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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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39話 全て丸く収まる方法

「そういや姫様は、もうじき十七歳になるんだよな? そろそろ巫女姫の騎士の話が出てんじゃねえか? 俺はルージュよりも煌牙様の方が姫様に似合ってると思ってんだけどなぁ。姫様はどっちがいいんだ?」

 長方形の大きなダイニングテーブルを囲んでの夕食中に、マーレはあっけらかんとレンに問いかけた後、ガーリックハーブオイルでこんがり焼かれた魚にフォークを突き立てがぶりと噛みついた。聞かれた方のレンは、パンを喉に詰めそうになってむせながら、慌てて水の入ったグラスに手を伸ばす。

「マーレさん。巫女姫の騎士については、軽々しく口に出してはいけませんよ。ましてや姫様の前で……。それに、今はこんな事態ですから」

 雪乃がレンの背中をさすりながら、マーレに向かって抗議の目を向ける。

「そんな難しい事じゃなくってさ。いや、ちっちゃい頃から三人でいて、姫様はどっちを選ぶんだろうなーって、ただの好奇心だよ」
「巫女姫の騎士を選ぶのは、姫様ご本人ではありませんよ。本来なら司令官を含む賢者たちで選出しますが、今は機能していませんからね。まだ先の話です。雪乃の言う通り、『好奇心』で軽々しく話題にする事ではありません」

 そう言われても全く悪びれる様子もないマーレに、美兎は少しムッとした表情を作った。
 そこに、不思議そうに首をかしげる香澄が問いかける。

「巫女姫の騎士って、何ですか?」
「巫女姫様の結婚相手さ」
「結婚相手……」

 香澄はその現実感のある言葉に傷つき、自分から聞いてしまったことを後悔した。
 好きとか恋とか、そんなレベルの話ではなく、レンとルージュには結婚という話まで出ているのかと、涙が出そうになる。

「俺はルージュには香澄が似合ってると思ったんだけどなぁ。港に迎えに来てくれた時、良い感じだったじゃん」
「えっ!」

 急に名前を出されて驚いた香澄は、皿の上にフォークを落としそうになる。レンが不安そうにチラリと香澄を見たが、すぐに視線を皿の上に戻した。

「そう言うマーレは、実はルージュ様の事が好きなんじゃありませんか? 何かと突っかかるし」

 からかう様なマルベリーの言葉に、マーレが顔を真っ赤にして反論する。

「俺はあんなヤツ何とも思ってねぇよ! ただ、こんな島に急に閉じ込められて退屈だから、聞いてみただけだろ。子供は黙ってろよ!」
「なっ! 子供とはなんですかッ! 私はこう見えても、あなたよりも年上なんですからね」

 口の周りにソースがついたままのマルベリーに、隣に座っていた美兎が「まあまあ」となだめながらナフキンで口元を拭ってやった。

「ほんに、女子(おなご)だけだとかしましいこと。まぁ、ちぃとばかり賑やかな方が、気も紛れてようござんすが、揉め事なら堪忍してくんなまし」

 氷鯉は呆れたようにテーブルをぐるっと見渡してから、グラスに注がれたワインを煽った。

「別に、揉め事起こそうなんて思ってねぇよ。……悪かったな」
「……こちらこそ。変な事言ってごめんなさい」

 素直に頭を下げるマーレに、マルベリーもばつが悪そうに頬を搔いた。

「わ、私もうおなか一杯! ちょっと散歩してこようかな」
「姫様お一人では危険です、私も……」
「いいの、雪乃。大丈夫よ、この島は安全だから。まだ食事の途中でしょ?」

 慌てて付いていこうとした雪乃を、すでに立ち上がっていたレンが制する。それでも心配そうな雪乃の耳元で、レンは小さく囁いた。

「ごめんね、ちょっとだけ一人にさせて。大丈夫、このコテージの庭に居るだけだから」

 雪乃はしぶしぶ頷くと、ストールをレンの肩にかけてくれた。申し訳ないと思いつつも、頭の中にかかる(もや)を払いたくて、逃げるように玄関へと向かった。
 外に出るとひんやりとした空気が肌を刺したが、それがかえってスッキリして気持ちが良い。この島の空気は、本当に心を軽くしてくれる様だと、レンは思い切り深呼吸をする。
 香澄はあの後、何事もなかったかのように振る舞っていた。でも、目の周りが赤く腫れていたので随分と泣いたのだろうという事はわかる。

 レンは、香澄がルージュへまっすぐに想いを伝えた事に衝撃を受けていた。
 レンだって、ルージュの事が好きだ。
 だけどそれは、甘酸っぱくて、ふわふわした羽が降り積もるような、淡い想いだった。
 それが香澄の言葉を聞いた途端、急に痛みを伴った。
 カンファーと手をつないだ時のヤキモチなんて比べ物にならない。「死ぬかもしれない」と同じ程の恐怖を感じた。あの人が、別の誰かと歩む人生を想像しただけで気が狂いそうになる。
 それと同時に理解した。
 香澄も同じ思いでいたのなら、いったい今までどれ程傷つけてしまったことか。無意識で無神経に、香澄にその恐怖を与え続けてしまったかもしれない。
 そしてそれは、煌牙にも。

 庭の中央にある、丸太を切って作ったベンチに腰掛けると、レンは両手で顔を覆った。
 これ以上傷つけたくない、だからといって譲る訳にもいかない。
 そもそもルージュの気持ちはどうなのだろう?あの時、香澄になんと答えたのだろうか。
 胸が痛いと言えばロマンチックに聞こえるが、もっと現実的に、レンは本当に心臓が痛むような思いでいた。

