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Heroine Life  作者: ころ太
21/22

今日も明日もその先も

 


冬が過ぎれば、春になる。

当然のように必ず訪れる、始まりと出会いの季節。

彩を失っていた植物たちは鮮やかな色を付け、冬眠していた動物たちは長い眠りから目を覚ます。

寒さに震える日が段々となくなり、穏やかな暖かさが身を包んでくれるようになる。

そして何より、薄いピンク色の花びらを惜しむことなく着飾る桜の木こそが、この季節の一番の象徴だろう。

町のあちこちで咲き誇る桜はとても綺麗で、風に吹かれて舞い散る花弁をずっと眺めていたいほどだ。

できることなら家の敷地に植えたいぐらい桜の花は好きなのだが、流石にそれは現実的に無理なので諦めるしかない。

途方もない望みを追うよりも、まずはやり始めたことを終わらせよう。


「……よし、完成っと」


ずっと握っていたスコップを放って、周りを見渡す。

今まで放置していて殺風景だった庭は相変わらず何もないけれど、生え放題だった雑草は見る影もない。

デコボコしていた地面は何度も耕してから整地し、レンガやブロックを使って自分なりに囲いを作ってみた。

肥料を撒いて、水回りも整えて、選んだ花の種を埋めてようやく――――花壇の完成だ。

今は何も咲いてなくて寂しい庭のままだが、早くて数日後には芽が出て、夏になれば花を咲かせることだろう。

秋になればまた違う花が咲いて、冬になれば新しい種を植えて、また春になると、この庭は沢山の花たちで埋め尽くされているはずだ。

自分だけで植物を育てるのは初めてなので、上手く栽培できるか不安もある。

けれど、やってみたいと思った。今までは面倒だからと避けてきたガーデニングだが、いつしか考えが変わっていた。

自分のこの手で、自分の好きな花を咲かせてみたいと、そう思うようになったのだ。


(不思議だなぁ)


