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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

最終決戦

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51話 絶望と希望と

 ファロの身にまとう空気と炎の熱気で、肺まで焼かれるような感覚に陥り、ルージュは胸を押さえた。振り返ると、雫と氷鯉が倒れ、汐音もうずくまったまま動けないでいる。そこに回復魔法が飛んでは来たが、明らかに魔法の量が減少していた。

 レオパルドと美兎が氷鯉たちを抱えて、一旦後ろへと退く。
 跪いた状態のルージュに、ファロは相変わらず冷たい視線を浴びせ、一歩近づこうと右足を出した。
 ルージュは太刀の柄を強く握り、すぐに立ち上がって距離を取りたかったが、先ほど受けたダメージが思った以上に残り、上手く動けない。

「ルー!」

 レンがファロとルージュを隔てるように、黒い炎で壁を作る。黒い炎の発する力に、さすがのファロも眩しそうに手をかざして一歩下がった。

「レン。いい子だから、こちらへおいで。わしと一緒に行こう。そうすれば、お前の大切な者達は、誰も命を落とさずに済む」

 ファロから発せられる禍々しい気とは裏腹に、その声は優しかった。それでもレンは、首を横に振る。そんな様子のレンを見て、ファロは肩をすくめた。

「意地を張っていると、碌なことにはならんぞ? 炎の里は、今頃どうなっておるかの。ヘルハウンドが暴れまわって、どれだけの人が傷つけられたか。お前の両親も無事だとよいな?」
「やめて!」

 レンの動揺がそのまま黒い炎に反映され、勢いが弱まる。ファロはもう手をかざすことなく、まっすぐにこちらを見ていた。ルージュは何とか立ち上がると、ファロの視線を断ち切るように、レンの前に立ちふさがる。

「レン、あいつの言う事に耳を貸すな」
「うん」

 ルージュの言葉に頷いたものの、炎の里がヘルハウンドによって荒らされているイメージが脳裏に纏わりついて離れない。
 香澄はこの状況を打破したいと、防御として張っていた白い光を全てファロに向けて放った。
 真っ白く輝く光に気づいたファロは、自身の中から黒い霧を放出すると、身を守るために全身を覆う。
 白い光と黒い霧がぶつかり、せめぎ合ってバチバチと火花が飛んだ。

「レン! 黒炎を!」

 香澄の声がレンに届く。
 目の前の光景に、現実に引き戻されたレンは、唇を噛んでファロを睨んだ。
 黒炎は一直線にファロに向かって伸び、黒い霧を焼き尽くそうと燃え上がる。

「ぐぁっ」

 苦しそうなファロの声が、光と闇がせめぎ合う中心部から聞こえる。抵抗しようと、ファロの闇が大きく膨れ上がった。圧されているレンと香澄も、一瞬でも気を抜けば弾け飛ばされそうで、歯を食いしばって耐え続ける。

「魔力が……もたない……っ」

 補助魔法を受けてはいたが、回復のスピードを遥かに超える魔力の放出量で、レンは徐々に光が弱くなっていくのを感じた。援護の為にルージュも夜霧も氷の矢を飛ばしたが、焼け石に水でダメージを与えられない。

 ふいに、黒い霧の中からファロの赤い瞳が光る。

 ファロの雄たけびと共に、黒い霧が一層大きく膨れ上がると、遂には白い光と黒炎を退けた。押し返された強い力に、レンも香澄も突き飛ばされたように砂浜へ倒れ込む。魔力が底を尽き、すぐには起き上がれずに倒れたままで涙を浮かべた。

「地獄はこれからだと……言ったはずじゃ」

 かろうじて砂浜の上に立っているファロは、苦しそうに肩で息をしていた。全身が傷だらけで、顔色も白く、相当な魔力を消耗したように見える。

「地獄になんて変えさせるもんか。お前だって、虫の息だろう」

 太刀を構えたルージュ自身も、自分にあまり魔力が残っていないことを悟っていた。ルージュだけではなく、他の誰もが己の限界が近いことを自覚している。それでも、「あともう少しでファロは倒れる」という思いだけで、自らを奮い立たせている状態だった。

