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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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44話 盤上の駒ではない

 ユグドラシルを取り囲むように、白銀(しろがね)の用意した船が何隻も海上に見えた。
 船には多くの森の一族が乗っている。
 ファロが何世代にもわたって張った結界は、元から精霊界にある魔法陣を応用したものだった。それ故、黒炎や白光でなくても対抗出来たため、ここ数日の間、森の一族がユグドラシルの聖なる気を魔力に練り込んで、ファロの結界を破りつつ、新たな結界を張り直すという作業が進められていた。

「順調そうだね」

 丘の上から作業の様子を眺めていたルージュに、アークが声をかけた。強い海風にルージュのコートが煽られ、前髪が顔を隠す。口元は微笑んでいるが、また何か抱え込んでいるのではないかと心配になる。

「ファロはずっと見えないように結界を張り、時が来るまで隠していたんですね」
「ああ。そして今になって解放した。……このまま守備を強化して巫女姫(レン)をここで守るのかい?」

 ルージュの隣に並んだアークは、同じように海上の船に目をやった。ルージュが小さくため息をつく。

「そのつもりですが、危惧していることが一つ。レンを炙り出すために、ファロはここではなく、あえて中央都市や他の町を攻撃するかもしれない。レンを渡すまで、破壊し続けると脅しながら」
「なるほど、あり得るね。そうなると、ユグドラシルだけに戦力を集中させられないな」
「ええ。ファロが魔物を呼び出しても厄介です。そして何よりも、レンの精神状態が心配でして。自分のせいで町が攻撃されていることを知ったら、アイツきっと、この島を出て行こうとする」

 言葉を区切ったルージュは、目を伏せる。

「だから、レンをどこか外界と隔離した場所に閉じ込めておこうかと。レンを島から出さない為というより、外界の状況を知らせない為に」
「彼女、納得するかな」
「多分……しませんね」

 苦笑いしたルージュに、アークもつられて困ったように笑った。

「しかし、泉様からの報告では、中央都市に見かけぬ青年が現れ、すぐに姿を消したとか。若返りを叶えたファロは、すぐに攻撃を仕掛けてくるのかと思っていましたが、どうやら今のところ、その様子はなさそうです。こうなると、ファロがいつ攻めてくるかはわかりませんね」
「時間を空けて、油断した頃に……か。じいさんならやりかねないな」

 語尾の方は少し寂しさが滲んだような気がしたが、ルージュは気づかないふりをして、思い切り腕を上げて伸びをする。

「さて、戻りましょうか」
「ああ」

 海を背にして歩き出したアークの水晶が、ガラスを鳴らしたような綺麗な音を奏でた。通信を知らせるその音に、ルージュも足を止めアークの方へと振り返る。

「泉殿どうかされましたか? えっ! 獅凰殿がお戻りに? 行方不明だった騎士団も一緒だったのですか」

 泉の言葉を反芻したアークの声に、ルージュの顔にも緊張が走った。

「えっ……はい。わかりました。ルージュはすぐ目の前にいるので代わりましょう」

 どういう経緯でそうなったのか全くわからないまま、アークの差し出した水晶を受け取ったルージュは困惑した。

「自分にですか?」
「ああ。泉殿がキミに代わってほしいと。……玄伍がキミと話がしたいそうだ」
「玄伍さんが?」

 ますます戸惑いながらも、ルージュは水晶に向かって「何の御用でしょうか」と、少々不機嫌そうに問いかけた。その瞬間、通信の音声がアークからルージュへと切り替わる。

『ルージュくん……。玄伍です。あの時は、申し訳なかった』
「今更、そう言われましても。それより、香澄は無事なんでしょうね?」
『もちろんです。本当は直接お会いして謝罪せねばと思いましたが、今、妻と子供も精霊界(こちら)に来ておりまして』
「……お亡くなりになられたと伺っておりましたが。なぜお二人がこの世界へ?」

 まだ玄伍を信用していないルージュは、まるで尋問するような言い方をする。玄伍はそれも覚悟していたようで、「すべてお話いたします」と言い切った。

『香澄が人間界で行方不明になる半年前に、私たち家族は、ファロによって精霊界に召喚されました。あの、宮殿の魔法陣のある地下です。ファロは「失敗した。やはり巫女姫でないと、正確に呼べない」と言っていました。香澄の血筋を頼りに呼び出したので、血縁者の私たちが間違ってこちらに呼ばれてしまったのでしょう』

 思い出したくない事のようで、玄伍の声は震えていた。

『ファロは妻と息子を人質に取りました。そして私だけは人間界に戻すから、次は香澄を連れて来いと言ったのです。しかし、香澄はきっと聖なる力に守られていたのでしょうね。香澄といると、精霊界へのゲートは開かなかった。香澄を諦めたファロは、しばらく沈黙していましたが、突然私を再びこちらへ呼びました。「レンと香澄を連れてこい」という命令を受け……後は、ご存知の通りです。』
「なるほど」
『許してもらおうなんて、図々しいことは考えておりません。ただ、それでも謝りたくて……巫女姫様には、随分と酷いことを言ってしまった』

