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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

最終決戦

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53話 呪いのような輪廻を絶て

 震えながらも、その呪縛に抗おうとレンは必死にファロを睨み続けた。
 夜霧の言葉が脳裏に蘇る。

『呪いのような輪廻を絶て』

 今ここで目を逸らしたら、またこの先の未来で同じことが起きる。魂に刻み込まれた、幾千年分の想いが、レンの背中を押した。

「私は……私が愛した人と、今の命を大切に生きる。あなただって、何度も生まれ変わって、その度出会った人達に、ちゃんと愛されていたはずよ。何故私に執着するの?」

 そんなレンの言葉に、ファロは哀れみすら込めた視線を送る。

「ああ、十六歳の小娘の言葉だな。『何故執着する』その理由を知りたいか? そうだな……初めて黒炎の巫女姫を見た時、『黒』という色に、その黒髪に、黒い炎に、胸が高鳴ったよ。そして自分と同じように、同じ命を繰り返していることを知った。お前はわしの、この真っ暗な永遠に続く迷路に差した光だ。わしと共に生きることが最善だと思ったのに、初めて出会ったお前は、愛する者を亡くして狂い死んだ」

 目を見開いて戦場に立つレンの、黒い髪が風になびいた。

「聞くな、レン! 耳を貸すな!」

 無数のスケルトンをなぎ倒しながら、ルージュは叫んだ。今すぐ駆け寄りたいが、囲まれていて思うように進めない。そんなルージュを見て冷ややかに笑うと、ファロは続けた。

「折角だ、昔話を続けようか。三千年前、再会したお前は昔からの記憶を持ったままで、長い月日をかけ、わしに対抗する力をつけておった。用意周到に準備された罠に、久しぶりの再会を喜んでいたわしは、打ち砕かれたよ。酷い仕打ちだ。なあ? 愛する者に拒まれる辛さを理解できるか? あの時は、妹の姿はあったが騎士の姿はなかったな。そして、今……」

 過ぎ去った日々に思いを馳せると、ファロは肩を揺らして笑った。

「現世ではもう諦めかけた頃、お前が現れた。驚いたことに記憶を失くした状態でな。その時わしは決めたんだよ。この真っ新な姫と、永遠の時を生きようと。生まれ変わる度に、姫を探し、出会えないまま死んでいくことに、もう疲れてしまった。だったらいっそ、生まれ変わることを止め、ずっとそばに置いておきたいと思ったのだ」

 随分と身勝手なことを言う。
 心の奥底に、恐怖よりも怒りがフツフツと湧き出したレンは、拳を握り締めた。
 周囲の温度がぐんぐんと上昇し、熱い風が吹く。

「記憶があってもなくても私は同じことを言うわよ。何度生まれ変わったって、私はあなたの思い通りにはならない。あなたと二人で永遠の時を過ごすなんて、絶対に嫌! 私はルージュの傍で生きて、死ぬんだから!」

 レンの体を取り巻く黒い炎が、スケルトンを焼き払いながらファロに向かって一直線に伸びた。その炎を剣で受け止めたファロは、歯を食いしばる。黒炎の攻撃を耐えながら、レンの言葉に怒りを抑えられずにいた。

