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Heroine Life  作者: ころ太
7/22

難しくて簡単なこと



先週、恐怖の定期テストが行われた。


いわゆる中間テストなので試験範囲は狭いのだが、広かろうが狭かろうが頭の悪い自分にはあまり関係のないこと。

さすがに勉強嫌いの私でもちゃんと対策をしてテストに臨んだわけだが、所詮は一夜漬けという名の付け焼刃。

なかなか手応えがあったとはいえ、どうせ今回も低い点数に違いないだろう。しかし、私は赤点さえ回避できていれば全く問題はないのだ。

教師や身内のお小言は聞き慣れているけれど、赤点を取った者だけに課せられる地獄の補講を受けるのだけは御免だった。

もうテストは終わってしまったので、今はとにかくそうならないように祈るしかない。


そして数日経った今日、ついに全教科の成績が書かれたプリントを渡されたのだが―――


「…………oh」


予想していなかった結果に、開いた口が塞がらなくなった。


「………ありえない」


自分の手にしている成績表が自分のものとは思えないぐらいありえなくて、持つ手がガタガタと震える。

間違って他の人のものを渡されたのではないかと、何度も何度も名前を確認してしまった程だ。

もしかしたらプリントミスではないかと疑ってしまうぐらいに、自分の成績が不可解だった。


「千晴?なに成績表見て変な顔してるの……って、もしかして相当酷かったとか?」

「うん、これは酷い」

「どれどれ~? な、なにこれ」


恐る恐る私の成績表を覗き込んだ美空の表情が、驚きに変化していく。

疑うように何度も目を擦り、私から成績表を奪って顔の近くでじっくりと成績を確認していた。

私だけでなく、彼女もまた信じられないという表情をつくる。

普段の私の成績を知っている彼女なら、そんな顔をするのは当然といえよう。


「これ、本当に貴女の成績なの?」

「そうみたい」

「ち、千晴の成績とは思えないわね」

「自分でもそう思う」

「赤点が一つもないどころか、三分の一の教科は平均点以上って……今までの成績からは考えられない程上がってるじゃない」



そう。驚いていたのは、今回の成績が予想を遥かに超えて良かったからだ。



今までは美空が綺麗にまとめた「特製ノート」を借りていたので、高確率で赤点を回避することはできていた。

しかし彼女の力を借りても赤点を回避することで精一杯で点数はどれも低く、悲惨な成績だったのだ。

それが今回、不思議なことに全教科の点数が高く、三分の一は学年平均を上回っているという予想外のことが起きたのである。

普通の学生から見たら平凡な成績かもしれないが、これは、頭の悪い私にとっては考えられない程の好成績なのだった。


「クラスでの順位が18位とかありえないよね」

「まぁ、いつも最下位あたりだったものねぇ」


ちなみにうちのクラスは30人いて、私の成績順位はいつも25位~最下位の辺りを彷徨っている感じだった。

なので今回の順位は劇的に上がっていると言っていいだろう。


「奇跡だよね」

「奇跡よね」


うんうんとお互いに頷きあう。こんな成績、奇跡でも起こらない限り取れっこないんだから。

あー、いや……心当たりがないわけじゃないんだけど。


「そういえばテスト前は柚葉に勉強見てもらってた。強制的に」


勉強は嫌だと言っても駄目ですの一点張りで断ることが出来ませんでした。


「なるほど、大須賀ちゃんのおかげかぁ。それにしても救いようのない千晴の成績をここまで上げるなんて凄いわね」

「まぁ確かに教え方は凄い丁寧で解りやすかったかな」

「ふふ、真の天才は他人にも影響を与えるものなのね」


影響、ね。

それを言ったら、今まで赤点を回避できていたのは真の天才・美空さまの影響だと思うんだけど。


「……ところで美空はどうだったの?」

「見てみる?いつもと変わらないけれど」


彼女の成績表を渡されたので、遠慮なく見させてもらうことにする。

ざっと目を通せば、私には一生かかっても取れないような成績がたくさん並んでいた。うん、予想通りっていうか、美空らしい成績だわ。


「クラスで2位、学年では5位かぁ……はは…」


凄すぎて笑いがこみ上げてくる。

順位もだけど、点数も普通に100点とかあるのがまた恐ろしい。

いったいどう勉強したらこんな成績を取ることができるんだろうか?


