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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

闇の覚醒

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6話  暗く長く伸びる影  〖挿絵アリ〗

 煌牙が訓練場の方向へ消えたのを見届けた後、念願の巫女姫の騎士に決まったと言うのに、ルージュはもやもやした気持ちを抱えながら自室へと向かっていた。

『結局、あんた達の言いなりになりそうな、都合のいい奴を選ぶ訳か』

 煌牙の言葉がルージュに刺さる。司令官たちは、煌牙とルージュのどちらが巫女姫の伴侶でも構わないと思っている。どちらか決めろと言われたら、品行方正なルージュにしておこう、と言った程度だ。もっと決定的に、圧倒的な理由で選ばれたのなら、こんな気持ちにはならなかっただろうか。

「いや、違うか……」

 誰かに決められるのではなく、レンに言ってほしいのだ。「ルージュがいい」のだと。ルージュはもう止めようと、首を横に振った。今は闇の復活を阻止する方が先だ。余計な事を考えている場合ではない。

「こんばんは」

 ふいに声をかけられて、ルージュは顔をあげた。目線の先には、氷鯉がいる。

「煌牙様を見んせんでありんしたか?」
「先ほど訓練場に向かったぞ」

 まぁ。と、着物の袖を口に当て、氷鯉は眉をしかめる。

「すぐに戻ると思いんしたのに」

 ルージュは氷鯉が苦手だった。
 魔力も高く、頭もいい。騎士団員としてもとても優秀なのだが、どこか思考が読めなかった。煌牙にしか心を開いておらず、煌牙がもしも「死ね」と言ったら、本当に死んでしまうのではないかと思わせるような、そんな怖さや危うさを感じさせる。

「では、失礼する」
「ああ、参謀長殿」
「まだ何か?」

 ぶっきらぼうにそう答えたルージュが振り返ると、氷鯉は少し首をかしげて艶やかな笑みを浮かべた。

「巫女姫様を、しっかり捕まえていておくんなまし。そうでないと、煌牙様の心がわっちに向きんせん」

 そっちこそ、煌牙をさっさと堕としてくれれば良いのに。
 一瞬、そんな言葉がよぎったが、すぐに打ち消した。

「人を頼るなよ」

 自分に言い聞かせるように、ルージュはそう告げると、足早にその場から立ち去った。



 月の光りも届かない森の中に煌牙はいた。空間の歪みを焼いた森だ。
 この場所に来たのは、何か新しい発見でも……と、いう思いもわずかにあったから。だが、正直ゴブリンでも狩れば、少しは気が晴れるかという思いの方が強かった。真っ暗な森に、魔法で出した灯りが揺れる。この時間は美兎もレオパルドもさすがにいないようだった。

「歪みを焼いたばかりだからな。魔物もいないか」

 静かな森に、枯れた木の枝を踏む煌牙の足音だけが響いた。
 それにしてもと、煌牙は森を見まわして思う。
 なぜ、空間の歪みはこの森だけに現れるのか? 今後、徐々に精霊界全土で空間の歪みが報告される可能性も高いが、それでもなぜ、この森から始まったのか。そこに意味や理由があるのだろうか。

「……何だ?」

 ふいに、風に乗ってわずかだが「何か」の気配を感じた。
 動物とも、魔物の気配とも少し違う。むしろ不思議と良い香りのする、とても魅かれる『何か』。その香りに誘われるように、煌牙は気配をたどった。森は相変わらず真っ暗で静かだ。

「ここか?」

 やがて、煌牙は小さな洞窟の入り口を見つけた。
 入口は枯れた木や草に覆われ、ここから発する気配に気づかなければ、決して見つけられない様なものだった。煌牙は入口の草木を両手で払いのけ、中を覗き指先から氷の粒を放つ。氷の粒は、パッと光って洞窟内を照らし出した。
 洞窟は、それほど深くも、広くもない。天井が低いので煌牙は屈んで奥へと進んだ。
 あの気配は、間違いなくこの奥から感じられる。

 たどり着いた洞窟の最深部で煌牙が見つけたのは、古びた祭壇らしき物だった。大きな無数の黒い水晶と白い水晶にぐるっと囲まれた祭壇は、水晶もろともかなり朽ちて、長い時間の経過を感じさせた。

「まさか……」

 三千年前に闇を封印したのは、まさにこの場所なのではないか? 今は朽ち果てているが、本当はこの洞窟は神殿か祠だったのかもしれない。そう考えながら部屋の中央に進むと、祭壇の上に黒い水晶のペンダントを見つけた。レンがしているものに良く似ている。だが、それよりもずっと深い黒色だ。こんなに洞窟も、祭壇も、まわりの水晶も劣化しているのに、そのペンダントだけは鮮やかに輝いて見えた。

