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彼方ニ対スル不感症
第六話
 好きだよ。
 愛してる。
 可愛くて、綺麗で、君以上の女性は居ないと思っている。
 オレは君と居られるだけで幸せだよ。

 そういい続けてくれたのは現実の主人だ。けれど、結局それも今の体たらくだ。
 きっと彼も同じようになる。

 私に中身がないから。きっと無関心になって、私なんて邪魔に、なって、私はまた独りになって……夢でまで、好きだと思った人に独りにさせられるなんて堪らない。
 好きだと思った……思わず自分の考えたことを繰り返して苦笑する。そう、好きだと思う。夢で恋をするなんて馬鹿げてる。分かっているのに、止まりそうにない気持ちも恐い。

 だから、私は眠るのが恐い。眠りたくない。あの人に会うのが恐い。
 それに、ほんの少しだけ本気の好きは、主人に申し訳ないような気がして、後ろめたい部分もあった。

 それなのに、人間は本能的に睡眠を欲する生き物で、私は十日と持たないくらいで倒れてしまった。丁度、週末で主人が家に居て……私は、必死で起き上がろうと傍にあったテーブルを掴んだのだけど、つるりと滑って膝から落ちる。
 そんな私に歩み寄ってくる足音が聞こえて「ごめんなさい、大丈夫だから」と口に仕掛けたところで

「普段から、調子が悪ければ医者に掛かれといっているのにっ! そんなになってっ! オレの立場も考えろよ」

 そう罵られて、私は意識を手放した。子どもが遊びに出ていて、本当に良かった。
 後ろめたいなんて思った私は、本当に、馬 鹿 だ …… ――


 ***


「っく……ひっく……」

 気が付けば、私はやはりいつもの神殿に居て、私室の寝台に突っ伏して泣いていた。

 私は主人のお荷物でしかなかった。
 私が居るばかりに彼に迷惑を掛けてしまっていたんだとやっと気が付いた。
 居るだけなら許されると思っていたのに。

 私、は……。

 涙があとからあとから湧いてきて全く止まらなかった。

「―― ……姫様?」

 かたんっと扉が開く音がして、信者の一人が部屋の前に立っていた。私がごしごしと顔を拭って、そちらを見ると「神子姫様っ!」と悲鳴のような声を上げて駆け寄ってきた。



「どこ、どこですかっ!」

 話を聞けば、私は誘拐されてしまっていたことになっていたらしい。
 普段ならそう大して時間は過ぎていなかったのに――確かに十日もこの夢を見ないなんてことはなかったけれど――最後に一緒に居たのが北の国の騎士だったことから、彼が捉えられ尋問という名の拷問を受けていたらしい。
 そして、そのことで各国の調和が崩れ始めている。

「誤解ですっ! 私はちゃんとここに居ますっ。誰にも誘拐などされていませんっ!」

 地下牢――懲罰房――なんてものがこの神殿の中にあったことすら吃驚だ。私は現実も夢の中のことも全く何も知らないに等しかった。
 私は、ことを知らせてくれた信者に案内されて、駆けつけた場所でなりふり構わず叫んでいた。

「神子姫様、今までどちらにっ」
「早くっ! 早く鍵をっ!」

 状況説明を促す牢番から、私は半ば無理矢理鍵を受け取って、その奥へと駆け込んでいった。冷たい岩牢はその殆どが空室だった。

「―― ……今っ! 今開けますからっ!」

 一つ一つ確認して、最奥の部屋に彼は囚われていた。
 両手を壁に固定されて酷い拷問を受けていたようだ。焦るとどの鍵か分からなくなるっ。取るのももどかしく、がちゃがちゃと派手に鍵を鳴らす。

 ああっ! もう、どれなのっ!

「……あ、れ……み、こ姫さま……」
「待って、待ってね! すぐ、直ぐに助けますっ」
「そん、なに、焦らないで。怪我はありませんか? また、泣いていたんですか? 大丈、夫、ですか?」

 満身創痍の人にいわれたくない! 私の心配なんてしている余裕ないでしょっ! と、怒鳴りたいところだけど、まずは鍵、鍵っ。

 あ、やっと入ったっ!

