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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

闇の覚醒

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7話  叶わぬ願いを叶える為に

「……もう朝か」

 机の上から分厚い本が何冊も落ちた音で、ルージュは目を覚ました。
 どうやら調べ物をしながら眠ってしまったらしい。机のまわりに散乱する本を見て、ルージュはため息をつく。闇の封印に関する書物を手当たり次第に調べていたのだが、これといった解決策は何処にも載っていなかった。

「はぁ……。後の人の事も考えて、キッチリ対策残してくれよなぁ」

 本を拾い集めながら、ご先祖様達を恨めしく思う。今回無事に闇を封印したら、子孫たちが絶対にすぐにわかる場所に、闇を封印した経緯を細かく書いて残してやろう。そんな事を考えながらふと顔を上げると、窓の外にワイバーンで戻ってきた煌牙の姿が目に入った。

「朝になるまで、どこに行ってたんだか」

 煌牙の気まぐれと、自由奔放な性格は今に始まった事ではないが、こんな時まで好き勝手をする煌牙にルージュは少々苛立った。

「まぁ……こんな時だから、か」

 諦めたように独り言をつぶやくと、ルージュは再び机の上の本の山に向かった。


 煌牙の乗ったワイバーンは、弧を描くようにして訓練場の獣舎へと舞い降りる。
 ワイバーンから鞍を外しながら、煌牙は懐にある闇色の水晶の事を考えていた。

「闇はまだ力が戻らないと言っていたな。どうやって魔力を補うのか……」

 通常の水晶は、持ち主の魔力を少しずつ吸収して蓄える。闇の水晶も同じ可能性が高い。

「吸収される魔力が少しずつとは限らんな。さて、どうするか」

 と、つぶやきながら自室の戸を開けた途端、中で待っていた氷鯉が飛び付いてきた。ああ、面倒くさいと思いながら、くっつく氷鯉を片手で引きはがす。

「煌牙様! どこに行ってたんでありんすか!」
「お前とは恋仲でもなんでもない。お前が勝手に付きまとっているだけだ。それとも、まさかこの俺を縛り付ける気か?」

 凍てつくような煌牙の視線に、氷鯉は慌てて首を振る。

「いいえ、いいえ! 煌牙様の心が欲しいなど、恐れ多い事は言いんせん。ただ、側においておくんなまし」

 そう言うと、氷鯉は煌牙の腕にすがりついた。
 むくり。と、悪魔が鎌首を持ちあげるように、煌牙の中で恐ろしい考えが浮かぶ。

「お前とどうこうなるつもりは全くない。このまま側にいたって、利用されるだけだぞ」

 最後の良心からの忠告か、はたまた、こう言えば従うだろうと氷鯉の性格を見越しての事か。煌牙はそう言うと、氷鯉の顔を覗き込む。
 氷鯉は今、何を思っているのだろう。鬼のような男だと思っているだろうか。

「煌牙様のお望みならば、いかほどでも利用しておくんなまし」

 氷鯉は煌牙の瑠璃色の目をじっと見つめ返し、そう言い切った。

「それなら……」

 煌牙は一瞬だけ躊躇ったが、懐から闇の水晶を取りだすと、それを氷鯉の首にかけた。

「お前、これを預かっておけ。とても大切なものだ。そして危険なものでもある。決して人に見せるなよ。これは……お前にしか頼めないことだ」

 氷鯉は、「これは何か」などとは一言も聞かずに、その水晶を着物の中へとしまい込む。そんな姿を見て煌牙は悲しそうに笑うと、片手で氷鯉を抱き寄せた。

「俺とお前は似ているな」

 氷鯉の姿に自分を重ね合わせた。
 叶わぬ願いを叶えたくて、必死ですがりつく、弱さ。
 だから、あっという間に悪魔に魅入られ簡単に堕ちてしまう。
 自分はあの『闇』と、同じ事をしている。
 気を抜いたら氷鯉に「その水晶を捨てて、俺から遠く逃げろ」と言ってしまいそうだった。けれど、もう戻れないのだ。全てを生贄にして『叶わぬ願い』を叶えるために。闇の水晶は、氷鯉の魔力を吸い取って力を蓄えるだろう。力を蓄えた後、闇はどうなるのか。氷鯉はどうなるのか……。

「俺はきっと地獄へ堕ちる」

 煌牙はそれ以上何も考えたくなくて、目を閉じた。


 ルージュの部屋に、水晶の通信を知らせる音が響く。

「あぁ、なんだよもう、こんな時に」

 闇の封印に関する記載をなかなか見つけられずに苛立っていたルージュは、深呼吸してから「はい」と、通信に答える。

『ルージュか、午後から会議を開く。資料を揃えて、後ほど会議室まで来てくれるか』
「承知いたしました。なるべく早く会議室へ伺います」

 司令官からの通信を切ると、ルージュは机の上に突っ伏した。報告書を早めにまとめておいてよかったと安堵しながら目を閉じると、そのまま寝てしまいそうなので、慌てて上体を起こす。

「シャワーでも浴びるか」

 頭から熱いシャワーを浴びると、思考までクリアになるような気がした。贅沢を言えば、湯を張ったバスタブにゆっくり浸かりたいところだが、そんな時間は到底ない。ルージュは、先ほどの美兎からの通信を思い出していた。司令官から連絡をもらう少し前に、美兎から報告が入っていたのだ。
 『焼き残した空間の歪みが、今朝になったら跡形もなく消えている』と。
――――どういうことだ。
 手短にシャワーを済ませ、洗濯したてのシャツに腕を通す。
 楽観的に考えるなら、闇自体が弱体化して消滅した。最悪の事態を想定するなら、闇は次の段階に入り、水面下で事は進んでいる……。
 圧倒的に後者の可能性が高い気がした。
 またもう一度森に行ってみるか。そんな事を考えながらバスルームを出たルージュは、「うわっ」と、思わず声を上げる。

