ったように思わせ、その裏で自分は実利を確保する。そんな真似が出来るような者は人族にも多くはない。自分とていざ海千山千の手練れと外交でやりあった場合、果たしてどこまで出来るのかとはティグレも自覚している……ゲームならアイテムやら何やらもあったし、相手だって素人だった。こちらの世界はそうではない、本当に大国と呼ばれる熟練者は果たしてどこまでやるのか、やってくるのか、果たしてその演技と本当の恫喝を見抜けるのか……。
そう考えると楽しくなってくる。と、同時にこの場にはそれが出来るエルフはいないのかと残念にも思う。
(さて、この程度の話にすら反論出来ねえとなると……連中を上手く丸め込んで話を持ってける奴もいねえって事か?いや、まだ敢えて反論せず黙ってる奴だっているかもしれねえな)
最後まで見守るとしよう。
そう結論を下すとティグレは再び席へと戻り、他の集落のエルフ達を見下すような姿勢で、口元を歪めてみせる。
おいおい、この程度の挑発に簡単に乗るなよ……内心での失望を表に現す事はなく、エルフ達から浴びせられる視線をティグレは一身に集めていた。
……そう、エルフ達がその横の常盤に全く注意を払わなくなる程に……。
……そして。
「ま、やっぱりこうなったか」
ふう、と溜息をつく。
結局、想定通り、というべきか。具体的な事は何も決まらなかった。他の集落から来たエルフ達はこれから元の集落に戻り、今回の事案に関して話をするというが……それぞれの集落ごとに話し合い、結論を出し、また集まって話をし、それをまた持ち帰って……一体結論が出るまでにどれぐらいかける気なのか。
出来ればやらずにすませたい方法ではあったが、やらざるをえない可能性は相当に高まったと言ってもいい。故に……。
「おい、種はちゃんと植えたんだろな?」
『ええ』
ぼそり、と呟いたティグレの声に思念で返ってくる答え。
よし、と頷く。
奴らが戻り、そこで語る……或いは戻る途中で互いに語り結論を下すか。ここら辺は常盤に負担をかけてしまうが仕方がない。何せ、どっちかといえば魔術師寄りの常盤は元々特殊能力の多いモンスター系という事もあって引き出しの数が大きいが、こちらは戦士系。軍を指揮する事がない現状、出来る事は身一つで暴れる事が精々、その分交渉なんかでは積極的に前に出ているつもりだが……。
(わりいな、こっちも待ってる余裕はねえんだよ)
ティグレは笑みを浮かべるが……その笑みは誰が見ても、傍から見ている常盤であってさえ獲物を狙う虎が浮かべているようにしか見えなかった……。
そして、彼らの想定は的中する事になり、結果として彼ら独自の作戦もまた進められる事となった。
◆あるエルフ視点◆
「ぐう……な、何故、だ……」
一人のエルフが倒れていた。
いや、一人だけではない、周囲には自分以外にも幾十人ものエルフの戦士達が倒れている。
圧倒的多数の戦士がいたはずなのに、たった一人に敗北した。
幸い、というべきなのは大怪我を負っている者はいない事……いや、理解している。ただ手加減されただけなのだと……目の前の虎の獣人、確かティグレと名乗っていた異世界より召喚された存在に。
だが、分からないのは彼の行動だ。
あの森全体に為された集会呼びかけ、一応三つ以上の集落の長老の同意によって発せられると定められているものであり、それには呼びかけられた集落には参加する義務があるといにしえより定められていた。事実過去にも幾度か呼びかけが為された事があり、強大な魔獣、厄介な伝染病、森を食い荒らす蟲の大発生などの災厄時に発せられてきた。
今回の呼びかけは少々変則的とも言える。
三つの集落の代表というべき長老らによって呼びかけられた事には違いない。書面にはそれぞれの集落ごとに決められた印が刻まれていたし、その印に篭められた力もそれぞれの形式に沿ったものではあった。
だが、現在その内の二つはもう一つの集落に身を寄せている。
