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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

最終決戦

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50話 火の雨

 ルージュはレンを背に庇いながら息をのんだ。
 そんな様子を一瞥すると、ファロはニーズヘッグの方を振り返る。
 前脚を失い、傷だらけで起き上がれなくなったニーズヘッグは、大きな尾を力なく揺らす。
 横たわった状態でもファロの倍以上の高さがあった。

「役立たずめ」

 ファロがニーズヘッグに手をかざすと、まるで花火が上がる時のような「ドン」という大きな音と共にファロを中心に爆風が広がった。
 風に砂が巻き上げられ、辺りにいた者達は防御も間に合わずに煽られ、後ずさる。

 ルージュは咄嗟に出した氷の障壁で風を凌ぎながら、ファロに目を凝らす。
 あれ程大きなニーズヘッグが、ファロの右手に黒い霧となってみるみると吸い込まれていくのが見えた。

「どういうことだ」

 ルージュの声が届いたのか、ニーズヘッグを綺麗に飲み込んだファロは、肩を揺らし笑った。

「わしは呼び出した魔物を体内に取り込むことで、傷や魔力を回復することが出来るのじゃ。お前たちがわしにいくら傷を負わせようとも、何度でも回復するぞ。無駄な戦いなど止めて、さっさと諦めろ」

 確かに先ほどまであった傷は、綺麗に消え去っていた。

「そんな……」

 足元が崩れるような感覚に陥ったレンは、口元を押さえて凍り付く。

「惑わされるな。あやつは確かに呼び出した魔物を取り込み回復するが、そもそも呼び出すときに莫大な魔力を消費しておるのじゃ。傷つき倒れた魔物を再び体内に取り込んだとて、その効果はたかが知れておる。かすり傷が消える程度じゃ。恐れることはない、怯むことなく攻撃を続けろ」

 一歩前に出た夜霧が、白く輝く双剣を手にし、構えた。
 ファロは鼻で笑う。

「夜霧などと名前を貰って懐柔されたか。愚か者め。お前は人でも精霊でもない、ただの石。魔物ですらないのだ。慣れあったところで、そいつらの気持ちなど、微塵も理解できぬだろう? 分かり合えない程、孤独な事はない。それだけ大勢の中にいても、お前は独りきりだ。いっそ、誰もいない洞窟の方が楽だったのではないか? あそこにいれば、一人でいても孤独ではなかったはずだ」

 見下したような視線を送られ、カッとなった夜霧が飛び出した。

「挑発に乗りやがって」

 言葉ではそう言いながらも、嬉しそうなルージュの横顔をレンは見上げた。そして、その気持ちをレンも理解出来た。ファロの言葉に腹を立てた夜霧には、人や精霊でなくても、確実に感情がある。

「夜霧の援護を! 補助魔法を切らせるな!」

 ルージュの声が浜辺に響くと、トキの声が上がった。

 夜霧がこれでもかという程に、双剣を細かく何度も打ち込んだ。
 それを黒く光る剣で受け止め続けるファロの脇腹を狙って、レオパルドが大剣を横に振る。
 寸でのところでファロは後ろへ飛ぶと、レオパルドの剣は大きく空を切った。

 鮮やかにレオパルドの剣から逃れたファロは、それでも不愉快そうに顔をしかめる。背後から、動きを読んでいたルージュが斬りかかってきたのだ。
 剣を背に回し、ルージュからの攻撃を防いだファロは、苛立ちをそのまま剣に込めてルージュに向かって反撃をする。

 剣がぶつかり合う甲高い音が響いた。

「ちょこまかと鬱陶しい。まるで鼠だな」
「俺が鼠なら、あんたはからすってとこか」

 剣越しに睨み合いながら、ルージュがニヤリと笑う。
 そこに夜霧とレオパルドが再び斬りかかろうと走り出した。

「魔法攻撃が来る! 避けて!」

 チリチリと空気中に火の気を感じたレンが、慌てて叫びルージュの元へ走り出す。
 汐音もその声に反応した。

 香澄は自分の範囲内にいる、カンファーや森の一族を守るため、白い光で壁を作る。夜霧とレオパルドもレンの声を聞いて引き返し、香澄の防御壁の中へ身を滑らせた。
 フォロを挟むように香澄の対面にいた白銀は、分厚い氷の壁を張る。