「おはよ、ルー。お風呂だったんだ? あっ、お構いなく。雪乃特製のサンドイッチ、持参してるから」

 ほらっ! と、レンはピクニックに持っていくようなバスケットを片手で持ちあげて見せた。

「おじゃましてます」

 香澄はぺこりと頭を下げる。
 あっぶねー……と、こっそり冷や汗を拭うルージュは、服に着替えて出てきた自分を褒めたい気持ちになった。

「レンさ……煌牙に『ノックして』とか言ってなかったっけ?」

 そんなルージュの言葉もお構いなしで、ちょこんと応接セットのソファに座るレンは、バスケットからサンドイッチを取りだす。

「ノック? したよ。でも、返事がなかったから、中で待ってようかなーって」

 ノックの意味とは何だろう? と、ルージュはため息をつく。

「ルージュさん、ここのところ部屋にこもりきりでしたから……ゴハン食べてるかな? って、レンと心配してたんですよ」

 そう言って香澄はルージュにサンドイッチを差し出した。

「それは……ありがとう」

 素直にお礼を言って受け取ると、一口かじる。何だか久し振りにまともなものを口にした気がした。そのまま一気にガブガブとサンドイッチを口の中に放り込むと、ルージュは黒いコートを羽織る。

「ごめん、一緒にブランチしたいところなんだけどさ、これから会議なんだ。二人はそのままゆっくり食べててよ」

 慌ただしく机の上の資料をわきに抱えると「美味しかった、ご馳走様!」と、手を振って部屋を後にした。

「あーあ、たまにはゆっくりルーと話したかったんだけどなぁ」
「ルージュさんって、忙しいんだねぇ」

 香澄はポットのお茶をピクニック用のカップに注ぐとレンに手渡した。レンは、ありがとうと言って受け取ると、カップを両手で包んでため息をつく。

「ルーも煌牙もいつも忙しそう。もっと私にも仕事させてくれればいいのに」
「そういえば……レンのご両親は? まだお見かけした事ないけど」
「二人とも炎の里に居るよ。私が小さい頃は一緒にここで暮らしていたけどね」
「え、あ……そうなんだ」

 もしかして、何だか余計なことを聞いてしまったかと、香澄は焦る。

「あっ、別に可哀想な話じゃないからね? もともと巫女姫は世襲制じゃなくて、その時によって変わるんだ。ただ、私の場合『黒炎』だったから、生まれてすぐにお城に召し上げられたんだけどね。今でもちゃんと両親とは交流あるよ」
「そうなんだ! 良かった。ゴメンね。私、思考が顔にすぐ出ちゃって……」

 香澄は紅くなる頬を両手で押さえた。

「あはは! 可愛くていいじゃない。それに、香澄は精霊界に来たばっかりだし、解らない事だらけだよね」
「本当、解らない事だらけ。そういえば、種族によって名前も服装も、洋風だったり和風だったりするよね?」
「うん、決まりがあるわけじゃないんだけど……炎と森の精霊は洋風で、水と氷の精霊は和風が多いかな。大地の精霊は、名前も服装もバラバラ。昔、人間界と交流が盛んだった時の名残らしいよ」

 そこまで聞いて、香澄はあれ? っと思う。

「でも、ルージュさんは?」
「んー。そういえば、ルーは昔から着物は着てなかったなぁ。氷の里では珍しいよね」

 ところでさ! と、レンが身を乗り出す。

「人間界って、どんな感じ? こことは全然違うって言ってたよね?」
「あー……うん。全然違うよ~魔法なんて使えないし。ワイバーンも居ないし……」
「え、じゃあ、かなり不便だね?」

 香澄はうーん。と唸る。電気や車など、レンにうまく伝わるように説明できる自信が無い。

「魔法やワイバーンの代わりがあるから、平気……かな?」
「へー。 なんか、楽しそうだね! 人間界」

『楽しそう』と言う言葉に、香澄はニコニコ笑うレンから目をそらし、手の中にあるティーカップを見つめた。紅茶に映る泣きそうな自分の顔が嫌で、その紅茶を一気に飲み干す。

「ううん。全然……楽しくないよ」

 ぽつりと呟いたきり、黙り込んでしまった。

「香澄?」

 うつむいたままの香澄に、レンは心配そうに声をかける。ハッとして香澄は顔を上げた。

「なんちゃって! うそうそ。楽しいよ! レンも人間界に来たらいいのに!」

 そう言ってサンドイッチをもぐもぐ食べ始める香澄は、無理に明るく振舞っているように見えた。

「あっ、あそこ! 中庭の渡り通路にルージュさんが歩いてる!」

 窓の外にルージュを見つけた香澄が、レンの質問から逃げるように席を立って窓辺に近づく。

「ルージュさん、カッコイイなぁ。何か苦手な事とかあるのかなぁ? なんでも出来ちゃいそう。優しいし、頭も良いし、カンペキだよね!」

 香澄は一人でベラベラとまくし立てた。
 人間界の事は、触れない方が良さそうだと感じたレンは、香澄の隣に立って一緒に外を眺める。

「香澄、今度一緒にケーキ作ろっか。チョコが好き? イチゴショートもいいよね」

 そう言って、レンは香澄をギュッと抱きしめる。
 香澄は、レンが察してこれ以上詮索しないどころか、励ましてくれている事に感謝しながら

「いいねいいね! チーズケーキも捨てがたいなっ」

 と、なるべく明るい顔で答えるのだった。
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