 玄伍が言葉を詰まらせた。

「人質を取られながらも、なぜ最後にレンを諦めたのですか? あなたなら、もっと上手く立ち回り、俺の目を盗んでレンを連れて行くことも可能だったでしょう」

 しばらく沈黙した後、玄伍はゆっくりと途切れ途切れに話し始めた。それは、どう言えば一番伝わるのだろうと、懸命に言葉を選んでいるようにも感じられる。

『妻と息子の命が懸かっている。最初、何が何でも姫様をファロの元へ連れて行かなければと思いましたよ。でも……実際にあなた方にお会いして、この世界の危機を知った時に……香澄と姫様を揃ってファロの元へ連れて行ったら、この世が終わるような予感がしたのです。それをしてしまえば、本当にもう、二度と妻と息子に会えなくなる予感が』

 そこで一息ついた玄伍は、大きく深呼吸をしてさらに続けた。

『香澄だけでも連れて行けば、何とかなるだろうという甘い考えもありました。それに、肉親として……あなたと姫様を見て辛そうにしている香澄を、あの場から連れ出してやりたいと、純粋に思ってしまった』
「香澄は今どこに?」
『先ほど、ファロの闇を払うために、力を使い過ぎて今は部屋で休んでます。回復次第、獅凰様とそちらへ向かうでしょう』
「承知しました。では、あなたの持っているファロの情報を全てこちらに教えて頂きたい。どんな些細な事でも構わない。それで水に流しましょう」
『ありがとうございます。あまり多くはありませんが、私が見聞きしたファロの情報、全てお渡しいたします』



 カンファーのコテージで、テーブルを挟んで夜霧とレンが向かい合っていた。
 レンは白のキングの駒を手に持ったまま、チェス盤を睨む。

「早う投了しろ。もうとっくに手はないだろう」
「あーもう! 夜霧とはチェスなんて二度としない!」

 キングを盤の上に転がしたレンは、悔しそうにソファにあったクッションを抱きかかえると顔を埋めた。最初の二戦は、チェスのルールを知ったばかりの夜霧に勝てていが、その後、五連敗していた。もう敵わないと悟ったレンがついに降参すると、チェスの駒を片付けながら、夜霧が声を上げて笑う。

「お前はもっと先を読め」
「……夜霧とルーは、どれくらい先が読めているの?」
「チェスの話か? それとも戦の話か」

 俯いたまま答えないレンに、夜霧はため息をつく。

「少なくとも、目を離せばお前が一人犠牲になって、ファロの元へ行こうとする……という事くらいまでは読んでいるだろうな。だからルージュは余をお前の目付け役にした」

 驚いたレンは飛び起きる。

「ルーは私の心が読めるのかな?」
「本人に聞いてみろ。恐らく、お前の心が読めたらこれほど苦労しないと言うだろうがな」

 呆れ顔で夜霧は片付け途中の駒の中から、白のクイーンと黒のキングを再び盤上に並べた。

「遊戯だったら、これで終いだが」

 黒のキングで白のクイーンを倒した夜霧が、そのクイーンの駒をレンの目の前に差し出した後、握りしめて手の内に隠してしまった。

「戦だと、そうはいかない。相手の手に堕ちた瞬間、お前はファロの手駒になり、こちらの敵になる」
「そんな。でも、そこで戦いが終わる可能性だって……」
「そんな、都合のいい希望は持たぬことだ。行動するなら、常に最悪の事態を想定して動け」
「最悪の事態……」

 これもファロの作戦の内なのだろう、と、実戦経験を全くさせてもらえなかったレンを見て、夜霧はため息をつく。『実戦経験』とは、何も戦場だけの話ではない。

 レンは大切に育てられ過ぎた。
 人の醜さや身勝手さ、狡賢さにまるで免疫がない。
 だから想像できない。
 自分の利益になるためなら、他人がどれ程傷ついても何とも思わない者がいることを。

「例えばお前がファロの元へ行ったら、お前は人質になる。もうルージュは手も足も出せぬぞ。死んでもな。そうなれば、ルージュもファロ側に堕ちたようなものだ。ファロがカンファーを裏切れと命じれば、ルージュは従うしかない。ユグドラシルは内部から崩壊させられるぞ」

 レンは自分が想像した「最悪の事態」を遥かに超えた夜霧の言葉に、絶句した。

「私だけが傷つくなら……って、思ってた……そんな、まさか、他の人まで巻き込むなんて」
「だから、お前は勝手に一人で答えを出すな。必ずルージュか余に話せ」

 青白い顔でレンが素直に頷く。

「あら、深刻そうな顔をして、二人で何を話していたの?」

 笑顔で現れたカンファーだったが、涙目のレンに気づくと心配そうな顔で夜霧を見た。夜霧は面倒くさそうに、わざとらしくため息をつく。

「夜霧に意地悪されたら、すぐに言ってね?」
「違うぞ」

 不機嫌そうな夜霧にはお構いなしで、カンファーはレンの頭を撫でた。

「そうやってレンを甘やかすから、レンがどんどん無防備になるのだ」
「まぁ。では、どうしろとおっしゃるの?」

 カンファーは困ったように眉をしかめると、レンの隣に座ってよしよしと抱き寄せる。「好きにしろ」と匙を投げた夜霧は、ごろんとソファに寝そべると目を閉じた。が、人の来る気配がしてすぐに起き上がる。

「失礼します。カンファー様」

 元々開け放たれていたリビングの扉を律儀にノックしたルージュが、顔を出した。

「玄伍から、ファロに関する情報を得られました。自分の魔力と引き換えに魔物を操ることができるそうです。その上、条件が揃えば人や精霊も操れる可能性が出てきました」

 ルージュの後半の言葉に、カンファーは表情を曇らせた。
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