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ワールドネイション  作者: 雷帝
第二章:王国
11/39

戦場の終わり

あれ?何時もの倍ぐらいの量になってる…

 「……そうか、だが、とりあえずは生き残る為に全力を尽くすとしよう、全てはそれからだ」


 アレハンドロとそんな会話をしながらエンリコは支度していた。

 いちいち頑丈だが履くのに時間のかかるブーツではなく、皮の短靴を履き、ズボンと上着を身につけ、立場を示すマントをその上からとりあえず羽織る。

 司令官の証でもある王から授けられた剣は放置していく訳にはいかないのでとりあえず剣帯を巻きつける時間も惜しいので手に持つ。

 簡素な身だしなみが整った時点でエンリコは足早に天幕の外へと出る。出てすぐに顔をしかめた。


 「酷いな」


 既に領主勢の陣地は轟然と燃え盛り、影絵のように右往左往する兵士達の姿が最早領主勢の統制が失われた事を意味している。おそらく、あの状況ではまともな指揮を執れる領主、中にはそういう人間もいた訳だがそこら辺の真っ当な軍事能力を持つ領主は全滅か、もしくは重傷か。指揮を執る事が出来ない状態なのだろう。

 その上で、ちらり、と騎士団側の天幕に視線を向ける。


 「……鈍いな」

 「何を使われたのか、或いは魔術かもしれませんが、とりあえず起きていた者には片端から叩き起こすよう命じてあります」


 自分自身でその結果を、これだけの状況が起きていながらアレハンドロに叩き起こされるまで眠りこけていた自分の身で理解している為にそれにはただ頷くだけで責める事はしない。しかし……。

  

 「この状況では追い立てられた領主勢がこちらに雪崩れ込んできたらそのまま壊滅しかねんな」


 顔をしかめてそう呟いた。

 領主勢との距離が近すぎる。

 今はまだ混乱している為にこちらが比較的損害が少ない事に気づいてはいないだろうが……もし、「騎士団の方は被害が少ないぞ!」などと気づかれたら、誰かが叫んだら泡を食った兵士達がこちらへと殺到してきかねない。寝起きで混乱している騎士団へと騎士団の総数を上回る人数で無秩序に雪崩れ込まれたら……統制も何もかも崩壊して、後は騎士団もまた無秩序状態の逃亡兵と化すだろう。そうなれば、被害がどれ程に拡大するか、正直考えたくない。


 「それでどうする?」

 「まずは我が方の軍勢をとりあえず荷物を担いで離脱させます」


 幸いというか、騎士団側が街道方面。と言ってもとりあえず草を切り開いて、簡単に固めただけだが、これだけの軍勢を動かす物資の移動となると簡易でも道は必要だ。それをこの際街道と呼んでいる。幸いというべきか、逃げるべき方角、森と反対側、人族の街がある側に騎士団は位置している。領主勢が先に森に突入する権利を求めて、より森に近い方に陣取る権利を要求したからだ。

 ある程度距離を取って再編、その後街道の両脇に防御陣地を設定。

 街道に沿って逃げるよう領主勢の敗残兵を誘導し、追撃してくるであろう敵を騎士団で迎撃する、というものだ。

 後は防衛戦闘を行いつつ、撤退戦を行い、可能な範囲で生き残りの領主勢を少しでも逃がす事に専念する。無論、積極的に救おうとしない以上領主勢の被害はその分拡大する事になるだろうが、現状ではまず自分達が生き残る事が最優先だ。

 

 「いいだろう、それでいこう」


 エンリコは自分に軍事の才能などないのは分かっているから、即座にそれを承認する。

 才能はないから、すっぱりとそれを持っている熟練の軍人に任せる、そこら辺は割り切っていたし、全てを自分が出来るなど自惚れてもいない。こういう事に関しては自らは承認する事が仕事だと割り切っているとも言える。

 それに元々、アレハンドロはエンリコがオルソ騎士団長の裏方の片腕とするなら、軍隊の指揮を執る際の片腕とでも言うべき存在だ。

 そんなアレハンドロをつけてくれた段階でエンリコにも幼馴染の配慮が十分に分かっているし、と同時に軍の指揮に関しては彼に全面的に任せる事にしている。


 「それで総司令官殿、ですが……」

 「この場に残って一部の騎士と共に殿軍だな」


 言いづらそうなアレハンドロの言葉を遮って告げた言葉にアレハンドロが苦笑した。

 

