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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

闇の正体

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31話 ユグドラシルの守り神

「これが……昔の記憶なのか、夢の中の出来事か、わからないの」

 潤んだレンの瞳から、一筋涙がこぼれた。

「船の上で、『巫女姫の騎士に名乗りを上げたかもしれない』ってファロに言われて。冗談を言うなんて珍しいって驚いたけど、なんだか変な感じがした。それ以来、たまに知らない景色を思い出すの。凄く断片的で、意味も解らないようなものだけど。海で溺れているのを助けてもらう夢も見た。でも、それもただの夢に思えなくて」

 震える声で、レンが続ける。

「昨日……ファロは王で私は三千年前、その妻だったって聞いて、怖くなった。その時の記憶がもし全部蘇ったら、私は私でいられるのかな? 三千年前の私に戻っちゃうのかな? 今の私が消えちゃったらどうしよう!」

 一気にまくしたてると、わあっと夜霧に泣きついた。ずっと一人で抱えていた不安があふれ出して、涙が止まらない。夜霧は子供をあやすように、レンの背中をとん、とん、とたたく。

「例え記憶が全て蘇ったとしても、お前はお前じゃ。何も案ずることはない。そんなことで塞いでおったのか。馬鹿な子じゃのう」

 その声は、どこまでも優しい。
 レンを落ち着かせるために抱きしめながら、夜霧がふと顔を上げると、心配そうに少し離れた場所からこちらを見つめる氷鯉と目があった。夜霧は「お前も手を貸せ」と目配せする。

「あれ、二人ともこんな所でどうなんした。ああ、喉が渇いた。お茶でも淹れんしょうか」

 その意図を察した氷鯉が、夜霧に向かって芝居がかった言葉をかけた。

「氷鯉の淹れる茶は美味いぞ。よばれるとしよう」

 まだ涙の止まらないレンは、小さくうなずいた。
 促されるまま居間のソファに座り、泣きじゃくって苦しくなった呼吸をどうにか整えようとするが、しゃっくりのようになかなか止まらない。小さな子の様で恥ずかしかったが、その様子を飽きもせずに優しい眼差しで見つめながら頭を撫でる夜霧のおかげで、少しずつ落ち着いてくる。
 丁度良い頃合いに、氷鯉がレンにお茶の入ったカップを手渡した。カップの温かさが手のひらに伝わり、なんだかホッとする。レンは深く息を吐いた。

「歴代の黒炎の巫女姫も、前世の記憶があったのかな」

 ぽつりと呟くようなレンの言葉に、夜霧は首を横に振る。

「それは解らぬが……恐らくファロと同じ時代に生まれたことによって、影響があったのだろう。昔の記憶など他人の物のようで恐ろしいだろうが、王を討った記憶も蘇れば、それは大きな武器になるぞ」
「夜霧は? 夜霧にその頃の記憶はあるの?」
「王が討たれた時、余は既に水晶の祠で魔力を集めるため祭壇に置かれていた。だから何も見てはおらぬのだ。しかし、お前に無理に思い出せとは言わぬ。ただ恐れる必要はないということだ」

 レンは実際に夜霧の置かれていた祭壇を見てはいなかったが、レオパルドと雫から話は聞いていた。埃と土の匂いのする、湿った暗い洞窟の奥。檻のように、大きな水晶に囲まれた、今にも朽ち果てそうな小さな祭壇……

「ずっと一人で寂しくなかった?」

 唐突なレンの質問に、夜霧はキョトンとした顔で首を傾げた。

「寂しい? はて、寂しいとはどんな感情なのか。ただ、ここから早う出たいとは思ったが……」

 夜霧は難しい顔で天井を見上げ、あごに手をやると、うーんと唸る。

「ああでも、今の暮らしを知ってしまった後、再びあの場に戻ったならば、お前の声が聞きたい、氷鯉の淹れた茶を飲みたいと思い、相当苦しい思いをするのであろうな。それが寂しいという事か?」
「うん。きっと、そう。煌牙があの場所に来て、嬉しかった?」
「嬉しい、か……。長い間あの場におったが、余の声に反応したのはあやつだけだったからの。逃すまいとは思ったよ。そうだ、お前の姿を借りてたぶらかしたのだった。効果はてきめんじゃった」