そうした意味では一つの集落から発せられたと言えなくもないが、なまじ集落同士の内部事情などを互いに知ろうとしない独自性の強さからそこまでを知らずにただ古の盟約に従い、いずれの集落からも代表となる者達がその集落へと送り込まれ、自分もこの集落の代表の一人としてあと二人と共に送り込まれた。
そこで告げられたのは誰もが頭を悩ませる人族の侵入。
余程森の奥地に集落を構えており、交流も行わない閉鎖的な集落でもない限り、人族がエルフの森に入り込み、荒らしている事は知っている。自分とてそれを何とかしたい、と思う気持ちはある。
しかし、これはなんだ。
奴がやって来たのは今日の昼前だった。最初は不審者がやって来たと捕らえようとしたらしい……当然だろう、自分達あの集落に行った者は知っていてもこの集落の他の者は知らない。完全武装の獣人、なんて相手がやって来れば不審者として疑うのは無理もなく、警告にも止まらないとなれば侵入者として攻撃するのも当然の話だ。だが……。
「よう」
私に見覚えがある事に気がついたのだろう。あの虎の獣人が目の前に立っていた。
腹が立つ事に見事なその鎧に僅かな傷すらついておらず、片手で軽く担いでいる剣にも血の痕は見えない。
つまり、手加減されて全員叩きのめされたという事か……。途中からは魔法も使われたはずだが、それですら怪我を負った様子がないという事は強力な魔法への防御手段も持っていると考えていいだろう。
「これ、は……何の真似だ」
体が痛い。
お陰で絞り出すような声になる。これは……肋骨の一本や二本は折れていそうだ。まあ、あの大剣の腹が殴り飛ばされればそうなっても仕方がないだろう……。
しかし……彼らは我々の仲間が召喚したはずだ、ならばこれはあの集落の者が決めた事か?
そんな事をぐるぐると考える私の前に立つ獣人は溜息をついた。
「分かってねえな……言っただろう?時間がねえって」
国を建てるには時間がかかる。
ただ建てます、はい、建ちました、という訳にはいかない。それぐらいは分かる。
だが、だからといってこの、我々の集落を襲撃する事、そして戦士達を打ち倒す事に何の繋がりがある……?
そう呟くと面白そうに笑った。
「成る程、どうやらお前さんは未だ理解出来てねえようだな」
しょうがない、教えてやるか。
そう、やれやれ、とでも言いたげな仕草で口にする。腹が立ったが、黙っていた。こうして戦士がたった一人の獣人の前に壊滅した今、集落を守る者はいない……いても既に現役を引退した者ばかりだ、この男が動けば防ぐなど不可能だろう。あっという間に打ち倒されるはずだ……ならばせめて話を長くして少しでも集落の者が退避する時間を稼がねばならない。
それに……どこかで奴の考えを知りたいと思う私がいる。
「前回は軍と領主が派遣してきた訳だがな、あれが全力じゃあねえ」
前回は領主勢の軍勢が主力で、騎士団所属の者は一部であったという。
そして、領主勢の大半は寄せ集めの農民……。
真っ当に武器を握った事すらなく、ただ命じられて槍を構え、命じられた通りに集団で動くぐらいしか出来ない。彼らは普段は田畑を耕しており、それならば本職であるから何をすればいいか、何をしてはいけないかを大体理解している。だが、兵士は臨時の仕事であり、教えられた事以外は何をしていいか分からない。だからこそ、前回の襲撃の際、ティグレ達の罠にかかって命令を下す頭となる領主やその配下の専門の兵士達が壊滅状態に陥るとあっさり崩壊した……。
だが、騎士団は違った。
無論、直接に攻撃を受けなかったという面はあるだろうが、それでも立て直し最後は指揮官を上から二人失いつつも指揮系統の継承順に従い損害を受けつつも整然と撤退していった……。
「そして次に来るのはそんな連中が主体だろうよ」
だからこそ、迅速に仮にでもいいから軍と呼べる組織を構築しなければならない。
しかし、軍というのは同時に補給が不可欠……それを支えるにはどうしても国という規模で支援を可能とする形を構築しなければならない。
無論、彼ら独自にこちらも準備は整えている。
現在、もう一人が森の手前に新たな森、それも妖魔の森を生み出しつつあるという……。
驚愕した。
森を生み出す?一体何の冗談だ?