「封印された闇なのか?」

 煌牙が水晶に手を伸ばす。
 触れてはいけない。
 そう思っているのに、そのペンダントを手に入れたくて仕方がない。
 そもそも、最初から呼ばれていたのだ。多分、ルージュたちとこの森に来た、あの日からずっと。
 漆黒の闇に煌牙の指先が触れる。
 ふわり。と、そのペンダントから黒い霧があふれ出て、あっという間に煌牙を包み込んだ。
 甘い香りがする。
 だが、そこで煌牙は我に返った。

「何やってんだ俺は。こんな得体のしれない物を!」

 すぐに手を引っ込めると、煌牙は霧を振り切るために洞窟の外へ向かおうとした。しかし霧は、実態はないはずなのに、甘えてねだる女のように絡みついて、煌牙の体の自由を奪った。
 煌牙は思わず倒れ込む。

「くっ……!」

 土に爪を立てて、這うようにして逃れようともがく煌牙を、あざ笑うように闇が迫った。

「お前、力が欲しいのだろう?」

 闇の中から声がする。
 その声に煌牙は心底、闇に触れた事を後悔した。

「お前が望むもの、全てくれてやる」

 いつの間にか実態を持った闇が、地べたに這いつくばる煌牙に覆いかぶさり、耳元で囁いた。

「強い力も、愛しい女も」

 レンと同じ声で、同じ顔で、同じ姿で。
『闇』はそこに居た。

戯言(ざれごと)だ!」

 悪魔の声に耳を傾けてはいけないのに、耳を塞げない。

「戯言ではない。なんなら、余を抱いてみればいい」
「お前はレンじゃないっ」
「そうだな」

 息のかかりそうなほどの距離で、煌牙を見つめて(レン)が切なそうな顔をした。

「だが、お前が望めば巫女姫も手に入る……」

 レンの姿をした闇が、煌牙に口づける。
 頭の芯が痺れた。麻薬のように闇が体を駆けめぐり、蝕んでいくようだ。
 それなのに、抗えない。

「余はずっとお前を待っていた」

 闇が目を細めて煌牙を見つめ、髪を撫でる。

「まだ力が戻らず、姿を保つことが難しい。だから、お前の力を貸しておくれ」
「……断る」

挿絵(By みてみん)


 絞り出すように、煌牙が答えたが、闇は全てを見透かすように続ける。

「お前は誰よりも賢く、強い。巫女姫にもお前の方が相応しい。あんな半人前の小僧よりも」

 そう言うと闇はもう一度、煌牙に唇を重ねた。
 口の中を這う舌の感触に、このまま何も考えずに貪りつきたいという衝動に駆られる。
 唇を離した(レン)が、耳元で甘く囁く。

「だから、余はお前を選んだのだよ。他の誰でもなく、お前を」

 なんてことだ。
 だけどいつの時代だって、どんな場所だって、悪魔は恐ろしいほど綺麗で残酷で魅力的な、一番欲しい言葉をくれる。
 耳に吐息の感触を残し、闇は再び霧のように掻き消えた。
 煌牙の首には、いつの間にか闇の水晶がかかっている。

「なん……だったんだよ……っ!」

 悪夢から醒めたように、煌牙は呼吸が荒れて、全身に冷や汗をかいていた。息が苦しい、喉がカラカラだ。煌牙は首のペンダントを引きちぎろうと、水晶を掴んで力を込めたが、先ほどの光景が脳裏をよぎった。
『お前が望むもの、全てくれてやる』(レン)の声も体温も唇の感触も鮮明に蘇る。
 同時に、先日この森で見た、ルージュの腕の中で安心しきったレンの横顔を思い出し、気が狂いそうになった。
 煌牙はしばらく水晶を握りしめたまま動かなかったが、ついにペンダントをそのまま懐にしまいこんだ。それは煌牙の意思なのか、そう仕向けられた闇の呪いなのか、煌牙自身もわからない。
 ただ、どうしようもなく、レンに焦がれる想いがあふれた。「あれは偽物だ」と頭ではわかっていても、また触れたくて仕方ない。
 ふらふらとした足取りで、ようやくワイバーンの元に戻る。繋がれていたワイバーンが煌牙に気付くと、何かを恐れるようにしてバタバタと翼を羽ばたかせて暴れだした。

「まずいな、このままでは他の者にも闇の気配を悟られる」

 煌牙は短く魔法を唱えると、闇の水晶に細工を施した。黒い水晶に、氷の魔法で層を作り闇の気配を閉じ込めたのだ。氷に包まれた闇の水晶は、ちょうど今、山から見える夜明けの空の色に似ていた。

「皮肉だな。まるであいつの色だ」

 自分が今、とても恐ろしい事をしているのだという自覚はあった。
 この世を滅ぼすかもしれないという、罪の意識も。
 そしてその理由が、信じられないくらい身勝手な事も。
 それでも闇の誘惑には抗えなかった。

「レンを手に入れられるのなら、他の全てをくれてやる」

 昇る朝日に照らされた煌牙の影が、何処までも暗く長く伸びていた。
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