前はあんなに、何もかもが億劫でしかたなかったはずなのに。

今はどんどんやりたいことが増えていく。


「お疲れさまです、千晴さん」

「柚葉」


いつの間にやら、背後に彼女がいた。

ずっと庭の方に集中していたから、全く気が付かなかった。


「作業はもう終わったんですか?」

「うん。ここまで整えるのに時間かかったけど、なんとか出来た。あとは、芽が出てくれるのを待つだけかな」


柚葉は私の隣に並んで、すっかり変わってしまった庭に視線を向ける。


「凄いです。あんなに荒れていたのに、こんなに綺麗になったんですね。本当に、お疲れ様でした」

「へへ、まあね。ただ綺麗にしただけじゃなくて、実は色々見えない工夫をしてるんだけど――」


自分だけで完成させた庭を、柚葉が目を輝かせて見てくれていることが嬉しくて、どうやって作ったとかどこに苦労したとか、無駄に語ってしまった。

こんな話をされてもつまらないだろうに、彼女は嫌な顔をせず、ちゃんと聞いてくれている。

一生懸命に語る私を見て、どこか誇らしげに、嬉しそうに、微笑んでくれている。

気恥ずかしくもあるけれど、そんな柚葉がいてくれるから、私はこんなにも満たされた気持ちになるのだ。


「花壇にはどんな花を植えたんですか?」

「そりゃ色々植えたけど……まあ、咲いてからのお楽しみ、かな」

「とても気になりますけど、咲くのが楽しみです」

「ん。ちゃんと育ってくれるといいけどね」

「大丈夫ですよ、きっと」

「そうかな」

「はい」


彼女は私の手を取って、包むように優しく握った。

ずっと作業をしていたせいで冷え切った私の手を、彼女の柔らかい手が温めてくれる。


「あっ。私の手、泥まみれで汚いよ。さっきまで土いじってたから、結構汚れてるし……」

「平気ですよ」


慌てて手を離そうとしたけれど、彼女は離すどころか隙間を埋めるように強く握ってきた。

せっかく忠告したのに、彼女の綺麗な手が泥で汚れてしまう。当の本人は全然気にしていないようで、むしろ手を繋げてご満悦のようだ。

嬉しそうな顔をしてる彼女を見ていると、もう何も言えない。私も嫌じゃないし、彼女の温度が心地よいので無理に離すことはしなかった。


「ねぇ千晴さん」

「ん?」

「私も、花壇のお世話を手伝ってもいいですか?」

「もちろん、いいよ。というか、手伝ってくれると助かるから大歓迎」

「ありがとうございます」


うちの庭は結構な広さがあるので、正直、ひとりでは限界がある。

だから自分に出来る範囲でやろうと考えていたのだが、柚葉が手伝ってくれるのなら、もっとたくさんの花を植えれるかもしれない。

知識はあるけれど育てるのは初心者なので、いきなり増やさず様子を見ながら徐々に増やしていこう。


「柚葉は何か育ててみたい植物とかある? 自分が好きな花を植えればやりがいもあるだろうし、育ててみない?」

「……いいんですか?」

「当たり前でしょ。なんなら、今度一緒に買いに行こうよ」

「は、はいっ!」

「よし。そうと決まれば、配置も考えないとなぁ。花壇も、もう少し拡張しておいたほうがいいよね。んー、春休み中に終わるかなぁ」


さっき完成したばかりの花壇だけど、世話をしてくれる人が増えたので早々に作り直すことになった。

手間が増えてしまったが、それでもやりたいのだから、満足するまでやってみよう。

どんどん変わっていく庭の姿を想像するだけで心が踊り、やる気が湧いてくる。

これは忙しいというよりも、充実していると言った方がいいのかも。


さ、やりたい事がまた増えたし、もうひと頑張りしようかな。


「…………えいっ」

「おっ、と、とと!?」


これからの計画を頭の中で練っていると、いきなり柚葉が身を寄せてきた。

急なことだったので、慌てて抱きとめる。


「あのねぇ。いまさら抱きつくなとは言わないけど、いきなりは危ないっての」

「ごめんなさい。でも千晴さん、前もって言うと嫌がって避けるじゃないですか」

「そんなことはな……あるか。いや、それよりも私、手だけじゃなくて全体的に汚れてるから、離れてくれる?」

「ほんとですね、土の匂いがします」

「こら、顔を埋めて嗅ぐな」

「それと千晴さんの匂いがします」

「えっ、遠回しに汗臭いって言われてる?」


ずっと作業をしていたからそれなりに服が汚れているし、汗もたくさんかいてるかもしれない。

できるだけ早く離れて欲しかったが、案の定、しっかりと腕を回されていて引き剥がせない。

まったく、随分とわがままなお姫様になったものだ。あれ、元からだったっけ?


