「私の風邪がウツってしまったのかもしれないです。本当すみません」
スムーズに箸が進むのを眺めながらしょんぼりと口にすれば、店長さんはくすりと微笑んで「それなら良いのですけど」と肩を竦める。
感染ってしまうのは駄目だと思うけど、それより悪いことがあるということなのかな?
「この時期良く体調崩すんです。今年は乗り越えるかなーと思っていたんですけどねぇ」
「寒くなりますから仕方ないですよね」
と有り体のことを口にしてしまった私に店長さんは「そうですね」と、頷きつつ眉を僅かに寄せて口角を上げる。
何か間違ってしまっただろうか? と私が首を傾げるよりも早く「お変わりください」と空っぽになったお茶碗を渡された。
食欲はあるようで良かった。
「うちで誰かが作ったものを食べるのは初めてに近いです。なんだかくすぐったいですね」
いわれて小夜子さんのことが思い出される。
激しく家事一般が駄目だといっていたことを思い出すとちょっと笑いが零れてしまった。
「元気になったらまた何か作ると……ああ、快気祝いをするんでしたよね? 何か作りましょう」
私が作ったもので良いのならいくらだって作る。
「美味しい」と嬉しそうに食べてもらえる方が、私だって嬉しい。ふと自宅の食卓を思い出して切なくなる。
「どうかしましたか?」
「え、いえ。その……早く良くなると良いですね」
よもや家のことを持ち込むことは出来ない。
私がその場を取り繕うようにそういうと「直ぐ良くなりますよ」と微笑んでもらえてほっとする。
「早く店を開けないと貴女も困りますよね?」
「え、あ、いえ、そうではなくて……」
ただ純粋に元気になって欲しかっただけなんだけど。
何となく、守銭奴みたいに思われたような気がして悲しくなった。
「ああ、苛めるようなことをいってすみません。何かいい掛けて止めてしまったようだったのでちょっと意地悪でしたね」
バレていた。
小夜子さんがいっていたように、二人とも他人の機微に敏感なのだろう。ということは、余計な気を回さずに観念したほうが良いだろう。
「その、美味しいっていってもらえるのは久しぶりだなと、そう、思っていたので」
「どうしてですか? 美味しいと思いますよ? 味はちょっと分かりづらくて今日は残念ですけど。それにご自宅では毎日作っているのに」
「どうしてでしょうね? 私にも分かりません。私は美味しくないからだと思っていたのですが、店長さんはそういってくださいますし、違うのかもしれないですね」
本当に、どうしてなんだろう。評価対象ではないのだろうというのは良く分かる。
ぎゅっと胸が苦しくなって眉根が自然と寄ってしまう。
「っと、こういう話は外に漏らすべきではないと、飲み込んだところだったんです」
ごめんなさい。と苦笑して続ければ、店長さんは最後の一口をぱくりと頬張って「ごちそうさま」と丁寧に手を合わせてくれた。
ただ、それだけのことがとても嬉しい。
「お粗末様でした」
そっと空のお茶碗を受け取り、コップに水を注いだ。
手渡して、側に置いてあった袋から薬を取り出す。全部一錠ずつかな……二種類あった薬のそれぞれを確認しながら「どうぞ」と渡した。
「今に始まったことではないので、気にしないでくださいね」
付け加えて私はお茶碗を重ねてお鍋に蓋をした。
そして店長さんが薬を飲むのを見守って、空いたコップを受け取りお盆にまとめて立ち上がる。
「下にもう少し居ますから、何かあったら声を掛けてください」
眠れるようなら眠った方が良いですよ。そう伝えて踵を返した。
―― ……くんっ
「え?」
足を進めると、何かに引っかかった。おや、と首だけ振り返ると
「……えっと?」
服の裾を掴まれていた。
もちろん、店長さんに。
俯いていてその表情は読めないのだけど、そのままぐいぐいと引かれる。よろよろと同じ場所まで戻ると「行かないでください」と告げられた。
いつもの落ち着いていて、大人らしい店長さんらしからぬ行動に虚を突かれたけれど、確かに熱のあるときに独りぼっちは寂しいかもしれない。私は、くすりと零れる笑いを隠すことも出来ず
「はい、私で良ければ居させてくださいね」
そういって、もう一度同じ場所へ腰を下ろした。
「眼鏡預かりましょうか?」
「いえ、外すと何も見えなくなるのでこのままで良いです」
ベッドに横になる店長さんに声を掛けたけれどそう断られて、そのままぽすんっと横になった。天井を見上げたまま、ぽっと話を始める。
「クリスマス。大嫌いなんですよ」
「え?」
それは割と珍しいと思う。
店長さんなら、きっと寂しく一人でなんてこと殆どないだろうし、わいわいやってそうだと思うのは私の勝手な想像ではあるけれど。
「嫌いすぎて体調崩すんです。ツリーを飾ったのもいつ以来でしょうか。思い出せないくらい昔です」
「え」
思わず息をのんだ。
とても楽しそうに準備をしているように見えたのに、それは全部嘘だったのだろうか? だとしたらとても寂しい。
「最初は、貴女がきっと好きだろうなと思ったんです。だから、喜ぶならやっても良いかなと思って、準備してたら結構楽しくて悪くないと思ったんですけど」
やっぱり駄目だな。と額に腕を押しつけて、口元に苦い笑いを張り付ける。

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