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黒い炎と氷の刃 作者:雪華

闇の正体

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26話 rougeの行方

 窓の外の雪景色を眺めていた。遠くに街が見える。まだまだ日は高い。
 レンは、氷の長である白銀の別宅で、束の間の休息をとっていた。
 夜霧にさらわれて連れて行かれた、古い教会よりもずっと広くて豪華な間取りだ。レオパルド達は余程疲れていたのか、傷の手当てが済むとあっという間に眠りについてしまった。レンも横になってみたものの全く眠れず、なんだか手持無沙汰で部屋を意味もなくウロウロとする。

「のど、渇いたなぁ」

 宮殿だったら、黙っていても絶妙なタイミングでお茶やお菓子が運ばれてくるのに、ここでは自ら動かなければ何も得られない。不便だと一瞬思ったが、レンはその考えを吹き飛ばすように、思い切り首を振った。『自分のことは自分でする』良い機会だと、自分でお茶をいれるために一階に降りようと部屋を出る。
 階段に差し掛かったところで、ルージュを抱えて上ってくる夜霧の姿が見えた。

「ルー?」

 ルージュが倒れてしまったのかと、驚いたレンが声をあげそうになるのを、夜霧が首を横に振って止める。

「寝ているだけじゃ。心配いらぬ」
「えっ」

 寝ているという状態も、レンにとっては十分に驚く理由となった。夜霧が階段を登り切るのを待って、その腕の中のルージュを覗き込む。

「本当だ……ルーの寝顔、初めて見た」

 いつ寝ているのだろうと、ずっと不思議に思っていた。少なくとも、レンの起きている間にルージュが休むことはなかったし、真夜中でもルージュの部屋の窓から、明かりが漏れている事はよくあった。

「空いている部屋は?」

 小さな声で夜霧が尋ねる。レンも、仕草だけで空き部屋を伝え、手の塞がっている夜霧の代わりに、その扉を開けてやる。ベッドにルージュを転がすと、夜霧は小さく微笑んだ。

「ルーは、どうして寝ちゃったの?」
「まだ起きていると駄々をこねるから、余が寝かしつけてやったのだ」
「嘘。子供じゃあるまいし」

 夜霧の言葉を冗談と受け取ったレンは、クスクス笑いながら、静かな寝息を立てているルージュに視線を落とす。

「嘘などではないぞ? 子供の頃、野宿した時などは、煌牙がよくこうして寝かしていたのだから」
「そう言えば、二人はよく私に内緒で、山に出かけてたね」
「山から戻ると、置いてけぼりにされたお前が、泣いて怒って大変だったようじゃな」

 煌牙と話しているような錯覚を起こしそうになる。でも、やはり他人事のような言い方に、本人ではないと思い知らされる。

「……煌牙を返して欲しいか?」

 思いがけない夜霧の言葉に、自分は一体どんな顔をしていたのだろうと、レンは驚いて目を逸らした。悟られてしまうほど、悲しそうな顔をしていたのだろうか。

「さぁ、行こう。お前も部屋に戻って休め」

 レンが顔を上げると、すでに夜霧は部屋から出ようとしているところだった。だから、夜霧の表情を伺うことはできない。レンはその背中に向かって声をかけられずにいた。
『煌牙を返してほしい』
 返してほしい。今、すぐにでも。
 例えその結果、夜霧が消えてしまう事になったとしても。そう思っても、やはり声には出せなかった。
 夜霧が寂しそうに見えてしまったから。
 レンは夜霧に続いて部屋を後にすると、そっと扉を閉めた。目を伏せて、静かに深く、息を吐く。

「なんじゃ、気分でも優れぬか? 眠るまで側にいてやろうか」

 夜霧がかがみこんで、レンの頬を両手で包む。

「いいよ。へーき」

 顔を背けたかったが、夜霧の手から逃れられずに視線を合わせたままの状態になった。あと一歩、夜霧がレンに近づけば、唇が触れてしまいそうだ。

「夜霧、近い……」

 困ったレンが夜霧を押し返そうとした時、廊下の床板がミシッと鳴ったので、レンも夜霧も音のした方に視線をやった。

「あ、やべ。邪魔しちゃいました? でも、こんな場所でイチャつかれても、ねぇ?」

 こちらに向かって廊下を歩いてきた汐音が、べぇっと舌を出す。

「それに、煌牙様ならいざ知らず、夜霧は勝手に姫様に触らないで欲しいかな。ハイ、離れて離れて」

 汐音が夜霧とレンの間に強引に割って入る。夜霧が可笑しそうにクックと笑った。

「虫ケラどもの色恋沙汰に興味はないが、姫を腕の中に置いておくのは悪くないのでな」
「そんなこと言ったら、僕だって姫様を抱っこしながら眠りたいんですけど」
「ちょっと、まるでモノみたいに言わないで! なんなの、二人とも勝手な事ばっかり」