 「気づいておられましたか」

 「まあ、総司令官が真っ先に逃げたら、今の状況じゃそのまま全面崩壊に繋がりかねんよ、そのぐらいは分かる」


 その上で、仮陣地の準備が出来たら目立つように司令官の旗と騎士団の旗を掲げて、大声で「街道沿いに撤退せよ」とでも叫びながらゆっくり離脱する。

 そうすれば、領主勢の兵士達も逃げる明確な方針が示され、更に命じる人間が総司令官という事で責任も問われる心配がないからさっさと逃げ出すであろうと見ている。

 まあ、傭兵達は目端が利く連中はとっとと逃げ出しているだろうが、そこら辺は仕方ない。

 

 「では私はこの場に残って殿軍の指揮ですな。陣地の構築は残る大隊長三名に任せましょう」

 「……良いのかね?」

 「殿軍の指揮を下手な者に執らせる訳にもいきますまい」


 確かに自分では殿軍の指揮を執ろうとしても統率が取れなさそうだ、とエンリコも笑う。

 殿軍とは敗退する軍の中でも最も厳しい任務を強いられる部隊だ。部隊をまとめる統率力がなければまともな殿軍として機能しない。

 他の大隊長達だが、アレハンドロは最先任であり、大隊長の中でも別格、というか元々エンリコ自身が今の騎士団長が騎士団を離れる際は自分も離れる予定なので、アレハンドロが次期騎士団長になるだろう、と周囲からも見られている、というか内定している。今回の大隊長達も殿軍の大変さ含めてそこら辺は理解しているからまず問題はないだろう。

 

 「では早速かかりましょう」

 「うむ」



 ◆



 「よしよし、今の所上手くいってるみてえだな」


 無造作に歩くのは猫子猫ねここねこ

 軍や罠を用意するのが常盤ならば、自分の役割はここの兵士達の強さを調べる事だと割り切っている。

 無論、無謀な調査をする気はなく、この辺りも彼の感知能力に脅威となる存在の反応はない。伊達に獣人の上位種族ではない。装備も超一級品。粗末な槍や皮鎧では奇襲で四方八方から攻撃された所で傷一つ受けないのも事前のエルフ達との模擬戦で理解している。隙間があるように見える箇所にも魔法による防御がしっかりと施されているからだ。

 まあ、それでも油断するつもりはなく、周囲には「チェスガーデンズ」から少数ながらルークとビショップが周囲を固めている。

 重装で物理・魔法双方に対する守り、それも他者を守る事を得意とするルークと、防御と回復を得意とするビショップがいれば余程の凄腕による全力攻撃でもなければそうそう守りを突破されるような事はなく、それ程の攻撃ならば放たれる前に猫子猫ねここねこの超感覚が把握する。

 まあ、反面攻撃に関してはルークの通常物理攻撃と猫子猫ねここねこ頼りとも言える訳だがその程度問題にはならない。

 今の所見るからに立派な鎧を纏う獣人、という事で彼を狙った騎士の生き残りが二名、いずれも攻撃は普通、のはずのルークに一撃で仕留められている。まあ、負傷していたのもあっただろうが、それ以外の兵士や傭兵と思われるような連中は敵が来たと看做した時点でさっさと逃げ出している。前者は基本農民や民兵で専門の兵士でない者が多いし、後者は自分より強く数も多い相手に喧嘩を売るような者は長生き出来ない。もちろん、兵士にも専門の警備兵もいるのだが、今の所遭遇はしていない。

 

 「――うん?」


 はて、どこに行った?