「真面目に授業を受けて、テスト前にちょっと復習すれば誰でも取れるんじゃないかしら?」

「まじですか」


そんなお手軽に上位成績者になれたら、世の中の学生は苦労しないんだろうけど。

なんにせよ、私には到底無理な話だ。美空とは頭の作りから勉強への姿勢まで何もかもが違うのだから。

それに私は成績を良くしたいわけじゃないし、赤点さえ取らなければそれでいい。


「あ。さっき見せてもらったんだけど、学年1位はやっぱり大須賀ちゃんだったわ」

「それは何となく予想できてたー」


たしか、テスト前は私の勉強に付っきりだったはず。

自分の勉強をしながら見てくれていたけど、私が質問ばかりしてたからなかなか捗らなかっただろうに。

それでも好成績をとった柚葉は、素直に凄いと思う。完璧超人って実在したんだなぁ。


「でも千晴も頑張ったじゃない。そうだ、成績良かったから何かご褒美をあげようかしら」

「え、いいよ別にー。まぁ、くれるんなら貰うけど」

「何がいいかしら。千晴の好きなモノ、といえば…………えっちな本とか?」

「いつエロ本が好きって言ったっ!?むしろ嫌いな部類だっつのっ!!」

「巨乳のおねえさん系が好みだとか言ってなかった?」

「言 っ て ま せ ん っ!」

「あらら、照れなくてもいいのよ。お年頃なんだから興味を持つのは当たり前だし今後の為にもちゃんと勉強を―――」

「いらないっ!絶っ対いらないっ!!もう何もいらないっっ!」

「はいはい、軽い冗談なんだから拗ねないの。今度一緒に甘いものでも食べに行きましょ、奢るから」

「ぐぬぬっ」

「うふふ、商店街のチョコパフェでどう?好きだったでしょ、あれ」


さすが中学からの腐れ縁。

私の好きな物も機嫌のとり方も何でも把握しているので、簡単にあしらわれてしまった。

やっぱり美空は一枚も二枚も上手だ。今までも、そしてこれからもずっと、私は彼女に敵わない。

けれど私と美空の関係は、今の感じで丁度いいんじゃないかと思う。


「それにしても遅いわね大須賀ちゃん。誰かに捕まってるのかしら」

「かもね」


柚葉は今、クラスの日誌を届けるために職員室へ行っているので教室には居ない。

私と美空は彼女と一緒に帰る約束をしていたのでさっきから戻ってくるのを待っていたんだけど、

成績優秀で授業態度も良い彼女は教師にも好かれているようだから誰かに捕まって長々と話し込んでいるのかもしれない。

ちなみに菜月も一緒に帰りたいと言っていたけど、家の手伝いがあるからと残念そうに先に帰っていった。


「……バスの時間まで余裕あるから気長に待つよ。最終便に間に合えばいいし」

「あら優しい。いつもの千晴なら遅くなると愚図って先に帰ろうとするのに」

「成績良かったから、機嫌良いの」

「ふぅん?」


どうしてそこで嬉しそうな顔をするのかね。

いつものことだけど美空の考えていることは全く読めない。私が馬鹿だからかもしれないけど。


「あ、見て千晴。あれって平ちゃんじゃないかしら?」

「んー? 平?」


窓から外を覗き込んでみると、陸上部がグラウンドで100m走をしているようだった。

美空が指で示した先には元気よく屈伸をしている平の姿がある。


「頑張ってるわね、彼女」

「そうだね」


やっぱり意地だけで部活を続けているわけじゃなくて、走ることが本当に好きなんだろうな。

離れていてよく見えないけど、どことなく生き生きしていて楽しそうだと分かる。

テスト期間中は部活が休みで走れなかったみたいだから、今日からようやく走ることが出来て嬉しいんだろう。

どおりで今日は一段とご機嫌だったのか。うん、納得した。


「お?」

「!」


しばらく部活に励んでいる彼女を眺めていたら、突然平が校舎を見上げたので目が合ってしまった。

応援の意味をこめてなんとなく手を振ってみると、平は慌ててそっぽを向いて、逃げるように仲間の元に駆けていく。

ははは、無視ですか。相変わらず嫌われてるなぁ私。


「平ちゃんは照れてるだけよ?」

「いやぁそんな風には見えなかったけど」

「ふふ、彼女ってちょっと千晴に似てるのよね…今みたいに素直じゃないところとか」

「は~?似てないっての」


拗ねた口調で反論すると、笑われてあやすように頭を撫でられてしまった。

子供じゃないんだからそんなことしてご機嫌取りしなくてもいいのに。


「似てるといえば、千晴と大須賀ちゃんも似てる気がするわ」

「いやいや、それはマジで絶対にありえない」


