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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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45話 迷わずに

「条件が揃えば人や精霊も操れる可能性……ですか。その条件とは?」

 眉をしかめたカンファーは、入り口に立つルージュに座るように促す。夜霧の隣に腰を下ろしたルージュは、深刻そうな表情で口を開いた。

「発動条件は現在解っておりません。ワイバーンで玄伍と香澄を迎えに来た騎士団員は、ユグドラシルまで来たことや、宮殿に着いてからの記憶がないそうです。かと言って、宮殿にいた者すべて操られていた訳でもない。結界や魔法陣ではなく、個別に掛ける呪術の類だと考えられます。夜霧、これについてお前は何か知っているか?」

 ルージュに問われた夜霧が、顎に手をやる。

「ファロは元々、魔物を操ることが出来た。『操る』と言っても、自分の魔力を使って、簡単な命令を相手に吹き込む呪術だが。命令の内容や相手の力量によって使用する魔力量が変わり、ゴブリンやスケルトンのような、元々それほど思考能力の高くない魔物ならば、一度に大量に操ることも可能だ。アイスケーヴの時のようにな」

 ただ、と夜霧は言葉を続ける。

「魔力の高い精霊や意思を持つ人間を操るのは、そう容易くない。現に、今までファロが人を操ったことはなかった。例え若返りを果たしても、宮殿中の人間を一度に操ることは不可能だろう。だが、逆に言えば数人ならば可能という事だ。こちらの主要な戦力を操られると厄介だな」
「『操る』と言うが、具体的にはどんな呪術だ?」

 事態を深刻に受け止めたルージュは、こめかみに指を当て目をつぶる。レンはその様子を見ながら、自分には想像できない、「最悪の事態」がルージュには見えているのだろうと唇を噛んだ。

「最初は心の隙をつく。相手の欲しい言葉を与え、望む未来の姿を見せる。徐々にファロの言葉が心地よく感じられ、次第に言いなりとなり、気づけば操られているというわけだ。洗脳や催眠に近いな。それ故ファロは操りたい相手と直接言葉を交わさねばならぬ。離れた場所にいるうちは、心配はないだろう」
「なるほどな」

 夜霧の話を聞き終えたルージュが、天井を見上げて思考を巡らせる。真剣な表情で聞き入っていたカンファーが、ふと気づいてルージュに問いかけた。

「ところでアーク様はどちらに?」
「ああ……アーク様には一度、炎の里に戻って頂こうと思いまして。マーレの船で現在向かっているところです」

 ルージュはチラリとレンを見る。その視線にレンが気づいた。

「もしかして、私のため?」
「えっ? いや……」

 いつになく鋭いレンの指摘に、驚いたルージュは思わず口ごもった。

「さっきね、夜霧に『最悪の事態を想定しろ』って言われたの。だから、考えてみた。もし、ファロが私の両親を人質に取ったら……って」
「そうか、凄いな。その通りだよ。玄伍さんの件を考えると、レンの両親を人質に取る可能性が高いと思ってね。ユグドラシルに避難してもらおうと考えたんだ」

 以前のレンなら、今の話を聞いただけで取り乱していたかもしれない。だからルージュはレンには伝えずに事を運ぼうとしていた。しかしレンは、予想外の言葉を口にした。

「ねえ、ルー。アークさんにはそのまま炎の里に残って、里の守りを固めてもらって。父も母も強いのよ。二人だけここに避難するなんて、きっと断るし、私もそれは望まない。里に残って、皆を守るために戦う事をきっと選ぶ」

 真っ直ぐにルージュの目を見て言い切るレンに、夜霧はククッと笑う。

「なるほど、お前は弱くて強いな。甘ったれだが、馬鹿ではない」
「ちょっと夜霧、それって褒めてるの? 全然嬉しくないよ」

 相変わらず笑っている夜霧に、レンは頬を膨らませた。面食らっていたルージュは、気を取り直してレンに向き直る。

「レン……」

 呼びかけたものの、何と言えばよいかわからずに、ルージュはそのまま前髪をぐしゃっと搔きむしった。

「大丈夫だよ、ルー。私が一人責任を感じて、この島から出て行こうなんて考えないから」
「レン。本当に? 実際に戦いが始まれば、レンが思っている以上に酷いことになるかもしれないよ?」
「うん、私が今思っている以上に酷いことが起こったら、泣くと思う。でも、それでも私は一人じゃないから、最後まで戦うよ」

 レンの口から「最後まで」という言葉を聞いて、ルージュの心は張り裂けそうに痛んだ。呼吸が荒くなり、深く吐いた息が震える。

「レンは、俺が命に代えても守るから」

 思わずそんな言葉が口をついて出た。
 カンファーが、俯くルージュを心配そうに見守る。
 レンの為ならば、命も惜しくないと思った。
 この世で一番恐ろしいのは、レンが目の前から消える事。
 それを思えば、自分の命を差し出すことなど、何でもない。

「ルー」

 テーブルを挟んだ向かいに座るレンは、ルージュの気持ちが痛いほどよくわかった。だからこそ伝えなければと、身を乗り出してルージュの手を取る。

「ルーにお願いがあるの。もしも、戦いの末に私がファロの手に堕ちて、でもそこで戦が終わるのなら、私を追わないで。もちろん、私は最初から諦めてるわけじゃないよ? ファロを倒すつもりでいるけれど、もし万が一の時。お願い、私と世界を天秤にかけないで。迷わず世界を救って」