 そう考えた猫子猫ねここねこの耳に届いた声。その声は司令官を名乗り、撤退を命じ、馬に乗ってゆっくりと離れていくようだ。ここからは位置が悪いのか直接視認は出来ない訳だが、距離自体はそう離れている訳ではない。むしろ問題は、その声についていくように集団で離脱していく足音が聞こえる事だろう。足音の大半は無秩序なものである事から敗残兵が混乱の中でついていく対象と指示を見つけて慌ててついていっているという所だろうか。

 少し足を早めかけるが、やめた。

 ルークは重装だ。当然、足が遅い。自分だけなら追いつけなくもないだろうが、戦士である自分一人で皆殺しなんて真似は出来ない。それよりは広範囲攻撃に長けた魔術による攻撃を期待した方がいい。

 剣にも広範囲攻撃はあるが、魔術の方が射程と範囲双方共上回る。無論、剣にはその分威力で上回り、発動時間が短いという利点がある訳だが……。

 

 (把握してるか?)

 (ええ、任せて下さい)


 常盤が認識しているか確認を取った時点でそちらへの対応は任せる事にする。

 それよりも気になっている声があった。

 そちらへと足を運べば、そこには殿軍と思しき部隊の姿。

 司令官が友軍を誘導して少しでも多くの兵士を帰還させるのが仕事なら、殿軍はその司令官が安全圏に離脱するまで後ろを守るのが仕事だ。見た所、それだけに少数ではあるが統率の取れた騎士達が懸命の防衛戦闘を行っているらしい。

 残念ながら「チェスガーデンズ」相手には苦戦しているようだが、それでも現状防御を維持し続けられている理由は……。


 (あの男か)


 中心となって指揮を執る者の姿。

 歴戦の中年男性といった様子で、身ごなしから周囲を固める騎士達と比べても一段以上優れた腕を持っているであろう事が分かる。それ以上に、敗戦において殿軍の統率を取っているという事の方がたいしたものだと思わざるをえない。我々の世界でもダンケルクの撤退、金ヶ淵の退き口或いは関が原における島津の正面突破撤退戦など撤退戦が有名になるのはそれだけ撤退戦が過酷だからだ。

 逆に言えば、それを可能とするにはそれをまとめるだけの人望と実力がなければならない。


 (さて、どうするか)


 ふむ、と少し考えるも、すぐに結論を下す。


(まあ、考えるまでもねえな。考える頭はとっとと潰すに限る)


 それに。

 あの男なら、この世界での腕を試すには持って来いだ。

 笑みを浮かべる猫子猫ねここねこだったが、もし、この時の顔を見ていれば常盤以外の者は軒並み腰を抜かしていただろう。炎に照らされ、獰猛なけれどどこか楽しそうな猛獣の獲物を見つけたと言わんばかりの笑みは彼の覇気と合わさってとんでもない迫力だったからだ。

 周囲に群がる「チェスガーデンズ」のポーンズとナイツを一旦引かせ、猫子猫ねここねこは前へと歩み出た。



 ◆◆



 殿軍部隊は苦戦していた。

 最大の問題は遂に姿を現した「チェスガーデンズ」の特性にある。

 

 「何だ、こいつら…ッ!!」

 「刺しても死なんぞ!?」


 これには無論原因がある。「チェスガーデンズ」は植物で出来たある種のゴーレムだ。

 そして、戦場では剣以上にリーチの長い槍が用いられる。植物を槍で刺しても隙間に刺さるだけで効果は薄い。彼らを倒すには斧などの斬撃系武器や炎系魔法が有効な訳だが……ゲームでもあるまいにあれこれ状況に応じて武器を持ち歩き取り替えるなどという真似をする者はいない。


 「槍では効果は薄いか……半数は盾と剣に切り換えよ」

 「しかし……!それでは騎馬部隊を押し止めるには」

 「分かっておる。残る半数は槍を持って、騎馬の部隊を牽制するのだ!残り半数で接近してきた歩兵を相手せよ!」


 騎馬の突撃を歩兵が抑えるのは難しい。

 それを止めるには長い槍で地面の力を借りて防ぐ訳だが、その効果が歩兵ことポーンには効果が薄い。

 最も、騎馬ことナイトは突撃の勢いが鈍るという事は事実なので意味がない訳ではない。騎馬兵サイズのゴーレムの突進となればその質量と速度による衝撃は人を殺すには十分。その勢いを殺せる長槍の存在は相手を殺せずとも意味がある。


