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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

闇の覚醒

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3話  歪む空間   其の一

 翌日。レンの部屋に向かう途中、ルージュは宮殿の外に目をやると、足を止めた。中庭で子どもたちが、無邪気に鬼ごっこをして遊んでいる。

「懐かしいな」

 自然と笑みがこぼれる。
 あの頃はまだ、純粋に年上の煌牙を兄のように慕い尊敬していた。そして年下のレンに対しては、剣の稽古中でも構わずまとわりつく、ちょっと邪魔な存在とさえ思っていたものだ。
 いつだったか、煌牙に愚痴を漏らした事があった。
 自分の名前についてだ。

『煌牙の名前、カッコイイよな。羨ましい』

 そんな事を言うルージュの顔を、煌牙は不思議そうに見る。

『そうか? ルージュって名前、カッコイイじゃねーか』
『氷の一族なのに、赤色(ルージュ)って、何かおかしくない?』
『俺は赤色が羨ましいよ。赤は炎の色だしな』

 そう言いながら煌牙は、自分達の周りで楽しそうに蝶を追いかけるレンに目をやった。
 もう十年近く昔の話だ。
 それでも、あの時の愛おしそうにレンを見つめた煌牙の目が忘れられない。そして、恐らくその会話以降、煌牙はルージュの事を「ルー」と呼ぶようになった。ルージュという名前が気に入らないと言った、自分への気遣いか。はたまた、「赤」と言う名前に対する嫉妬からか……。

「考え過ぎだな」

 自嘲気味に笑うと、ルージュは再び長い廊下を歩き始めた。

 レンの部屋からは、ギャーギャーと、何か叫ぶ声が漏れていた。きっと、レンがまた煌牙にからかわれているのだろう。ルージュが扉をノックすると、中から涙目のレンが飛び出してきた。

「ルー! 煌牙がひどいんだよ。あのね――」

 一方的に煌牙の所業を告げ口するレンをよそに、ゲラゲラと可笑しそうに煌牙は笑う。困った表情を浮かべて、栗毛色のボブを揺らし、香澄がルージュの方を振り返った。

「遊んでないで、出かけるよ。準備は出来ているの? レン」

 遊んでいる、と言われて心外だったレンは、手元にあったクッションをルージュに向かって投げつける。やれやれ、だ。

「森に空間の歪みがあるんですか?」

 香澄が、おずおずと尋ねる。

「うん。森の精霊から駆除依頼が来てね。まぁ、向こうで合流するチームもあるし、今回は四人だけで行こうと思っている。あの山だよ」

 窓から見える、遠くにそびえる山を指さしてルージュが答えた。
 四人……。
 頭数に自分が入っているのかと不安になる香澄を察して、ルージュが続けた。

「昨日来たばかりで申し訳ない。でも、見て慣れた方が早いだろう」

 慣れるとか以前の問題なんだけどな。と、香澄は逃げ出したくなる。足手まといになる予感しかしない。

「あの山、結構遠い気がするのですが……」
「あぁ、大丈夫。ワイバーンを借りていくから」

 当たり前のように「ワイバーン」と言われて、「それって何ですか?」と言い出せなかった。
 だから、広い訓練場で二匹の実物(ワイバーン)を見た時、香澄は心の底から「異世界に来ちゃったんだ……」と、嘘みたいなこの別世界っぷりに改めて驚愕した。
 コワイとか言ったら、面倒くさいって思われるかな。こんな羽の生えた、動物園の象より大きな竜に乗るとか、ちょっと想像できない。そんな事を考えながらふと隣を見ると、レンも緊張の面持ちでワイバーンを見つめていた。

「レンはこれに乗れるの?」

 香澄に問われたレンは、泣きそうな顔で首を振る。

「一人で乗った事はないんだ。そもそも……ちょっと苦手」

 レンの言葉に、怖いのは自分だけではないのだと、香澄は少し安堵する。
 レンがルージュに「乗せて」と言うのと、煌牙がレンを抱えて「行くぞ」と言ったのは、ほぼ同時だった。レンを荷物のように片手で抱えて、煌牙はさっさとワイバーンに乗ると

