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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

ユグドラシル

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35話 港町へ

 頭に血が上ったまま、アークは大股で獣舎へと向かっていた。
 昔から何を考えているのか解らないところがあったが、それにしたって最近の祖父の行動は理解しがたい。アイスケーヴの古文書を再び探さなくても良いのか。危険が多いことがわかっていながらなぜ、姫や香澄まで宮殿から外に出したのか。
 よく話し合うこともせず、はなから闇と決めつけ、挙句ユグドラシルに先制攻撃を仕掛けるなど、正気とは思えなかった。

「アーク様、お出かけですか?」

 事の成り行きを全く知らずに馬の世話をしていた使用人は、獣舎に突然現れたアークを見て驚いた。

「急で悪いが、私の乗ってきた馬車を使わせてもらうよ。馬をつないでくれるかい?」
「ええ、かしこまりました。御者は呼ばなくて良いのですか?」
「ああ。自分で走らせるから必要ない。後で私の供の者へ、適当に炎の里へ戻るように伝えてくれ」

 供を置いて、自分で馬車を走らせると言うアークに首をかしげながらも、馬係の使用人は馬小屋から馬を引き、隣の大きな建物に保管してある馬車へとつなぎ始めた。
 ここを離れた騎士団員に、馬も船も使うなと言っていたが、この馬車は自分の持ち物だ。これを使うのは問題ないだろうと、アークは腕を組んで作業の様子を見守っていた。ふいに遠くから呼ばれたような気がして、アークは声のする方を振り返る。

「アークさん、お待たせしました!」

 アークは荷を取りに戻る際、玄伍に声をかけていたのだ。
 ただ驚いたことに、旅支度をすっかり済ませた雪乃まで、大きめの荷物を抱えて走って来る。

「雪乃、その格好は……」

 驚いて腕組みを解くと、自分の元に駆け寄ってきた雪乃を見て、だいたいの事を察する。

「いつでも旅立てるように、普段から準備していました」
「いや、そういうことではなくてね。雪乃、いいのかい? きっとここにはもう戻れないぞ?」

 アイスケーヴの時もついていくと言った雪乃の事だ。聞くまでもないとは思ったが、アークは雪乃の気持ちを改めて確認した。案の定、雪乃は迷うことなくうなずく。

「覚悟の上です。私はレン様のお側で、力になりたいのです」
「うん。……わかった」

 馬車の準備が整ったと声をかけられ、雪乃は自ら進んで御者台に上った。

「雪乃、今朝は一段と冷える。馬車の中へ入りなさい。私が手綱を握るから」
「何をおっしゃいますか、アーク様。私は氷の一族ですよ? これくらい寒さのうちに入りません。アーク様こそ早くお乗りください。置いていっちゃいますよ?」

 これは譲りそうもないなとアークは肩をすくめると、雪乃に耐寒魔法をかける。

「わかったよ。では行先は船着き場ではなく、もっと先の港町まで頼む。そこに行けば、船のあてがあるんだ」
「アーク様……ありがとうございます。承知いたしました」

 そうしてアークたちを乗せた馬車が、中央都市を出て街道を走り始める。
 立て続けに宮殿付近にゴブリンが現れたので、アークはいつ襲撃に会ってもいいように警戒していたが、気の抜けるほど普段と変わらない穏やかな風景が続いた。
 二時間ほど経過した頃、街道から少しそれた大きな木の下に、馬を休めるために雪乃は馬車を停めた。アークが周囲に寒さ除けの魔法陣を描く。雪乃が馬車に備え付けられていた桶を馬の目の前に置き、その中に氷の塊を出現させると、アークを見上げて遠慮がちに申し出た。

「あの、アーク様。この氷を溶かしていただけると有り難いのですが……」
「ああ、馬の水か。雪乃が一緒だと、わざわざ水場までいかなくて済むから助かるな」

 笑顔で答えたアークが氷に触れると、みるみる氷が小さくなる。

「ありがとうございます、アーク様。さあ、私たちも朝ごはんにしましょうか!」

 雪乃は明るい声でそう言うと、ピクニック用のバスケットから、サンドイッチを取り出した。

「朝食に用意していたものを慌てて挟んだだけなので、たいしたものではないのですが」
「いや、食事にまで気が回らなかったよ。ありがとう。危うく港町まで飲まず食わずで向かう事になるところだった」

 雪乃からサンドイッチを受け取ったアークは、頭をかきながら笑うと、玄伍もうんうん。とうなずいた。

「実は腹ペコでした。助かります」
「お役に立ててよかったですわ」

 空気の澄んだ冬の朝、外でとる朝食は、空腹の効果も手伝って素晴らしく美味しく感じられた。もしその様子を他の誰かが見たとしても、まさか宮殿から追い出されたとは思わないほど、のどかで楽し気な光景だった。
 食事を終えた雪乃が再び御者台に上ろうとするので、アークは思わず雪乃の腕を掴む。

「今度は僕が」
「とんでもない! これは私の仕事です。仕事を奪わないでください」

 頬を膨らませる雪乃だったが、今度はアークも譲らなかった。

「そうか。君がそう言うのなら、ではこれは命令だ。僕は御者台にどうしても座りたいんだ。頼む。あの席を譲ってくれ」

 真顔で言うアークに、雪乃は目を丸くした後、ぷっと吹き出した。

「もう。アーク様はお優しいですね」
「違う、これは僕の我儘だよ」

 軽やかに御者台に上ったアークは手綱を握ると「さあ、早く乗って。置いていくよ?」と、先ほどのお返しとばかりに、いたずらっぽく笑って見せる。
 再び出発した馬車は順調に進み、昼前には港町に到着した。窓から外の様子を見ていた玄伍は、興味深そうに街の様子を観察する。