 「大隊長、これは……」

 「うむ、人ではないな……おそらくはゴーレムの類……」

 「……操者がいるという事ですか」


 彼らの脳裏に魔術に長けたエルフ種族の事が頭に浮かんだのは当然だろう。

 何しろ、彼らはエルフの集落を討伐に来ているのだ。そういう連想が生まれるのは当然だろう。


 「だとすると魔術部隊も残すべきでしたかな」

 「……難しいな、魔道騎士の数は少ないからな」


 魔道騎士の数が少ないのは仕方がない。

 魔術と剣、双方を取得せねばならず、馬も乗れないといけないからだ。どうしても中途半端になりやすく、騎士団に配属されうるだけの実力を兼ね備えた者はごく一部だ。無論それを補う為に通常は普通の魔術師も騎士団にいるが、今回は殿軍という事で普段馬車で移動している彼らは先に陣地へと移動している。魔術師の数は奴らを焼き払うには到底足りない。

 しかし、ゴーレムの兵団がいるというのは厄介だ。これまでのエルフの戦力の計算が一気に崩壊する。

 万が一、ゴーレムの再生や製造が実は可能なのだとしたら……相手を百の兵と見ていた所が千、二千の兵力となりかねない。もちろん、精鋭の騎士団ならば十分相手どれるだろうが、同数か多少上回る程度の農民兵では対処しきれるかどうか極めて怪しい所だ。いや、普通のまともな軍事行動を取った事のない、数で圧する戦い方しか知らない領主では確実に負ける。そうなると、前回の男爵の敗退も怪しくなってくる。森の中ゆえゴーレムを用いられていたとしても確認のしようがないからだ。 


 「いずれにせよ、この情報を」


 伝えねば、そう言い掛けた時、アレハンドロは鋭い殺気を感じた。


 「誰だ!!」

 「おう、気づく奴がいて何よりだ」


 そこから現れたのは一人の……いや、一体の。


 「獣人?」


 そう、獣人だった。

 ただの獣人でない事は一目で分かる。その背後に敵と思われる集団の騎兵を揃え、自身は歩いてはいるものの、その身を飾る装備は見た目からして超一級品。

 それこそ我が王国の宝物庫にもあれと並ぶものは果たしてあるだろうか、と思える程の。

 ただの金にあかせた豪華なだけのものならばこれ程に目を惹いたりはしない。一見した見た目は質実剛健であり、でありながらさりげなく見事な細工が施され、或い装飾品をそれとなく身につけている。成り上がりには身につけられないような、装備を着ているのではなく装備に着られているという印象を一発で与えるような、そんな装備だ。それをさらりと着こなしている時点で、この男が単なる雑兵などではない事が分かる。


 「……貴様は敵、そう判断して良いのか?」

 「後ろを見りゃ分かるだろう?」


 整然と並ぶ部隊。

 気づけば、先程まで仕掛けていた兵士達も奴の背後に整然たる列を作って並んでいる……。

 してみると、奴が、いや、直接の操り人でないとしても何らかの関係がある事は間違いないだろう、獣人の場合、余りああいう間接的なやり方は好まなかったはずだしな……やるなら、自分の手で直接殴る……。


 「貴様が指揮官か!!」


 ッ!?

 馬鹿者が!

 部下の内二人が反射的に飛び出しおった!!

 相手の背後には部隊と言えるだけのゴーレムと思しき奴らが。

 だが……それらは一切動かなかった。

 おそらく、周囲の者達にはただ彼らの首が落ちただけに見えただろう。しかし、違う。一瞬で、あの獣人が踏み込み大剣でその首を叩き落し、また元の位置へと戻ったのだ……凄まじい腕。これでは周囲に並ぶ者達では相手は出来まい。


 「俺の用事はお前だけだ、とりあえずここでお前を仕留めとけば後はどうとでもなるだろ」

 「……言うてくれる、そうやすやすと仕留められるとでも思うておるのか?」


 さあ、なあ?