「こうしてると、落ち着きます」

「こっちは落ち着かないんだけど」

「千晴さんの匂い、好きです」

「…………………」


ああもう、どうしろっての。

庭の作業を続けたいのに、これじゃ身動き取れなくて何も出来やしない。

正直なところ、強く言えば柚葉はすぐに離れてくれるのだが、そうしないのは今の状況が少なからず満更でもないからで。

複雑な気持ちになって微妙な表情を浮かべると、腕の中にいる彼女は私の心を知ってか知らずかくすくすと可愛らしい笑い声をあげる。

ああ、そういえば。春休みになってからはずっと庭いじりをしていたせいで、あまり柚葉との時間がなかった気がする。

趣味に没頭するあまり、他のことを蔑ろにしてしまっていたようだ。


「今日はもう作業はやめようかな。続きはまた明日」

「続けないんですか?」

「大部分は完成してるし、慌てなくてもいいから。それにせっかくの春休みだもんね。今日はこれから遊んじゃおう」


趣味は大事だけれど、それ以上に、この腕の中にいる誰かさんのことが放っておけない。


「ふふ、春休みの宿題はいいんですか?」

「春休みの宿題は任意だから、提出するもしないも自由だしね」

「もう、駄目ですよ?」

「わかってるって。あとでちゃんとやるから、今は見逃して」


胸を張って彼女の隣にいたいから、やるべきことはやると決めている。

やりたい事だけやっていられたらなって思うけど、それだけじゃ駄目だからね。


「あ、でも」

「? なんか都合悪い?」


柚葉は何か用事を思い出したのか、困ったように眉を下げて、申し訳なさそうに笑う。


「ごめんなさい千晴さん。私、元々は千晴さんを呼ぶ為に庭まで来たんでした」

「………………………え」


なんだか嫌な予感がするので、これ以上柚葉の言葉を聞きたくない。

といいますか、今しがた気付いたのですが、背後からとっても嫌な気配がするんです。おぞましい視線も感じます。冷や汗が止まりません。

何もかも気のせいだったということにして、後ろを振り返らずこのまま走ってどっかに行きたいのだが、

そんなことをすれば酷い目に合うと本能が叫んでいるので、勇気を振り絞って恐る恐る背後にいる何かを見てみる。


「ハロー♪ 千晴」


「やっぱりぃいいい!!!」


美空がいた。

縁側に腰掛けて、すっごい、いい笑顔を浮かべてる。


「すっかり言い忘れていましたけど、先ほど美空さんたちが遊びに来られました」

「言うのが遅いわぁああ!!」


くっついたままだったことを思い出し、慌てて柚葉と距離を取る。

すると美空は私達を見て、いつものようにニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべた。


「いや~、大須賀ちゃんがなかなか戻ってこないから気になって見に来てみれば……うふふ」

「すみません美空さん。千晴さんに夢中になってしまって、すっかり遅くなりました」

「ううん、全然いいのよ。気にしないで。それに面白いものが見れたからもう大満足♪」

「い、いいいつからここにいたの!?」

「二人が手を繋いでイチャつき始めた辺りだったかしら?」

「それって一部始終だよね!?」


さっきまでの状況をばっちり見られていたのかと思うと、羞恥のあまり真っ黒な灰になってしまいそうだ。

お願いだから、ここで見たこと聞いたことを綺麗サッパリ忘れて、何も言わないで欲しい。

そう思うけれど、見られたのがあの美空なので、とことんいじられること間違いなし。よりによって、一番見られてはいけない人に見られるとは。

私が柚葉と付き合うことになった時も、それはもう散々からかわれた。お赤飯まで炊いてきた。


「あの千晴がここまで骨抜きにされるなんて、感慨深いわねぇ。お姉さん、嬉しくて泣いちゃいそう」

「なっ、なな、何言ってんのぉ!? ていうか同い年だから!」

「まあまあ、そんなに照れなくてもいいじゃない。それより、二人ってもうキスしたの? ぶっちゃけエロいことやっちゃったの?」

「はあ!? す、するわけないじゃん!!」

「いや、付き合ってるんだったら普通するでしょ」

「それが千晴さんは―――」

「おわああああ!! 柚葉は黙ってて! いらんこと喋らないで!」


美空はツボにはまったのか腹を抱えて笑っていて、小憎らしいことに柚葉も小さな笑みを漏らしていた。

ああもう、また良いように遊ばれている。もっと毅然とした態度でスルーしてればいいのだろうが、どうやらまだまだ修行が足りないらしい。