私達は森と共に生きてきた。だからこそ知っている。森というものがそうすぐに出来上がるものではない、という事を。なのに、今の話ではあの草原が既に小さめではあっても森と呼べるものとなりつつあるという事ではないのか……?
一体奴は何者だ?と、あの時はろくに注意を向けていなかった相手を必死に思い出す。まるで木製の人形のような姿だった……。
「そいつは……何者なんだ?」
「お?やっぱり興味持つか」
思わず頷いていた。
けれども、彼の「あの時はろくに情報を集めようともしなかったのにか?」という言葉には沈黙するしかない。
にい、と笑うと獣人は私にこう言った。
「その興味を外にも持ってもらわねえといけねえのさ。持てないなら強制的にでも、な」
「……何故だ?」
「人族だって色々だ。お前さん達エルフに対しても色んな奴がいるだろうよ」
嫌う者、憎む者、利用しようとする者、奴隷として売り払おうとする者のような悪意ある者もいれば、好意を持つ者、純粋に商売をしたいと願う者だっているだろう。しかし、殆どの者は中立、自分の利益を確保しようと動きはするが、同時にそこには恨みも憎しみもなく、最大限の利益を引き出そうとするだけ……。
無論、そんな中で力によって奪おうとする者は容赦なく叩き潰し、けれども話し合いで自分達が生きる分を得ようとするならばこちらが求める物と引き換えに与える事も必要……。
それも含めて、外に興味を持ってもらわねば、自分達で閉じこもっているだけならば本当の悪意がどれかも分からなければ、どれ程の危険な悪意かも理解出来ず、或いは中立な立場の者さえも敵へと追いやってしまうのだという。生きる為に必要なものさえ自分達のものだと断り、追い払うなら自然とそうなる。
しかし、外部に興味を持てば、彼らがもたらす物を得たいと願えば、交渉する事も可能となり、そこから交流が生まれる……。
その言葉を聞いて思う所のあったエルフであったが、同時に思わず、といった形で声が出た。
「……お前達ならば、お前達だけで何とか出来るのではないのか?」
「ああ?」
私の言葉には不機嫌そうな声で言った。
何か勘違いしてねえか?俺達は所詮、召喚とやらで呼ばれた余所者なんだ、と。自分で立って話をする気のない馬鹿をぶん殴って立たせて、強引に話させる。その程度しか出来ないんだと、そうしてやってもいなくなった途端に座り込んでしまうようなら……。
「その時はお前らは滅ぶだけだろうよ」
「………」
情けない。
確かにその通りだ、自分で狩りをする気も、それを手伝う気すらない者にどうやって森の中で生きる資格があるというのだ……。
そんな事も自分は忘れていたのか、と自嘲するエルフの戦士。
そこへ音もなくモンスターが現れた。その姿に僅かに目を見開く。
……何だ、これは?獣人の態度からして敵対する者ではなさそうだが、いや、味方か配下の者のようだが……どうにも普通の生き物という気がしない。
なのに、生命である事は感じ取れる……森から感じるのと同じ息吹を感じるのだ。
形状としては人型を模してはいるが、全身に蔦が巻きついて人型を構築しているようでもあり、空から舞い降りるように現れた動きからして相当身軽な存在である事は間違いない。
事実その通りで、これは常盤こと精霊王エントが時間をかけて生み出した戦力の第一陣の一体【密林の暗殺者】であった。塊根のようなをコアを中心に膨大な根を絡みつけ、人型として動かす。戦闘時はその根を展開し、鋼並の強度と毒を持つ細かな棘を生やしたそれを鞭のように扱って戦う訳だが、その本質は鞭のような根を適時解いての機敏な立体機動と生物とは異なる気配を活かした奇襲攻撃にある。ただし、それ故に余り騎士団などとの正面決戦に用いるモンスターではなく、連絡役・偵察役として用いる為に生産されている。
そして、そのモンスターを通じて常盤が情報を伝える。
「ん、そうか。村の連中は抑えたか」
愕然とした表情となった自分に獣人は呆れたような顔になった。