「あれ、お姫様……?」

 聞きなれない声にレンは顔を上げると、庭を囲む垣根の向こう側で、驚いたようにこちらを見ている玄伍が立っていた。

「ああ、よかった。泣いていたらどうしようかと思いました。……あの、そちらに行っても良いでしょうか?」
「ええ、どうぞ」

 レンは丸太のベンチの端に寄り、玄伍が座るためのスペースを空けた。玄伍は遠慮がちに隣に腰かけると、気まずそうに口を開く。

「先ほどは、御見苦しいところを……すみませんでした」
「いえ、こちらこそ香澄をあちらの世界から勝手に呼び出してしまって、ごめんなさい」

 申し訳なさそうにうつむいたレンに、玄伍は優しく微笑んで首を振った。

「香澄はこちらに来て、初めて心を許せる友達に会えたのでしょうね。仲間に囲まれて、今まで出来なかった事をして……。あんなに感情を表す香澄は初めて見ました。怒鳴り合いながらも、私は実は少し嬉しかったんです。あなたが香澄を庇って肩を抱いてくれて」

 そう言って貰えてうれしいと思う反面、後ろめたさのようなものを感じたレンは、顔を上げられないまま、小さな声で呟くように告げた。

「香澄は……私を友達だと思ってくれているかどうか……。私、香澄を傷つけてしまったし」
「そんなことはないですよ。香澄はあなたを信頼しているように見えました。あの、お願いです、一緒に宮殿へ戻っていただけないですか? あなたとなら、香澄も素直に戻ると思うんです」
「それは難しいかと。今、宮殿は安全ではありませんし」
「では、宮殿以外で人間界に戻れる方法はないのでしょうか?」
「召喚した時のように、人間界(あちら)に送ることは可能だと思います。ただ、その魔法陣を正確に描くための資料が手元になくて……」

 その言葉を聞いて、玄伍は肩を落とした。何とかしてあげたいとは思うが、どうにもならないことにレンは申し訳なく思って同じように肩を落とす。

「とりあえず、香澄にきつく言い過ぎたと謝りに行ってきます。でも、あなたともお話しできてよかった」

 立ち上がった玄伍の栗色の髪が揺れて、「やっぱり香澄に似ているな」と、レンはぼんやりと見つめた。

「そういえば、ファロはあなたに恋い焦がれて、世界を巻き込んで闇に引きずり込もうとしているんですよね?」

 コテージに向かって歩きかけた玄伍は、急に振り返ってそんな言葉をレンにぶつけた。レンは驚きながらも、今までの事を要約するとそうなるだろうと思い、黙ってうなずく。
 玄伍は少しの間、地面を睨みつけるように一点を見つめギュっと目を閉じ、意を決してレンに視線を向けた。

「こんな事……あなたに言ったら酷だとは思いますが、でも……。もしも、あなたがファロの元へ大人しく行って従えば、全ては丸く収まるんじゃないですか? ファロはあなたさえいればいいんでしょう?」

 ドキン――
 レンの鼓動が早くなる。

「それは……私が行っても、ファロは世界を闇に染めるかもしれないし……。それに、ルーも認めないと思います」
「ルーって言うのは、あの黒髪の騎士の事ですか? そりゃあ、彼は立場的にそう言わざるを得ないでしょう。お姫様のご機嫌取りは彼の仕事の一部だろうし。確かにあなたがファロの元へ行けば全て上手くいくという保証はない。でも、今のままでいるよりずっと戦争になる確率は下がると思いますよ」
「ご機嫌取り……」

 なぜこの人は、こんなに酷いことを言うのだろう。
 そう思いつつも、玄伍の言う通り自分がファロの元へ行ったら、ファロの気も済んで戦争を避けられるのかもしれない。そうしたら、誰も傷つかないし、ユグドラシル(ここ)が戦場になることもない。そんな考えが頭の中を埋め尽くしていった。

「ごめんなさい。でも、他の人じゃきっとあなたに遠慮して言えないだろうから。部外者の私なら、何のしがらみもなく、本音を言える」

 そう言い残して玄伍は、香澄達のいるコテージへと消えて行った。
 一人残されたレンは、ベンチに座ったまま呆然とその姿を見送った。
 肩にかけたストールが落ちて、拾おうと手を伸ばした時、自分が震えていることに気が付いた。そのまま前のめりに崩れるように、レンは膝から地面に落ち、両手をつく。
 ルーが私を気にかけてくれるのは、好意からではなく、仕事だから?
 みんな口に出さないだけで、本当は私がファロの元へ行けば丸く収まると思ってる?

 そんな事はない。
 みんなと今まで過ごした時間が、証明してくれる。
 きっとみんな、そんな事少しも思ってない。
 そう何度言い聞かせても、レンの呼吸はゼエゼエと苦しそうに荒くなった。
 こんな提案をすれば、ルージュは全力で止めるに違いない。
 だけど――
 だけど。

 ルージュの気持ちは別にしても、自分がファロの元へ行けば、戦争になる確率は下がると言う玄伍の意見は正しいと思えた。自分さえ我慢すれば。そう思うと同時に、絶対に行きたくないと思う自分もいる。
 吹き抜ける風が冷たい。
 動けずにただ、時間だけが過ぎて行った。



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