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彼方ニ対スル不感症
第四話
 二十分くらいだと思う。
 正確な時間は分からない。ずっと馬を飛ばして下ってくると塀に囲まれた街に到着した。
 馬を預けにいった彼を待ちながら、ちらちらと門の中を覗き込む。夕方のせいか、みんな忙しそうに行きかっている。
 厩は門番の傍にあり、彼はそこに馬を預け戻ってきた。

 行きましょう。と差し出された手を取って街の中へと入った。
 レンガで舗装された道はでこぼこしていたけど、なんだか楽しく目にする景色はどこか可愛らしい。童話の中の街みたいだ。
 神殿の外はこんな世界が広がっていた。これまで出てこなかったのが惜しいくらいに素敵だ。

 ―― ……凄い。

 暫らく歩くと広場に出た。
 その中央には大きな噴水があって、水が踊っている。神殿の噴水はただ静かにお行儀良く、水を湛えるだけなのに、ぱしゃぱしゃと跳ね、西日を反射して煌いている。

「宝石みたいね」

 キラキラキラキラ……輝いている。凄い。凄い!
 生きてるみたいだ。
 踊ってる、歌ってるみたいでもある。

 凄い、凄い。
 綺麗。

 とても、綺麗だ。

 私は彼の手を解いて気ままに歩いた。
 道行く人は忙しく私に気を取られる人は居ない。時折、足を止める人が居るけど、声まで掛けてくることはない。
 広場には人が集まるのだろう。
 その周りにはお店が沢山軒を連ねていた。日用雑貨屋さんやアクセサリー屋さん、お菓子屋さん、ぱっと見て分かるのはそんなところだ。

 ―― ……可愛い。

 私がふと足を止めたのはアクセサリー店だ。
 ショーウィンドウに飾ってある品はどれもアンティーク調のもので凄く可愛くて、静かにそっと煌きを押し留めている姿がいじらしい。

 そういえば、私、こういうのが好きだった。
 リアルでもすっかり忘れていた。

 数字は書いてあるけど、物価も分からないし私は文無しだし、何より夢だから、見るだけだ。
 暫らく眺めて堪能したあと、私は次に足を進めた。
 次に足を止めたのは、お菓子屋さんだ。棚に並べられた瓶の中に綺麗で可愛いお菓子が沢山入っていた。

 素敵。
 綺麗。
 可愛い。

 私はこの短時間にこれを何度口に仕掛けて飲み込んだだろう。
 どきどきとわくわくが一緒に押し寄せてきて、凄く高揚している自分が居る。こんな気持ちとても久しぶりだ。

「少し買ってきましょうか?」
「うん!……っあ、い、いえ、私は別に……その……」

 不意に声を掛けられて、思わず満面の笑みで振り返ってしまった。

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ。
 私はここでこんな役回りじゃない。

 わたわたと取り成したけど後の祭りだ。彼はにこにこして「噴水のところで、待っててください」と店の中に入ってしまった。
 私は申し訳なく思ったものの、あとを追い掛けて止めるという行為も彼にとって侮辱に当たるような気がして、いわれたとおり噴水のところまで歩いていった。

 近くによると水が掛かりそうだと思ったのに、そんな杜撰ずさんな造りはしていなくて上手に受け止められている。
 そして直ぐに戻ってきた彼に小さな瓶を渡してもらった。

「……ありがとう、ございます」

 神殿に居れば、山ほど貢いでもらうから、何かを受け取るのはこれが初めてというわけではないのに、凄くどきどきした。
 手の上に載せられた瓶の中に入っているものが、物凄く高価な宝物のように感じる。

「これ、キャンディですか?」
「そうですよ、おまけに貰ったからこちらもどうぞ」

 あーんっと続けられ、反射的に口を開けてしまった。
 そこへビーンズくらいの大きさの飴が入れられる。じわりと甘い味が広がる。

 美味しい。
 ふわふわと笑みが零れるような優しい甘さだ。

 ―― ……幸せ。

 そんなことを思ってしまった自分に驚いた。目が覚めたら、もう永い眠りにつくことを望んでいたのに、私ときたら何を考えているんだろう。

「可愛い」
「え? あ、ああ。そうですね。とても可愛らしいです。それに美味しい」

 驚いた。
 一瞬私のことをいわれたのかと思った。
 どんな自意識過剰だろう。恥ずかしい。そんなはずない。外見はどんなに取り繕ったとしても、私はもう誰からも愛されることのない空っぽの人間だ。