 通り道をふさぐ夜霧と汐音を両手で押し分け、レンは階段へと向かう。

「どこへ行くのじゃ」
「キッチン借りるの!」
「あ、僕もお茶いれようと思ってたんだ」

 汐音の言葉を聞き、丁度良い思ったレンは「私にお茶のいれかた教えてくれる?」と振り返った。

「えぇー」

 面倒くさそうにわざとらしく汐音が顔をしかめたが、レンの手をとると階段を楽しそうに駆け下りていった。


 ルージュ達が氷の里に到着した翌日、宮殿の長い廊下を、アークは早足で歩いていた。
 祖父である司令官を見舞うために、ユグドラシルの樹からそのまま中央都市へ戻って来たのだ。その帰路で、今度はルージュ達が行方不明になったと聞かされた。

「一体どうなってるんだ」

 アークは拳を強く握る。司令官の私室の前で、深呼吸を一度した後ノックをすると、「どうぞ」と返事はすぐに返って来た。

「ただいま戻りました」
「アークか、ご苦労だったの。会議はどうじゃった」
「ひとまず巫女姫の行方を探すことになりましたが……とにかく情報不足でして。古文書や闇の洞窟の存在ですら、今回初めて知ったという状態でしたから。なぜこんなにも闇に関する伝承が少ないのか、みなさん不思議がっていましたよ。それより、ルージュ君達も行方がわからないとは、どういうことですか?」

 暖炉の前のロッキングチェアに座っていた司令官は、背もたれに深くよりかかるとため息をついた。

「アイスケーヴに到着したまでは分かっておるのだが、そこから先の足取りがわからん。水晶が通じぬのでな。アークよ、戻って早々すまぬがワイバーンで様子を見に行ってはくれぬか」
「ワイバーンで? ワイバーンは寒さに弱いので使えないと聞きましたが」
「寒さに弱いのは確かだが、飛べない程ではない。あやつらに貴重なワイバーンを二匹とも使われては、宮殿の方が心許ないと思っての。使えぬと言ったまでじゃ」

 苛立ったような司令官の言い草と、ワイバーンを貸さなかった理由に、少し戸惑いながらアークは「はぁ」と曖昧な返事をした。

「なんじゃ、その気の抜けた返事は。今すぐここを立て。よいな?」

 アークはチラリと窓の外を見る。

「今出れば、夜までには戻れるでしょう。わかりま……」

 コンコンと、ノックの音でアークは話を中断する。扉の外には少しやつれたように見える雪乃がいた。

「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
「あぁ、お構いなく。僕はすぐにここを立ちますから」

 テーブルにティーセットを並べながら、雪乃はグッと唇を噛むと、意を決したようにアークへ向き直る。

「アーク様、お願いです。アイスケーヴへ行くのなら、私も連れて行ってください!」

 突然の申し出に、アークは面食らいながらも優しく微笑んだ。

「気持ちはわかるが、盗み聞きとは感心しないな」
「申し訳ありません。部屋の前に立った時に、アイスケーヴと言う単語が聞こえてきたものですから……。ですが、私は氷の里出身。必ずお役に立てるかと」