「お前はまたそうしてわしを拒む……もうこれで終いにしよう。お前が未来永劫わしのものにならぬなら、今ここでこの世ごと滅ぼしてくれる!」

 レンの黒炎を弾き返したファロの目が赤く光る。

 次々とスケルトンやリザードが、黒い霧へと姿を変えファロに吸い込まれていった。体がどんどんと膨れ上がり、手の甲や頬に亀裂が走る。

「もう何もいらぬ、何も求めぬ。姫の心が手に入らぬのなら、いっそ跡形もなく消え失せろ。滅べ、滅べ……!」

 うわごとの様に血走った目で繰り返すファロは、ヘルハウンドとギーブルを飲み込み、黒い剣さえも霧に変えて自らに取り込んだ。

「ぐ……」

 魔物を全て吸い尽くしたファロは、もう人の姿をとどめてはおらず、黒い塊となって膨張し続けた。バチバチと時折小さな稲妻が走る。


「レン、大丈夫か」

 障害物の消え去った浜辺で、ルージュがレンに駆け寄った。レンは小さく頷きながら、差し出された手にしがみつく。

「魔力が膨張している……何をする気なの?」
「解らないが、嫌な予感がするな」

 肥大する瘴気の塊を前に、ルージュは次の攻撃に備えるため声を張り上げる。

「補助魔法が切れている者は掛け直せ! 何が起きるか予測できない、距離を取って様子を見るぞ!」

 水の一族は海中に避難し、その他の精霊たちは砂浜からすぐ近くの防砂林へ入り、森の一族が木々を操って即席の防護柵を築き上げた。ルージュたちも、大きな岩場の陰に身を潜め様子を伺う。

 もはやファロの姿は見えないが、相変わらず黒い塊は大きくなり続け、熱い風が浜辺に吹き荒れた。膨張する速度は加速し、遂にその限界を超えたのか、黒い塊が弾け飛ぶ。
 霧が爆風となって、四方八方に散った。その黒い霧に触れただけで、補助魔法が消耗するほど瘴気にまみれている。

 巻き上げられた砂埃と黒い霧で、完全に視界が遮られファロは見えない。その姿を確認できないうちに、真っ赤な炎が生き物の様に砂浜を這い、海面を舐めた。
 木の燃える焦げ臭い匂いが辺りに漂う。

 嵐のような攻撃が鎮まり、視界の開けた浜辺に立つのは、ファロではなく赤い大きな龍だった。ニーズヘッグの倍はありそうなその龍が、前足を砂浜に叩きつけるとそれだけで地面が揺れた。

「なんで……」

 信じられない光景を目の当たりにした香澄は、震える声で呟いた。
 ファロが長い尾を振るうと、大きな岩が粉々に砕ける。

 これと戦うのか。
 戦えるのか。

 脳裏によぎるが、考えている時間はない。

「武器を持って戦えるものは前へ! その他の者は後衛に回り援護と魔法攻撃を。範囲攻撃に備えて、いつでも防護壁を作れる準備を頼む!」

 ルージュの額に汗が滲む。
 自分の身の丈ほどある大太刀を持って低く構えると、斬り込む機会をうかがった。
 相変わらずファロは闇雲に岩を破壊し、砂を蹴り上げ暴れている。
 森の一族が作り上げた防護柵は、もう見る影もない。

「じいさん、変わり果てた姿になっちゃってさ……。あれは、本人の意識はもうないね? 本当に……何で……何やってんだよ」

 アークの声はファロの咆哮にかき消されたが、隣にいた雪乃の耳には届いていた。胸を締め付けられる思いで雪乃はアークの肩に手を置く。

「アーク様……」
「ごめん、雪乃。孫としてしっかりケジメつけなきゃね。……ルージュくん! あれに炎がどれ程効くかわからないが、僕が攻撃して注意を逸らすよ」

 アークは身を潜めていた岩から飛び出すと、龍の姿をしたファロに向かって駆け出した。雪乃もその後を追う。

「お供します!」
「……心強いよ」

 戦場でありながら、アークは優しく微笑んだ。こんな時くらい恰好つけずに甘えてもいいかもしれない。それに雪乃が隣にいることが『心強い』と心底思った。

 アークは渾身の力を込めて、紅蓮の炎を両掌から繰り出した。その紅い炎は大きな鳥に姿を変えてファロに爪を立てる。
 体の大きさで言えばファロの半分ほどしかないが、それでも空からの攻撃に意表を突かれ、ファロは首を振り、反撃する。カンファーは茨の蔓をファロの足に巻き付け、動きを封じ込めた。

 水の一族は、空を飛ぶ炎の鳥に気を配りながらも、大波を呼んでファロの体に叩きつけ、白金の鋭い氷の矢が、ファロの体に何本も刺さり、その鱗を貫いた。

 ファロの金切り声が海に響く。

「行くぞ!」

 ルージュが駆け出す。
 その後に煌牙が続いた。

 ルージュは魔法で氷の塊を出現させ足場を作ると、一気に駆け上がりファロの背中に太刀を突き立てた。固い鱗を突き破り、確かな手ごたえを感じる。そのまま引き裂こうと太刀を引いたが、痛みに体をのけぞらせたファロに、煌牙もろとも振り落とされた。