いつになったら、余裕を持って受け流せるようになるのだろう。いや、どう頑張ってもやっぱり一生無理のような気がする。


「エロいことなら、いつも不特定多数にやってるじゃないの」

「た、平!?」


憮然とした表情で美空の隣に座ったのは、食べかけのアイスを片手に持った平だった。

そういえば柚葉は“美空たち”と言っていたから、彼女も一緒に遊びに来ていたのだろう。ということは、姿が見えないけど菜月も来ているんだろうか。


「まったく、迎えの迎えが帰ってこないから来てみれば、あんたたち何やってんのよ」

「あの、そういう平さんはなんで私のとっておきのアイスを勝手に食べてるの?」

「これ? あなたのお婆さんがくれたんだけど」

「ばあちゃんはまた余計なことをしてっ!」


今日の作業が終わったご褒美として、大事にとっておいたのに。

それ、期間限定のお高いアイスで、奮発して買ったものなのに。

普通のアイスだったらどうでも良かったけれど、食べるのを我慢して取っておいた貴重なアイスなので、どうしても諦めきれない。


「ええい、食べかけでもいいや! 残った分だけでも食べる!」

「は、はあ!? 嫌よ、なんで食べかけのアイスを返さないといけないのよ!!」

「問答無用! 力ずくで奪い返す!! そのアイスを寄こせ平!」

「ちょ、こっち来ないでよ!」


アイスを取り戻すため、縁側にいる平の元へ早足で向かう。

しかし、逃げようとしている平を取り押さえようとしたはいいものの、置きっぱなしだった耕具に躓いてしまい、ぐらりと身体が傾く。


「げっ…!?」

「あんたって奴わああああああっ!!!」


そのまま倒れたら踏石に顔をぶつけてしまうところだったが、間一髪で平が受け止めてくれた。

倒れた瞬間チラリと見えた平の表情があまりにも必死だったので、きっと無我夢中で助けてくれたんだろう。なんだかんだ言っても、平はいい奴なのだ。

強気で口が悪くて怒りっぽいけど、努力家で根は優しい、そんな彼女が友人でいてくれることを誇らしいと思う。


「ありがとう、平」


だから誠心誠意、これ以上ないってくらい心をこめて感謝を伝えた。つもりだった。


「……ねえ。言いたいことは、それだけなの?」

「マジごめんなさい」

「謝れば済むとでも? 感謝を伝えれば、怒りが収まるとでも?」


平が怒りで震えているので、彼女に抱きついている私も同様に震えてしまう。そう、平は私を受け止めてくれた。

しかし受け止め方が良くなかったのか、私の顔はちょうど平の胸元へ埋まるような形になり、両手は控えめな二つの膨らみへ置かれている。

状況を認めるのが怖くて動けなかったけど、さすがにこのままだと色々よろしくないので彼女を刺激しないようゆっくり離れる。

誤魔化すようににっこり笑うと、平は目元に涙を浮かべて真っ赤になりながら鬼の形相でこちらを睨んだ。


「へっ、変態! この変態っ!!」

「ご、ごめんってば。ていうかあんまり感触なくて実感なかったし……すぐに胸ってわからなかったし……膨らみ?って感じで…」

「あぁ!? 今、なんて言った!?」

「なんでもないです。心よりお詫び申し上げます」


私をしっかり受け止めるためか、平が持っていたアイスは無残にも地面に落ちて溶けていた。私が全て悪いのだから、しかたない。

今はそんなことより、どうやって怒れる平さんを鎮めようかと知恵を絞らなければならない。

いつもなら菜月が平を諌めてくれるのだが、その彼女はこの場にはいない。美空と柚葉はいるのだが――。


「あははは、あー楽しい。そうだ千晴、こっち向いてくれる? 記念に写真撮りたいから」

「なんの記念!? 今撮る必要あるの!?」


どこに隠し持っていたのか、美空は先日奮発して買ったと言っていた一眼レフカメラを構えている。おいこらやめろ、無駄に高性能なカメラで撮るな。


「ふふ、頑張ってくださいね。千晴さん」


柚葉は普通に笑っているけど、その笑顔に騙されてはいけない。あれでも、少しだけ怒っているのだ。

付き合い始めてからここ数ヶ月、それなりに色々あって学んだので、微妙な変化に気付くことができるようになった。

それでもやはり気付けないことがあるし、わからないことも沢山あるけれど、とにかく柚葉にはあとで謝っておこう。


「さて、どんな罰がいい? 天吹」


