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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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37話 香澄の告白

 住居区は島の高台にあり、海が一望できる場所にあった。そこに十軒程の木造コテージが立ち並び、小さな村のようになっている。
 コテージの一階は広いリビングとダイニングスペース。二つの部屋の境目に設置された薪ストーブのおかげで、部屋は満遍なく暖かい。厨房とは言い難いが、小さなキッチンも備わっているので、簡単な調理ならばここで行えた。二階は大きく間取りを取った主寝室の他に、寄宿舎の様な二段ベッドが二つ並んだ部屋が三つ。二段ベッドといっても作りは凝っていて、まるで秘密基地のようなプライベートな空間に、レンは主寝室よりもこちらで寝たいと言い出したくらいだった。
 本来は世界会議の為に訪れた各里の長と、その従者達の宿泊用施設だ。
 そこから少し離れた場所にある、カンファーのコテージだけはやや大きめの作りで、そこには本格的な厨房もあり、毎食そこから各コテージへと給仕されていた。
 ルージュは一旦、自分たちが借りているコテージへと、アーク達を案内した。
 部屋に入ると、珍しく怒ったような雫の声が聞こえる。

「夜霧さん、ちゃんと話してください! これじゃ報告書が書けませんよ。ああ、もう! 昼寝は後にして!」
「うるさいのう。余は今眠いのだ。後にしろ」

 心底面倒くさそうに、夜霧は手をヒラヒラと振って雫を追い払おうとする。それでも諦めずに、雫は夜霧の着物を掴んで大きく揺さぶった。そんな様子を見てルージュはため息をつく。

「夜霧、雫に協力してくれよ」
「なんだ、客か? 全く、折角人の姿になって睡眠と言う嗜好を楽しんでおるのに、邪魔ばかり――」

 顔だけこちらに向けた夜霧が言葉を区切って、何かを見つけたように、視線を一瞬だけ鋭くした。その変化に気づいたルージュが、夜霧にだけわかるように、目で合図を送り声をかける。

「夜霧、今からカンファー様の所へ行ってくる」
「そうか、余も行くぞ。ここでは邪魔されてゆっくり眠れん」

 意図を理解した夜霧がスッと立ち上がり、ルージュよりも先に部屋を出た。

「アークさんすみません、こちらで少々お待ちください」

 それだけ告げると、急いで夜霧に追い付いた。
 カンファーのいる建物に向かいながら、夜霧が真っすぐ前を見たままルージュに告げる。

「一瞬だけ、あの客人の中から闇の気配がした。闇に操られたり、接しただけとは違う『印』のような残り香だ。もう今は気配も消え、誰から感じたかわからぬが、ファロと懇意にしている者が紛れているぞ」
「なっ……気のせいじゃないのか」
「残念ながら、間違いない」

 その言葉に、ルージュは悲痛な面持ちで目を閉じた。
 あの中の一人か、あるいは全員か――
 信じたい人たちばかりなのに、なぜという気持ちで拳を握った。

「あやつらから目を離さぬ方がいい。余はあの場に戻るぞ」
「ああ、頼む。マーレは船乗りなんだが、彼女にも残ってもらおう。上手く言っておいてくれ」

 夜霧がくるりと方向を変え、今来た道を戻り始めるのを見送って、ルージュもカンファーの元へと急いだ。屋敷の庭で、一人ゆったりとお茶を飲む姿を見つけると、駆け寄る。

「カンファー様、アーク殿が到着いたしました。一旦、私どものコテージへ通し、お待ちいただいております」
「そうですか、無事に到着されてなによりですね。では、アーク様の元へ出向いてご挨拶いたしましょう」

 優しく微笑んで椅子から立ち上がったカンファーだったが、ルージュは言いにくそうに「ただ……」と、付け加えた。

「夜霧が言うには、四人うちの誰かから、闇の印のような残り香を感じると……。ファロと懇意にしている者が紛れている可能性が高いです。一人なのか、複数なのかまでは特定できておりません」