 楽しそうに肩をすくめてみせる。  

 よかろう、どのみち他の者では相手にならぬ。それに……この獣人を倒せば、相手にも打撃となる事は間違いなかろう。

 そう考え、アレハンドロは愛用の鋼塊から削りだされた魔槍を手に歩み出た。



 ◆◆◆



 「おっと、なかなかやるな、爺さん」

 「ふん、まだそう呼ばれる年ではないわ!!」


 実際、アレハンドロの年は日本のそれで言うならまだ中年の脂の乗り切った頃、って所であり、それを爺さん呼ばわりするのは気の毒だろう。

 まだ、両者とも余裕を持った戦いをしており、互いの力量を探りながらの戦い故にこうして会話をかわすような事も出来ている、というかしている。互いに本気の全力戦闘ともなればこのような会話を交わしている余裕もなくなる。それでも次第に会話は減っている事から互いにギアを上げつつあるという事か。

 実を言えば猫子猫ねここねこには一つのどうしてもはっきりさせておかねばならない疑問点があった。

 それはこの世界の住人が武技を扱えるのかどうか、という事だ。

 武技。

 それは魔術師の魔術に相当する、戦士系の扱う技。

 射程は短い、範囲は軍に効果を及ぼす魔法と比べれば僅かなもの、しかし、威力は大きく上回る武技。当然だ、魔術が軍に効果を及ぼすものならば、武技は本来ゲームの中では一騎打ちやそういう場面を想定して設定されているのだから。

 それだけに、武技を発動させた場合、普通の物理現象や肉体の限界なんてものは無視した馬鹿げた破壊力を生み出す、この世界では。

 試しに使った武技の効果を思い出す。

 こちらの世界での感覚を掴む為にやった練習のつもりの行動だったが、正直いずれも予想以上だった。現場で初めてやったら印象が違いすぎて戸惑っていたかもしれない。

 

 (エルフ達は使えないようだった、ただ単に相性か?エルフは魔術が得意だから武技には……ええい、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ!)


 悩むが、ここで悩んでいても事態は進まない。

 そう割り切って思い切って猫子猫ねここねこはアレハンドロの射程に踏み込む形で一撃を加えんとする。

 これまでは互いに互いの攻撃範囲には敢えて浅くしか踏み込まなかった。ドアをノックはしても、開けて中へと入るような事はしなかった。それでも、相手の強さは十分に理解しているはず、さあ、お前はどう出る?とばかりに獰猛な笑みを浮かべた猫子猫ねここねこにアレハンドロも躊躇しなかった。


 槍騎士武技【千刃乱舞】


 アレハンドロの意志に応じて、瞬時に槍の穂先が幾千もの切っ先に分裂したかのような光景が出現する。

 無論、それは錯覚だ。実際は凄まじい速度で突きを放っているに過ぎない。通常ならば、反応するまでもなく全身を穴だらけにされて即死するのが普通――そう、普通でない手段ならば対抗する手段がある。そう難しい話ではない、大本がゲームである以上対抗策のない技はなく、武技に対するには武技。


 「ぬおわっ!?」


 騎士武技【盾之剣舞】


 故に、予想していたが故に驚きの声を上げつつも、猫子猫ねここねこは武技を放つ。

 大剣を盾のように揮う、ように見える。

 現実はある種の自動防御、攻撃に対応して剣舞のように剣を動かす迎撃の武技。

 だが、それを見た瞬間、アレハンドロの顔色が変わった。


 「馬鹿な…っ!貴様皇国の手の者だったのか!?」


 (皇国?)


 なんだそりゃ、そう言い掛けて、しかし口に出す事なく閉じる。

 顔も驚きの表情をあらわにしたりはしない。人族の顔ならそれでも多少は読まれるかもしれないが、猫子猫ねここねこの顔は大型猫族のそれ、人族がそこに浮かぶ細かい感情を読み取るのは不可能だろう。

 その裏で高速で思考を進める。

 皇国?

 間違いなく、他国の事だろう、周辺国家の事まで聞いている余裕はなかったが、そこら辺の事情は後で確認するとして騎士系の共通武技を見た途端のこの反応、あれではまるでこの国ではあの武技は知られていないような反応、その皇国独自の武技と認識されているような、と考えた所でふと気づく。

 いや、待てよ?

