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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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36話 側にいたい

 レン達がユグドラシルに到着した翌日。世界樹の側にある三角屋根の建物内で、ルージュは一人黙々と筆を走らせていた。今まで起きた出来事を、詳細に記すためだ。雫が持ってきてくれた着替えのおかげで、早々に女物の着物は脱ぎ、いつもの黒いナポレオンコートに身を包んでいる。
 視線は紙に落としたまま、左手を伸ばしティーカップを取る。一口飲もうと持ち上げた時、とっくに空だったことに気づいた。ため息をついて、カップを元の位置に戻すと、再び作業を始める。

「ルー! ゴメン、扉を開けてー!」

 突然外から必死なレンの声が聞こえた。何事かとルージュは慌てて扉を開けると、そこにはカップやティーポットを倒さないようにしっかりとトレイを両手で持つ、レンの姿があった。

「びっくりした。レンがお茶を持ってきてくれたの?」
「うん」

 真剣な表情でバランスを崩さないように、レンはゆっくり慎重に部屋に入る。こんな調子でここまで運んできたのかと思うと、可笑しさと同時に愛しさがこみ上げた。
 テーブルの上にトレイを置いて任務完了したレンは、ほっとしたように、大きく息を吐く。

「お疲れさま」

 笑顔で労うルージュは、さりげなくトレイの側にある書き上げた書類の束を避難させた。相変わらず真剣な表情のレンが、丸型のポットを手に取りカップに紅茶を注ぐ。

「きゃっ!」

 ポットを傾け過ぎたのか、勢いよく紅茶が飛び出し、カップの淵まで並々と注いでしまった。
 やっぱりこうなるよな。と苦笑いしつつも、溢れさせなかっただけ上出来だと思ったルージュは、レンの頭を撫でる。

「凄い凄い、こぼさないで良くできたね。いつの間にお茶を淹れられるようになったの?」
「白銀様の屋敷で教えてもらったの。もっと上手く出来ると思ったんだけどなぁ。ティーセットを運ぶのも、お茶をカップにそそぐのも難しいんだね。みんな簡単そうにやってるのに」

 自分自身にガッカリして肩を落とすレンの頭をぐしゃぐしゃと撫でてから、ルージュはこぼさないようにカップを持ち上げ口をつける。少しぬるくなった紅茶の味は悪くなかった。

「うん。美味しい」

 住居区からこの建物まで普通に歩けば五分とかからないのだが、それでも冷めてしまったということは、どれだけレンは慎重に歩いて来たのだろう。
 ルージュはカップの中の綺麗な深みのある赤色に目を落とすと、そのまま一気に飲み干した。嬉しそうなレンの顔を見て、思わず頬に触れる。

 このまま口づけてしまおうか。
 試しに腰をかがめて顔を近づけても、レンはキョトンとしたままだ。
 無防備だなあと、心配になる。
 ああ、もっとずっと側にいたい。
 もう少し近づいてみようか。でもそうしたら、止められるかな?
 そんな事を考えながらもう一歩レンに近づこうとした瞬間、コンコンと、静かな部屋にノックの音が響いた。ルージュの心臓が跳ね上がる。

「どうぞ。開いてます」

 一瞬でレンから離れ踵を返したルージュは、そう返事をして再び書類の山に向かい筆を取った。静かに開いた扉から、雫が姿を現す。雫も紙の束を手にしていた。

「闇のペンダントが置かれた洞窟の情報をまとめたのでお持ちしました。レオが書いた分もあります」
「ああ、ありがとう。なるべくみんなで情報を共有したいからね。こうして書面にしてもらえると助かるよ」

 受け取った報告書をパラパラめくる。キョトンとしたままだったレンは、首を傾げた。

「ルー、今のなあに? 急に近づいたから、ビックリした。私の顔に何かついてた?」
「えっ! いやいや、何でもないよ。全然、何でも」
「あれ、もしかして僕……お邪魔してしまいましたか?」
「いやいやいや、何言ってんの雫。気を回し過ぎだって!」

