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色トリドリノ世界
第二十三話
「いやぁっ!」

 いやっ、いやっ、い、や、どくどくどくと身体中の血が黒く浮き立つ。
 嫌だ! 自らの頭を掻き抱いて、声にならない音を発する。

 私が愛されるのはこの場所に、この部屋にいるときだけ、それ以外はみんな……。

 そんなの分かってる、
 分かってるよっ!!

 彼も愛を紡ぐのはこの場所に居るときだけ。
 ここに居るときだけ……その証拠に彼はここに居ない。

 連絡もない。
 その必要がないから。
 私は待つことしか出来ない。

 誰も私を愛し続けたりはしない。誰も、誰も…… ――

 だって、私はいつも独りになるのがお約束。
 分かっているのに、分かっていたのに。私に誰かから永遠の愛を掛けてもらえるなんてことあるわけないのに。

 心なんて、ずっと真っ白なままでいれば良かった。
 身体だけで癒されたつもりになって、ただ無意味な時でたゆたうのがお似合い。

 独りぼっちがお似合いなのだ。

 ―― ……ぽつん、ぽつ……

 膝で雫が弾けた。

「姫様っ! 姫様っ」
「っ」

 強く呼ばれ、強くしっかりと抱き締められる。

「姫様……」
「……っく……う、……うぅ……」

 涙が止まらない。
 嗚咽を止められない。

 はっはっと呼吸困難になりそうなほど息が詰まる。

 涙が溢れる。
 苦しい。

 私の身勝手な、こんな黒い感情いらない。いらないのに……どうして、どう、して、消えてくれないの……。

「っは……ぅ……っ……っ……」
「お可哀想な姫様。お可哀想……」 

 ゆっくりと同じ調子で私の背を叩く。
 時折優しく撫でて……今よりもっと子どもが小さいときに、私が泣きじゃくる子を宥めたときと同じように……深い慈しみを込めて。

「外から入ってくるものにそのお心を砕く必要はございません。ここは貴女をお守りします。そのお心もお身体も、全て……また、長いときを掛けて癒しましょう。直ぐに目に見えるものは得られないけれど、ゆっくりと……」

 心からお慕いしております……姫様。
 きゅうっと回した腕に力が篭った。それは、揺り籠にいだかれるように、とても、心地良く、とても、暖かく。私の心に染みてきた。


 ***

 ―― ……癒せなくなってしまった……。

 ぼんやりとしていた。
 ふと、視線を落とした先にあった手のひらを見詰める。

 ぎゅっぎゅっと幾度が握り締めた。
 私があの場所にいる唯一の価値だったのに……無くしてしまった。

「和泉さんは好き嫌いないですか?」
「……え、はい。あ、臭い物が駄目です。納豆とか、パクチーとかの香草も苦手です」

 今朝どうやって起きてどうやってここまできたのかぼぅっとしていて、あまり覚えていない。
 朝から一つお客様用のカップを割ってしまい、なんとなく萎えてしまった。そんなことでは駄目と思いつつもいまいちテンションが上がらなくて、カウンターに腰掛けて、時折やってくるお客さんの話し相手をしたりして時間は流れていた。

「パクチー駄目なんですか? 僕も苦手です。でも、あれがスパイスになって良いという人も居るんですよねぇ、不思議です」

 私のテンション下降とは逆に、店長さんはテンションが高かった。
 楽しげに明日のお茶会のメニューを考えてくれている。私がこんなだからか、少々無理をしているようにも感じてしまう。
 ちらりと傍に居た店長さんを改めて見詰めて……ふと……。

「店長さん、顔赤くないですか?」
「え? そうですか。温度の設定はいつも通りだと思うんですけど」

 いや、そういう赤いではなくて、目元が赤い。
 お酒を飲んでいるときとか、もしくは

「熱があるんじゃないですか?」

 そういうときだ。
 店長さんはあっさり「ないですよ」と笑ったけどどうにも気になる。

「リビングに救急箱ありましたけど、体温計もそこですか? 取ってきます」
「え、ええ、入ってると思いますけど……」

 ほとんど無理矢理検温させたにも関わらず、体温計が示した数字は三十七.一とかなり微妙だった。
 あるといえばあるし、ないといえばない。
 店長さんは「大丈夫でしょう?」と微笑んでくれたけど、なんとなく私は嫌な予感が拭えなかった。

「……でも、平熱というわけでもないですし、気をつけてくださいね?」

 けぽっとケースに体温計を戻しながらそう付け加えれば、店長さんはどこか嬉しそうに「はい」と頷いてくれた――でも……自分のこと気にしなさそうなんだよね……店長さんって。
 大体、この間熱を出した私の傍に居たのだからうつっていてもおかしくない。

 丁度、商品を引き取りにきたお客さんの相手を始めた店長さんをちらと見て、小さく溜息。椅子に腰掛けて商品説明に入ったみたいだし、お茶でも淹れてあげよう。

 そのあと私は気休め程度にジンジャーティーを淹れてみた。

 ―― …… ――

 その夜、私は全く眠れなくて、うとうととしては目を覚ますを繰り返していた。
 眠っても、あの夢を見るだけなら眠らない方がマシ。
 そう思うものの、明日は小夜子さんと店長さんがティーパーティをしてくれる日だ。眠い目をこすりながらの参加なんてしたくない。
 少しだけでも休みたいという気持ちはあるのに、どうにも気持ちだけで、実際に眠れたのは、明け方近くなった僅かな時間だった。

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