 武技というものが自分達の世界の軍事技術と同じ扱いをされているのだとしたら……どうだろうか?

 武技を身につけているかどうか、で同じ人間でも戦闘力は全く違う。同一人物同士が戦ったと仮定した場合、片方は武技を使え、片方は武技を使えないと設定すれば百パーセント武技を使える方が勝つ、いや、それどころか初心者と中堅に入ったばかりの人間でも武技を使える使えないでは初心者でもそこそこ戦えるだろう。さすがに地力の差で勝つのは無理だが。

 それならば、魔術にせよ武技にせよ切り札として、習得方法や習得アイテムなどを各国が秘匿しているとしてもおかしくはないだろう。そのせいで、国ごとに使える武技が異なり、その状況が長く続けば次第にそれが当然と思うようになる。と、同時にその国独自の武技として認識されるようになる訳だ。

 しかし、そうなると皇国とやらには【盾之剣舞】があるんだな、と、同時に思う。

 勘違いさせといた方が何かと便利そうだ、と。


 「答える必要は感じないな」


 ふん、と鼻を鳴らし、敢えて平然と武器を構える。

 そんな無造作な振る舞いだが、何か言いかけて一瞬押し黙った猫子猫ねここねこの様子は騎士達の疑念を確信に変えさせるには十分だった。

 ここでアレハンドロが思わず叫んだアルシュ皇国が獣人など亜種族に関して比較的寛容な国家であり、また王国とは隣国の関係にあり仲が悪いという現実もそれを後押ししている。まあ、積極的に亜種族を排している王国に対する反感という面もあり、寛容と言っても王国に比べれば、という程度問題でしかないが、獣人などが王国に比べいるのは確かだ。

 いや、それは擬態であり、実際は裏では部隊に獣人などを登用しているのでは?と疑念が広がる。

 もっとも、一方の猫子猫ねここねこからすれば、彼らがどう誤解しようが関係はない。何より一番自分が知りたかった情報が得られた。

 彼らは武技を持っている、けれど、それは穴だらけのもの。全ての武技を使える可能性はまず、ない。あればあんなに驚きはしない。それに……。


 「まあ、見ていて思った事だが……」

 「む?」

 「あんた、基礎が出来ないな」


 その言葉に苦笑を浮かべたアレハンドロに対し、怒りを見せたのはむしろ残った騎士団の面々だった。

 アレハンドロは熟練の騎士だ。教官的な立場にある人物でもある。

 そんな相手に「基礎が出来ていない」と言う、それは騎士団全体を馬鹿にしているのか、とも取れる言葉で彼らが怒ったのも当然だろう。飛び出さなかったのは今、両者が一騎打ちというべき状況にあるから我慢したに過ぎない。


 「さて、基礎が出来ていないかどうか…」

 「おいおい、聞き間違えてもらっちゃ困るぜ?」


 苦笑したまま口を開いたアレハンドロだったが、猫子猫ねここねこは口元に笑みを浮かべたまま訂正する。

 その言葉に疑問符を浮かべたのはアレハンドロだけではない、騎士達も同じだ。


 「俺はこう言ったんだ、『基礎が出来ない』、とな」

 「……なに?」


 出来ていない、ではなく、出来ない?

 改めて告げられた言葉に困惑が浮かぶ。

 

 「来いよ、その言葉の意味を教えてやる」

 「……よかろう、見せてもらおうではないか」


 皇国の武技を使えるとしてもそれごと食い破ってくれる!その思いで踏み込む。

 武技の取得が大変であり、殆どの者が使える武技は一つか二つ程度、というこの世界特有の事実も後押ししている。

 まあ、この話を「ワールド・ネイション」のプレイヤーが聞いたら「習得の前提条件満たさずに上位スキル強引に取得してるんだから激ムズで当然」と答えるだろうし、それを知っていれば当り前の話と言えるだろうが……。