 乱暴に扉を開けて雪崩れ込むように駆け込むと、手鎖の鍵は直ぐに見付かった。他のものより二周り三周り小さかったから。

 かちゃ、かちゃ……と、背伸びをしてようやく届く鍵穴に鍵を差込み、震える指先でなんとか回す。

「どうして、自分は関係ないっていわないのっ! 私を誘拐なんてしていないでしょう!」
「貴女が、居、なくなったのは事実、です」
「でも、貴方のせいじゃないっ」
「ふふ、怒ってます、ね」
「当然ですっ!」

 かちゃり……。
 やっと一つ外れた!

 重力に従って落下した腕は、そのまま私の身体を抱き締めた。
 怒る私を無視して、彼は私の腰を抱いたまま肩に顔を埋める。

「俺のために怒ってくれるんだ……」

 馬鹿みたいに当たり前のことを、感慨深く掠れる声で告げて、身を寄せてくれる彼からは血の臭いがする。彼の痛みを思うと、どうして逃げ出してしまったのだろうという後悔で私はまた涙が溢れた。
 私が泣いている場合じゃない。

「は、離して、まだ片方が……」
「嫌だ、離さない……貴女の、居ない、世界に用はない……どうでも、良いかと、思ったんです」
「私が戻るとは、思わなかったんですか?」

 そんなの、薄情だ。
 私はこの世界に居たり居なかったりは常だったのに、それなのに、その可能性を望まなかった。

「俺、姫様に嫌われたから……戻っても会ってもらえないと思いました……ふふ、それ、なのに、こんなに取り乱して、必死になって、ふふ、お、かしい……おかし、過ぎて、涙が、出ます」

 尚腕に込められる力は痛いくらいだったけど、彼から伝わる熱い吐息は本当に泣いているときのもののようで私は離せといえなくなった。
 その代わりに私は地面に踵を降ろし、そっと彼の背に腕を回す。

「ねぇ、分かってますか? 私、癒す以外に特技ありませんよ? 面白い話も得意ではないですし、正直、淑女っぽくお姫様らしくしているのも大変です……」
「構いませんよ……だって、俺は、剣以外でも割と小器用にこなします。面白い話も姫が望むならなんでもします。貴女の前だけでなら、紳士っぽくしていられますから、ね……」

 そして、お互いに笑いあった。
 変なの。
 こんなところで笑いあえるような理由なんてないはずなのに、胸のどきどきがとても心地良くておかしくて仕方なかった。
 おかしくて、おかしくて……とても、嬉しくて……どうしようもなかった。

「手、解きますね」

 本当はもう少しこうしていたかったけど、抱き締めてもらうならやはり両腕が良い。
 私はそっと囁いて、腕の力を緩めてもらうと、残りの拘束も取り外した。かくんっとその場に膝をついた彼に合わせて私もその正面に膝をつく。

 いったた……と、顔をしかめつつ立ち上がろうとする彼の頬を両手で包み込んで、私は、すっと顔を寄せ何かいい掛けた彼の口を塞いだ。

 口の中にも恐らく傷があるのだろう。
 時折息を詰めるのを、我慢してもらって私は深く濃く口付けた。

 どきどきと胸が高鳴り身体が熱くなる。
 もっと、もっと長く……そう思ったのに、私の肩に掛かった腕が私を静かに引き離す。名残惜しげに、つっと引いた糸がぷつりと切れると、彼は、ふ……と笑みを浮かべた。

「これ以上、今ここで俺を癒したら我慢出来なくなります。地下の岩牢で、なんて、マニアックな真似お嫌でしょう?」

 くすくすと悪戯をするときのように笑う彼に、私は、ぱぁっと頬を染めた。
 冗談はやめてくださいっ! と怒ったものの、今だけは私に”癒す”なんて力があって良かったと本気で思う。
 その証拠に、彼は自分の二本の足でしっかりと立ち上がり、私の手を取ってくれた。

 地下牢を出ると、待ち構えていた信者たちに私は掴り――というと失礼だけど――状況説明を促された。

 これからのことは分からないけれど、これまでのことは何とか納得して貰えたところで、夜は更けてしまった。これまで無口で通していたのに、いきなり沢山の話を強要され、ぐったりと部屋に戻ると「お疲れ様です」と彼が迎えてくれた。

 私は窓辺に立っていた彼に駆け寄るとそのままの勢いで抱き付いた。

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