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恋も二度目なら少しは上手に愛のメッセージを伝えたい
作:森青芽


 

                      1

可憐な花……咲きそうで咲かない一輪のピンクのガーベラ。ひときわ目を引く大きな蕾。もし咲いたなら、手の平ほどの大きさになるだろう。
 何故?水……栄養……愛情……一度咲いてしまえば、命は長い。
 なのに……場所。自分を綺麗に咲かせる場所を探している。お花屋さん……洒落た店先……
 そうじゃない。暖かい日差しが降り注ぐ部屋であなたを待ちたい。朝、目が覚めたら『おはよう』の一言でいい。そうすれば、綺麗に咲ける。あなたが見ていてくれるなら、綺麗に咲いてあげる。居場所……
 居場所……
 コクトウニジアゲハは甘い蜜を好まない。一般的にチョウとして生きていくならば、甘い蜜のほうがいいに決まっている。だけどコクトウニジアゲハは、森深くのつりがね草の蜜しか吸わない。他の草花には目もくれず、ひたすらつりがね草を探している。
 月夜の光に照らされて、真珠色の幻光を放つコクトウニジアゲハ。漆黒の前翅(ぜんし)に山吹色の後翅(こうし)()についている鱗粉(りんぷん)が光に乱反射してキラキラと輝く。
 何処まで行くのか?収集家の間では幻のチョウとして、いつの時代でも人気なのだが、まったく意に介さず、森深くへと消えていく。つりがね草の花は下を向いており、蜜が吸いづらいはずなのに、それだけを求めて飛び続けている。つりがね草への独占欲。それだけを求め続けるプライドの高さ。執着心。

 僕はコクトウニジアゲハを探しに、森深くまで入っていた。辺りは薄暗くなり、雨が降り出してきた。
 やばっ、夢中になり過ぎた。また真美に怒られる。
 真美……年は16歳離れているが、とてもしっかりしていて、40になろうとしている僕はよく怒られる。
 恋人?……ではない。現実的な真美が、16も年が離れている僕を好きになるはずがない。僕の本意ではないが、友達ということになっている。
 16も年齢の離れた友達。真美に初めて会った時、完璧な愛想笑いが出来る不思議な子だと思った。
 完璧な愛想笑い。凛としていて何処か淋しそうで、それでいて穏やかな笑顔。そして何よりも澄んだ瞳。
 長年、人間の女性には全くといっていいほど興味が無くなっていた僕には、一瞬で恋に落ちた。どれが愛で何が恋だか分からなくなっていた僕が、恋に落ちた。
 懐かしく、こそばゆい感覚。真美と手が触れた瞬間、心臓がドキドキして、体じゅうの血液がその手に集中した。まさに初恋の時以来の感覚。
 一般的に見れば、真美は美人ではあるが、けっして僕のタイプではなかった。普段なら、見て見ぬ振りをする程度だったと思う。その中で唯一気になったのが、可愛らしい富士額だった。
 真美は本音を隠すのが上手い。だから僕は、真美の可愛らしい富士額を事あるごとに、よく観察していた。何度か会った時に気付いたのだが、意外と表情が表れる。真美と飲みに行った帰りの時もそうだった。
 月明かりのない夜の雨。
 雨月。
 「雨月っていうのはさぁ、雨の降る夜の月のことなんだって。雨が降ると月が見えないでしょ?見えていないけど、無くなった訳じゃない。必ず何処かに月はあるんだよ。だから雨月には、逢うことの出来ない恋人の姿を想うって意味が込められているんだって」
 「じゃ、私達は今会っているから、恋人同士じゃないのね」
 富士額を上下に揺らしながら、自信ありげに言う真美。
 黙ってしまう僕。いつもこの調子で、まみのペースになってしまう。真美からすれば年が離れている安堵感からか、僕からすれば惚れている弱みか。
 僕自身この歳になって、23歳の子を好きになるとは思わなかった。もともと人見知りのない真美は、年相応によく喋り、笑い、怒り、泣く。
 40にして初恋を想い出している僕。成就しない初恋……。
 安全な恋。
 チョウの収集家である僕は、真美が生身の女性であっても『標本』として捉えてしまうのかもしれない。動く事のない過去の綺麗なままの想い出。
 全てを投げ打って、真美一人に飛び込む勇気もない。真美もそれは分かっていて、けっして最後の一枚の心の扉は開けようとはしない。僕にそうはさせない、真美のやさしさ。
 真美を見ていると、部屋にあるガーベラを思い出す。 
 咲きそうで咲かない一輪のピンクのガーベラ。ひときわ目を引く大きな蕾。
 花言葉は崇高美。
 崇高美……その存在が極めて高い境地にあって、とても近寄り難い感じを与える様子。淋しさより、気丈に振る舞ってしまう真美が何とも危うく見える時がある。何事も的確に答えを導き出そうとする真美。女として誰かに頼って生きていけば、もっともっと綺麗に咲けるだろう。しかし、真美にはそういう生き方は出来ないのかもしれない。
 曖昧(あいまい)に生きている僕は、見守る事は出来ても、真美を綺麗に咲かせてあげる事は出来ない。
 そのうち、真美は僕を必要としなくなり、離れていくだろう。僕の手の届かない場所へと。
 それでも僕は立ち止まっている。真美の影を思い浮かべながら。
 雨の降る夜。
 僕はいつまで月を探し続けるのだろう。