 必死に平静を装いながら、ルージュは雫の書いた報告書を読む。が、動揺してちっとも内容が頭に入らない。

「あっ、そう言えば、夜霧にも洞窟内で団長に会った時の事を書いてもらおうと思ったのですが、その……詳しく知ったら参謀長が発狂するから、知らない方が良いと申しまして。如何いたしましょう?」
「俺が発狂する?」

 眉をしかめて雫に視線を戻す。雫も困ったように肩をすくめた。「あ!」と、思い出したようにレンが声を上げる。

「夜霧が言ってた。洞窟内で私の姿を借りて煌牙をたぶらかしたって」
「レンの姿で煌牙をたぶらかした?」

 ルージュが頭を抱えて机に突っ伏した。もう、その情報だけで頭に血が上る。夜霧の言う通り、事と次第によっては発狂するかもしれない。

「雫。構わない、詳細を知らせてくれ。あいつは文にまとめるなんて事しないだろうから、夜霧が話す内容を雫が書きとってくれればいい。すまないが、頼む」
「わかりました。聞き取りして参りま――」

 雫の言葉が終わらないうちに、ルージュの水晶が通信を知らせる音を鳴らした。
 ルージュは片手を挙げて雫に頷くと水晶を取り出し、雫は一礼をして部屋を後にする。

「はい」
『やあ、ルージュ君。よかった、通信機能が復活していて。先日はキミの女装姿を見られなくて、本っ当に残念だったよ』
「アークさん!」

 まるで何事もなかったかのように、いつも通り飄々としたアークの声が水晶の向こう側から聞こえた。

『実は今、ユグドラシルに向かっているんだ』

 その言葉に、ルージュは息をのんだ。
 宮殿が刺客としてアークを送り込むのだろうか。ではなぜ、隠密ではなくこうして自分に知らせてきた? 何らかの交渉をする気か……?
 そんなルージュの緊張を察したのか、アークはあははと笑う。

『じーさんの意見に逆らい続けてたら、勘当されちゃってね。里にも宮殿にも戻れないんだ。ユグドラシルしか行く当てがなくてね。雪乃も一緒だよ』
「勘当されたって……こちらには後どれくらいで到着しますか? カンファー様に相談させて頂きます。アークさんの言葉をそのまま信用する訳にはいかない。上陸は許可が下りてからで願います」
『冷たいなぁ。まあいいよ、カンファー殿によろしく伝えて。あ、あとね、香澄殿に伝えてほしいんだ。叔父上の玄伍殿も一緒にユグドラシルに向かっているって』
「香澄の叔父上?……わかりました。伝えます。追ってこちらから連絡いたしますから、それまで到着しても船上で待機してください」
『うん、了解。あと四半刻かからないで着くよ』

 じゃあねと、アークは明るい声で告げると通信を切った。



「まあ、アーク様が?」

 ルージュの報告に目を丸くしたカンファーは、自身の部屋の窓から船が見えないかと海を見た。

「如何しましょう」
「そうね、彼は最初からファロの意見には反対でしたし、宮殿に残った者から経緯を聞きましたが、アーク様は信用できると思います。それに、香澄様の叔父様も一緒なのでしょう? 追い返すのは酷ですわ」

 カンファーの言葉に、ルージュは少しほっとした。アークを信用できるというのは、同意見だった。

「では、上陸許可の連絡を致します」
「ええ。お願い。……ファロは、本当にこの島を一斉攻撃するかもしれないわ。こちらもそのつもりで備えましょう」
「承知いたしました」

