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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

最終決戦

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46話 作戦開始

「汐音くん!」
「ああ、香澄。ごめんね、迎えがルージュさんじゃなくて」

 まだ目がチカチカする汐音は、何度か瞬きをしながら香澄と獅凰に歩み寄った。

「ううん。迎えに来てくれただけで、凄く嬉しい。あの……逃げ出しちゃってごめんなさい」
「僕に謝られてもね。それにさ」

 その続きを言おうかどうか迷いながら、汐音はうつむいて意味もなく自分の首をさすった。

「香澄の気持ち、わからないでもないから。僕だって姫様が好きだけど、どう頑張ったってルージュさんに敵う訳ないし。実際、お似合いだって思っちゃってるし。でも認めるのもしゃくだしさぁ。なんかイライラするから、ルージュさんに当たっちゃうんだけどね」

 口をへの字に曲げて、頬を僅かに赤らめる汐音を見て、香澄も小さく笑う。

「ありがとう、汐音くん」
「えっ」
「迎えに来てくれたのが、汐音くんで良かった」

 泣きそうなのにほほ笑む香澄を見て、汐音の顔は本格的に真っ赤になった。

「な。ば、馬鹿じゃないの。そんなことくらいでお礼なんてさっ。早く帰るよ? 獅凰様、行きましょう!」
「ああ、それなんだが……私はユグドラシルへは行かずに、中央都市の守備を固めようと思う。それに、大地の一族は里を離れ、森の一族の里へ移動し行動を共にすることになった。お互い足りない部分を補う為にな」
「なるほどね。魔法は使えないけど戦力の高い大地の一族と、戦闘力はないけど魔法の得意な森の一族が一緒にいるのは理にかなってる!」

 汐音は森の一族の補助魔法で強化された大地の一族が戦う所を想像し、さぞ強い軍隊になるだろうと心強く感じて、興奮気味に獅凰を見上げた。

「もちろん、ユグドラシルに加勢が必要な場合はすぐに向かう。心配はいらない」
「汐音くん、ごめんなさい。私だけしか戻らないのにわざわざ……」

 申し訳なさそうにうつむく香澄に、汐音がため息をつく。

「なんで謝るのさ。みんな香澄が帰って来るの待ってるよ。さっさと行こう」
「香澄!」

 汐音が香澄の手を取った瞬間、玄伍の呼び声がして二人は振り返った。

「呼び止めてすまない。見送りに間に合ってよかった……。香澄、無事でいてくれよ。それから……全部終わったら、必ず謝罪に行くと伝えてくれ」
「うん。お兄ちゃんも無事でいてね」
「ああ」

 玄伍は汐音に気づくと、深く頭を下げた。

「香澄をお願いします」
「うん。……そっちも、頑張ってね。ルージュさんは、こっちの態勢が整う前にファロが仕掛けてくるんじゃないかって言ってた」
「ああ、気を引き締めるよ。君も武運を」
「ありがと」

 獅凰と玄伍に見送られ、汐音は香澄を先に空間の切れ目に押し込めた。心配そうな玄伍の顔を見て、汐音は「任せておけ」と言わんばかりに拳を天に突き上げ、自身も切れ目へと身を滑り込ませる。二人を飲み込んだ空間の切れ目はゆらゆらと揺れながら、次第に何事もなかったかのようにいつもの景色へと戻っていく。

 見送った獅凰と玄伍が、ホッと息を吐いた瞬間だった。

 耳をつんざく様な、雄たけびとも悲鳴とも区別のつかない大きな叫び声が宮殿中に響き渡った。

「何ですか、今のは?」

 驚いて身構えた玄伍が、獅凰に尋ねる。獅凰も初めて聞く得体の知れない鳴き声に額に汗を浮かべた。

「わからん。とにかく、玄伍殿は計画通り、家族の待つ聖堂へと避難するんだ」
「は、はい!」

 獅凰は通りかかった騎士団員に玄伍の護衛を命じると、すぐに声のした方向へと走り出した。

『獅凰殿! 宮殿の玄関前に見たこともない魔物が現れ、宮殿内部にも複数の魔物が出現したようだ』

 首から下げた水晶からは、泉の声が聞こえた。獅凰は走りながら水晶に向かって声を張り上げる。

「承知した、今声のあった方へ向かっている! 最初の手はず通り、避難は完了しているだろうか?」
『ああ。私は今、魔法学院にいるが、街中の子供たちの避難完了を確認した。戦闘を行うものは、聖堂と魔法学院の周囲に集まるはずだ』
「計画通りだな。あとは一陣と二陣に別れ、交代で戦闘を行おう」

 ファロに堕とされた次元の狭間を脱出した直後から、獅凰と泉は指揮系統の確認と避難場所の確保を優先して動いていた。
 もともと聖なる場所として魔物を退ける効果を持つ、宮殿内の聖堂と魔法学院の結界の強化。
 そこを街の住人へ開放し、弱者からすでに避難を始めていた。
 街のあちこちでバラバラに戦闘を行う事は避け、戦える者が聖堂と魔法学院を守るように囲いそこに向かってくる魔物だけを倒す。

 それがルージュの立てた作戦だった。

 ルージュはアイスケーヴと宮殿の中庭で突如空間の揺らぎから現れる魔物を見ている。
 最早どこから出現するかわからない魔物たちをいちいち相手にはせず、無駄な戦闘は避け、戦場を二か所に絞ったのだ。

 無人の民家で暴れまわる魔物など無視して良い。

 走りながら、ファロの先手を打ったルージュの案に獅凰は鳥肌が立った。
 もしも何の手立てもなく今日のこの日を迎えたならば、中央都市はパニックに陥り今頃はあちこちで無駄な戦闘をはじめ、収拾がつかなくなっていただろう。

