彼に深く腰掛けてもらって、私は彼の間に膝をつき、静かに包帯に手を掛ける。するすると解いている間、間が持たないとでも思ったのか、彼は話を続けた。
「今回は召喚術に失敗してしまって、少し持っていかれました……」
「召喚、ですか?」
悪魔とか魔物とかだろうか? 凄くファンタジーな感じがする。ぽつりと重ねた私に、彼は「はい」と頷いた。
「ワタシは国に属する魔術師なのですが……っ」
最後のひと巻きを取り終えると、押さえてあった油紙もそっと剥がす。化膿してしまっている傷口に触ったのか、言葉を切って息を詰めた彼に短く謝った。
彼の脇腹は丁度私の両手を広げて押さえられるくらいの範囲で、変色していた。爛れた皮膚は黒くなり……壊死し始めている気がする。
「辛ければ、私に掴っておいてください」
そう、前置いてから私は傷口に手を触れて最初は軽く力を込める。
ねっとりとした、皮膚が私の手のひらに纏わりつき、今この手を離したら彼の一部も付いてきそうだ。現実でこんなことがあれば、きっと卒倒しているだろう。
徐々に加える力を強くすれば、最初は躊躇していたかに思われた彼の腕は強く私を抱き締めて、痛いくらいに力が込められる。
私の肩口に額を押し付け、熱く苦しげな息を吐く。
軽いものだったら、痛みを感じることもなく直ぐに癒えてしまうのに……私の力不足だったらと思うと申し訳ない気持ちになってしまった。
もっと、早く確実に……治ったときの状態を強くイメージして手のひらの力を強めると、同じだけかそれ以上の力が込められる。
「―― ……っ」
あまりの苦しさに息を詰めてしまうと、その機微に気が付いたのか、ふと腕の力が弱まった。優しい人なのだなと思う。
そして、彼の呼吸が穏やかになるのと同時に手のひらに感じていた違和感がなくなる。ゆっくりと手を解けば、外傷は嘘のように治っていた。
「少しは楽になりましたか?」
抱き締められたまま顔を上げれば、彼は腕を解くこともしないで、こくんっと頷いた。
「他に、何を奪われたのですか?」
静かにそう続けて問質せば、彼は暫らく沈黙してから…… ――
「大切な人の、命を、持っていかれました」
ああ、彼の瞳の濁りはそのせいだろうと憶測出来た。
苦しげな彼は私の肩から頭を起こすと、その淀んだ瞳で私を見詰めて、つっと距離を詰める。鼻先の触れ合う距離で、静かに瞼が落とされ私も同じように瞳を閉じた。
柔らかく静かに重ねられる口付け。気遣わしげに、甘く食んでいた唇から割り入ってきた舌先を抵抗なく受け入れると回されていた腕に再び力が篭り、強く深く貪られた。
「―― ……っん、」
吐息の合間に彼は誰かを呼んでいる。私の名など知るはずもないから、きっと大切な誰かだろう。こんなことで本当に癒されるのだろうか? 疑問に感じつつも私はやはり抵抗しない。
くんっと腕を引かれて、寝台に押し倒される。
不思議な色をした髪が、真っ白なシーツの上にふわりと広がる。するすると着ている物を解かれていってもどこか他人事のように捉えることが出来るのは、この世界が夢、だからなのか、もしくは私が神子だなんて呼ばれてしまう存在なのだからなのかは分からない。
ただ、無感情でいられた。いられるように努めた。
上気する肌の色まではどうしようもないけれど、極力声も押し留め、表情も変えぬように最中はずっと別のことを考えるようにしている。そう、しているのに、本当にさっきまで怪我人だったのかと思うくらい彼は回数を重ねるごとに、強く私を求める。
「ん、んん……っぃ、」
余りに長く抱かれていると、相手が良く分からなくなってくる。
思わず盛らしてしまった声に顔を逸らし、枕に頬を押し付けて、きゅっと瞳を閉じる。
違う、この人は違う。
私を愛してくれているわけではなくて、私に心の拠り所を今求めているだけだ。私にヘンテコな力がなければ、私にこんなことをしようと思ってくれる人じゃない。
頭では分かっている。
理解しているつもりなのに、どんどんっと押し寄せられる波に理性が悲鳴を上げる。
「……姫、神子姫、様」
「っ、ん……は、ぃ」
いつの間に彼は私を抱いている気になったのだろう? 掠れる音を唇から漏らすと、押し殺していた官能が一気に身体中に巡ってくる。
嫌だ、駄目。
やめてっ。
そう思っているのに、もう止められなかった。
殆ど反射的に腕を伸ばし、彼の身体を強く掻き抱いて彼の肩口で声を押し殺して身体を震わせた。生理的な涙が頬を伝い、荒い息でもっと空気が欲しいと喘ぐ。
どくどくと下腹部が脈打っている。
前はこんなことなかったのに、人形であるだけに徹することが出来ていたのに、時折、彼と被ってしまって気持ちが抑えられなくなる。
最低だと自己嫌悪。
最初からこういう立場であることを理解してもらっているから、成り立っていると思っているけど、とても脆いだろうなとも感じている。
「―― ……姫、また貴女の元を訪れたい……」
「あまり、怪我をされるのは良くないと思います」
ぼんやりと天蓋を見詰めて、無感情にそう答える。
刹那覗かせてしまった情念を夢幻の中の出来事であったように蓋をしたくて、余計に強く感情に蓋をして告げる。それでも彼は「また来ます」と重ねて私を抱き締めたまま隣りで眠ってしまった。
ああ、もう……考えるのが面倒だ……。
私もぐったりとした気分で瞼を落とした。

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