挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

39/56

38話 届かぬ想い

「一人になりたい」

 そう言って部屋を出て行ってしまった香澄の為に、何か出来ることはないだろうかと考えながら、レンは小さなキッチンへと向かう。そこでは氷鯉が人数分のカップを並べ、ちょうど茶を注いでいるところだった。

「どうなんした? 姫様」
「香澄がね……」

 レンは簡単に今起きた出来事を説明する。
 宮殿にいた頃は、氷鯉は何だか近寄りがたくて言葉を交わしたこともなかったのに、この短期間で随分と印象が変わったな。と、茶を注ぎながらも親身になって「うん。うん」と話を聞いてくれる氷鯉の、目尻に引いた鮮やかな紅をぼんやり見つめた。その視線に気づいたのか、氷鯉は顔を上げ微笑むと、小さなトレイにティーカップを一客載せた。

「一人になりたいと言っても、誰か側にいれば嬉しいと思う事もありんしょう。ほんに一人になりたそうなら、これを廊下に置いて戻ってきなんし」

 そう言って、トレイをレンの手に渡す。

「うん。そうだね、行ってくる! ありがとう氷鯉」

 パッと顔を明るくしたレンは、軽い足取りでキッチンを後にした。

「ほんに、もっと憎らしい子だったら、わっちも遠慮なく意地悪く出来んしたのに。あれでは毒気が抜かれてしまいんす」

 氷鯉の方も、何だかんだとレンに世話を焼いてしまう自分に驚きながら、クスクスと小さく笑った。
 レンは香澄になんと声をかけようか考えながら、ゆっくりと階段を上る。うんざりされるかもしれないが、それでもやはり放っておけない。
 部屋の前にたどりついた時、ボソボソと涙交じりに話す香澄の声が聞こえ、レンはノックをしようとしていた手を止めた。
 誰か、いる……?
 立ち聞きしてはいけないと、ティーカップの乗ったトレイを廊下に置くため、ゆっくりと腰をかがめる。そこに、今まで聞こえた籠もった声ではなく、はっきりとした香澄の言葉が耳に飛び込んできた。

「好きです。ルージュさん。あなたが、好きです」

 トレイを床に置いた手元が狂い、ガシャンと大きな音を立ててしまった。
 好き……? 香澄は、ルージュの事が好き?
 しゃがんだままの姿勢で、その言葉を反復した。
 心臓が痛いほどに脈打つ。
 自分でも、なぜこんなに動揺しているのかがわからない。

「レン?」

 部屋の中から聞こえたルージュの声に、我に返ったレンは急いで階段を駆け下りる。部屋からルージュと香澄が出てきてしまう前に、とにかくその場を離れたかった。
 二人の顔を見られないし、今の自分の顔も見られたくない。
 リビングにも戻れずに、誰も居なくなったキッチンの片隅で、青白い顔のまま胸を押さえてうずくまった。

「レン?」

 ガシャンと音がした廊下に向かって、とっさにルージュはレンの名を口にした。
 それが香澄には辛かった。
 ルージュが立ち上がろうとするのを、香澄はぶら下がるように腕にしがみついて止める。

「行かないで、ルージュさん。今だけでいいですから、あと少しだけ一緒にいてください。お願い、レンを追いかけないで!」

 ルージュは自分の腕に顔を埋めて泣きながら懇願する香澄を振り払えずに、動けないまま視線だけを扉に向けた。階段を降りて行く足音が聞こえる。

「ルージュさん、私じゃ駄目ですか。私があなたの隣にいたいと思う気持ちは叶いませんか」
「香澄……ありがとう。でも、ごめん。香澄の気持ちには応えられない。……ごめん」
「……謝らないでください。凄く惨めになるから」

 俯いたままそう言った香澄に、「ごめん」と言いそうになったルージュは、慌ててその言葉を飲み込んだ。

「香澄の事は、凄く大切な仲間だと思っている。心強い、仲間だと。今後、戦が始まるのかわからないけど、その時は力を合わせて一緒に戦ってほしい……なんて、こちらの都合ばかりで申し訳ないけど」
「ズルいですね、ルージュさん。そういうの『惚れた弱みに付け込む』って言うんですよ」

 顔を上げた香澄は、真っ赤な目のままで、クスリと笑った。

「戦いますよ。私だって、ルージュさんの力になりたいですから」
「ありがとう……」

 香澄は、ルージュの腕からゆっくりと離れ、切なそうに眉を寄せる。

「いいですよ、もう行っても。引き留めてごめんなさい」

 香澄の気持ちを聞く前だったら、こんな状態の香澄を一人には出来ないと、涙が乾くまで側にいたかもしれない。だけど気持ちを知ってしまった以上、応えられないのに優しくするのは、むしろ残酷なのではないかと、ルージュは静かに立ち上がった。