「何だ、俺がこうして暢気に話しをしてるのが何でだと思ってたんだ?それに、一つの集落を抑えるのに俺が一人で来てると思ってたのか?」
……成る程、こちらの読みなどお見通しか。
……どうやら私達は自分達の殻に閉じこもりすぎていたようだ。どのような道を選ぶにせよこれは本気で学ばねばならないらしい。
幸いな事に誰も殺された者はいない。ならば、まだそこまで恨みはあるまい、本当にこの男の言う事が必要なのか、それとも不要なのか……それを学び、考えるに相応しいだけの知識を得る。それからでも結論を下すのは遅くはあるまい……いや、そうではない。そうでなくては結論を下してはならないのだ……。
そう考えて、そのエルフは張っていた気持ちが切れた事で周囲の者同様意識を手放した。
◆常盤視点◆
ティグレと常盤を召喚した集落、その一角は重い空気に包まれていた。
あの森中の集落に回した連絡の後、ふらりとティグレは姿を消していた。どこへ、という問いにも自分はは答えず、その内戻ってくると答えるばかり。
一月程の後、確かに彼は戻ってきたが……それは他の集落を制圧しての事だった。
愕然とした長老達の前に現れたティグレは数百人規模のエルフ達を連れていた。森中のエルフ達の規模からすればこの十倍の軍でも構築出来るだろうが、一度にそれだけ連れて来ても教えられる事に限界があるし、集落を守る連中も必要だからなあ、と嗤っていた。
ある集落は強者に敗れたならば従う、と告げた。
ある集落は悪あがきをし、何やら仕掛けを施されて渋々ながら従った。
またある集落は考える所があったのか、或いは何か思惑があるのか積極的に従った。
そうしてやって来たのがここにいる者達。
「し、しかし、この集落にこれ以上の受け入れは……」
長老の一人がどもりながらそう言うが……そんなものは必要ない。
既に自分の生み出した森は順調に発展しつつある。既存の森との境界線上には幾つものツリーハウスが設置してあり、彼らを受け入れるには十分過ぎる。
そう告げると愕然としていた。……もしかして、彼らは俺達に住処や食料供給とかする事で手綱を握ったような気持ちになっていたのだろうか?それとも、単純に自分達が私達に報いる事が出来る事がなくなったとか考えているのだろうか?後者ならばまだ情けもかけられるのだが、ね。けれど、根本的に考えが間違っているのだよ。
「貴方達が現状を何とかしたいと願ったのでしょう?だから私達は何とかする為に動いただけです」
その言葉に長老が顔を歪める。「我らは……こんな事を望んでは……っ!」などと顔を歪めて口にしている。
ふう……どうやら根本で彼らは勘違いをしているようですね。
ティグレには一足先に向かってもらっていましょう。徒歩な分、こちらより到着までに時間がかかるでしょうからね。そう告げると「ああ、じゃあ後任せるわ」、そう言ってエルフの戦士達を連れてツリーハウスへと向かいました。
それと共にこの集落からも幾人もの若いエルフが歩み出て、彼らと合流する。
その姿を見て驚愕する者が大勢いる……いずれもある程度年がいった連中ばかりだ。案外、若い者の方が危機感を持っていたようで、ティグレがいない間に進めたこちらの話にも真剣に考えてくれたし、誘いにも乗ってくれた。どこの世界でも若者ほど老人に比べて積極的というか変化を受け取りやすいというか……おまけにこの世界では若者とて閉じこもってニートなんかしていられない。あれは働かなくても生きていける環境あっての事だからだ。生憎この世界はそこまで優しくはない。
「何か勘違いしているようですね。私達はここに好き好んで来た訳ではないんですよ?」
「そっ、それは悪いと思っておるがちゃんと送り返す、と……」
「関係ないんですよ」
幾らちゃんと送り返そうが何だろうが、貴方達が私達の都合を無視してこの世界の、死んでも生き返れるゲームの世界から、死ねば本当に死ぬ、そんな世界へと貴方達の都合に巻き込んだ事に変わりはねえ?