「港町と言うから、もっと大きな船が停泊しているのかと思ったら……」

 玄伍は、赤レンガや整備された港湾、停泊する大きな船など、自宅近くの大きな港町を想像していたのだが、たどり着いたのは港町と言うよりも漁村といった雰囲気だった。木造の平屋建てが並び、のんびりした空気が流れている。

「この町はかつて貿易で栄えていましたが、陸路が整備され、中央都市に近い船着き場が作られてからは、漁業が中心になったんですよ」

 玄伍の独り言の様なつぶやきに、雪乃も外を覗きながら答えた。
 日当たりの良い場所には干物が干されるような細い道を、不釣り合いに豪華な馬車がゆっくりと走るので、いつの間にか子供たちがその後を楽しそうに追いかけ始めた。
 やがて馬車は、高台にある一軒の家の前で停車した。子供たちの賑やかな声に驚いて、その家の持ち主が顔を出す。御者台から降りたアークの姿を見てさらに驚き、家から飛び出した。

「アーク様!」

 年の頃はファロと変わらなそうだが、日焼けした肌にピンとのびた背中はまだまだ現役の漁師なのだろうと思わせる、その老人がアークの元へ駆け寄った。

「アーク様、一体どうされました!」
「やあ、オーツェ。急に来てすまなかったね。実は、ユグドラシルまで船を出してもらいたいんだ」
「船ですか……? それならば、こんな漁船ではなく立派な船が、船着き場にはございましょう?」
「うーん。まぁ、ちょっと訳アリで」

 笑ってごまかすアークを見て、オーツェはあごに手をやりフムフムと頷いた。

「またお爺様と喧嘩されましたか」
「あはは。さすがオーツェだなぁ。まあ、そんなところだ」

 中央都市からこの辺り一帯は、炎の一族の管轄だった。そのためアークは幼い頃からこの港町に良く来ていたので、オーツェとも昔ながらの顔なじみだった。

「船を出すのは構いませんよ。孫のマーレに送らせましょう。ただ少し準備にお時間をいただけますかな? その間、家でお待ちください」
「ああ、ありがとう。助かるよ」

 そう言ってオーツェが家に招き入れると、オーツェの妻はアークの姿に驚いて、慌てて茶を淹れるための湯を沸かし始めた。雪乃がその様子を見て、手伝いを買って出る。

「なんだ。騒がしいと思ったら、アークが来ていたのか。ついにお前も嫁を貰ったのか?」

 部屋の奥から二十歳前後の一人の女性が現れると、チラリと雪乃に目をやった。
 金色の長い髪に鮮やかな赤色の瞳、すらりと長い手足を持つその女性は美しいのだが、コットンのシャツの腕を無造作にまくり、カーキ色の丈夫そうな綿のパンツと、言葉遣いや服装は、まるで男のようだった。

「これ、マーレ。アーク様になんて口の利き方だ」
「いや、いいよ。マーレ、久しぶりだね。あちらの女性は、雪乃と言ってね。残念ながら僕の奥さんではないんだ」

 アークの妻に間違われた雪乃は、顔を真っ赤にして、茶の準備をしながら聞こえないふりをした。どうでもいいと言うように、興味のなさそうなマーレはテーブルの上の林檎を手に取り、一口かじる。

「で、何の用で来た?」
「ああ、船を出してほしいんだ。ユグドラシルまで」
「急ぐのか?」
「なるべく早いと助かる」

 林檎を咀嚼しながら、二、三秒何か考えたマーレは台所を振り返る。

「ばーさん、そのお茶、カップではなくポットに入れてくれ。あと、その辺のパンや果物も詰めといて。俺は部屋に戻って荷物をまとめてくる。五分で戻るから、お前らちょっと待ってろ」

 アークは慣れたように、ありがとうと言って片手を挙げた。玄伍は呆気に取られて、ポカンとマーレが再び戻った部屋の扉を見つめる。

「彼女、いつもあんな調子なんだ。口は悪いし、怒ってるように見えるけど、良い子だから」
「ああ、そうなんですね。いや、元気な子だなと思って」

 玄伍が苦笑いすると、オーツェが申し訳なさそうに頭をかいた。

「漁師の子なんで、男みたいに育てたら、本当に男みたいになっちまって」
「でも、船の扱いは超一流じゃないですか。マーレに送ってもらえるなら安心だ」

 雪乃は茶の入った大きな携帯用のポットを抱えて台所からアークの元へ戻ると、もともと持ってきた自分の荷物に詰め込んだ。重そうな荷物を見て、玄伍がその荷を担ぐ。アークも、オーツェの妻からパンと果物が詰まったバスケットを受け取った。

「よし、準備はいいか? 行くぞ」

 部屋から出てきたマーレに続いて、アークたちも家の外に出る。

「船はいつでも出せるのか?」
「当たり前だ。常に手入れはしてある。それよりも、この馬車はどうする」
「ああ、すまない。オーツェ、この馬車は僕らが戻るまで自由に使ってくれ」

 見送りについてくるオーツェにアークがそう告げると、恐縮しながらオーツェが頭を下げた。
 港には、騎士団の船と比べると随分と小さな船が停泊していた。玄伍は、帆がついている小型のクルーザーのようだと、その船をまじまじと見つめる。

「よし、みんな乗れ。この船は、風と俺の魔力で進む特別な船だ。ユグドラシルまで、あっという間に連れて行ってやるよ」

 マーレが振り返り、得意げに笑った。
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