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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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42話 夢うつつ

 ドクドクと心臓から体中へと、血液の流れる音が聞こえるような気がした。惑わされてはいけないと、香澄は自分の左胸を押さえる。

「香澄、わしに力を貸しておくれ。そうすれば、何もかもお前の望み通りになる」
「嫌だ。イヤ!」

 耳をふさいでファロの声をかき消すように、香澄は大きな声を上げその場にうずくまった。その姿を見て、ファロは傍らにいる騎士団員に、顎で指示を出す。二人の騎士団員が香澄の腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。

「離して!」
「地下の祭壇へ行くぞ」

 抵抗するが、力で敵うはずもなく、香澄は両脇を持ち上げられ地下へと続く階段を降りた。

「お願い、離して!」

 香澄の叫びに顔色一つ変えず、ファロに無言で従う騎士団員の横顔を見上げ、香澄は何か気味悪くなる。地下にたどり着くと、ファロは重たそうな両開きの扉を押して、その先へ進んだ。

「ここは……」
「見覚えがあるじゃろう? お前が召喚された部屋じゃ」

 ――石造りの部屋に、ろうそくの明りだけが灯り、床にはなにやら文字が書かれていて、青白く浮かび上がっている――
 確かに見覚えのある部屋だった。しかし、こんなに陰湿な空気だっただろうか。

「ここへ連れてこい」

 ファロの言葉に、騎士団員が香澄を魔法陣の中央にある祭壇の前へと引きずった。

「その水晶をこの祭壇へ」

 言われるがまま、騎士団員が香澄の首に下げられている水晶を、鎖ごと引きちぎる。

「っ!」

 鎖が切れた衝撃が香澄の首に伝わり、痛みに顔を歪めたが、香澄はその水晶を持つ騎士団員の手を見て大きく目を見開いた。

「手が……!」

 シュウシユウと白く煙を上げ、手のひらが焼けているようだった。それでも眉一つ動かさずに、彼は香澄の水晶を祭壇に置いた。ファロも自分のペンダントを外すと、香澄の水晶の隣に並べる。

「本当は、闇の水晶があれば完璧なのだが、仕方あるまい」
「何をするの? 私のペンダントを返して!」

 祭壇に飛びかかろうとする香澄を、騎士団員が押さえつける。香澄は目だけをファロに向け、睨みつけた。

「もう遅い。自分の弱さを呪え」

 魔法陣の青白い光に照らし出されたファロは、不気味に口角を上げ、祭壇に向き直り水晶に手をかざす。

「やめて!」

 嫌な予感がした香澄が、悲鳴のような声を上げる。それとほぼ同時に、扉を蹴破る音が地下室に響き渡った。

「何をしているのですか、ファロ殿!」

 血走った目の獅凰が、怒りに震えこぶしを握る。足止めしようとした騎士団員達が、獅凰に飛びかかったが、それをあっさり振り切ると祭壇へ一直線に向かった。

「邪魔をしないでくれますかな。獅凰殿」
「やはり、あなたの行動はおかしい。こんな少女を力尽くで押さえつけ、水晶を奪って何の儀式をするおつもりか!」

 香澄の腕を掴んでいた騎士団員を引きはがすように投げ飛ばすと、獅凰は香澄を背にかばい、ファロと対峙した。くだらないとでも言うかのように、ファロはため息をつくと、獅凰に向かって手をかざす。

「もう少し利用したかったが、もうよい。その魔力だけ頂くとしよう。次元のはざまに落ちるがいい」

 手のひらに黒い点が現れたかと思うと、それはみるみると大きくなる。

「いかん、逃げろ!」

 香澄を突き飛ばし、獅凰が盾になったが間に合わなかった。
 大きく膨れ上がった黒い球体は、部屋全体を覆い、騎士団員も獅凰もそして、香澄までもがあっという間に飲み込まれ、悲鳴を上げる間もなかった。その球体が今度は小さくしぼんでいくと、最後には泡がはじけたようにパッと消えてしまった。暗い地下室に、ファロ一人が残される。

「これで綺麗になった。さて」

 祭壇で光を放つ香澄の水晶と自身の水晶に手をかざし、呟くように呪文を唱え始めた。
 魔法陣の光が強くなり、ファロの足元から渦を巻くように風が巻き起こる。不気味に青白く照らし出されたファロの姿が徐々に黒い霧に包まれていった。いつの間にか呪文を唱える声も消え、部屋には吹き荒れる風の音だけが響く。
 部屋全体が闇に覆われ、黒い霧の渦が魔法陣の中央に集まりだした頃、その中心部から笑い声が聞こえた。老人の声だったものが、徐々に若者の声へと変化する。

「いいぞ。……これで何もかもが上手くいく!」

 霧が晴れ、魔法陣の中央に立つのは、青年に戻ったファロの姿だった。両手をかざし、皺のない、瑞々しい肌と美しい筋肉のついた両腕を見て、満足そうにうなずいた。溢れ出た魔力のせいでファロの周りの空気が高温になり、陽炎のように空気が揺れる。

「人も精霊も要らぬ。巫女姫と二人、永遠の時を生きようぞ」

 強い光をその眼に宿したファロが、不敵に笑った。


「起きなさい、香澄。遅刻するわよ?」

 カーテンを一気に開けられ、眩しさで香澄は目を覚ました。ブルーの生地に白い雲が描かれたカーテンは、子供っぽいのでもっとお洒落なものに換えたいと常々思っていたものだ。壁には高校の制服がかかっていて、机の上には充電中のスマホが置いてある。