 間合いまでの最後の三歩。

 そこで猫子猫ねここねこも動き出す。

 互いに一歩。

 更に一歩、それは互いの間合いに完全に入るという事でそれを知る故にアレハンドロも一撃を加えるべくやや前傾姿勢となりながら鋭い表情で最後の一歩を踏み込む。

 アレハンドロの最後の一歩、それが接地するより僅かに早く猫子猫ねここねこの足が地面へと着き。


 基礎武技【震脚】


 大地が揺れた。

 別に激しい地震の如く揺れた、という訳ではない。

 同名の武術の如くズン、と踏み込んだ瞬間、僅かに大地が揺れただけだ。

 ゲーム内ではそれによって相手のバランスを崩し、相手の回避/防御成功率を10%下げる、というものだった。ゲームの中でなら決まった通りに決まった効果が現れ、それを防げる装飾品や魔術、スキルは決まった通りの効果をもたらす。それ故に先にアレハンドロが使ったような大技は事前の行動などから大体の予想がつく為に単体では防がれやすい。だから、こうした小技に相当する基礎系の武技で相手の防御成功率を下げて決めるのが鉄則だった。それを一切使ってこなかった事から、猫子猫ねここねこ

 しかし、同じ事でも現実であれば状況によって受ける影響はまるで異なる。

 同じ光を浴びても、真昼間夏の太陽の下で浴びせられるのと、真っ暗闇の中いきなり浴びせられるのでは反応はまるで異なる。

 同じように……タイミングを見計らい、勢い良く踏み込もうとした足が着くその瞬間に地面を揺らされればどうなるか……その絶妙のタイミングにアレハンドロは見事に体勢を崩し、たたらを踏みそうになり、懸命にそれを堪える。が、本来の彼の動き、剛槍の一撃を浴びせる目論見は完全に狂う。

 そして、それを猫子猫ねここねこは逃さない。

 

 基礎武技【幻剣】

 

 一瞬、剣のような軌跡の光を生み出すだけの武技。

 フェイントの一種だが、そんな武技を知らぬアレハンドロの体はなまじ熟練の騎士故に反射的に動く。

 一瞬で消えたそれによって、打ち合わせるはずの相手が消えた事で完全に体が流れる。

 しまった。

 アレハンドロの脳裏に大きな警鐘が鳴り響く。


 「おおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」


 そこへ響く轟音!いや、咆哮!

 一瞬耳が馬鹿になったかと思える程の音量に顔をしかめつつ踏み込む猫子猫ねここねこの姿にそれでも懸命にアレハンドロは体を動かす。

 最早回避は不可能。

 ならば腕を一本犠牲にしてでも?

 無理だ、あの踏み込みの速度、こちらの体勢では逃げる前にこの身に刃が届く。

 ならば反撃?

 軽くでもいい、ただ突き出せれば相手の動きも、いや無駄だ。先程の光に惑わされた。

 最早それも不可能。

 アレハンドロに出来たのは自らの槍を上に上げるだけ。

 それでも彼の槍は鋼の塊からの削り出しにドワーフの紋章術による【軽量化】を含めたエンチャントを施された魔槍。ただの樹木の柄ではなく、強化された鋼の柄を叩ききる事は難しいだろう……普通の剣ならば。

 だが、ここでもう一つ。

 決定的な両者の違いが牙を剥く。

 アレハンドロの武具もまたこの世界の一級の武具職人が作り上げた武器と防具だ。

 だが、猫子猫ねここねこのそれはこの世界で神話のみに語られる伝説に属する生物の素材などを元に、この世界のドワーフ王すら届かぬ神話級素材を扱える神話級の鍛冶師の手になる完全オーダーメイド。その本来の力を解放するまでもない。殺意を持って揮われるその一撃の前では鋼の柄も、身に纏う鎧も紙に等しい。

 故にそれは必然。

 アレハンドロの槍の柄ごと、その身に纏った鎧ごと脳天から股間まで一直線に唐竹割りにされたアレハンドロは一瞬の間の後、驚愕の表情を浮かべたまま脳天から鮮血を吹き上げ、それを合図としたかのように真っ二つとなって左右に崩れ落ちた 


 「な?基礎が出来なかっただろ、お前は」


 にい、と獰猛な笑みと共に死体となったアレハンドロにそう告げた猫子猫ねここねこに震える声がかけられる。


 「き、貴様は、何者、だ……」


 今の彼がどう見えているのかは分からないが、両者の関係が食う者と食われる者に確定した事は最早疑いようもないこの状況でそれでも剣を構えているだけ騎士達は立派だっただろう。さすがに殿軍に選ばれるだけの精鋭と言うべきだろうか?