 宙を舞うルージュに、ファロは鋭い鉤爪かぎづめを振るい襲い掛かる。落下しながらも、氷の壁を作り身を守ったが、その攻撃を食らえば壁ごと破壊されてとても無傷では済みそうもない。煌牙自身も宙に浮いた体で、ファロが振り上げた鉤爪目がけ、氷の槍を放った。それが見事に命中し、右手のひらを貫いて、鉤爪はルージュから逸れる。

 畳みかけるように、レオパルドと獅凰が大剣を振るい、ファロの脚を切り裂いた。

 落下するルージュと煌牙をカンファーの蔓が受け止めると、ゆっくりと二人を砂浜へ降ろす。度重なる攻撃に、ファロは怒り狂ったように尾を振って、首をもたげると空に向かって吠えた。口の奥で、マグマのようなものがたぎるのが見え、ルージュは叫ぶ。

「炎を吐く気だ! 水の一族は迎撃態勢を。他の者は防御に徹しろ!」

 その声に、雪乃はアークをかばい大きな分厚い氷の壁を作る。ルージュや煌牙も森の一族を守るように、壁を作った。

 天に向かっていたファロの口がこちらに向くと同時に、一気に炎を噴射した。それを打ち消すように、泉と汐音が水の壁を作り、炎を押し戻す。氷鯉と雫も二人に加勢すると、徐々に炎を後退させた。
 マグマが冷やされ黒い石の塊ができ、水蒸気で海岸が霞む。

 他の水の一族も水を放つと、まるで大蛇のようにうねり、ファロを圧した。足はカンファーの蔓で固定されているため、後ろへ下がることもできずに水を浴び続けるファロは、遂に炎を吐くことを止めた。
 同じように水の一族の魔力も切れ、水の大蛇も勢いを失い砂に吸い込まれていく。

 ぐったりとしたファロに、間髪入れず香澄は白い光を放つ。ファロの紅い鱗が音を立てていくつも割れた。苦しそうにもがくファロに、レンは顔を歪め、きつく目を閉じた。

 こんな時なのに、ファロを『司令官』と呼んでいた頃を思い出してしまう。

 川に落ちて怒られたことがあった。
 難しい本が読めて、褒められたこともあった。
 遠い国の物語を聞かせてくれた。
 珍しいお菓子をくれた。

 くだらないことを延々と思い出す。
 気づけば嗚咽を上げていた。

「姫様、泣いてくれてありがとうね。……じいさんを、楽にさせてあげよう」
「……うん」

 レンはファロに向かって手をかざす。
 大きく息を吸うと、右手から一気に黒炎を放った。
 全ての魔力を使い切るつもりで。

 自身の放つ黒炎の熱風に黒髪を煽られながら、レンは真っ直ぐファロを見据えた。
 香澄が力を使い切り白い光が消えていったが、その代わりに今度はレンの炎で身を焼かれるファロは、左の手を思い切り振り、斬撃を放つ。
 ファロもまだ、戦うことを諦めていなかった。

 斬撃は、レンの頬に赤い一筋の傷を残した。
 それでも眉一つ動かさず、黒炎を放ち続ける。

 レンの魔力が底をつき、膝から崩れ落ちるのと、ファロが大きな音を立て砂浜にあおむけに倒れたのはほぼ同時だった。

 紅い大きな龍は、鱗も剥げ落ち、炎で焼けただれ、それでも手足をばたつかせて起き上がろうともがいていた。

「お願いルー、煌牙。司令官を止めてあげて」

 泣き崩れるレンの願いに、ルージュは無言でうなずき太刀を握りなおす。
 目を閉じ呼吸を整えた。

「『司令官』か」

 煌牙の声には寂しさが滲んでいた。
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