 真っ赤な炎がファロの体から吹き出し、ファロを中心に円形に炎の波が広がった。

 香澄と白銀の防御壁は、その炎の波を食い止める。
 しかし、二人の防御壁が届かなかった森の一族達の、攻撃吸収魔法がパリンパリンと音を立てて弾け飛んでいくのが見えた。香澄は眉を曇らせ、ファロがいた場所に視線を戻す。

 あの爆心地にルージュとレンがいる。

「ルージュさん! レン!」

 炎は噴水のように次から次へと湧き上がり、一向にルージュ達の姿も見えない。水の一族が高波を呼び炎を消そうと試みるが、あっという間に蒸発してしまい、炎の勢いは弱まらなかった。
 水蒸気が白い霧のように海辺を流れる。

 膝がガクガクと震えだした香澄の体を支えるように、夜霧は肩を強く抱いた。

「大丈夫だ。この程度でどうこうならん、あいつらを信じろ。それよりも、お前のおかげで無傷で済んだ者達が大勢いるのだ、今はそれぞれがやるべきことを成そう」
「はっ、はい!」

 強い気持ちを再び持つことの出来た香澄が、目を逸らさずに前を向く。夜霧は懐から組紐を取り出すと、銀色の長い髪を後ろで束ね始める。ふと、髪を結ぶ手が止まった。

「地面が揺れておる」
「えっ」

 僅かな振動が足を伝った。

 突然、炎の中心部から、まるで間欠泉のように大きな水柱が上がった。炎が押され始めるとそれを突破口に、今度は氷と黒い炎がマグマのような炎を覆い、みるみるかき消していく。
 水の勢いは留まらずにフォロに直撃すると、吹き飛ばされたファロの体は、大きな岩に叩き付けられた。衝撃で割れた岩がガラガラと崩れ、砂埃が巻き上がる。

「やぁっと出られた。姫様、大丈夫?」

 汐音は頬の煤を袖で拭うと、レンを振り返った。

「うん。ルーの氷と汐音の水で守ってくれたから、無傷だよ。でもビックリした、突然汐音が滑り込んできたから。魔力は戻ったの?」
「うん。回復魔法を潤沢に使ってくれたからね。何しろここは、森の一族が大勢いるし」
「全く。レンも汐音も、もっと安全なところにいてくれよ」

 呆れ顔のルージュが、コートについた砂を払いながらため息をついた。レンが不服そうに腰に手を当て、ルージュの顔を覗き込む。

「この世に、ルーの側より安全な場所なんてあるの?」

 思いがけない反論に、一瞬、顔を赤くしたルージュがわざとらしく咳払いをする。

「体制を立て直すぞ! 負傷した者は後ろへ下がれ。範囲攻撃に備え、常に防御魔法を!」

 ルージュは声を張り上げると、ファロが下敷きになったままの崩れた大岩に目をやった。まだ這い出してくる気配はないが、あの程度の攻撃で起き上がれなくなるとは思えない。
 案の定、粉々になった岩を吹き飛ばし、ファロが立ち上がった。

 分厚い素材の法衣が所々破け、汐音の攻撃を受けて全身ずぶ濡れだった。しかし、それもファロが発する熱気に触れると、あっという間に乾いていく。

「調子に乗るなよ。鼠ども」

 苦々しい表情でファロが右手をかざす。
 その動きを封じるため、白銀は全身から冷気を放出すると、一瞬で空気を凍り付かせ、ファロを閉じ込めた。氷の上からカンファーが蔓を伸ばし、がんじがらめに縛り付ける。