 カンファーはその言葉を聞き、目を伏せると悲しそうに息を吐いた。しばらくの沈黙が続く。

「今更、夜霧は嘘もつかないでしょう。残念ですが……そうなのでしょうね。しかし、この島に上陸できたということは、闇に染まった訳ではなさそうです。慎重に、見極めましょう」

 再び顔を上げたカンファーは、しっかりと前を向いて歩き出した。


「絶対にイヤ!」

 コテージに戻った夜霧が部屋の扉を開けた途端、香澄の声が耳に飛び込んできた。
 香澄の大きな声に負けじと、玄伍もさらに声を張り上げる。

「こんな危険な場所から、一刻も早く戻ろう。次にまた人間界に戻れる空間が現れたら、一緒に帰るんだ!」
「だから、絶対にイヤだってば!」
「何事だ」
「いや、もう見たままです。どうしましょう」

 呆れたような夜霧の問いかけに、雫もオロオロしながら答えた。アークが間に入り、なんとかなだめようとしたが、香澄も玄伍も興奮していて聞く耳を持たない。

「二人とも落ち着いて! 空間なんて、そんなに簡単につながるもんじゃない。とにかく、一度ゆっくり話をし――」
「空間が現れても、現れなくても、私は絶対に人間界には帰りません! お兄ちゃんだけ帰ればいいじゃない」
「香澄、みんながどれ程心配しているかわかってるのか!」
「みんな? みんなって誰? その「みんな」は私のこの痣を気味悪がってた人たち? だったら今頃、「みんな」ほっとしてるんじゃない」
「香澄!」

 今にも手が出るのではないかと危惧したアークが、玄伍の両肩を押さえ強引にソファに座らせた。レンも震える香澄の肩を抱く。怒鳴り声に驚いて部屋から出てきたマルベリー達は、事の次第を廊下から見守っていた。

「……ごめんね、レン。部屋に戻る。しばらく一人にしてもらえる?」

 香澄は肩に置かれたレンの手をそっと外すと、小さく微笑んだ。
 その少し思いつめたような笑みを向けられ、レンは頷くしかできない。玄伍も座らされたことにより、更にヒートアップすることはなかったが、頭を抱えたまま自分の膝に埋もれるように俯き、香澄の方を見ようともしなかった。
 そんな様子を横目でチラリと見ながら、香澄は玄伍の座るソファの横を通り、部屋を出た。マルベリーも心配そうな視線を送ったが、香澄に目を逸らされ何も言えずに道を開ける。
 香澄はみんなに気を使わせ、心配させていることが分かってはいたが、八つ当たりのようなこの気持ちをどうすることも出来ずに、二階の部屋に向かうために廊下をうつむいたまま進んだ。

「香澄?」

 その声に思わず顔を上げてしまう。
 そして、期待してしまう。
 図々しいと思いながらも、自己嫌悪の塊のような自分を、気が済むまで慰めてはくれないかと。

「ルージュさん……」

 声に出した途端、涙があふれ出した。香澄は涙を拭おうともせずに、そのままカンファーと並んで不思議そうにこちらを見るルージュの腕にしがみつく。

「ルージュさん、辛いです……!」

 ぐちゃぐちゃになった思考の中で、やっと出てきた言葉だった。
 状況を呑み込めないまま、自分の腕にすがりつく香澄に、ルージュは驚きながらカンファーに視線を向ける。

「何があったのかわかりませんが、落ち着くまで一緒に居て差し上げなさい」
「は、はい……。ですが」
「私は一人で大丈夫です。事を大きくもしませんし、様子を見ます。あとでちゃんとお知らせしますよ」

 そう言い残し、カンファーは廊下を進み、リビングへと消えて行った。残されたルージュは、泣きじゃくる香澄を落ち着かせようと、肩に手を置く。

「二階へ向かおうとしていたの?」

 声にならずに頷くだけの香澄を、支えるように脇に抱え階段を上った。
 二段ベッドに囲まれた部屋の窓際にあるソファに香澄を座らせると、ルージュは隣には座らずに、ひざまずく様に香澄の前に腰を下ろした。