平も頑張って笑っているけれど、隠し切れないほどの怒りが全体から滲み出ていて余計に怖い。拳を鳴らしてる時点でもうすでに怖いんだけど。

一体どんな罰を受けてしまうのか気になるが、それ以上にこの場から逃げてしまいたい。私、逃げてもいいよね。



「あれ、みんな何やってるの?」



愉快なんだか殺伐としてるんだかよくわからない微妙な空気を切り裂く、癒しの声。

やはり菜月も遊びに来ていたんだなぁと、救いを求めるように声のした縁側に視線を移す。


「助かった、なつ……菜月?」

「ああ菜月もこっちに来たのね――って、ええええええ!?」

「あ、やっぱり、その。これ……へ、変かなぁ」


奥の部屋から現れた菜月は、どういうわけかメイド服を着ていた。

一般住宅にメイド服の少女というのは少々違和感があるが、沢山のレースが付いてフワフワした服は、ふわふわしている?菜月によく似合っている。

でも、まさかそれ私服ってわけでもないよね。菜月はいつも可愛らしい私服を着ているけど、さすがにメイド服を着たところは見たことがない。

状況が飲み込めなくて平を見ると、「私も知らない」と驚いた顔をして大げさに首を横に振っていた。

て、ことは、平たちといた時は普通の格好をしていたことになるけれど。


「どうだい、私の秘蔵の衣装は。菜月ちゃんにピッタリで可愛いだろう?」

「う、うん。確かに可愛い…………って、ばあちゃんの仕業かぁああ!!」


菜月の後ろからひょっこりドヤ顔を出したのは、うちのばあちゃんだった。

私の大事な幼馴染にコスプレを強要するとか、なんて非道なことをしてくれたんだ。身内として恥ずかしいわ。

しかもそのメイド服、胸元とか結構強調されていてやばくない? 特に菜月はその、大きめなので、余計、やらしいというか。


「えっと、似合ってる、かな? 恥ずかしいけど、こういう服、一度着てみたかったんだ」

「「超似合ってる」」


私と平は即答した。美空と柚葉も同意見のようで、絶賛している。

えへへ、と照れながら微笑んでいる菜月は、本当に可愛くて天使のようだった。


「他にもチャイナ服や白衣みたいな衣装もあるんだがねぇ。あ、おすすめは某アニメのバニーコスなんだが」

「ばあちゃんはいい加減にしなさい」


大体なんでそんな衣装を持ってるの? 自分で着たりしてたら泣いちゃうよ? 所持してる時点でもうどん引きしてるけど。


「くくく、そんなこと言ってぇ。柚葉に着て欲しいとか思ってるんだろぅ?ん~? 正直に言ってごらーん?」

「は? 全然そんなこと思ってないっての。そんな服着なくても柚葉は柚葉のままでいいんだって…………あ」


周りのみんなが、生暖かい目で私を見ていた。

ああ、今の発言は、惚気と思われているんだろう。自分でもそう思う。

柚葉は珍しく照れていて、頬を染めて気恥ずかしそうに下を向いていた。うぅ、こういう時だけそんな反応はずるい。


「春ねぇ」

「春ね」

「春だね」


もう勘弁して下さい。

ばあちゃんは満足したのか「あとは若い者同士で楽しんどくれ」と、自分の部屋へ戻っていった。


「千晴♪」

「……なに?」


美空の呼び声に応えて顔を上げると、パシャッと眩しい閃光を浴びせられた。

突然のフラッシュに驚いて呆然としていると、美空はカメラから顔を離して、満面の笑みでVサインを作った。


「なんで撮った!?」

「んー、青春記念?」

「いや、そういうのいいから」

「ふふふ、だって撮るの楽しいんだもの」

「そういや美空は携帯とかでいろんな写真撮るの好きだったよね……将来はカメラマンにでもなったら?」

「あら、それもいいかもね」

「いいんだ」


今度は菜月を被写体にして、あらゆる角度から撮り始めていた。標的が私から菜月に変わったので、とりあえず一安心。

菜月は撮られることが嫌ではないようで、むしろ撮られて喜んでいるようだった。美空も楽しそうにシャッターを押している。連写しまくっている。

……楽しそうで何よりだが、うちがコスプレ会場になった気分で酷く落ち着かない。


「カメラマンってのも悪くないかもね、本気で。……そうだ、上原ちゃんは将来の夢とかあるの?」


美空は撮影の手を休めて縁側に座り、いきなり質問を始めた。


「え? えっと、できればアパレル関係の仕事に就きたいなぁって」


へぇ、初めて聞いた。でも菜月らしくていいんじゃないかな。ピッタリだと思う。


「平ちゃんは?」