あんな完璧超人と私みたいな無能な人間を一緒にしたら駄目だって。

それに似ている箇所なんてひとつもないに決まってる。


「確かに今の千晴とは似てないんだけど、雰囲気が昔の貴女に少し似てるのよ。そうね、出会ったばかりの千晴に、かしら」

「そんなまさか」

「最近その事に気付いたんだけど……ふふ、よく考えると私の気のせいかもしれないわね。 ――あら?」


と、話の途中で聞き覚えのある着信音が鳴った。多分、美空の携帯の音だろう。

よく聞く音だから、きっと彼女の両親からのメールに違いない。


「お母さんからみたい」


携帯を取り出した美空はしばらく画面に見入っていたけど、すぐに慣れた手つきで返信を打ち始めた。

しばらくすると送り終わったのか、携帯を閉じてポケットへしまう。


「……千晴、悪いけど先に帰ってもいいかしら」

「ん、いいよ。柚葉には言っておくから」

「ごめんね」


美空は慌てて自分の荷物を掴み、早足で教室を出て行こうとする……が、一旦こっちに戻ってきた。


「ねぇ、今度の休みにでもうちに来ない?お母さん、千晴に会いたがっていたから」

「じゃあ、週末暇だし遊びに行く。美空のお母さまに宜しく言っといて」

「…ええ。それじゃ、また明日ね」


いつもと変わらない笑顔を浮かべて、美空は教室を出て行った。

ひとりになった私はすることがないので、机に突っ伏して柚葉が戻ってくるのをのんびり待つことにする。

きっともうすぐ、戻ってくるだろう。


「……………」


他のクラスメイトはもう帰ってしまったようで、教室に残っているのは私だけだった。


辺りは静かなもので、聞こえてくるのは外で頑張っている陸上部の元気の良い掛け声ぐらいだ。

騒がしいのは苦手だから、これぐらい静かだと心が落ち着く。

昔はいつもこんな風に独りでいたはずなのに、最近は美空だけでなく柚葉も近くに居るし、この間からは菜月もよく一緒に居るようになったし、

おまけに平まで話しかけてくるように…っていうか、因縁をつけてくるようになった。

そのおかげで毎日が騒がしい。いや、自分の体質のせいで騒がしいのはずっと前からだったはずだけど。

前とはちょっとだけ違う気がする、自分の周りの騒がしさ。それはやっぱり苦手だけれど、嫌じゃない。

相変わらず面倒なことは嫌いだし、厄介なことには関わりたくないとは思っているのだが。


(厄介事といえば、柚葉のことを思い出さないといけないんだった)


あれから何度も昔のことを思い出そうと頑張ってはいるが、この街に引っ越してくる以前の記憶は霧がかかったようにぼやけている。

大雑把なことは覚えているけれど、出会った人の特長とか名前とかを思い出すことが出来ないのだ。

柚葉のように目立つ子なら覚えていてもおかしくないはずなのに、いくら記憶を探っても彼女の存在はなかった。

こうなったら、じっくり時間をかけて自然と思い出していくしか方法がない。こればかりは焦ってもどうしようもないのだ。

柚葉かばあちゃんが正直に全部話してくれれば話は早いんだけど、期待できそうもないし。


これ以上考えてもしかたないので、思考を停止させることにした。



(…――ああ、暇だな)


静かで気は楽だけど、つまらない。


丸めていた背中が痛くなったので机から身を起こし、茜色に染まりつつある空を眺めながら息を吐いた。







しばらくして、教室のドアが開く。

ようやく戻ってきたかと目を向けると、入ってきたのは柚葉ではなく見覚えのない女の子だった。

彼女は教室を見渡してから私に気付くと、つかつかと足早に寄ってきて細められた目を向ける。


「ねぇ、円堂は?」

「美空なら先に帰ったけど」


なんだこの人。別のクラスの美空の友達…みたいだけど。


「ふーん?彼氏とデート?」

「知らない」


母親に呼ばれて帰ったみたいだけど、話すのが面倒なので知らないふりをする。


「あ、そう……天吹さんって円堂と友達なんでしょ?」

「そうだけど」

「友達なのに、置いてかれたんだ?そりゃ貴女なんかよりも彼氏や別の友達を優先するわよね」


何がおかしいのか解らないが、目の前の少女はくすくすと一人で笑っている。

ひとつ言っておくと、美空に彼氏なんていない。今は誰とも付き合っていないことを、私は本人から聞いて知っている。


「ねぇ貴女って、本当に円堂の友達?」

「さあどうだろうね」


この人はいったい何が言いたいのだろうか?