                    2

 また居ない。
 まったくぅ、こんなに若くていい女をほったらかして……チョウチョ探すの、そんなに面白いかね。森田さんは。そんなことだから、40になっても彼女が出来ないんだよね。
 森田さん……年の離れた友達?かな。私の話を真剣に受け止めてくれる理解者。私が前の彼氏と別れる別れないで悩んでいた時も、森田さんの一言で決心がついた。それ以来、頻繁に会うようになった。相談相手。16歳も離れているのに喋れちゃうんだよね、これが。
 初めて会った時は、眼鏡をかけた若作りのおやじって感じだった。私は、喋り出すとムキになるほど喋り倒す。止まらなくなるのだ。だけど、森田さんは理解してくれようとした。それも自然な形で。
 生きていく上で、私自身かなり鋭く結論を導き出せるから、初めて会う人にはいつも警戒して、心の扉を何重にもして鍵をかけている。この人にはここまで許そう。この人には絶対に踏み込ませない。なのに……。森田さんは合鍵でも持っているかのように、いとも簡単に、最後の一枚の心の扉まできちゃった。
 前世からの知り合い?コアラとアボリジニの関係?そんなことが頭に浮かぶ。なんでだろ?とにかく私にとっては不思議な出会いだった。
 そんな森田さん、最近おかしい。どうも私の事が好きみたい。けっしてうぬぼれじゃないのよ。よくはにかむし、真剣な眼差しで私のおでこを見ている。
 この間も遠まわしに何か言いたげだった。
 「真美ちゃんはさぁ、絶対、年上の人と結婚するね。それもうんと離れた……」
 突然切り出す森田さん。それも真面目な顔で。何?プロポーズ?
 「真美ちゃんは頭が良すぎるから、全ての展開を想定して実行に移すだろ。恋愛にしてもそう。いつも主導権は真美ちゃんが握っているんじゃないかな。情熱的な真美ちゃんは、真っすぐその目標に向かって突き進む。そうなると男は逃げ場がなくなる気がして、苦しくなる。若い男に今を楽しむ事は出来ても、先のことまで考えている真美ちゃんを、受け止める余裕はなくなっちゃうんだよね。だから、心の広い年上の人がいいんだよ」
 やっぱりプロポーズするつもり?
 確かに前の男達は私から逃げていった。でもそれって、私が悪い訳?
 「真美ちゃんは悪くないよ。今までの男達がだらしなかっただけだからね。真美ちゃんの愛を受け止める勇気がなかったんだ」
 森田さん、私のおでこを見ながら言う。私をかばっている。
 私は好きになると、その人の事だけを考えたい。その人にとって良かれと思う事をしてあげたい。なのに……前の男達は、みんな女を作って私から去っていった。私よりも馬鹿な女と。
 でも、森田さん。
 「受け止められないんだったら、最初から付き合わなければ良かったじゃない。それを釣った魚には餌をやらないって感じで……。ほったらかしにされれば、私だっていい加減冷めちゃうわよ」
 眉間にシワを寄せながら、怒った仕草で言うと、森田さん、私のおでこを見ている。そして、困ったように躊躇いながら、
 「釣った魚に餌をやらない訳じゃなく、餌をやる必要がない、と思っちゃうんじゃないかな。真美は大丈夫だ。一人で生きていけるって……そうじゃないのにね。おかしな考えだと思うよ。うん、間違いなく間違っている。もし僕だったら、真美ちゃんがもう要らないっていうくらいあげて、太らせちゃうけどなぁ」
 何を言っているんだ森田さんは。私を太らせてどうする?冗談なのか本気で言っているのか分からない。
 でも……今まで、本当にそう思われていたんだったら……。
 胸に刺さる森田さんの台詞。森田さんは言わなきゃよかったって、バツ悪そうな顔をしている。普段、あまり話すのが得意ではないはずなのに、私の事となると雄弁になる。最近は頻繁に会うようになったものの、悔しいくらい、短期間のうちに私の心に入ってきた。まるで昔から知っていたかのように。
 共存相手。コアラとアボリジニ。
 「アボリジニ……」
 「ん、なに?」
 「ううん、何でもない」
 悔しいから、ちょっとだけ八つ当たりをしてみる。きょとんとする森田さん。
 変な例えだけど、ユーカリの木が男だとするならば、コアラの私は必死にしがみついていた。そして、不意の転落。瀕死の重傷。それを助け、介護するアボリジニ森田。出会うべくして出会った人。今の私にとって、必要な人である事は間違いない。
 でも・・・・・・だからといって森田さんの“愛”を受け入れることは出来ない。あくまでも共存の対象。森田さんもそれは分かってくれていると思う。普通の女の子のように、可愛く、男に身を委ねてしまえば楽になる。私だって何度もそうしたいと思ったことか。それでは自分の居場所が探せない。 
 居場所……私を私らしく表現できる処……きっと何処かにある筈……何処かに……
 だから……。
 見守っていて欲しい。森田さんには自分の居場所が確認できるまで、見ていてもらいたい。
 ここが私の居場所だって、胸を張って言える時まで、森田さんには見守ってもらいたい。