 しかし、白銀が固めた氷の中で、炎が生き物のように赤く蠢いているのがわかった。
 押さえつけている白銀とカンファーが、辛そうに顔を歪める。

 大きな音を立て、カンファーの蔓もろとも氷が砕け散り、押さえつけられていた炎が一気に噴き出し、白銀とカンファーが吹き飛ばされた。

「くっ……!」

 正面から攻撃を受けたことに加え、炎に弱い白銀とカンファーは、砂浜に倒れ込むと苦しそうに呻いた。すかさず方々から回復魔法が飛び、緑の光に二人が覆われる。

「ふん。小賢しい」

 面白くなさそうに、その様子を見たファロが、両手を天に向け、火の玉をいくつも放った。
 炎の雨が、海岸線に容赦なく降りそそぐ。
 あちこちで悲鳴が上がり、森の一族がバタバタと倒れた。

「くそっ!」

 ルージュが砂を蹴り、一直線にファロに斬りかかる。
 ファロが左手は天に向けて火の玉を放ちながら、右手を地面にかざすと、黒い剣が瓦礫の中から浮かび上がった。スッと吸い込まれるように、ファロの右手に収まると、向かってきたルージュの太刀を受け止める。

 背後に気配を感じたファロは、ルージュを牽制したまま、左足で襲い掛かってきた夜霧を蹴り上げた。顎に直撃したファロの踵は、夜霧の脳まで揺らしたが、夜霧はそれでも一太刀浴びせようと、白い羽のような剣を振る。ファロの左足から血しぶきが上がった。

 すかさず汐音が水を呼び、渦を巻きながら勢いよく放たれる。
 鋭い刃と化した水は、ファロの手前で炎の盾にかき消されたが、斬撃がいくつかの切り傷を負わせた。
 ルージュはファロの気が汐音に逸れた一瞬の隙をついて、自身の周りの水分を一瞬で凍らせる。
 その氷はハリネズミのようにいくつも尖り、至近距離のファロに突き刺さった。

「くっ」

 初めて深手を負わせたが、それでも致命傷には程遠い。

「チョロチョロと、本当に目障りだな。不愉快じゃ」
「そう何度も同じ手が通用するとは、思んせんでくんなまし」

 再び火の雨を降らそうとしたファロの頭上から、氷鯉がそれを抑え込む程の大量の水を投下した。
 雫の加勢もあって、ファロは起き上がれない程の水魔法を受けながら、それでも口元には笑みを浮かべる。

「海から何かがこちらに向かってきます!」

 海中にいた水の一族の若者が叫び声を上げる。
 浅瀬に乗り捨てたまま、誰も乗っていない船が、押し寄せる波にグラグラと揺れた。

「リザードだ!」

 水の一族が、押し返すように沖に向かって高波を起こす。
 濃い緑色の硬そうな鱗が、波の合間からいくつも見えた。

「ワニ……?」

 香澄は目を見開いて、こちらに向かってくる大量のリザードに後ずさる。
 陸に上げまいと、必死に水中で戦闘がくり広げられ、水の一族はリザードに掛かりきりになってしまった。先程の火の雨で、半数以上の森の一族は負傷し、回復の速度が落ち始める。

 少しずつファロに圧され始めていると皆が薄々感じ始め、言いようのない不安が広がった。

「焦るな! 今のままでいい。大丈夫だ、必ず勝つぞ! もうすぐ援軍が来る!」

 太刀を握り直したルージュは、水浸しのファロに向かって刀を振り上げ、水ごと斬った。氷鯉の放つ水魔法が鮮血に染まる。

 それでも、ファロは笑っていた。

 突然辺りの気温が上昇し、一瞬で水が火へと取って代わった。氷鯉と雫が弾かれたように後ろへ倒れ込む。ルージュも防御が間に合わず、砂浜に両膝をついた。

 ファロがゆっくり立ち上がると、面倒くさそうに首を回す。

「『必ず勝つ』か、面白い。本当の地獄は、これからぞ」

 赤く染まったファロは、冷たく燃える目でルージュを見下ろした。
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