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第七章「プリズム・アーク」-後編-
 翌朝。リースティアの街は静まり返っていた。その静かさが明らかに不自然で、不気味である。嵐の前の静けさとはこのことか、とウィノアは思った。
「じゃあ、ミスト。行ってくるね」
「……気をつけてね。ソフィアさんとシュルクさん、でしたよね? ウィノアと、みんなをお願いします」
 そう言ってミストが頭を下げると、二人もまた、頭を下げた。
 昨日の夜相談した結果、エリュミナの古城にはウィノア、ソフィア、シュルク、恭介、ヴェナスの五人。エリオ、リリーナ、アナベルの三人はレジスタンスと騎士団の衝突を監視、可能ならば回避するように動くことにした。エリオの発言力はまだ依然として騎士団の中では高く、また、アナベルとリリーナはアマジーグに顔が利くためである。
 エリュミナの古城はリースティアの北北西。馬に乗って行けば半日で到達する位置にある。しかし、その環境から馬で行くことは不可能であった。
「さて、それじゃ行きましょ」
 ソフィアがいつもの陽気さで言う。まるでハイキングか何かに行くようなテンションであった。
「……はあ。記憶にある限り成功した試しはないんだけど」
 ウィノアが緊張しながら言う。
「姫様は補助系統の魔術は苦手とされておりましたからね」
 シュルクが言った。心なしか、笑っているようにも見える。
「え、攻撃系統は扱えるのに、補助系統は無理だったんですか?」
 不思議そうにヴェナスが言った。
「うーん、確かに理ならそう思うだろうね。でも、光は違うのよ。攻撃より補助のほうが扱いが難しいの」
 ソフィアが言う。そうなのですか! と、ヴェナスがメモをとっていた。
「じゃあ、行くよ」
 ウィノアが目を閉じる。理系統のそれとは集中の深さが違うのだ。少しでも扱いを誤れば術は失敗する。
「……これは」
 ヴェナスが驚嘆する。ウィノアの右手の甲から、昨夜と同じ淡い虹の光。その光はだんだん強くなるにつれ、色を失い白くなっていく。
 眩いばかりに光ったとき、ウィノアはその術の名を詠唱した。
「『天翔る翼(アーラ)!』」
 途端、ウィノアを中心に五人を取り囲むように白い光の円陣が出現する。
「すごい……これが光の魔術」
 円の外側で見ていたリリーナが見とれるようにして言った。
 円陣は地面から少しずつ浮き上がり、それと同時に五人の体も上昇していく。
「うわっ……すごいな、これは」
 思わず恭介は自分の足元を手でぺたぺたと触ってみた。そこには見えざる壁があるうように硬い何かを感じる。
 ある程度まで上昇すると、円陣は徐々に球体をなし、五人を包みこんだ。
「ふう」
「お疲れ様、ウィノア。まずまず成功ってところじゃない」
「まあね……」
 ウィノアはちょっと納得がいかないように自分の作りだした球体を見回した。
「……これのどこがまずまずなんだ?」
 恭介も見回して言う。ちゃんと浮いてるじゃないか、と彼は思った。
「いやあ、アレ見てよ、アレ」 
 ウィノアが恥ずかしそうに指をさす。その先は球体の外面を指示していた。
「……あれって」
 ちょこん、と何か出ている。よく見てみると……
「翼……?」
「本当はアレより遥かに大きいんだけど」
 そこにあったのは、小型セキセイインコ程の可愛らしい翼であった。
「……あれで進むのか?」
「……馬よりはちょっと早い感じ」
ウィノアがぼそっと言う。
「結構速いですね、それは」
 ヴェナスが唖然として言った。
「ちょっと疲れた……」
 ぺたり、とウィノアは座り込んだ。
「ま、発動したら後は行き先を入れてあげれば進むから休んでたらいいわ」
「そうね、そうするわ」
 ソフィアに促され、ウィノアはもたれる様にして目を閉じた。同時に行き先が入力されたのか、小さな翼がパタパタと動きだす。
 が、翼はパタパタしているだけなのだが、その速度ときたら中々のものだった。
「あの翼でよくもこれだけ……」
 恭介が地上を見ながら言った。地上四十メートル程だろうか。時速八十キロの速度で球体は北北西へと飛んでいく。その光景はあまりにも不釣り合いで笑えるものがあった。
「で」
 ウィノアが、くー、などと可愛らしい寝息を立ててる横で、ソフィアが恭介を見てにやりと笑った。
「な、なんすか」
 その笑みを見て、恭介はただならぬ気配を感じ取って後ずさった。しかし、ここは空の密室である。逃げ場はない。
「あなた、キョウスケ……じゃない、恭、介、恭介だったわよね?」