「落ち着いたら、下へおいでね」

 そう言って扉を開けると、トレイに乗ったカップが扉の横に置いてあることに気が付いた。

「香澄、お茶が置いてあるけど」
「あ……さっきの音はそれかな? でも、今はいらない……です」

 ソファに座り直した香澄は、自分の膝を抱えて顔を伏せてしまったので、ルージュはカップをテーブルに置くと、部屋を出てそっと扉を閉めた。
 扉越しに、押し殺して泣いている香澄の声が漏れ聞こえる。
 ドアノブに手をかけたままの姿勢で、ルージュはぐっと唇を噛んだ。
 ――それでも香澄の側に戻る訳にはいかない。
 重い足取りで一階に降りると、リビングから出てくるアークに出くわした。

「あ、ルージュ君。ちょうど良かった。今、人数も増えて、このコテージだけでは収まらないから、男性と女性で二棟に別れようって話になったんだ。荷物を取ったら、隣のコテージに移ってくれるかい」
「え? ああ、はい。わかりました。……カンファー様からお話は聞かれましたか?」

 ルージュの問いに、アークはおどけたように肩をすくめる。

「聞いたさ。全部ね。じいさんの事はショックと言うよりも、やっぱりなって感じだよ。彼が黒幕だと言われたら、一連の騒動の全てに合点がいく。アイスケーヴへ行かせたのも、ユグドラシルに上陸できなかったのも、いいタイミングで魔物が現れることもね」

 そう言ったアークの握る拳は震えていた。
 ある程度の予感や覚悟があったのかもしれないが、やはり実際にファロが闇だと聞かされて動揺しないはずがない。それでも強がるアークは、ニッと笑ってルージュの肩を叩くと、隣のコテージに向かうために外へ出て行った。

「おい、ルージュ」

 アークの傷ついた背中を見送りながら感傷に浸っていたのに、突然肩をぐいっと力強く掴まれたルージュは、痛みに顔を歪めた。

「何だよ。マーレ」
「俺までここに残れって、どういうことだよ? お前ら騎士団みたいに俺はエリートでもなんでもねぇんだ。たいした役にも立てねぇのに、ここにいたって仕方ねぇだろう。帰らせろ」

 闇と懇意にしている可能性がある以上、帰らせる事は出来ないが、そんな訳を話すことも出来ない。

「マーレの船の機動力は、騎士団も敵わない。重要な戦力だよ、頼りにしてるんだ」
「お前、ちょっと顔が良いからって、自分が(おだ)てりゃ女は何でもいう事聞くとか思ってねぇか?」
「……酷い誤解なんだけど」

 心外だと大袈裟に眉をしかめたルージュに、マーレは疑うような目を向ける。

「あら、ルージュの言っている事は本心ですよ。あんなに早く進む船を見たことがありません。私も頼りにしています」

 長い髪を揺らしながらカンファーが背後から近づき、にっこり微笑みながらマーレの顔を覗き込んだ。マーレはやれやれ、と言った風に首を振り、ため息をつく。

「わかったよ。おとなしく残ってやる。そのかわり、美味い飯食わせろよ!」

 ルージュに人差し指を向け念を押すと、マーレはくるりと踵を返し、リビングへと戻っていった。

「元気なお嬢さんね」
「無礼で申し訳ありません」
「いいのよ。みんな、あんな風に接してくれればいいのに。ああ、私も今日からこのコテージで過ごそうかしら。だって凄く楽しそうじゃない?」
「どうですかね。色々面食らうとは思いますよ」

 クスクス笑ったカンファーは、少し目を伏せると、今度は悲しそうにため息をついた。

「四人から闇の気配は、私には感じられませんでした。でも、胸騒ぎはするのです。良くない者が紛れていることに、間違いはないと思います」
「そうですか……」
「それから、泉様と白銀様は、里で戦の準備を進めると連絡がきました。ユグドラシルに集まり過ぎず、戦力を分散させようと」
「なるほど。それは良い案ですね。確かに、一か所に集まれば、狙われやすくなる。ここが戦場になった場合も、外からの援護があれば心強い」

 ルージュの言葉に、カンファーもゆっくりと頷いた。
 玄伍との出会いも含め、今までの経緯をアークから早々に聞き取りせねばと、あごに手をやって考え込んだルージュが、突然「あっ」と声を上げる。
 キッチンから、ふらっと出てきたレンと目が合った。レンの方も気まずそうな顔をして目を泳がせ、小走りでリビングへと消えて行く。
 あの様子だと、やはり先ほど廊下にいたのはレンなのだろう。

「あら、追いかけなくていいの? ちょっと様子がおかしかったわよ?」
「ええ……今は他にやらなければいけないことが山積みですから」

 それに、追いかけたところでレンに言うべき言葉が見つからない。「香澄の告白は断った」とでも言えばいいのだろうか。それも何だか違う気がする。
 わざわざ言わなくても、他の誰かに心が動くことはないと、レンだってわかっているはずだ。

「アークさんの所へ行って参ります」

 リビングに向けていた視線をカンファーに戻すと、ルージュはそれだけ告げてコテージを後にした。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