「お先」

 と言って飛び立った。ニッといたずらっ子のように笑って。

「はぁぁぁ――――」

 眉間にしわをよせて、ルージュは大きくため息をつく。

「協力し合う気は皆無だな。まぁ仕方ない。こちらも行こう」

 山の中腹、少し開けた場所に二匹のワイバーンが降り立つ。

「ここからは歩こう。魔物は見つけ次第排除で」

 ルージュが先頭をきって、森の中へと入る。

「実戦は久しぶりだな」

 煌牙は舌なめずりをした。
 森の中は、昼間でも薄暗い。木々を分け入りながら前へと進んだ。香澄は、魔法の掛かったブーツとケープのおかげで道なき道でも問題なく歩く事ができた。
 装備品を貸しておいて正解だった。思った以上に、人間は弱い。香澄を見ながらそう思ったルージュは、今度は後ろを歩くレンに目をやる。煌牙がワイバーンに、かなり曲芸的な飛び方をさせたのでご機嫌斜めだ。黒い炎をうっすら身にまとっているので、枝の方がレンを避けていく。
 後で埋め合わせをしなくちゃなと、前方に視線を戻した時、黒い影がうごめくのが見えた。

「ゴブリンだ」

 ルージュが遠く先の方を見てつぶやく。

「こんな山の中腹まで降りてきているのか。なるほど、森の一族が援護を頼むわけだ」

 煌牙は両方の手のひらを天にかざすと、きらきらと小さな氷の結晶を集めた。やがて結晶は強く光ると、二本の短剣へと変わる。煌牙の髪の色によく似た、白銀の双剣だ。

「俺一人で十分だ」

 風のように、煌牙が森を駆けた。
 ゴブリンの方も煌牙に気付くと、牙を剥き出しにして一斉に飛びかかる。血走った眼が、煌牙を獲物と認識した。数は十~二十といったところだ。甲高いゴブリンの鳴き声が森に響く。
 ゴブリンと対峙した煌牙は、優雅に踊っているように見えた。ひらりひらりと身をかわしながら、両手の刃で次々と敵を刻んでいく。
 このくらいの数ならば煌牙に任せて構わないだろうと、ルージュは戦闘に参加せずに、辺りに魔物の気配が無いか警戒した。普段、ゴブリンは山頂の洞窟などに住み、そうそう縄張りから出ることもないのだが、空間の歪みから漏れる闇に呼ばれるように、こうして森の一族の住処近くまで降りてきている様だった。
 あっという間にゴブリンの群れを片づけた煌牙が、空間が揺らいでいるのを見つける。

「これに群がっていたのか」

 近づく煌牙にルージュが「触るなよ!」と、慌てて声をかけた。

「闇が漏れている。どんな障りがあるかわからない」
「そんなことくらい、解っている」

 煌牙は、少しむっとした表情を作る。

「闇を封印した黒い炎でこの揺らぎを燃やしたら、どうなるのかな?」

 そう言って、レンが空間の歪みを見つめた。蜃気楼のように、ゆらゆらと空気がゆれている。
 試してみる価値はある。と、ルージュは思った。
 だが、自分でも過保護だとは思うのだが、何か起きた時、レンの身が心配だ。

「う……ん」

 考え込み、返答に悩むルージュをよそに、煌牙がレンの横に立つ。

「やってみろ。何かあったら俺が守ってやる」

 レンの頭を優しく撫でた。
 先ほどのワイバーンの件を根に持っていたので、レンは素直に「ありがとう」と言わずに、黙ってうなずくだけだ。
 レンは揺らぎに向かって手をかざす。ふわっと、熱い空気があたりに広がると、瞬く間に低い音を立てて、黒い炎がレンを包み、手の先から揺らぎ目掛けて放たれた。まるで火炎放射だ。
 レンは手応えを感じていた。 ちゃんと、『なにか』を燃やせている感覚がある。

「消えた!」

 黒い炎が鎮まると、空間の歪みはすっかり消えてなくなっていた。

「封印魔法よりも効果的だな」
「確かに。でも、あまり数が多いとレンの負担が心配だ」

 感心したような煌牙とは対照的に、ルージュは心配そうに揺らぎのあった場所を確認する。

「御見事です! 黒炎の巫女姫様」

 唐突に、女の声がした。

「来ていたか」

 煌牙が木を見上げる。
 その木の上からふわりと降り立ったのは、スラリとした長い手足にうさぎの耳をもつ大地の一族、美兎(みと)だった。
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