「は、はい」
 律儀に発音を修正しながらソフィアが恭介を追い詰める。
「あなた、ウィノアとどういう関係? あと、その髪の毛……どこから来たの? それとも染めてるだけ?」
「え、いや……お、俺は……」
 異世界から来ました! などと突拍子もない事を言っていいものか恭介が悩んでいると、横からヴェナスが口をはさんだ。
「恭介君は、こことはまた別の世界からやってきたんですよ」
 その言葉を聞いて、ソフィアはしばらく唖然としていた。シュルクでさえも少しだけ驚きの色が出ている。
「……なるほどね。信じがたい話だけど。この大陸ならほとんど回ったけど、黒い髪の子なんてあなたがやっと二人目。他で見た事なんか無いわ。それにその剣……精霊剣って言うのはわかってたけど、とんでもないもの飼ってるわね」
 瞬間、鞘が光った。何かが飛び出て来る。
「ぶっ」
 恭介が何かに顔面を蹴り倒されて転んだ。
「『飼ってる』じゃないです、私が仕方なーく、力を『貸してる』んです」
 どうやら精霊としてのプライドに触れたらしかった。エリーは機嫌が悪そうにふん、と鼻を鳴らす。
「始祖精霊……だったわよね? 初めてみたわ。可愛いのね……もっとゴテゴテしてるのを想像してたんだけど」
「姿形は別に自由ですよ。私は風ですから。実体を持ちませんので」
 エリーが得意げに言った。が、姿かたちが小さいのであまり威厳は無い。
「じゃあ、なんでそんな可愛らしい姿をしてるのかな?」
「マスターの趣味です」
「なっ」
 依然として地面に倒れていた恭介が異議を唱えたが、ソフィアは好奇心丸出しの眼で恭介を見ていた。
「バカ! 俺が何時からそんな趣味になった!」
「じゃあ、どんなのが好み? リリーナさん? ミストさん? 私? それとも、孤児院にいたあの小さな女の子? ああ、この精霊さんがあなたの理想形?」
 楽しそうに矢継ぎ早にソフィアは恭介を責め立てた。
「うっ……」
「ああ、ごめんごめん。やっぱり、ウィノア?」
 ずいっとソフィアは恭介に顔を寄せると言った。
「~~~っ!」
「あーっやっぱり! ウィノアの事好きなの? 好きなんだ!?」
「大きい声を出すなっ」
 恭介が反論するも、ソフィアは聞いていない。ヴェナスはまた別の事を考えているようで、シュルクはそもそも凍ったように反応が無かった。
「ふーっ」
 ひとしきり弄んで満足したのか、腰を落ち着けるとソフィアは大きく息を吐いた。
「で、ホントのところどうなの? ウィノアの事好き?」
「……まだ彼女とすごした時間は短いですから。そんなことはわかりませんよ」
「別にごまかさなくてもいいのよ? 本人は寝ちゃってるし」
 ソフィアはそう言った。その瞳の色は先ほどのような好奇心ではなく、妹を案じる姉のような優しさを湛えている。
「……俺は異世界から来たんですよ? この意味がわからないわけじゃないでしょう?」
「……よね、やっぱり」
 ソフィアは少し遠い眼をする。
「でも、あなたは積極的にかかわって、ついにはこんなところまで来ちゃったのね。なんでかしら」
「それは……」
 恭介は言い淀んだ。
「今すぐに決めろとは言わないわ。でも、後々自分が苦しまない選択をしなさい」
 ソフィアはそういうと、難しい話はこれで終わり、と自分に言うかのように呟いた。


「で、どうすんだエリオ」
「さあな」
「能天気ねえ」
 と、五人が去った後の孤児院前で三人は呟いた。ミストと子供達を守るため、圧政から解放するためにも敵は政府なのは間違いない。だが、騎士団も犠牲者と言えば犠牲者だ。やはりカルカロフこそ諸悪の権現であろう。 
 しかし、肝心のレジスタンスの位置は今だつかめていなかったのである。騎士団ならわかるものの、それでは意味がない。
「ん、エリオ、なんだその剣」
 アナベルがエリオの背負った大きな剣を見た。柄の部分に見た事のない、水晶のようなものが収まっている。少なくともアナベルには見覚えのない剣だ。
「ヴェナスに借りた魔剣の一種だ」
「ま、魔剣って……」
「なんでも、使うものがみんな幻覚を見るらしくてな。名剣だというのにそんな迷信に踊らされて使われぬのも剣が可哀相というものだ。幽霊なぞ、見えようはずがない」
 エリオはやれやれ、と言ったように剣を握りながら呟いた。
「ち、ちなみに今見える範囲に何人いるの?」
「何を言っている。五人に決まっているだろう」
 アナベルとリリーナは一生懸命周囲をみた。そして、しばらくして顔を見合わせて同時に言った。
「「三人」」
 そして、二人そろってエリオをもう一度見る。