美空はここにいないんだし、用が済んだのなら早く帰ればいいのに。

そういえば最近こんな風に特に仲のよくない人に話しかけられることが多い気がする。大抵はこの人と同じように嫌味とかだけど。


「勘違いしてるみたいだから、教えてあげてるのよ」

「はぁ?」

「貴女の周りに居る人たちはみんな、残念で可哀想な貴女のことを放って置けなくて、同情してるだけなんだから」

「…………」

「いい加減気づいたら?友達だなんて思ってるのは自分だけなんだって。全然つり合ってないよ、貴女と、周りの人と」


わざわざご丁寧に忠告してくれているのだろうか。

本当のところは、私と美空の仲が良いのが気に入らなくて文句を言いたかっただけだろうけど。


「言われなくてもわかってたよ、そんなこと」


私が彼女たちと肩を並べるためには圧倒的に、足りない。何もかもが足りない、欠陥だらけだって解っている。

そんなこと、ずっと昔から理解している。


「それに円堂って面倒見がいいもんねー。いっつも貴女のこと気にしてばかりで、私達とはなかなか遊んでくれないもん」

「美空がアンタと遊びたくないだけじゃないの?」

「は?馬鹿じゃないの?そんなわけないでしょ……ってなにその目、すんごい腹立つんだけど」

「元からこんな目をしてるんで」

「っ!ああもう、気分悪い!てか美空たちも馬鹿よね、なんでこんなヤツの――」

「―――あのさ」


私は勢いよく席から立ち上がり彼女と距離を詰めて、正面から見据えた。

すると、相手は怯えた様にうろたえて一歩下がる。


「な、なによ」

「私のことは何言っても構わないけど、友達のこと悪く言うのやめてくれる?なんか、腹立つから」

「……っ、元々は貴女が悪いんでしょ!?」

「うっさいよ」

「~っ!!いい気になって!調子に乗らないでよねっ!!」


言いたいことを言って満足したのか、彼女は慌てて教室を出て行ってしまった。

うるさい人が帰って私一人になったので、再び教室に静寂が訪れる。

なんか、ちょっと喋っただけで疲れたな。適当にはいはい頷いてやり過ごせばよかったけど、つい言い返してしまった。

ここのところ沸点が低くなってる気がするのだが、ストレスでも溜まってるんだろうか?

心当たりが多すぎて絞れないけど。ていうか全部かも。


気分を紛らわせるように頭をわしわしと掻いて、大げさに溜め息を吐く。


さてと。

そろそろ、いいかな。



「―――いるんでしょ、柚葉」



独り言のように呟けば、カラカラと控えめに教室のドアが開き彼女が入ってきた。


「バレてましたか。ごめんなさい、盗み聞きなんかしてしまって」

「いいよ別に、気にしてないから。それよりバスの時間があるから早く帰ろう……あ、美空は用事あるから先に帰るって」


柚葉が戻ってきたのなら、もうここに残る意味はない。

自分の荷物を持って教室を出ようとしたところで、柚葉に腕を掴まれた。


「……なに?」

「私、千晴さんの目が大好きですよ」

「ぶはっ」


急に変なことを言われたので噴出してしまった。くそ、今のはちょっと不意打ちだ。卑怯だ。

耳の辺りが熱いので、もしかしたら赤くなってるかもしれない。

とにかく、動揺を悟られないよう心を落ち着けて、冷静なフリをする。


「よく死んだような目だと言われてますが」

「私には優しい瞳に見えます。普段は解り難いかもしれませんが、千晴さんは力強くて優しい瞳をしてるんです。きっと美空さんも、そう見えてますよ」

「ないない。ありえない。といいますか鳥肌立つので恥ずかしいこと言うのやめて」

「気付いてないのは見ようとしない方と、千晴さん自身です」

「……………」


柚葉は私のことを過大評価しているし、何を言っても無駄な気がする。

けれど彼女の言葉は真実のように聞こえてるから厄介で、本当にそうなんじゃないかと錯覚してしまいそうになるのだ。


「同情なんかじゃないです」

「え?」

「私も美空さん達も、好きで、自ら望んで、貴女の傍に居るんです。千晴さんが責任を感じる必要なんてないんですよ」

「……なんのことやら」


前にも同じようなことを言われた気がする。

独りでいた私につきまとって、ずっと傍にいてくれた友人に。


(美空……)