 苦しそうに顔を歪めるファロにとどめを刺そうと、ルージュが刃を向け、間合いを詰める。
 ファロは空に向かって右手をかざした。もう魔力は残っていないはずなのに何故と、ルージュは足を止め身構える。

 黒い円形の魔法陣が二つ、空中に浮かぶ。

 その不気味な光を放つ魔法陣から這い出してきたモノを見て、ルージュは膝から崩れ落ちた。

「ギーブルと……ヘルハウンド?」

 浜辺に泣き声と悲鳴が響き渡る。
 今まで支えてきたものが、音を立ててポキリと折れた。
 ルージュは呆然としながらも、レンのいる方を見る。

 砂浜に倒れたまま上体だけ起こしたレンは、やはり呆然とした表情で二体の魔物を見つめていた。頬に涙が一筋流れる。

 そこには絶望以外、何もなかった。

「魔力がないはずなのに、なぜ魔物を召喚した……?」
「恐らく、中央都市と炎の里に召喚させた魔物を、こちらに移動させたのだろう。それだけならば、それほど魔力も消費せぬ」

 独り言のようなルージュの呟きに、夜霧が答える。
 夜霧の言う通り、良く見ればヘルハウンドもギーブルも傷だらけでかなり弱っているように見えた。
 だとしても――

「だとしても、今からあの二体を相手にすることはもう、不可能だ。一度折れた心を再び奮い立たせるのは難しい」

 ルージュは浜辺を見渡した。
 誰も彼も、あともう少しで終わるという思いでなんとか立ち向かっていたが、新たに現れた二体の魔物によってそれが打ち砕かれ、立ち上がれずにその場に座り込んでしまっている。

 ただ、諦めていない者もいた。

 カンファーが残された最後の力を振り絞り、ヘルハウンドを縛り上げると、白銀もわずかな魔力を使ってギーブルに立ち向かう。レオパルドと美兎が、足を引きずりながら白銀の援護に向かった。

 しかし、満身創痍は誰の目から見ても明らかで、傷だらけで立ち向かうその姿には、死の覚悟が見て取れる。

 そんな様子を尻目にファロは岩場に腰を下ろすと、ギーブルとヘルハウンドが相手をしている間、回復に専念するつもりらしく、目を閉じた。

「夜霧、頼みがある」

 うつむいたままのルージュの表情は読み取れなかったが、夜霧はため息をついた。

「断る。どうせ、碌でもない事だろう」
「もうこの方法しかない。ギーブルやヘルハウンドを相手にする余裕はないんだ。俺がファロの動きを力ずくで止める。お前はその剣で、俺ごとファロを刺し貫け」
「な……」

 馬鹿か。と言おうとした夜霧の返答は待たずに、ルージュはレンの元へ歩み寄る。

「レン。ごめん」

 何のことか解らずに、ただ虚ろな瞳でルージュを見上げる。
 死ぬことは怖くないが、残して逝くことが、ただただ心残りだった。
 自分がいなくなった後、レンは前を向いて歩き出せるだろうか。