                    3 

 やっとコクトウニジアゲハを捕まえる事が出来た。本当に偶然だったかもしれない。つりがね草の蜜しか吸わない筈が、名もない花に止まっていたのだ。迷ったのかな。何にせよ運がいい。
 僕はすぐに自宅に戻り、標本作りに取り掛かる。作業台にあるセーフライトをつけ、慎重に虫ピンを胸部に刺していく。
 真美ちゃん、喜ぶかな。
 真美ちゃんがチョウを見て喜ぶ事はないが、僕はこれから一つの賭けに出ようと思っている。その前に早く標本を作らなければ。
 受け入れてくれるだろうか……この自信の無さがいけないんだろうな・・・・・・。
 恋は盲目と言ってしまえばそれまでだが、今年で40になる僕は、社会のしがらみやこれまでの経験から、いくら恋に落ちたとしても我を見失う事などないと思っていた。例え16も年の離れた若くて綺麗な子だとしても、本気とは程遠いと思っていた。何より40になる今まで、女性と付き合う必要性を感じていなかったのである。
 ……が、恋に落ちた。
 恋に落ちる。『恋をする』だと理路整然とした感じだが、『恋に落ちる』だと偶然、または突発的なイメージに受け取れる。まさに僕は、『落ちた』のかもしれない。
 「この間、友達にどうしても参加してくれって頼まれて、合コンに行ったの。相手は27・8くらいだったんだけど、みんなガキ。もう耐えられなかった……」
 空々しく(ちゅう)を見つめる23歳の真美。
 すれ違いざま、持っていた封筒を落とされた時、鋭い目つきで相手を睨みつける怖い顔。何の感情もなければただの嫌な女だが、そんな真美を僕は無条件で可愛く思うようになっていた。
 今なら真美が間違った事をしても、恐らく僕は許してしまうだろう。悩み苦しんでいる真美も、笑い喜んでいる真美も、全てが愛おしく思えるようになってしまった。真美の行動の全てが恋の対象になっている。同時に、僕の『恋のカタチ』でもある。
 しかし、無条件の可愛さである筈なのに、真美の気持ちとは関係なく、僕自身の気持ちだけで真美に対してこうなって欲しいと、望むものが大きくなっていった。そして気持ちばかりが重くなった。これは以前にも経験した事だった。気持ちの重さに自分さえも押し潰されそうになり、上手く表現する事が出来ず、相手に伝える事ができなくなってしまう。だから僕は、今まで恋をする事を避けていた。 
 中学生の時、恋に落ちた。初恋であった。それまで毛嫌いしていた相手だったが、些細な事がキッカケで恋に落ちた。可愛いとか、美少女だったとかではなく、彼女の一つ一つの仕草が愛おしく思えるようになってしまった。彼女を見ているだけで幸せな気分になり、まるで恋に恋をしているようだった。その結果、何もせずに、想いを伝え切れなかった後悔だけが残った。 

 僕はいつも『恋のカタチ』として、動く事のない綺麗なままの『標本』を、いつまでも残そうとしているのだ。色あせる事のない、ある意味永遠の美しさ。
 永遠の恋人……僕自身がこの想いを断ち切らなければ、再び恋をする事は出来ないだろう。真美に対しても、半分はこのまま別れてしまって、二つ目の美しいままの『標本』として残してしまいたい気持ちがある。そうすることにより、真美をいつまでも愛し続けられる。

 僕の心に広がる重苦しい恋。
 今度こそは、真美に、はっきりと伝えなければ。














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