***
「麗しき姫神子様、どうか私の思いを……」
「貴女を思わない日はありません、貴女のお姿を拝めない日は空に太陽が昇らないも同然……」
「神子姫様。貴女には最上級の贅沢が……」
……うるさい。
今日は朝からずっとこんな調子での謁見が続いている。
気持ちなんて微塵も篭っていないくせに。私に恋なんてしていないくせに。私なんて必要ではないくせに。
いざ戦になれば私の力が最大限に役に立つと思っている下心が見え見えだ。
囲い込んだものの勝ち。
だから、私はどの台詞にもにっこりと微笑んで「ありがとうございます」「光栄に思います」を繰り返す。
リアルにもうんざり。
夢の中でもうんざり。
結局私に居場所なんてない。
次に目を覚ましたら、もう、どこにも行きようがない、どこか遠くへと身を落とそう。きっとその方が楽だ。もう生き終わるのを待てない。
子どものことは心配だけど、でも、きっと私が親じゃないほうがあの子には幸せだと思う。私みたいに誰にも相手にされない愛されない、
独りぼっちの女居ないほうが良い。
「―― ……本日の礼拝は終了しました」
礼拝堂に響いた声に胸を撫で下ろす。
馬鹿馬鹿しい駆け引きの時間が終わった。今日はみんな帰った。他人が居ても独りなのと、一人でいて独りなの、どちらが良いだろう。
そんなことを考えると自嘲的な笑みが浮かぶ。
今日はここにも居る気がしない。
さっさと目が覚めて、終わりを……。
「神子姫様。良かったまだここに居たんですね?」
珍しい。
二日連続で彼が来た。
私が驚いて顔を上げると、いつもと同じようににこやかに大股で歩み寄ってくる。
「また、怪我をしたのですか?」
「まさかっ! 俺そんなに怪我ばかり……んー、まあ、してますかね?」
私の意地悪な台詞に彼は苦笑して頭を掻いた。
彼は全体的に印象の強い人だからなんとなく仕草とか覚えている。つい、頭を掻くのは子どもみたいな癖だ。そう思うとちょっぴり可愛らしい気がしてくる。
顔には出さないけど、こっそりと胸のうちだけで微笑んだ。
「他の国の騎士はそんなに頻繁に来ないわ」
「……ふーん」
あれ? 声が翳った。
珍しい。いつでも明るめの優しい声色だから、余計に目立った気がする。
「昨日の傷口が傷むんです。もう一度見てもらえませんか?」
前に流れていた私の髪を一束掬ってそっと唇を寄せる。
髪の毛に感覚なんてないのに、その所作に、心臓がとくんっと高鳴ってしまった。
嫌だな……恐い。
「―― ……嫌です」
思わず口から出てしまった。
出てしまったあとで慌てて私は口を塞ぎ「なっ、何でもありません」と首を振る。お人形は否定なんてしない拒んだりしない。私は……
「お姫様はご機嫌斜めなんですね?」
慌てる私とは対照的に、彼は人好きのする顔に笑顔を浮かべた。
「そんなこと、ありません……参りましょう」
こほんっと一つだけ咳払いして、表情を消すことに尽力した私はそれに成功したことを自覚して、踵を返す。
「待って待って、今日はこっち」
「はい?」
がしっと大きな手に手首を掴れた。
「街に出てみましょう?」
「え? ですが私は」
「誰か、出ては駄目だといったんですか? 俺は姫が良しとしないことはしてはならないということしか聞いてませんけど?」
「で、でも、そんなこと今まで誰も……」
私は夢の中でもこの籠の中にしかいなかった。
夢だからここより外があるなんて思ってもいなかったから。
「じゃあ、俺が初めてですね。なら、善は急げ参りましょう。貴女が消えてしまう前に、さあ、神子姫様」
ぐいぐいと私の手を引いて突き進む。
しかし、彼はふと手を止めて「それでは目立ちますね?」と、私を見て、礼拝堂に私を迎えにきたのだろう信者に事情を説明し身支度を整えてくれた。
夢の中の私はいつも白い服を着ていたし、他なんて何も考えていなかったから新鮮。少しジプシー風の服は、私の気分だけでもお話の中の遊牧民のように自由にしてくれる気がした。
「綺麗ですよ」
「そうですね、ありがとうございます」
褒められたのは服だと分かっている。私を、私個人を褒める人など居ない。
だから素直に照れもせず謝辞が述べられた。確かに丁寧な刺繍は職人技だと思うし、とても綺麗だ。スカートを少し引っ張ってその柄に魅入ると、顔が自然と綻ぶ。
「俺は……」
「はい?」
「いいえ、なんでもありません。行きましょう」
いい掛けてやめられると気になるのだけど、言及するのはきっとここでの私”神子姫様”らしくはないだろう。私は、ぐっと飲み込んで「はい」と頷いた。
そして、彼は神殿の大きくて重厚な扉をこともなく、ばんっと開く。西日が眩しく差し込んできた。思わず両目を閉じて、身を硬くする。
「大丈夫ですよ。お日様は貴女に悪さなどしません」
くすくすと笑う彼に「わかってます」と告げて、額に手を翳すとゆっくりと目を開く。
ここはとても高いところに建てられている神殿だった。
見渡す限りの大自然。
僅かに夕日の赤に染められる緑がとても優しい。長く続く道の先には小さく街並みが広がっている。
みんなこんなところまでわざわざ私に会いに来ていたのかと思うと、少し感慨深い気持ちになった。
「馬に乗ったことはありますか?」
傍の大樹に馬を寄せていたらしい。
手綱を引いて私の傍に戻ってきた彼は、私が小さく首を振ると「それは、良かった」と微笑む。
出来ないことを喜ばれるのは初めてだ。
その気持ちが顔に出ていたのか、彼は馬の隣りで膝を折りながら私を呼ぶ。
「俺にも貴女にしてさしあげることが増えるでしょう?」
何が楽しいのか、彼はにこにことそう告げて私の前に手を組み差し出した。
「え?」
「こちらに足を掛けてください」
私は神殿の中でしか生活しないし、さっき卸してくれたばかりだから、靴が汚れているということはないけど、それでも人の手に足を掛けるというのには抵抗がある。躊躇した私に「お一人では無理です」と微笑んで「さあ」と重ねる。
「―― ……ごめんなさい……」
小声で詫びて私は馬の腹に手を置いて足を掛けた。
そして声を掛けたあと、ぐんっと持ち上げられ馬上へと上げられる。
「っ!」
本当に高いっ。
思わず眩暈を起こしそうになってふらりとすると、直ぐに鞍に足を掛け身軽に私の後ろへと乗った彼に支えられた。
「暗くなる前にいって戻らなくてはならないでしょう? 急ぎますから、しっかり掴っていてくださいね」
そういって私にも手綱を握らせて、抱き込むようにしたら、ぱんっと手綱を弾いた。
道に両脇の木々が迫ってくるようで恐い。ジェットコースターに乗っているようだ。序にお尻も痛い!
でも……頬に当たる風が気持ち良い。
背にしたぬくもりが暖かい。

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