球磨川禊と喜界島もがなが付き合うようになって数週間後の放課後。
「ここが禊ちゃんの部屋……」
「『適当にそこら辺に座ってて。今、お菓子とお茶を持ってくるから』」
球磨川はもがなを自宅に連れてきていた。
「けっこう片付いてるんだね……ちょっと意外かも」
球磨川がキッチンに向かったあと、もがなは興味津々で部屋を見回す。異性交遊の経験がないもがなにとって、男子の部屋に入るのは初めての経験だった。
漫画本が詰まった本棚、無数の螺子が突き刺さった勉強机、床と寝台の間にスペースがあるパイプベッド……ごく一部を除けば、球磨川の部屋は案外普通の男子高校生の部屋に思える。
もがなはとりあえず、部屋の真ん中に置かれた小さなちゃぶ台を前に、ぺたんと床に腰を降ろした。
「『お待たせー』」
ほどなくして、球磨川がお盆を持って戻って来る。盆の上には急須と二つの湯呑み、そして平べったい箱のようなものが載っていた。
球磨川はそれらを盆ごとちゃぶ台に置き、もがなと向かい合うように、対面の位置に座った。
「『ところで、もがなちゃん』」
「なにかな?」
「『今日、お父さんとお母さん、帰ってこないんだけど』」
引いた。
もがなは、静かに五十センチほど、後退りした。
「『……冗談だよ』」
「み、禊ちゃんが言うとぜんぜんしゃれにならないんだよ……」
かつて、女子の制服を裸エプロンにするという画期的なクールビズを提案した男である。
「『大丈夫。帰りは遅いけど今日は帰ってくるらしいから』」
「………………」
本当かなあ?
いまいち信用できなかった。
「『まあ、それはさておき』」
「『せっかく遊びに来たんだから、遊ぼうよ』」
と言って、球磨川は盆上の箱――まだ未開封のポッキーの箱を指す。
「……えっと、なにして?」
「『やだなあもがなちゃん。ポッキーを使って遊ぶことといったら、一つしかないだろ?』」
「『ポッキーゲームだよ』」
「ぽっきーげーむ?」
いや……もがなもさすがに知っている。
ポッキーゲーム。
男女が一本のポッキーのそれぞれ端をかじって食べ進め、互いの唇が接触するまでに、ポッキーから口を離してしまったほうが負け、というある種チキンレース染みた遊び。
一歩間違えれば、相手が好きかどうか関係なく、キスしてしまう危険を孕んだ遊び。
「『そう、ポッキーゲームだ』」
球磨川はいつになく真剣な顔つきで言う。
「『まあ、と言ってもただの遊びだからね』」
「『別にどさくさに紛れてもがなちゃんとキスしようとか』」
「『あわよくばそこからもっとエッチな遊びに持っていこうとか』」
「『せっかく恋人同士になったのに、お金を払わなきゃまともにキスもさせてくれないことに不満をあるとか』」
「『そんなことは全然ないんだから、安心してね!』」
「………………」
本音がだだ漏れどころか、床上浸水していた。
というか、最後はもはや当てこすりだった。
「……ほんとに、ただの遊びなんだよね?」
「『もちろん。なんなら財部ちゃんのパンツに誓ったっていい』」
「じゃあ、信じるけど……」
微妙に財部に失礼な宣誓が行われ、受理されてしまった。
「『もがなちゃんはチョコのほうとプリッツのほう、どっちがいい?』」
「禊ちゃんが選んでいいよ」
「『じゃあ、はい』」
と、差し出されたのはチョコ側だった。もがなはそれを歯を立てず唇でくわえる。球磨川はそれを確認すると、プリッツ部分の先端を口に含んだ。
となると自然、互いにちゃぶ台に身を乗りだし、相手の顔を見つめる格好になる。
(うわ、これは……)
ついつい球磨川の大きな瞳を意識し、もがなは赤面気味の顔をさらに赤くする。
だが、球磨川は大して気にした様子を見せず、
「『じゃ、いざ尋常に――勝!』」
勝負の『負』の字を言い終わる前に、ポッキーを食べ始めた。
「わ、ちょっ!」
もがなも慌てて食べ始めるが、球磨川の食べるスピードは早い。このままではあと五秒もかからずにもがなの唇に到達してしまうだろう。
気が動転したもがなはとっさに息を吸い――
「――あ ん っ ! !」
――声と一緒に、球磨川目掛けて吐き出した。
「『……っ、おお……っ!』」
幸いにも、それはかつて彼女が見せた魔獣をも“征圧”する声量の数百分の一程度でしかなかったが、それでも球磨川を仰天させるには充分だった。
結果。
「え……えへ。禊ちゃんの、まけー……」
球磨川はポッキーから口を離してしまった。
いつも通りの敗北である。
だが。
「『おいおいもがなちゃん。いくらなんでも、それはないだろ』」
「う……」
もがなをジト目で見つめる球磨川。はたしてポッキーゲームにスポーツマンシップが適用されるかどうかは不明だが、正々堂々真っ向勝負とは言い難い勝ち方だった。
まあ、そう主張する人間が人間なので、あまり説得力はなかったのだが。
「『うん。これはペナルティ、罰ゲームをする必要があるよね!』」
「罰ゲーム……」
「『恋愛には信頼が大事だと思うんだ』」
「『もがなちゃんは今回、ゲームとはいえ僕からの信頼を裏切ったんだからね』」
「『それに見合う程度のことはしてもらうよ』」
「………………」
冷や汗が止まらない。
球磨川のことだ。ここぞとばかりにとんでもない要求をしてくることだろう。
しかも、もがなに負い目がある分断り難い。
「『ああ、でも、何してもらうか悩むなあ』」
「『裸エプロンはありきたりだし。メイド服は持ってないし』」
「『こんなことなら真黒ちゃんに一着くらいもらっておけばよかったなあ』」
「『そうだ。確かもがなちゃんって、制服の下は競泳水着を着てるんだよね?』」
「『とりあえずそれ見せてよ! 今ここで制服を脱いで――んん!?」
とっさにもがなは球磨川の口を塞いだ。
自らの唇で。
「んっ……う、ん……っ」
もがなは球磨川の背中に腕を回し、唇ごと吸い付くように抱き締めた。
「…………」
突然のことに括弧つけることも忘れ、呆然とする球磨川の唇を、最後にほんの少しだけ舐めて。
「これで。……これで、ちゃらにして」
球磨川から身体を放し、赤い顔を尚更赤くして、言い放つ。
「『……もがなちゃん』」
我に返った球磨川は、しばらく口を閉ざした後、言う。
「『駄目だ』」
「え……」
落胆しかけたもがなに微笑みかけながら、さらに言う。
「『でも、もう一回』」
「『もう一回してくれたら、許してあげなくもなくもなくもない、かな』」
「…………うん!」
今度は球磨川からもがなに抱きつく。そして再び、二人の唇が触れ合った。
※ポッキーはこのあと、二人で美味しく頂きました。
ズキュウゥゥン。
どうせだからファーストキスネタもやろうと思ってたけど、そういえば二人とももう奪われてました。
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