「五人だ」
「「「……」」」
 三人して沈黙する。
「なあ、エリオ。ソレやばいんじゃないか」
「……まあ、問題はあるまい」
「怖……なんか怖い」
 アナベルとリリーナはエリオの背中の剣をまじまじと見る。言われてみれば何やら黒いものを感じるかもしれない、と二人は思った。
「さて、レジスタンスを探さねばならないが……どこから探そうか」
「レジスタンスになったつもりで考えたらわかるんじゃない?」
 リリーナが言う。アナベルがそれを聞いて手を叩いた。
「ああ、なるほどな。それなら俺、得意だぜ」
「……あんたが言うと無性に寒気がするんだけど。まあ、やってみてよ」
 アナベルは元々が暗殺者アサシンである。つまり、自分が攻めるならどうするかという観点で考えればいいのだ。
「一対一では確実に騎士団が上だ。なら絶対真正面からは来ない。素直な戦法は全部疑った方がいいだろう……。そもそもこの街は城塞都市……外からの攻めには強い。なら……」
 ハッとしたような顔でアナベルは顔をあげた。
「北旧市街……地下街だ。あそこなら、うまくやれば誰にも気づかれない!」
「は? 何言ってるの、あそこは一般の人だって利用して……あ……」
「盲点だったな。確かにあそこなら、道を一本増やしたところで誰も気づかん」
 三人は頷くと、北旧市街へと走り出した。


 リースティア、物見の塔。寸胴の大きな塔の上に、細身の尖塔がそびえる形をしている。東の物見の塔の見張り番は、尖塔のてっぺんから降りて、今は寸胴の塔の上で休んでいた。 がちゃ、と音がして城と塔をつなぐらせん階段の扉が開く。
「あ、隊長」
見張り番をしていた騎士は慌てて体制を整える。
「お前、こんなときにサボりか? 何を考えている!」
「い、いえ、違うんですよ」
 騎士はそう言いながら尖塔のてっぺんを指差した。隊長が見上げると、そこには黒い髪の毛が僅かになびいているのが見える。
「……団長殿か?」
「ええ。代われ、と申されまして」
「ふむ、何かあるのだろうか」
「いえ……おそらく景色を見たいだけではないでしょうか。平素はよくああしてらっしゃられますから」
 騎士がそう、嬉しそうに言う。
「ん、お前。何でそんな事を知っている。普段は見張り番なぞしとらんだろうが」
「あ」
「貴様……」
 なんだかんだでナオは騎士の間では人気なのであった。その容姿はほとんどが男だらけの騎士団の花でもある。

「……なんだろう」
 ナオは空の一点を見ていた。なにか光る円球のものが空をふわふわと飛んでいる。その光景を不思議だなあ、と思いながら見ていたのだが、そんな自分が少しおかしいと思った。
「心、無いのに」
 そう無表情で呟いてみるが、先ほどの感覚が忘れられる事はない。そもそも、おかしいと思うこと自体『おかしい』んじゃないだろうか、とも思う。
 と、その時。声が聞こえた。呼ばれている。数十メートルは落差があるというのに、ナオはそこから寸胴の塔の上まで飛び降りる。
「うお」
  騎士が驚きの声を上げるその前に、ナオはふわりと音もさせずに着地した。その様は猫顔負けである。
「呼ばれたから、行ってくる。続きお願い」
 そう呟くとナオはカルカロフの元へと向かった。
「ああしてみると、団長も年相応に可愛いですよね」
 騎士がそう言った横で隊長は首をかしげた。
「いやあ、しかし。最初に見たときは本当に人形かと思うたもんだ。最近じゃ随分と『楽しそう』に見える」
「あ、やっぱり隊長もそう思いますか」
「おお、見えるとも。って、早く持ち場に戻らんか」
「は、ハイッ」
 慌てて戻って行く騎士の後ろ姿を見ながら、隊長はため息を一回だけつくとすぐに表情を引き締め、次の自分の部下を見にその場を離れた。
 騎士たちは揃って言う。最近の団長は『楽しそう』だ、と。彼らとナオの付き合いは長い。共に過ごした日々もたくさんある。彼らと共にした日が彼女に何らかの変化を生んだのか、それとも彼らが感じられるようになっただけなのかは分からないが、彼らはナオの事をよく理解していた。
 騎士たち以外、誰にも語られない物語が彼らとナオの間にはあったのだろう。そうとしか思えないほど、騎士の大多数はナオの事を信頼していた。


「見えてきたわね」
 ソフィアさんが身を乗り出しながら言う。目をよくこらさないとその影はまだ見えづらい。だが、ほとんどホワイトアウトした風景の中に、その古城は悠然とそびえていた。
「……あれがエリュミナの古城か」