なら、私達が自分の都合で動いて何が悪いんです?
そんな事をゲーム云々の辺りはオブラートに包んで告げると沈黙した。どうやら長老達はまだ恥、って概念を知ってるようだ。
「さて、どうします?今からでも私達を送り返しますか?」
そんな言葉に戸惑いの表情を浮かべている。
……出来る訳がないですけれどね。黙って滅ぶつもりでもない限り。
王国が黙ってこのまま引き下がる訳がない。
それだけではない。
今回、ティグレと自分の送り込んだモンスター軍団によって力で抑えられたエルフ達が自分達がいなくなっておとなしくしてると思いますか?
もし、エルフ同士で争いだした所に王国が攻めてきたら最悪ですよねえ?
そんな事を話すと苦渋に満ちた顔で押し黙る。
まあ、本当はここまで親切に話してあげる必要もありませんし、さっさと帰ってもいいんですが、こっちが煽った人達もいますしね。或いは妹と仲良くなって一緒に今はレベルアップに励んでる巫女さんとかもいる事ですし……ここで実質見捨てるとなって、後で妹達に恨まれるのも何だし。
結局、長老達が折れたのはそれから間もなくの事だった。
こちらにあるのは分体であり、意識を集中させていただけだ。カットすればあれは一旦樹木へと戻る。
まあ、そこら辺をばらす必要はないので適当に森に入らせて視線を遮った所で意識を戻す。やがて、ティグレ達が到着した。
「おう、終わったか?」
「ええ、ちゃんと納得してくれましたよ」
そう言うと、ティグレはおかしそうに笑った。
まあ、大体どんな事になったか想像がついているのだろう……。
「おーし、それじゃさっさと国が成立したって事を広く伝えねえとなあ」
そんな事を言うと、ティグレの傍にいる一人の割と年配のエルフが「しかし、王国が認めるでしょうか?」と心配そうに尋ねる。
その目には信用というか……いや、崇拝に近いものがあるな。どうやら余程みっちり仕込まれたのか、或いは感服したのか、少なくともエルフの国ってものの必要性をきちんとこの短期間でも理解しつつあるようだ。それだけでなく、人族の国というものについても、だ。
「ああ?別に王国なんざどうでもいいんだよ」
「は?」
ただまあ、まだティグレの答えを理解は出来なかったようだ。しかし、どういう事かとその目は訴え、考えている。
ちら、と視線を向ければ他の連中の中にも同じような光を宿した者がいる。……こういうのは期待出来そうな人材ならぬエルフ材だな。
「王国だけが国じゃねえ。ここと境を接してなくて王国と敵対してる国や異種族を保護してる国だってあるだろうよ」
そう、少なくとも自分達は今回侵攻してきたブリガンテ王国と敵対する国アルシュ皇国が存在している事を知っている。
「そんな国は王国への面当てでうちを認める奴だっているだろうなあ」
それだけではない。
国があるのだと知れば、探りも入れてくるであろうし、場合によっては外交を求める国や交易を求める商人だって出てくる事だろう。
まず必要なのは国があるのだと他の国に周知させる事、そしてそれによって他国に動きをもたらす事……。そうすれば、それに触発されて王国も何らかのリアクションを起こさざるをえなくなる。
後は……。
「で、名前はどうします?」
「名前か、そうだなあ……」
「ヴァルト連盟、なんてどうです?」
ちょっと迷った様子のティグレにそう提案してみる。
ドイツのシュヴァルツヴァルト、黒い森から取った。意味は自分のゲーム内の国である「大森林」に繋がる「森林連盟」とでもいうべき名前……それが分かったのだろう、ティグレも……気づけばさん付けをしなくなっていたが、苦笑している。
「いいだろう、この国の名は……『ヴァルト連盟』だ!!」
少しでも見やすいように……と思って工夫してみてるんですが……今回は如何だったでしょうか?
ある程度視点が切り替わるのはどうしようもないので、せめて国を一つに絞りました
後は日曜0時に王国側視点を、来週は幕間として妹さん達がどうしてるかを書く予定です