 嫌だ。
 と言いたいのをルージュは堪えた。
 レンは覚悟の話をしているのだと、理解は出来る。
 その、最悪の事態を回避するのが自分の役目なのだ。
 解っている。

 解っている。
 だけど。

「レン……」
「ルー、お願い」

 レンはもう、テーブルの上に乗り上げて、ルージュの目の前で手を握っていた。

 なるほど、これが黒炎の巫女姫か。
 闇の王が世界を敵に回しても手に入れたいほど愛する女か。
 夜霧はレンの決意のこもる横顔を見つめながら、心の中で賛辞を贈る。

「わかった。そのかわりレンも約束して。一人で犠牲になろうとしないで。一人で答えを出さないで」
「うん。約束する」

 顔を上げたルージュと、優しく微笑むレンの目が合う。ルージュは繋いだ手を引き寄せて、その手の甲に口づけた。
 驚いたレンは、耳まで赤く染まって瞬きも忘れ固まってしまう。

「あ、ゴメン。思わず……」

 頭から湯気が出そうなほど動揺するレンに、ルージュはそれでも手を離さずに、むしろ握る手に力を込める。レンは片手を握られたまま、そろそろと後ずさるようにテーブルから降りソファに座り直した。
 握手したような形になった二人を見て、夜霧は可笑しそうに笑う。

「手の甲でその有様では、先が思いやられるな。ルージュはいちいち苦労するぞ」
「からかうものではありませんわ。良いではないですか。初々しくて。羨ましい」
「ホント、純情すぎて見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよね」

 夜霧とカンファーの会話に、生意気そうな声が割って入る。

「汐音、何でお前がカンファー様のコテージに?」

 方眉を上げたルージュは、ティーカップの乗ったトレイを手にし、テーブルの横にいつの間にか控えていた汐音に視線を向けた。

「だって、姫様が中々帰って来ないから迎えに来たんだよ。そしたら、使用人がお茶を運んでたからさ、『僕が運びます~』って言って持ってきてあげたの」

 ニッコリ笑った汐音は、テーブルの上にカップを並べる。

「ああ、汐音。俺の分はいい。お前が飲んでいけ」
「え、なんで? 毒とか入れてないよ」
「そうじゃなくて」

 口を尖らせた汐音に苦笑いしながら、ルージュは立ち上がると夜霧を見下ろした。

「夜霧、宮殿へ空間をつないでくれ」
「香澄をこちらに連れてくるのか?」
「ああ。ファロは、香澄の水晶を使って若返ったらしい。もう用済みとばかりに結界に閉じ込めていたが、それを香澄は破ってしまった。当然、術者であるファロも破られたことに気づいているはずだ。まだ利用価値があると思い、宮殿に戻ってくる前に、香澄を連れ出したい」

 夜霧は腕を組むと、考え込む。

「確かに、ファロがいない今が好機かもしれぬが、罠がないとも言い切れぬ」
「わかっている。だけど、ファロは恐らくそれ程時間を空けずに行動を起こすはずだ。俺たちの準備が整う前にな。だから、今しかないと思うんだ」
「なるほど。ただ、空間を繋ぐのにも魔力がいる。今後の事を考えると、余の魔力もなるべく温存しておきたい。余程の事がない限り、空間の移動はこれで最後じゃ。よいか?」
「ああ。わかった。早速行こう」
「待って」

 立ち上がった夜霧に向かって、汐音が真剣な眼差しを向けた。

「罠があるかもしれないんでしょ? もしもルージュさんが戻ってこれなくなったら、ユグドラシルは大痛手だよ。僕が行く」
「汐音……」
「サッと行って香澄を連れ帰るだけなら僕でもできるよ。宮殿には一度行ったことがあるしさ」

 口調はいつものように軽かったが、決してふざけているわけではないことはすぐにわかった。ルージュと夜霧は顔を見合わせる。

「泉様に連絡して、中庭で香澄に待つようにお願いしておきますわ。汐音、よろしく頼みますね」

 すぐに泉に連絡を取ったカンファーは、改めて汐音を見て頷いた。

「汐音、大丈夫か?」

 心配そうなルージュに向かって汐音はニッと笑う。夜霧はソファから離れ、暖炉の前の広いスペースに移動すると汐音に振り返った。

「では空間をつなぐぞ。お前なら、戻り方もわかるな?」
「うん。何度か空間の移動は経験してるからね」

 いつも通りの気の強そうな眼差しで、汐音は胸を張って夜霧に応える。夜霧が小さく笑うと、汐音の頭に手を置いた。照れ臭そうにしながらも、汐音は夜霧の手を振り払ったりせず、その手から伝わる心地よい温かさを感じていた。

「香澄が中庭に到着したそうよ」

 水晶からの知らせをカンファーが告げると、夜霧が指で空を切った。

「じゃあ。行ってきます」

 汐音が門をくぐるように、空間の切れ目に体を滑り込ませる。一瞬真っ暗になった後に、今度は眩しい程真っ白な光に照らされ、汐音は目を閉じた。その光が落ち着いてくると、いつの間にかそこには宮殿の中庭が広がっていた。


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