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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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40話 ごめんなさい

 玄伍は大股で庭を横切ると、香澄のいるコテージの玄関の前で、大きく深呼吸をした。酷いことを言ったという自覚はある。だから、振り返ればレンの様子を知ることも出来るのに、その表情を見るのが辛くて後ろを向くことが出来なかった。
 そしてこの後、香澄にとって居心地の良いこの場所を離れ、一緒に帰ろうと伝えなければならないことも、玄伍の気を重くさせた。
 でも、言わなければ。
 唇をかみしめて、玄伍はドアノックハンドルで思い切り扉を叩いた。ややあって、玄関から美兎が顔を出す。

「先ほどはお騒がせしました……あの、香澄と少し話がしたくて」
「それでしたら、どうぞ中へお入りください。今、香澄が二階の部屋で一人きりですから、ゆっくり話せると思いますよ。お茶をお持ちしましょうか?」
「いえ、すぐ済みますから」

 香澄が居ると教えてもらった部屋の扉をノックする。まさか玄伍だと思わない香澄は、「どうぞ」とすぐに返事をした。そっと扉を開けると、明りはついておらず、香澄は二段ベッドの下の段で、すでに布団にくるまっていた。眠いからというよりは、いじけて逃げ込んでいるように見える。

「香澄」
「え? お兄ちゃん、何しに来たの!」

 玄伍の呼びかけに驚いた香澄が飛び起きた。

「今ね、お姫様と話をしてきたよ。一緒に宮殿に行って貰えないか頼んでみた」
「ダメだよそんなの! 宮殿にはファロがいるんだよ? レンを危ない目にあわせられないよ!」
「うん。だけど、香澄はお姫様には心を開いてるみたいだったし、彼女が一緒なら、香澄も大丈夫かと思って。……友達が出来て、よかったな」

 ベッドの横で床に直接座り込んだ玄伍は、香澄に向かって優しく話しかける。それでも香澄は首を振った。

「レンは大切な人だよ……いつも私を助けてくれる。けど、私は……それを素直に受け止められなくなっちゃった。友達だと思ってもらえる資格がないの」
「それは、ルージュくんのせい?」

 突然ルージュの名前を聞き、図星だった香澄は顔を真っ赤にさせた。

「彼はお姫様と恋人同士なんじゃないの?」
「こ、恋人ってわけじゃないよ」
「でも、想い合っているのは確かだろ? ちょっと見ただけでもわかる」

 言い返せない香澄は、毛布を握りしめて涙をこらえた。

「香澄、俺たちは、文字通り『住んでる世界が違う』んだ。彼に恋い焦がれても、叶うわけがない。何だか戦争が始まるみたいな事を言っていたし、早いとこ人間界に戻った方がいい。それに……友里恵や翔のように、香澄まで死なせる訳にはいかないんだ」

 玄伍が妻子の名前と「死」という言葉を使った事に、香澄は驚いて顔を上げる。

「『死なせる』? お兄ちゃん、友里恵さんも翔くんも死んだって思ってるの? 行方不明になったけど、でも必ず探し出すって言ってたじゃん!」

 布団を払いのけて床に飛び降りた香澄は、玄伍の肩を掴んで揺らした。玄伍は肩を掴まれたまま力なくうつむくと「仕方ないんだ」と小さな声で呟く。

「仕方ないって……?」

 予想外の言葉に香澄は戸惑った。
 ハッとして顔を上げた玄伍が、先ほどとは逆に香澄の両肩を掴んだ。

「香澄、お前の居場所はここにはないんだ。彼とお姫様の間に入ることもできない。お前はただの人間なんだ。彼らとは違う!」
「何でそんなこと言うの? もうやだ!」

 泣きながら玄伍を突き飛ばした香澄は、裸足のまま階段を駆け下り外へ飛び出す。
 しかし、そんな傷ついた香澄に追い打ちをかけるように、その目に飛び込んできた光景は、泣いているレンと、それを心底心配そうに見つめ肩を抱いているルージュの姿だった。
 一枚の絵の様だと香澄は思いながら、ふらふらとレン達の方へ進む。

「どうしたの、裸足で!」

 香澄に気づいたレンが、涙を拭って声をかける。ルージュも視線をそちらに向けた。レンが駆け寄り、自分のストールを、上着も着ていない香澄の肩に掛ける。香澄はまるで色のない瞳でルージュとレンを交互に見た。

「お二人は……本当に絵になりますね。まるで、一対のお人形みたい。王子様とお姫様。黒い髪。青と赤。氷と炎……」

 そこまで言うと、香澄は両手で顔を覆った。
 レンだって今の今まで泣いていたくせに、何で他人を気遣えるんだろう。しかも、レンはルージュへの告白を聞いていたはずだ。それなのに、どうして優しくしてくれるんだろう。
 自分だけが汚く醜く、滑稽に思えて仕方なかった。
『住む世界が違う』
『間に入ることは出来ない』
『お前はただの人間』
 玄伍の言葉がぐるぐると頭を巡る。私の居場所は、どこにもない――――