 そう言って夜霧が声をあげて笑った。「たぶらかした」と言う言葉に、レンがぎょっとする。

「ちょっと! 私の姿で何をしたの」
「抱かせてやってもよいと思うたが、あやつはアッサリ断りおった。だから、くち……っ」

 ぎゃああ! と、声にならない声をあげて、レンは手元にあったクッションを夜霧の顔面に押し付けて強引に黙らせた。

「ほんに、煌牙様はこんな『おぼこ』のどこが良いのでありんしょうね? わっちはこれほどまでに、煌牙様をお慕い申し上げていると言うに」

 面白くなさそうに、氷鯉はレンを目の前にしても遠慮なく不満をぶちまける。レンのクッションを押し返して、夜霧は笑いながら氷鯉に目を向けた。

「そう言うな。煌牙はなんだかんだときつく当たるが、あれで結構、氷鯉を気に入っておるのだ」

 その言葉に目を丸くした氷鯉は、すっくと立ちあがる。

「お茶のお代わりを淹れんしょう。そうだ! 焼き菓子もありんした。それも持って参りんしょうね」

 明らかに上機嫌になった氷鯉が、鼻歌交じりで部屋を出る。その様子を、可笑しそうに、愛おしそうに夜霧が見つめていた。そうして、レンに視線を戻すと、頭にポンと手を置く。

「さて、明日はいよいよルージュ達が宮殿に着く。あの(ルージュ)なら多少の問題は何とかするであろうが、相手が相手じゃからの。何か起こるかもしれぬ。我々も気を引き締めておこう」

 レンはクッションをぎゅっと抱きしめると、深くうなずいた。



 夜霧が危惧した通り、宮殿は想定外の襲撃にあっていたが、ルージュはそれとは別のトラブルに見舞われていた。
 カンファーが出した(つる)に、情けなくぶら下がったまま、ルージュと汐音はじたばたともがく。どうやらただの蔓ではなく、封印魔法の一種のようで、先ほどから魔力が全く使えない。こんな強力な魔法を、詠唱なしで顔色一つ変えずに放ったカンファーは、やはりただ者ではなさそうだった。
 やがて一階に到着したが、地下へと続く階段に向かったファロを無視して、カンファーが無言のまま宮殿の外へ続く扉へと向う。

「カンファー殿! どこへ行かれます。地下牢はこちらですよ」

 ファロはまるで小さな子供に言い聞かせるように、そう諭す。笑顔ではいるが、苛立は隠しきれないようだった。

「いいえ、地下へは向かいません。この者達は、私が管理致します」

 ファロの仮面の笑顔に応えるように、カンファーもにっこりと笑顔を作ると、そのまま歩みを進める。カンファーの供の者が、待っていたかのように宮殿の扉の前に控えていた。

「待ちなさい。その者達を宮殿の外に出すことは許しませぬぞ」

 先程よりも更に強い口調のファロに、カンファーは余裕の笑みで振り返る。

「なぜ宮殿の中に留めておきたいのです? 私の船は、世界樹の枝で作られた船。闇を払う特別な力を持っていますから、この者達を捕らえておくのには最適ではございませんか?」
「船着き場まで距離があるので危険だと申しておるのです。ワイバーンで飛ぶならまだしも……そやつらを馬車に押し込めて行くおつもりか?」

 ファロの体をゆらゆらと魔力が覆っていくのがわかった。それはもう、すでに臨戦態勢であって、力づくでもこの場に留めようと言う強い意志が感じられる。

「空を飛ぶ生き物は、ワイバーンだけではございませんよ。例えば、ユグドラシルの守り神、霊鳥セイクリッド」

 その名を聞いてハッとしたファロが、右手をカンファーに向けて突き出した。それに反応したカンファーの供が、宮殿の扉を素早く開くと、外から清々しく神聖な空気が一気に入り込み、カンファーたちを包む。何が起きたのかとルージュが扉の外に目をやれば、大人が五、六人乗ってもびくともしなそうな、大きな鳥が翼を羽ばたかせていた。真っ白で美しい羽がキラキラと舞い散る。
 聖なる気に怯んだファロの隙をついて、カンファーは霊鳥の背にルージュ達を縛り上げたまま乗り込んだ。大きな羽音をたてて、霊鳥が飛び立つ。