 俺はまじまじとその城を見た。だんだん近づいてくるにつれ、その姿がはっきりとしてくる。かなり大きく、ヨーロッパにあるような城とはまた違う姿。城、というよりは要塞、といったほうがしっくりくる感じだ。
「……そろそろ下降するわ」
 ウィノアが言った。同時に、ゆっくりと球体が下に降り始める。
「……なんか寒くなってきたぞ」
「魔術の効果が消え始めているのでしょう。降りたらすぐエリュミナまで。そうしなきゃ凍りますからね」
 防寒具を纏いながらヴェナスさんが言った。
「いい、みんな。行くよ」
「ああ、大丈夫」
 右手に剣を握り、ウィノアの言葉に応える。
 パリン、と、例えるならば光学顕微鏡に用いるガラスカバーが割れた音。それくらい頼りない薄いガラスが割れたような音だった。
 同時に、とんでもない冷気が襲い来る。冷凍庫とか、水族館によくある南極体験とかそんなレベルじゃない。俺が元の世界で経験した事のない、すさまじい暴力的な寒さだった。
「急いで! このあたり一帯は特に寒いわ!」
 ソフィアさんの声が聞こえる。が、横を向いている余裕があるわけでもなく、古城に向かって走った。門まで約百メートルくらい。
 雪は降っていないが、地面は氷の粒で覆われていて、足を踏み込むたびにバリバリという音がする。時折吹いてくる風でそれらが舞い上がり、視界を白く奪っていった。
 やっとのことで城に入りこむと、打って変わって温かな空気が満ちていた。
「はー、これは助かる」
 息をついてから気づいた。この暖かさは少し異様だ。城の門のそばに立つ。だが、門は開いているというのに冷気は感じられない。まるで、完全に遮断しているかのように。
「……ああ、不思議でしょ。それがこの城の魔術の力。簡単に言うと、『この建物中に入った空気は一定以上の温度でなければならない』っていう制約が働いてそうなるの」
 俺の行動を見て気付いたのか、ソフィアさんが説明してくれた。
「伝説には聞いてましたが……エリュミナの力とはこれほどのものだったんですね」
 城の壁に手を当てたり、いろんなところをじっくりと見ながらヴェナスさんが言った。
「この奥にヨシュア様が幽閉されているのね」
 ウィノアが目正面を見据えた。門から入った先は巨大なホール。左と右に分かれる通路と、真正面に大きな扉がある。おそらく真正面の扉は王座だろう――と、その瞬間だった。
「――!!」
 異質な雄叫び。最早言葉で言い表せないその不快な絶叫は何のものだったか。
「まさか……!」
 皆が身構える。数秒遅れて真正面の木製の扉が吹き飛び、何がどうなったのか、扉のあった場所が大きく抉れ、土煙が舞い上がる。
「ロアではないようですが……」
 ヴェナスさんが土煙の向こう側を見据えていった。
「『泥人形ゴーレム』」
 短く、シュルクさんが呟く。あの一瞬で彼にはその姿が見えていたようだった。
「恭介、早くエリーを! ある意味ロアより手ごわいかもしれない!」
 ウィノアの言葉を聞きながら、俺は土煙の中から現れた、伝説に語られる生き物を見た。鋭い牙、爪、雄大な翼、血の様に染まる眼……まさにそれは『西洋龍ドラゴン』そのものではないか。
「ドラゴン……?」
「ううん、これはソレを模した人形よ。とはいえ、人形師が長い期間をかけて作り上げる『泥人形ゴーレム』は、本物に近い実力を持つこともあるわ……」
 誰が想像できただろうか。まさか、生きているうちに、偽物とはいえドラゴンを目の前にするとは。まるでロールプレイングゲームの世界に迷い込んだかのようだ。
 しかし、その大きさときたら予想以上。運動場のど真ん中から学校の校舎を見ているかのよう。そのくらい大きい。
「注意しろ、何を吐いてくるかわからんぞ。毒だけには気をつけるんだ」
 シュルクさんが珍しく物を言うということは、それだけ危険なのだろう。目の前のトカゲとも、蛇ともつかない顔をした『泥人形ゴーレム』は、俺たちに襲い来るべく、その鋼さえも引き裂きそうな凶悪な爪をもつ、大木のように太い腕を天高く振り上げた。
 
ナオと騎士団の物語はいずれサイドストーリーとして書きたいものです・・・。
さて、一巻分として書いているこの話も終わりが見えてまいりました。
現在、この文量でワード96枚分であります。
ワード120枚分を超えた時点で、区切りのいい場所で一巻は終了します。
二巻を書くかどうかは需要次第ってところでしょうか。
需要がないようならこのお話はここまでにして、また別の物語を紡ぎたいと思います。
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