何を言っても、迷惑をかけても、それでも笑ってずっと一緒に居てくれた。

私がいつもの騒ぎを起こしても、茶化して場の空気を和ませてフォローしてくれていた。

そんな彼女の優しさを何も考えずただ当たり前のように享受して、いつもずっと甘えていた。


「やっぱ私って駄目で、馬鹿で、無神経で、変態で、どうしようもないよね」

「そんなことないですよ」

「いや、このままじゃ駄目なんだよ、きっと……」

「え?」

「なんでもない、ただの独り言。…いいから早く帰ろう柚葉。バス逃しちゃったら、歩いて帰らないと行けなくなるよ」

「いえ、遅れてしまっても大丈夫です。タクシー呼びますから」

「うわぁ、セレブだ!!」


やっぱり柚葉はどこぞのお嬢様かもしれない。

パスケースに入ったゴールドに輝くカードを見せられて、そう確信した。

いやぁ滅多に現物を見れない物を見せられたから、庶民の私は眩しくて危うく目が潰れるところだったわ。


「ああ、そうだ。テストの結果なんだけど、おかげで赤点取らずにすんだ…というより成績が凄くよかったわけなんですが」

「わぁ!それは良かったですっ。おめでとうございます」


まるで自分のことのように喜んでくれる彼女を見ていると、自然と顔が綻んでしまう。


「うん。だから、勉強に付き合ってくれてありがとう」

「…………ぁ」


柚葉は一瞬驚いた表情をして、けれどすぐ嬉しそうに破顔する。

そんな顔をされるのが照れ臭くて苦手だから、素直にお礼を言いたくなかったんだけど、まあいいや。


「と、とにかく、帰りますか」

「千晴さん、あのっ!帰りに商店街に寄ってもいいですか?晩御飯のお買い物をしたいので」

「もちろん。あー、私も買うものあった。……ある人にプレゼントをあげたいんだけど、私ってセンスがないから柚葉も選ぶの手伝ってくれない?」

「それは構いませんけど、私でいいんですか?」

「? 私より、柚葉のほうが何倍もセンスいいからお願いしたいんだけど」

「ふふ、私が選ぶより千晴さんが選んだ物のほうが美空さんも嬉しいと思いますよ」

「バレてるし」

「だってもうすぐ美空さんの誕生日ですよね?」


貴女はどこぞのエージェントですか。

何年も一緒にいる私でさえさっき誕生日のことを思い出したというのに、知り合って一ヶ月ちょいの彼女が知ってるなんて。

驚いたというより、そのことをほんの少し“悔しい”と感じている自分に気がついて、呆れた。

――これは嫉妬しているのだろうか?それとも友人を取られるのではという危機感なのだろうか?


「んー……友人関係って難しいね」

「じゃあ私と恋人関係になってください」

「なんでそうなる」


相変わらずの柚葉の頭を軽く叩いてから、私達は教室を後にした。



(…………)


――帰路を歩きながら考える。


努力すれば、美空たちが信じてくれている私に近づけるだろうか。

己を蔑むことしかできず、何もかも諦めて、目を背けて周りを見ようとしない愚かな自分を、変えることができるだろうか。

すぐには変われないかもしれないけど、今よりマシになれる自信なんてないけど……それでも彼女たちの友人として胸を張れるような人間に、私はなりたい。


(大変そうだけど)


正々堂々と、向き合おうじゃないか。


今まで目を背けてきた全てのことに、真正面から。

それは苦しくて、悲しくて、自分の臆病な心を躊躇なく傷つけるかもしれないけれど。



その先にきっと、忘れている何かがある気がするから――



「柚葉」

「なんですか?」

「今日はオムライスが食べたいな」

「……はいっ、任せてください!」



笑顔を向けてくれる人達のために。 自分自身のために。





ちっぽけなことかもしれないけど、私に出来ることを始めてみよう。






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