「中庭の上を飛んでちょうだい」

 カンファーの言う通りにぐるりと旋回して、中庭の真上を霊鳥がゆっくりと飛んだ。空間の歪みはゆらゆらとしたままそこにあったが、新たな魔物は出現していない。白銀や獅凰達が、庭に残った魔物を片付けているといったところだった。あの鎧を着こんだスケルトンの姿が見当たらない事に、ルージュは不安を覚える。霊鳥がバサッと羽をはばたかせると、キラキラした粉が中庭に降り注ぎ、ゴブリン達を一掃してしまった。

「ユグドラシルの樹で落ち合いましょう! 道中、どうかお気をつけて!」

 カンファーは空中から白銀達に向かって声を張り上げた。手を挙げてそれに応えた白銀と泉だったが、獅凰だけはまだ疑うような眼でこちらを見上げていた。
 蔓がスルスルと解けて、ルージュ達の身もやっと自由になる。

「ごめんなさいね。ああでもしないと、あの場から離れられないと思って」

 すぐに状況を理解したルージュが、深々と頭を下げて礼を述べた。その様子を、疑問符をたくさん浮かべた汐音が、不思議そうに見つめる。

「えっと。カンファー様は、敵なの? 味方なの?」
「カンファー様は、ファロを欺くため一芝居うってくださったんだ。汐音もちゃんと礼をしろ」
「そうなんだ! どうもありがとう」

 にっこり微笑む汐音の頭を、ルージュがぐっと押して下げさせる。

「せめて『ございました』をつけろ! 無礼だぞ。申し訳ありません、カンファー様」
「痛いなあ、もう。『ありがとうございました』っ!」
「ふふ。気になさらずに。だってとっても良いものを見せて頂きましたから。ふふっ! どんな変装で現れるのかと思ったら、まさか、おなごの姿とは。あはは!」

 こらえきれずにカンファーが声を立てて笑い出した。ルージュは耳まで赤くなる。

「こっ、これは、宮殿の者達の目をごまかすためにですね」
「わかっています。わかっていますとも。でも、ね。まさか、あの参謀長が」

 カンファーは前を向いていたが、肩が震えているのできっと笑っているのだろう。口をへの字に曲げたルージュは、ニヤニヤ笑う汐音と目が合った。

「他人事みたいにしてるけど、お前も笑われてるんだからな」
「えっ」

 やれやれと思いながら、ルージュは白銀に連絡を取るため水晶を取り出す。

「白銀様、同行できず申し訳ありません」
『ああ、気にするな。しかし、ファロはまだ正体を明かさずに、取り繕っているよ。私は泉様の船でこのままユグドラシルの樹へ向かう。夜霧たちにもすぐ向かうように伝えた。氷の里の船着き場は、煌牙が何度も訪れた場所だ。そこまでならすぐに飛べるだろう』
「獅凰様は?」

 ルージュの問いに、少し間をおいて白銀が答える。

『あの方は真っ直ぐ過ぎて、ファロの巧みな話術にはまっているよ。ファロが闇だと信じてもらえそうにない。このまま宮殿に残ると言っていた。残念だが、今はゆっくり説得する間もなかったのでな、我々だけでユグドラシルに向かう』
「承知しました」

 ルージュは小さく息を吐く。

『では後ほど。霊鳥に守られているから大丈夫だとは思うが、くれぐれも気をつけてな』
「ありがとうございます。白銀様も、お気をつけて」

 顔をあげれば、霊鳥はすでに海の上を飛んでいた。遠く水平線が見渡せ、薄い雲の切れ目から光が差し込み、海面へと降り注ぐ。
 無意識のうちに、ルージュは唇を強く噛みしめていた。

「この世界を、闇の思い通りにはさせません」

 カンファーは振り返ると、まるでルージュの気持ちを代弁するかのように、そう言ってほほ笑んだ。ルージュもカンファーの目を真っすぐに見て、頷き返す。
 少しずつ、世界が動く予感がした。
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