 この場合、猫子猫ねここねこが答える必要はなかった。

 だが、ふとした気紛れで答えようとして、顔に出さず内心で焦った。

 貴方だったらどうだろうか?

 敵を倒して、怯える敵相手にニヒルに告げる言葉が、「俺は猫子猫ねここねこだ」。

 ……似合わない、ゲームの際に使うHNならともかく、こんな場面には絶対似合わない。

 しかし、ここで言いよどむのも格好悪い。懸命に頭を回転させ一つの単語を引っ張り出す。 


 「……ティグレだ」


 彼らの名前からして響き的にはスペイン語に近かいと感じていた事から咄嗟に、虎のスペイン語読みで答える。

 尚、猫のスペイン語読みを上げなかったのは、HNを決める時に色々調べた際、虎は読みを調べたのだが、猫は結局調べる前に今の名前に決めたので知らなかったからだったりする。 


 「ティグレ……」

 「じゃあ、もういいな。死ね」


 その途端に騎士達は一斉に駆け出す。

 ただし、それは算を乱す、逃げ惑う者のそれではない。あくまで部隊としての形を保ったまま彼らは逃げ出してゆく。思わず猫子猫ねここねこが「ほう?」と声を上げた程だ。まあ、彼らにしてみればアレハンドロ大隊長すら本気を出した途端にあっさりと殺された(ように見えた)皇国のおそらくは裏の部隊に所属する獣人の事を伝えねば!そんな使命感で恐怖を誤魔化して走っているにしても、それでも壊乱に陥らなかったのは褒められる事だった。

 その様子を面白そうに眺めていた猫子猫ねここねこは……。 


 「行け、だが」


 全滅させんじゃねーぞー、と逃げ出したオルソ騎士団の殿軍に追撃をかけるべく動き出した「チェスガーデンズ」に声を掛ける。

 そう、彼らには皇国が絡んでいるとの誤報を伝える伝令となってもらわねばならないのだから……。

 かくして、この戦いはこちらは幕を閉じる。

 そして――。




 「悪いが……」


 もう一つの戦いも幕を閉じようとしていた。

 常盤の視界には戦場の光景がはっきりと捉えられていた。 

 支配下に置く「チェスガーデンズ」の目と耳を通して、司令官としてエンリコが周囲に声をかけ、目立つように一人でも多くの兵士を逃がすべく走る姿はしっかりと「見えていた」。


 「こんな状況で兵を捨てて一人逃げ出さないような司令官を逃がす訳にはいかん」


 巨大な樹木としての姿を取り戻した植物の精霊王エント。

 その両腕に花が咲く。

 しかし、その咲きようは異様だ。花は百合の花を極端にした形、というべきか筒のように前方へと真っ直ぐ伸びている……まるで砲身のように。いや、ある意味砲身なのだ、その花のゲーム内での生態の設定が如何なるものかを考えるならば。

 「咲け!砲閃火ほうせんか!!」


 砲身のような花、そこから根元に溜め込んだ高密度の圧縮空気を火薬代わりに遠距離に種を撃ち出す。

 飛翔した種は着弾時に破裂し、その尖った頑丈極まる外殻が周囲の植物を薙ぎ払い、そこに倒れた他の植物、果ては動物をも栄養として成長する……第五種危険植物に認定されている植物である。まあ、つまりこれより更に危険な設定の植物が上に幾つもある、という事でもある訳だが……。

 いずれにせよ、砲撃に匹敵するその攻撃はエンリコの走りを永遠に停止させるのには十分すぎた。

 何かが飛来する音に首を傾けて後方に視線を向けたエンリコは。


 「なんだ?」


 そんな呟きの次の瞬間、全身をズタズタに引き裂かれて死んだ。


サクサク進みます

まあ、イメージが固まっているのもあるんでしょうけれど……

次回は敗退した王国側や、その周辺国、或いは大国の情景

そして、主人公達の変化などを予定

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