 レンの顔を両手で包み込むと、ルージュはそのまま唇を重ねた。

 本当は、これ以上思い出を残してはいけないと理解していたが、そうせずにはいられなかった。

 愛しい人。
 何よりも大切な人。
 この人の残りの人生が、幸せに包まれたものでありますように。

 そう願いながら、深く深く口づけた。

 ゆっくり唇を離すと、ルージュの覚悟を感じ取ったのか、レンは泣いていた。そんなレンを見て、ルージュはにっこりと微笑む。
 思い出してもらう時は、笑顔がいい。

「……来世でまた会おう」

 立ち上がって歩き出そうとするルージュが消えてしまいそうな気がして、レンは息を止めた。今までどうやって呼吸をしていたのだろうと思う程、上手く息が吸えない。

 何か言わなきゃ。
 あの人を止めなきゃ。

 絡まった糸のように、思考がまとまらない。
 それでも、レンは無意識のうちに立ち去ろうとするルージュのコートの裾を握りしめていた。

「ルージュ!」

 グッと引っ張られた事よりも、普段「ルー」と呼ぶレンに「ルージュ」と呼ばれ、思わず立ち止まり振り返ってしまう。

「死んでも離れないって言った! あなたが死んだら、私もこの喉、掻き切るから!」

 思ってもみなかったレンの言葉に、ルージュは目を見開く。

「正気か? 全てが無駄になるんだぞ。それじゃまるで意味がない!」
「そうよ、全然意味がない! お願い、いなくならないで……」

 ああ。
 笑顔を記憶していて欲しかったのにと、両手でコートにすがりつくレンから、ルージュは目を逸らした。

「レンが言ったんだ。『世界と自分を天秤にかけるな』と。やるならファロの魔力が戻る前の、今しかない。手を離せ」
「嫌だ……」

 ルージュは勢いよく振りほどくように、踵を返し歩き始めた。
 もうわずかな力しか残っていないレンの手から、あっさりとコートが離れていく。

「嫌だ!」

 レンの絶叫が海に響いた。

 逆の立場だったら……
 レンがファロの元へ行くと言ったら、やはり同じように叫んだだろう。

 ルージュは唇を噛みしめる。血が滲むほどに。

「夜霧、行くぞ」

 表情を変えずに、ルージュは夜霧の横を通り過ぎた。
 先程よりもずっと血の気のない顔色の夜霧は、ふらふらと立ち上がると、ルージュとは逆方向へと歩き出し、浜辺に突っ伏して泣きじゃくるレンの頭にそっと手を置く。

「……ルーが……」
「大丈夫じゃ。ルージュを死なせたりはせぬ」
「……夜霧?」

 その言葉に、不思議な響きを感じたレンが顔を上げる。
 夜霧は静かな笑みを浮かべていた。

「夜霧、早く来い!」

 ルージュは振り返り、苛立ったように声を荒げたが、再び前を向いた時、戦況が変わっていることに気が付いた。

「ルージュさん……。急に、力が戻ったんです。急に……」

 呆然と立ち尽くし、自分の手のひらを見つめる香澄は、ギーブルと戦う白銀達に目をやった。
 やはり魔力が復活し、レオパルドや美兎の動きにも力が戻っているのが一目でわかった。
 氷鯉と汐音も立ち上がる。

 ヘルハウンドを捕らえていたカンファーの蔓も、先ほどまでの弱々しさは消え、強固なものに戻っていた。そのカンファーが、倒れているマルベリーに回復魔法を施すと、驚いて飛び起きたマルベリーは何が起きたのかと、あたりを見回した。そしてすぐさま、隣で倒れていた少女に回復魔法を唱え、その少女もまた、隣で気を失っている者へと回復魔法を唱えだす。

 みるみる緑色の魔法の輪が広がっていった。

「これは……一体……」

 ルージュは夢でも見ているのかと自分の目を疑った。しかし、一方で自分自身にも確かに力が戻っていることを実感していた。

「ルージュ君!」

 突然、ここにはいないはずの声に呼ばれ、ルージュが驚いて振り返る。
 今まさに閉じかけている空間の切れ目から、アークとマーレが飛び出してきた。

「アークさん!」

 空間の切れ目が消えると、すぐに再び空気が揺れ、今度は獅凰と泉が姿を現す。

「これは、どういうことだ」

 突然ユグドラシルに呼ばれた獅凰が、信じられないという表情で首を振る。

「夜霧、お前が?」

 レンの傍らで膝をついた夜霧に、ルージュが歩み寄る。

「何人もこちらに呼ぶ魔力は残っておらんのでな。強い気を放つものだけ呼び寄せた」
「俺たちの魔力が回復したのも、お前の力か?」
「ここに居る者、全員回復させるのは不可能だ。お前たちだけでも回復すれば、あとはどうにかなるじゃろう……それにしても」

 夜霧はレンの顔を見て、思わず吹き出した。

「お前は、涙と砂で酷い有様だな。折角の美人が台無しだ」

 そういって手を伸ばし、着物の袖でレンの顔を拭う。その手つきがひどく弱々しく感じられ、レンは眉を曇らせた。

「夜霧に美人って言われちゃった。珍しい」

 不安を消し去りたくて、わざと冗談めかして言ったレンに、夜霧は青白い顔でニヤリと笑う。

「最期くらいは……褒めてやるさ――」

 言い終わらないうちに、夜霧は糸の切れた人形のように、ドサリとその場に倒れ込んだ。
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