「何があったか、話してくれる?」

 見上げるルージュの瞳を香澄はじっと見つめ返し、コクリと頷く。

「お兄ちゃ……いえ、叔父が、人間界に帰ろうと言い出して……」
「人間界へ? でも、空間がつながらないと」
「はい。でも、叔父は簡単につながると思っているんです。自分が通ってきた空間が、きっとまた開くから宮殿に戻ろうと……」
「でも、香澄は人間界には帰りたくないんだね? そう言えば、前にも『ずっと精霊界にいたい』って言っていたな。それは、どうして?」

 核心を突く質問に、香澄は唇を噛んだ。
 ルージュは急かすこともせずに、香澄の言葉を待つ。

「私……この痣のせいで、普通の生活が送れなかったんです」

 袖をゆっくりまくり、香澄は三日月の痣をルージュに見せる。
 上弦の月が少し欠けたような、綺麗なその三日月の形は、判を押されたようにどこか人工的な印象を与えた。

「生まれつきの痣に間違いないけど、みんなそんなこと信じてくれなくて。親は気にして、夏でも私に長袖を着せました。なのに、考えなしの子供の頃、痣を気にせず腕まくりをしてしまって……『あの子は腕に入れ墨がある』なんて噂が流れて。親でさえ、気味悪がって手術で取ろうかなんて話が出たほどです」
「人間界では、珍しい形の痣は忌み嫌われていたってこと?」
「いえ……私の住んでいた国では、ってことかもしれません。とにかく、人に見られてはいけないという事を知って、それからは必死に隠し続けました。」

 理解したように、ルージュは深くうなずいた。

「隠し通してはいましたが、不自然な事に変わりはなかった。どうして体育の授業を休み続けるのか。なぜ夏でもずっと長袖なのか。宿泊行事には参加しないのか……何度聞かれたかわかりません。私だって、出来るならやりたかった。修学旅行も行きたかった! 可愛い水着を着てプールに行きたかったし、夏にもお洒落したかった! ただ普通に暮らしたいだけなのに」

 ルージュにはきっとわからない単語だらけだ。そう思っても、感情のままに吐き出す言葉に歯止めが利かなかった。

「高校に入って、私に親友が出来ました。彼女は私の腕には痣があるという事を知って、とても気遣って、理解してくれていた。だから、彼女には痣を見せてもいいと思ったんです。彼女の前だけでは、痣を気にせず過ごせるかもしれない。それをきっかけに、他の子達とも打ち解けられたらと。……でもそれは、私の勝手な、都合のいい考えでした」

 香澄は自分の膝に置いた手を、ぐっと握りしめると、震えながら言葉を絞り出した。

「痣を見た彼女は、『これが痣だなんて信じられない。私を騙していたの』と、怒りました。彼女の目には、どう見ても私の意志で入れたタトゥーに映ったのでしょうね。仕方ありません。こんなに綺麗な三日月の形の痣が、自然に出来るなんて、信じられないでしょうから」

 握りしめた拳の上に、ポタポタと涙が落ちる。

「彼女は私を嘘つきだと言い、痣を隠す私を責めました。それから、私は学校で本当に一人ぼっちになってしまった。学校に行きたくなくて、家にいれば今度は家族に責められる。私の居場所は、どこにもない。あの日。レンが私を精霊界に呼んでくれた日……私は学校の屋上にいました。ここから飛んだら、楽になれるのかと考えながら」

 ルージュの目が見開かれ、息を飲んだのが分かった。
 香澄は泣きながらソファから降りると、自分の目の前にひざまずくルージュの首に手を回し、肩に顔を埋めた。

「ここに来て私は居場所を与えられた。必要とされて、嬉しかったし、友達もできた。それだけでも、十分に幸せなのに、私はどんどん欲張りになる。どうしても欲しいものが、増えていく」

 そう言ってルージュの肩から顔を起こした香澄は、両手でルージュの頬を包み、まっすぐにその深い青色の瞳を見つめた。

「好きです。ルージュさん。あなたが、好きです」

 ガシャン
 と、部屋のドアの前で、食器の揺れる音がした――
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