「参謀総長の名は伊達ではないな」

 そう口に出し、体中を駆け巡る血液の熱さを感じていた。
 二度目の不吉な魔物の雄たけびがすぐ近くから聞こえ、獅凰は腰に差した剣を抜きながら、さらに走る。その頃にはもう、その声の持ち主が目で確認できた。

 宮殿の二階まで届きそうなほどの大きなヘビが、体を地面に叩き付けながら暴れていた。ヘビの背中にはコウモリのような翼が生えている。魔物を取り囲む精霊たちは、近づくこともままならないらしく、離れた場所から魔法を放ってなんとか応戦してる状態だった。

「ギーブル……」

 蛇の胴に翼をもつ爬虫類。
 古い伝承にしか登場しない、架空の生き物だと思っていたそれが、目の前で不快な奇声をあげる。爬虫類というよりは、もはやドラゴンと呼んでもいいような気さえした。

 獅凰は素早くその場にいる精霊たちを見回し、戦えそうな大地の一族の若者一人だけを指名してあとは皆、後衛に回した。

「私が盾になって、注意を引く。お前たちはギーブルの視界に入らないよう、弓と魔法で距離をとって攻撃しろ。目を狙え。回復は重ならないよう、担当と順番を決めて行うんだ。長期戦になるかもしれん。極力無駄な魔力は使うなよ」

 必要な事だけを手短に伝えると、今度は自分と共に前衛に立つ若者に向かって、獅凰は名を問いかけた。

「お前、名前は?」
「ティグレと申します」
「実戦経験は?」

 緊張した顔のまま、ティグレは首を横に振った。

「そうか。無理はするな。危険だと感じたらすぐに退け。後衛が頭を狙っている間、私とお前で胴を切断するぞ。私が攻撃している横からお前も剣を振るんだ。尻尾に気を付けろ。伝承の通りなら、あいつはきっと毒を吐く。首が自分に向いたら距離をとれ」
「わかりました」
「よし。私とティグレに耐毒魔法と衝撃吸収魔法を。それから、大盾を借りるぞ」

 言うと同時に、緑色と青い光が二人に飛んで体を包んだ。

「行くぞ!」

 先陣を切って、獅凰が駆け出した。
 魔法を顔面に浴びているギーブルは、先程よりも少し動きが鈍くなったように感じられた。
 それでも尻尾で薙ぎ払うように、こちらを威嚇する。

「うおおお!」

 獅凰は飛び上がると、その勢いのままギーブルの首元に剣を叩きつけた。
 肉を切り裂かれたギーブルの傷口から紫色の液体が吹き出したのを、獅凰は大盾で防いでさらにその傷口に剣を振り下ろす。

 剣からはかすかに、湯気が立ち昇っていた。ふと足元を見れば、紫の液体がかかった草が枯れている。

「やはり猛毒だな。剣が溶け、草が枯れる程の」

 耐毒魔法を予めかけておいて良かったと、ひとまず安堵しながらティグレに目をやる。彼の方にはギーブルの血は飛んでいなかったらしく、剣も盾も綺麗なままだった。真剣な表情で剣を振り下ろしている。

「おい! 返り血に気を付けるんだぞ」
「は、はい!」

 魔法で押され、剣で体を切り刻まれるギーブルは、痛みのあまりのたうち回る。

「泉殿、そちらの戦況は?」
『聖堂付近も魔法学院付近も、出現している魔物はゴブリンとスケルトンだ。数はこちらの方が圧倒しているので、交代で戦闘を繰り返している。そちらに援軍は必要か?』
「こちらはギーブルだ。図体がでかく、暴れまわる上に毒を吐くので大人数での戦闘には向きそうもない。後衛の回復役が疲弊したら、援軍を頼む。あと、余裕があるのならば毒消しの用意を」
『承知した。しかしギーブルとは、あの物語に出てくる? そんな魔物が実在したとは……。とにかく、強敵な事に間違いない。くれぐれも気を付けて』
「ああ」

 盾でギーブルの毒の息と返り血を避けながら、獅凰は繰り返し傷口に向かって剣を振っていた。ギーブルがバサバサと背中の翼を羽ばたかせる。体に対して翼が小さいため、飛び上がることは出来ないが、強風を巻き起こして相手を威嚇するには充分だった。獅凰とティグレの体は浮き上がりそうになり、数歩後ずさる。その隙を逃さずに、獅凰とティグレを薙ぎ払おうと、ギーブルは太い胴体をしならせた。

「ティグレ! 後ろへ飛べ!」

 風を切る音をさせ、ギーブルが首を振り下ろす。それは鞭というよりも、鎌のように鋭い攻撃だった。
 後ろに飛んで回避したものの、かすったティグルの魔法の防御壁は粉々に砕け散る。ティグルに向かって再び緑色の衝撃吸収魔法が飛んだが、ティグルは足が震えてしまった。
 剣を構えてはいるが、一歩が踏み出せない。

 無理もない。と獅凰は唇を噛む。

 今にして思えば、この精霊界はファロによって少しずつ弱体化されていた。
 騎士団が良い例だ。
 元々魔法を使える精霊たちは、いざとなれば今のように応戦はするが、
 ただ戦えるのと、戦い方を知っているのでは差があり過ぎる。

 意図的に作り上げられた平和な世界で、戦う術を学ぶ機会を奪われたのだ。

 獅凰ですら、この目の前の化け物に対して、今の戦い方で良いのかわからないまま、それでも剣を振り続けた。
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