「え、私? 別に将来なりたいものなんてないわよ。将来なんて適当に就職して適当に働くつもりだったけど……なによ天吹、その顔」

「いや、意外だなって。平って、もっと夢のある生き方すると思ってたから」

「夢ならあるわよ。私、将来の夢っていうか、叶えたい夢があるの」


そう言って、平は真っ直ぐな目をする。


「高校や大学を卒業して社会人になっても、ずっと走り続ける。一番前を目指して、満足のいく記録を出す。そんな夢を必ず実現してみせるわ」

「やっぱり平らしい」

「でしょ?」


平はいつだって妥協せず、全力なのだ。そんな彼女が適当な生き方をするはずがない。

照れくさそうに頬をかいて、でも恥じることなく、彼女は堂々と自分の夢を語った。


「大須賀ちゃんは?」

「私の夢はもう叶っていますから」


柚葉は私の方を向いて、にっこりと笑う。え、なに? もしかして将来の夢は永久就職とか、そんな感じのこと?

それはそれで柚葉らしいんだけど、もっと大きな夢を持って欲しいかな。

ほら、勘付いたみなさんがまた私のことを生暖かい目で見てるから。いい加減、居た堪れないんですけど。


「で、千晴は?」

「秘密」

「ちょっとあんたねぇ。この流れでその答えはないんじゃないの?」

「もう、ずるいよ千晴ちゃん」

「ごめんごめん。私も平と似たような感じで、叶えたい夢があるんだけど……でも、まだ言えないかな。いつか必ず言うから」


小さい頃から、ずっと葉月さんのような警察官になるのが夢だった。

悪い人を捕まえて、困っている人を助けることのできる強い人間になりたかった。でも、満足に動くことのできない自分では、その夢は絶対に叶えられないのだ。

自分を形作ってきた夢を諦めることは、結構、悔しかったけれど。でも、私はもう違う夢を見つけている。

そして、その夢はすでに始まっているのだ。


そして――――自分の夢を告げるのはきっと、その夢が終わる時だろう。



「まったく千晴ったら。……しかたないわねぇ」


美空は私の傍まで来たかと思うと、豪快に肩を抱いて自分の方に引き寄せる。抵抗しようにも相変わらず凄い力なので、されるがままだ。

抗議の視線を向けてもやはり効果はなく、どこ吹く風で無視されてしまった。


「よーし! 今からみんなで花見に行きましょう!」


「へ?」


いきなりなにを言い出すんだ美空は。突然にも程がある……って、いつものことか。

美空の突拍子のない行動は、今に始まったことじゃない。


「だって今年はまだ花見に行ってないんだもの。ここに来る途中に咲いてた桜、満開ですっごく綺麗だったんだから」

「まあ、たしかに綺麗だったわね。私もまだ花見やってないから、賛成だわ」

「私も賛成! えっと、流石にメイド服のままだと恥ずかしいから着替えてくるね」

「「いや、そのままで」」

「えっ」


はっ。何故か無意識に引き止めてしまった。恐るべし、メイドの力。


「私も賛成です。前もって計画を立てていたら、お弁当を作れたんですけど」

「そうねぇ。大須賀ちゃんの作るお弁当が食べられないのは残念だけど、それは来年の楽しみにとっておきましょうか。

 今日はとりあえず、あるもの持って桜の下で馬鹿騒ぎね」

「馬鹿騒ぎて……」


この辺りは民家も人通りも少ないから、迷惑は掛からないだろうけど。


「千晴さんも、行きますよね?」


柚葉が私を見る。

美空も、平も、菜月も。


私が返事をするのを、じっと待っている。



「うん。もちろん、行くよ」



差し出された手をとる。

もう怖くはないから、躊躇ったりしない。



「じゃあ、行こうか! みんなで花見!」



「「「「 おー!! 」」」」



今は、今しかない。

なら、全力で楽しまなきゃ損だ。

この先何があったとしても、こうやって楽しんだ時間だけは、ずっと輝いたまま残っているはずだから。



だから。



私の周りで騒いでいる友人と。

こっそりこちらを伺っているばあちゃんと。

一生を共にする最愛の人と。


そして。




「行ってきます」




清々しく晴れ渡った青空に向けて、私は笑った。






 

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― 新着の感想 ―
[一言] その後、花見現場ではメイド菜月に野次馬がざわめくのであった···
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