 カンファーの部屋を出て港に向かおうとしたルージュは、一人で散策中の香澄の姿を見つけ、玄伍の事を伝えなければと慌てて駆け寄った。

「香澄! 急にゴメン。香澄の叔父上のお名前は?」
「えっ? 玄伍といいますが……叔父が何か?」

 急にルージュに呼び止められた上に、叔父の名を聞かれた香澄はドギマギしながら答える。

「名前は一致するな。やはり本人か……。今、キミの叔父上がアークさんと一緒にこちらに向かっていて、もう到着するそうだ。一緒に港まで出迎えに行こう」
「お兄ちゃんが?」

 香澄は口元に手を当てて、体をのけ反らせて驚いた。

「お兄ちゃん……?」
「あ、すみません。叔父は私が物心ついた時はまだ学生でしたので、おじさんではなく、お兄ちゃんとずっと呼んでいたものですから……。でも何で叔父がこちらの世界に……」
「なるほど。まあ、なぜキミの叔父上とアークさんが一緒にいるのか、とにかく会って聞く方が早いだろう」

 足場の悪い森を通り、二人は港へと向かった。ヨロヨロと木の根を気にしながら頼りない歩き方をする香澄に、ルージュは手を差し出す。顔を赤くしながらも、香澄はその手を取った。手をつなぐような格好で、香澄はルージュの後を歩く。
 その背中を、香澄は泣きそうな気持で見つめていた。

「森の精霊の案内がないと、結構険しい道なんだな。ごめんね香澄、大丈夫?」

 急に振り返ったルージュにハッとした香澄は、声が出ずにコクコクと首だけを動かした。その様子を見て、ルージュは優しく笑う。香澄は無意識に、つないでいた手に力を込めた。
 離したくない。ずっとこうしていたい。
 再び前を見て歩き出したルージュの背中に向かって、思わず念じてしまう。
 この人の側に、ずっといたい。
 森を抜け岩場に出ると、港にはすでに小型の船が停泊していて、船の甲板にアークの姿を見つけた。アークもルージュ達に気が付くと、片手を挙げる。
 岩に足を取られながらもルージュに手を引かれ、香澄はなんとか船に辿り着いた。

「香澄!」
「お兄ちゃん!」

 船から飛び出した玄伍が、香澄の元へ駆け寄った。香澄は涙ぐみながら、迷子だった子供が親を見つけたかのように、玄伍にすがりついた。その様子を見ていたマーレが、視線をルージュへと移す。ルージュもその視線に気づき、顔を向けた。

「よお。久しぶりだな」
「やっぱり、マーレの船だったか。オーツェは元気か?」
「ああ、変わりないよ。それよりお前、姫様から人間の娘に乗り換えたのか? それがいい。姫様には煌牙様の方が似合っていた」
「なっ……!」

 マーレの毒入りの言葉に、ルージュは目を見開いて反応した。マーレがふん、と鼻で笑う。

「ほら、そうやって、姫様の事となるとすぐムキになる。子供の頃と変わらんな。そんなんじゃ、肝心な時に判断を誤るぞ」
「くっ……解っている!」

 返す言葉もないルージュは、誤魔化すようにマーレに背を向けると住居区の方角を指さした。

「とにかく、一度住居区へ参りましょう。何があったのかを詳しく聞きたい」
「ああ、僕もキミの話を聞きたいな。アイスケーヴで行方知れずと聞いた時は、本当に心配したぞ。なあ? 雪乃」
「そうですよ! 煌牙様もレン様もいなくなって、その上ルージュ様まで……。リーダーをなくした今の宮殿は、殺伐として見ていられません」

 じわっと涙を浮かべた雪乃は、手で顔を覆った。

「そう言えば、騎士団の連中が十名ほどこちらに向かったんだけど、まだ辿り着いていないのかい? 僕らより一日前に出発したんだけどね」
「いえ、何の連絡もありませんが……」
「そうか、まあ、馬も船もない状態だったからな。時間がかかっているのかもしれないね」
「もしかして、騎士団も割れてしまいましたか?」

 アークは声に出さず、残念そうにうなずいた。
 早くこの状況を何とかせねば、本当に国が二つに割れて戦争になる――
 ルージュは唇を噛んだ。
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