 可愛いなどといわれて良いような人間じゃない。
 私はどんな顔をして良いか分からなくて、手の中でキラキラしている小瓶を見詰めた。

「ですから、そうではないのですけど」
「え?」
「いーえ、何でもないです。そうそう、それから、これも」

 にこにこと楽しそうにそういって彼は私にもう一歩、近寄るとしゃらりと首にネックレスを掛けてくれた。

「さっき、そのまま硝子破って持って帰るんじゃないかってくらい見ていたから」
「そ! そんなことしませんっ!!」
「はは、そうですね。神子姫様がそんなことをするはずはない。そうですよね?」

 ふ……と彼の表情に影が落ちる。
 いつもはこんなことないのに、どうしたんだろう? 

 私が首を傾げると彼は元の笑顔に戻って話を続けた。

「そんなもの貴女がいつも身に付けているものに比べたらおもちゃも同然ですよ? その程度なら俺の薄給でもいくらでもお贈り出来ます」
「そんなに沢山いらないです。これで十分……」

 首から下がったペンダントトップを手のひらに載せて、夕日を反射させる。
 透明度の高い黄色い半球体が光を反射してとても綺麗だ。

 現実に持ち帰れないのがとても残念。

 それに、彼も薄給だなんて謙遜も良いところだ。
 私に個人的に会いに来るだけで、どのくらい掛かっているのか分からない。きっと普通の寄付金の額ではないはずだ。それなのに彼は私が顔を覚えるくらい頻繁に来ている。財力のない人間には絶対に出来ないことだと思う。
 彼も騎士なんてしていなければ、傷の手当に私を必要とすることもないだろうに。気の毒な限りだ。ああ、でも、こういうのは経費で落ちるのかな? そうだよね? 彼が居ないとみんなが困るんだから彼への癒しは国の必要経費だ。
 ……そっか、だから、気負わずに通ってくれるんだな。納得した、って、なんだかそれでは私が待っているみたいだ。そんなはずない、入れ替わり立ち代りいろんな人が来るんだ。私だって彼に拘る必要なんて何もない。

 彼の気まぐれな行動に一喜一憂するなんて間違っている。
 ふ……と心に暗い影が差した。
 私は、こうして神殿から連れ出してくれただけでも、彼に感謝すべきだ。どうして? なんて考えるべきじゃない。

 どこかしょんぼりと気分が萎えるのと同時に手に乗っていた宝石の色も翳った気がする。口の中の飴玉もその形をなくしてしまった。
 私も次に目を覚ましたら、これと同じで良いや……。

「好きです」

 ―― ……え?

 出そうになった溜息を飲み込んだときに、不意に投げ掛けられた。

 聞き間違い?
 聞き間違いだよね?

 顔を上げれば、彼が真っ直ぐに私を見ていた。

「え?」
「貴女が好きです」

 今度は聞き間違うことが出来ないほどハッキリと告げられる。
 その瞬間、どくんっと胸が高鳴った。

 そのあとは痛いくらいに、どんどんっと強く脈を打つ。

 嘘だ。嘘だ、嘘だ……そんなこと有り得ない。

「このまま、俺とこの町を出ませんか?」

 ほら、ほらほら……この人もやっぱり……

「わ、わた、しの、力が必要ですか?」

 分かっていることなのに、なんで今さら声が震えるんだろう?
 そうだ、私個人が必要とされるわけじゃない。彼らにとって必要なのは私の持っている力。

 私が必要だなんて、そんなわけない……。
 その証拠に、彼は曖昧な笑みを浮かべてバツが悪そうに頭を掻いた。

「俺は、生傷の絶えない騎士ですからね?」

 そうだ。
 傷を一時でも早く治すためには私が必要。私がいれば、どんな傷でも大抵は治ってしまう。こんな重宝する道具は他にないだろう。手元に置けば経費も掛からなくなるだろうし。

 ―― ……私である必要なんて、ない。


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