 青白い顔で、雪乃は更に懇願する。

「姫様が連れ去られ、胸の裂けるような思いでおりました。頼みの綱のルージュ様まで行方不明では、何かしていないと、本当に気がふれそうなのです! お願いします」

 アークは司令官を伺う。司令官もアークの視線に気が付くと、うなずいた。

「よい。雪乃、アークと共に行って参れ」
「あ、ありがとうございます!」

 雪乃は目に涙をため、勢いよく頭を下げた。

「では、僕も準備したいし、半刻後に獣舎の前に集合でいいかな?」
「はい! 急いで支度してまいります」

 そうしてきっかり半刻後に、一匹のワイバーンが二人を乗せて宮殿を飛び立った。

「あの雪山を目指せば、氷の里へ着きます」

 雪乃は向かい風に目を細めながら、遠くそびえる山脈を指さした。

「なるほど、ワイバーンならあっと言う間に到着できそうだな」
「あの……必ず役に立つなど大見得をきった手前で申し上げにくいのですが、アイスケーヴの位置はわかっていても、洞窟内は存じておりません」

 アークの背中で、雪乃が申し訳なさそうに小さな声で言った。

「あはは! だって立ち入り禁止の場所だろう? 仕方ないさ。それより、アイスケーヴに一番近い宿屋の情報を持っていたら大助かりなんだが」
「それならわかります! 貴重な薬草が取れる山に、一番近い宿で有名ですから。雪原の中にぽつんとある宿なので、上空からでも見つかるはずです」

 その言葉通り、しばらく飛ぶと真っ白な雪原の中に佇む宿を見つけることができた。ワイバーンはゆっくりと旋回しながら、宿の近くの雪の中に静かに降り立った。やはり寒さに弱いのか、少し動きが鈍いように感じる。

「寒さ除けの魔法陣を書いておこう。雪乃、ここでワイバーンを見ていてくれるかい。僕は宿屋に行ってルージュ君達の事を聞いてくるから」

 そう言いながら、アークはワイバーンを囲むように大きな円を描いた。その円が一瞬赤く光ると、その円の中の雪がみるみる溶けだし、温度も上昇した。

「ありがとうございます。……良かったね」

 雪乃がそっとワイバーンに触れると、ワイバーンも満足したように翼を広げ自身の身を包み休息の態勢を取った。
 アークはその様子を見届けると、宿屋に向かって雪を踏みしめながら歩きだす。
 宿に近づくと、馬のいななきが聞こえてきたので、その声を頼りに裏手へ回った。

「困ったわねぇ。お前のご主人は、まだお迎えに来ないんだよ。もう少し待ってみようね」

 白い馬をブラシで撫でながら、この宿の女将らしき女性が、ため息交じりにその馬に話しかけている。

「こんにちは」

 アークが声をかけると、驚いたように女性が振り返り、「いらっしゃいませ」と笑顔を向けた。

「すぐにお部屋へご案内いたしますね」
「ああ、いや、宿泊ではないのです。少々伺いたいことがありまして。……その白い馬の持ち主、黒い髪の青年ではありませんでしたか?」

 アークの言葉に、女将が嬉しそうに声をあげた。

「よかった! 引き取りにきてくださったのですね? 昨日ここを出た時、その日のうちに戻ると言っていたのですが、まだ戻らなくて心配していたんです。彼らはどちらに? 娘がすっかり懐いてしまって、帰りを待ちわびているんですよ」
「ここに戻っては来なかったんですね……。すみません、僕も彼らを探しているのです。ああ、馬がお世話になりっぱなしでしたね、申し訳ない。宮殿から早急に引き取りに来させますので、それまでもうしばらくお願いできますか」
「宮殿? では、あの方……まさか本当に王子だったのですか!」
「えっ、王子? いえいえ、彼らは騎士団の者ですよ。あ、これは宿代と馬の世話代です。どうぞお納めください」

 アークはベルトに吊るした小さなカバンから巾着を取り出すと、その巾着から無造作に金貨を掴んで女将の手に握らせた。

「い、いえいえ! 宿代はもう頂いておりますし、馬の世話代だって、こんなにもらえません!」
「受け取ってください、御迷惑をおかけしたのですから。それに、もしも彼らがここに寄ったら、すぐに知らせていただけますか? お願いしますね」

 アークは女将が止めるのも聞かずに、駆け出していた。
 ワイバーンの姿が見えると、雪乃に向かって声を張り上げる。

「雪乃! やはりアイスケーヴへ行こう。ルージュ君達は、そこで何かに巻き込まれたに違いない!」

 その声を聞いた雪乃が、ワイバーンを起こすとすぐに飛び立てるように準備した。

「ルージュ君……無事でいてくれ」

 真っ白な雪景色の中、ワイバーンが静かに飛び立った。
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