「もう……無理……」

 香澄は顔を伏せたまま、くるっと身をひるがえしてコテージへと戻っていく。追いかけようとするレンの腕をルージュが掴んで止めた。

「何で止めるの? 香澄、泣いてた!」
「ここにいるのが辛いから、この場を離れたんだろう。追いかける方が酷だよ」

 言っていることはわかるのだが、怒っているようなルージュの表情を見て、レンは唇を噛んだ。

「それよりも、レンは何で泣いてたの? 香澄と関係ある?」
「ないよ」
「じゃあ、玄伍さん?」

 返事をしないレンに、ルージュは大きくため息をつく。

「玄伍さんに、何て言われたの?」
「ルーはいつも私の事ばかり聞くけど、自分の事は話さないよね」
「そんなことないよ」
「……嘘つき」

 ルージュの目をじっと見つめたまま、悲しそうに小さな声で呟いた。

「そ、それは、今、そんな事言ってる時じゃないし」

 心当たりがあるルージュは、歯切れの悪い答えしかできない。そんな様子を見て、レンはふっとほほ笑んだ。
 私は別に、怒っている訳じゃない。試したいわけでもない。
 聞きたいことは色々とあるけれど、きっとルージュは「言わなくてもわかるでしょう?」と思っているんだ。
 意図せず涙が一粒落ちた。

「レン、あの……なんかごめん」
「違うの。ごめんね。ルーのせいじゃない」

 嘘つきは自分の方だ。玄伍に言われた事を、ルージュに伝えないでいる。
 でも、目の前の大切な人を見て、改めて思ってしまった。
 この人が命を懸けて戦わなくて済むのなら、自分がファロの元に行くことなど、造作もない事だと。

「レン、もう戻った方がいい。ここは冷えるから」

 そう言われて、玄関の方へ振り向いた時、ちょうど中から玄伍と香澄が出てくる姿が見えた。今度はちゃんと、香澄は靴も履いているし、コートも着込んでいる。
 急にルージュの目が険しくなった。

「玄伍さん、どちらへ?」
「部屋で話をしていると、二人とも感情的になってしまうので、散歩でもしながらゆっくり話そうかと。お姫様も一緒にどうですか? あなたがいてくれたら、穏やかに話が出来そうだ」

 冗談めかした玄伍の誘いに、レンが「行きます」と言おうとしたのをルージュが遮る。

「レンはこのまま部屋に戻します」

 本当は「レンに何か言ってないか」と聞きたいところだが、聞いたところで本当のことなど言うはずもないだろうと、言葉を飲みこむ。

「……そうですか、では行ってきます。すぐ戻りますね」
「お気をつけて」

 レンをコテージの中へまるで隠すように押し込めると、ルージュは首にかかる水晶を取り出し、カンファーに通信を試みた。

「カンファー様、玄伍と香澄が散歩に出ると、森へ行きました。念のため追跡します」
『わかりました。そこから森へという事は、港とは逆方向ですね。島から出ることはないと思いますが、船が使われないよう、見回りをさせましょう。あなたも十分用心して追跡を行ってください』
「承知しました」

 そう言って通信を切った後、ルージュは大きな声でマーレを呼んだ。「何だよ、うるせぇな」と、面倒くさそうにリビングから顔を出したマーレを確認すると、ルージュは少しほっとしたような表情を見せる。

「船を出すことになるかもしれない。マーレは港に向かってくれるか」
「ルー? 香澄と玄伍さんが散歩に行っただけで、何でそんなに警戒しているの?」
「ごめん、あとで説明する。ちょっと俺、二人を追いかけて……」

 言いかけて、ルージュは言葉を区切る。
 今すぐ玄伍たちを追いかけたい所だったが、レンの側を今離れてはいけない気がした。このまま離れれば、二度と会えなくなるような、そんな予感がしたのだ。
 レンの手首をつかんだルージュは、隣のコテージに向かって走り出す。

「おい! 船を出すってどういうことだよ!」

 マーレの怒鳴るような声が聞こえたが、ルージュはそれどころではないようだった。
 隣のコテージの扉を開くなり、叫ぶように夜霧を呼ぶと、返事も待たずにレンの両肩に手を置いて、まっすぐに瞳を見つめた。

「レン、俺が戻るまで、夜霧の側を離れるな。絶対に一人にはなるなよ。あと、勝手に行動するな」

 まるで留守番をする子供に言い聞かせるように、強い口調でそう諭す。

「騒がしいの。何用じゃ」
「夜霧、玄伍の動きが怪しい。俺は急いで追うが、その間レンから目を離さないでくれ」
「わかった。行け」

 短い返答だったが、事態を理解した夜霧の言葉を聞き、ルージュは弾かれたように外へと飛び出した。


「お兄ちゃん、何で走るの?」

 息を切らした香澄が、前を行く玄伍に問いかける。

「ルージュは恐らく、俺たちが宮殿に戻ろうとしていることに気づいた。早くしないと追い付かれてしまう!」
「でも、船に乗るなら、港は逆の方向だよ?」
「いいんだ、これで」

 森を抜け、海を見渡せる丘の上に出た玄伍が、細長い呼び笛を口に当てると、思い切り吹いた。どれだけ大きな音が出るのかと、香澄は驚いて耳をふさぐ。夜の海に、甲高い音が響き渡った。

「何をしたの?」
「飛竜を呼んだんだ。すぐに来るはずだ」

 その言葉通り、二つの黒い影が頭上を旋回すると、目の前に舞い降りた。

「ワイバーン!」

 香澄が驚いて声をあげる。乗っていた騎士団員は、無言のままで香澄の腕を掴むと、強い力でワイバーンの背に引き上げた。
 バサッと風を切る音を立てながらワイバーンが飛び立つ。
 上空まで舞い上がった時、突然青白い花火のような光が打ち上げられ、辺りが少し明るくなった。地上を覗き込んだ香澄は、心臓が止まりそうなほど驚いて目を見開く。
 眼下に小さな人影を見つけたのだ。

「ルージュさん……ごめんなさい」

 ルージュがこちらに向かって何かを叫んでいるようだったが、その声は届かない。
 二匹のワイバーンは、闇夜に溶けるように宮殿の方向へと消えて行った。
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