「おはよう……お母さん」
「着替えたらすぐ降りてきなさい。ご飯もうできてるから」

 そう言って部屋を出て行った母親の姿を見ながら、まだ眠たい目をこすって香澄は体を起こした。
 いつもと変らない朝。
 ――いつもと変わらない?
 何かが引っかかったが、特に気にもせずのそのそとベッドから這い出すと、制服に着替えるためパジャマを脱ぎ棄て、制服のワイシャツに手を伸ばした。

「あれ? 半袖だ。私、半袖は着ないのに……」

 だって腕には痣が。
 そう思って香澄は自分の腕に視線を落としたが、痣などどこにもなかった。

「痣がなくなってる!」

 香澄は制服に着替えると、飽きもせずに大きな鏡の前でクルクルと回りながら自分の姿を確認していた。

「凄い、半袖なんていつぶりだろう。これで夏でもお洒落が好きなだけできる!」

 なかなか降りてこない香澄を心配した母親が、呆れ顔でその様子を眺めて声をかける。

「何してるのよ。本当に遅れちゃうわよ?」
「ねえ! 痣がキレイに消えてるの! 嘘みたいでしょう?」
「痣? 何のこと?」
「え? だって私、腕に痣が……あれ? どんな痣だったっけ」
「まだ寝ぼけてるの?」

 先に階段を降り始めた母親の後に続き、香澄も二階の部屋からリビングに向かうため、階段を降りた。
 ――もやもやする。
 いつもの朝の風景が、ひどく懐かしい様な気がした。
 そんなはずはない、昨日と同じ朝だと言い聞かせても何故か落ち着かない。
 食卓に着いて、紅茶の入ったマグカップに口を付けた時に、その想いはさらに強くなった。

「紅茶、いつもと違う? 香りがなんだかヘン」

 よく見ると、色もやたらと茶色くて違和感を覚えた。私はもっと、色の綺麗な香りのよい紅茶を知っている。それをいつも誰かと楽しくおしゃべりしながら飲んでいた。
 一体どこで?
 何か大切な事を忘れている。
 香澄は、この違和感の正体を見失ってはいけないと、必死で記憶の断片をかき集めた。しかし、何かを思い出そうとすると、同時に胸が切なく、苦しくなる。
 大事に大事に、手の中で包んでいつまでも隠していたいような想い。だけど同時に、隠している想いを、知ってほしい、気づいてほしいという強い感情。そして、手の中には結局、何も残ってはいないという、喪失感。

 香澄は自分の手のひらをじっと見つめていた。
 この手を誰かとつないでいた気がする。
 ずっと離したくないと思った、誰かの背中を追っていた気がする。

「ルージュさん……」

 涙が頬を伝って、無意識のうちに呟いた名前。声に出した途端、何かが弾けた。
 ガタンと椅子を後ろに倒し、勢いよく立ち上がった香澄が、泣きながら叫ぶ。

「ルージュさん、ルージュさん!」

 何故忘れていたのだろう。
 こんなに大切な事を。

「レン……! みんな、ごめん……」

 平和ないつもの風景。朝の食卓の場面が、香澄の目の前で、ガラスが割れるように亀裂が走しり粉々に砕け散った。テレビの電源を消したかのように、音が途切れ、目の前が暗くなる。
 次の瞬間、香澄は本当に目を覚ました。
 どこだかわからない、真っ暗な寒い場所で。
 ほとんど光もささないため、部屋全体を確認することは出来なかったが、香澄のすぐ隣で先程助けに入ってくれた獅凰が黒い煙に囚われて眠りについているのは、なんとか見えた。

「起きてください! 大丈夫ですか?」

 香澄は黒い煙を払いながら、獅凰の体を強く揺さぶった。

「ん? 何だ、ここは……?」

 獅凰はまだ夢に引きずられているような、視点の定まらない目で香澄を見た。

「しっかりしてください。私たち、ファロに捕まったんです」
「ファロ……? そうだ! ファロ!」

 急に全てを思い出した獅凰が、カッと目を見開いた。その迫力に気圧されながらも、香澄は獅凰と向かい合うと、頭を下げた。

「私は香澄と申します。先ほどは助けて頂いてありがとうございました」
「大地の長の獅凰だ。礼などいらぬ。ああ、私が浅はかだった。全てファロの仕組んだ事だったのに見抜けず、他の長達を疑ってしまった!」

 頭を抱えた獅凰に、香澄も同じような気持ちでうなだれた。弱い心に付け入られ、まんまと利用されてしまったのだ。ルージュやレン達は無事だろうか。

「私も……仲間を置いて逃げてしまいました。どうしよう……!」

 声を上げて泣き出した香澄を見て、獅凰は戸惑いながらも辺りを素早く観察した。

「泣くのは後にしなさい。君はルージュ達の仲間だね?」
「はい。人間界から来ました」

 しゃくりあげながらも獅凰の問いに香澄はうなずいた。

「まだ他にも囚われている者がいる。全て解放しよう」

 夜目が効くのか、獅凰は暗い牢獄を見回してそう告げると、立ち上がって部屋の隅に転がっていた騎士団員の体を揺する。
 香澄はハッとして、袖をまくり痣を確認した。三日月の形が、香澄の腕にくっきりと浮かび上がっている。あんなに嫌だったのに、今はなぜか痣のあることにホッとした。
 香澄の目も暗闇に慣れ、玄伍らしき人影を見つけて慌てて駆け寄った。

「ゆ、友里恵さんに翔くんも!」

 気を失っている玄伍の直ぐそばで、行方不明だったはずの友里恵と翔が同じように横たわっている。

「起きて! お兄ちゃん!」

 香澄は夢中で黒い霧を払いのけた。
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