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全テニ依存スル
第二十二話
 ***


 今日の大半の私の思考を支配していたんだから、ここに戻ってくることは覚悟していた。

 この、変に現実的な夢は私を離してはくれない。
 そして、現実と同じように逃げることも出来ないのだろう。

 夢で目覚めたら、また仲睦まじく過ごしている。
 なんてご都合主義な展開にはなっていない。

 その証拠に、私はソファの上で目を覚まし、机上には冷め切った紅茶と硬くなってしまったパウンドケーキが載っている。

「―― ……謝らなきゃ」

 小夜子さんは放って置けば良いといったけど、私はそんなことをして許されるような人間じゃない。嫉妬だといい切っていたけれど、もしそうだとしても、そうさせてしまったのは私だ。私が一人で居さえすればこんな喧嘩しなくて済んだ。

 悪いことをしたのはきっと私。
 私が謝らなくちゃ。

 それに、この時間にこちらで目を覚ましたのが良い証拠だ。この世界もきっときちんとした謝罪をと望んでいるんだと思う。

 彼はどこに居るんだろう?
 暫らく居るってこの神殿に?
 それとも街まで降りているのだろうか?

 でもきっとここは隔離された世界だから、外部のものをおいそれと泊めたりはしないだろう。恐らくレイアスは街だ。

 私も行こう。

 そう思い立って立ち上がったら、扉がノックされた。どきっと心臓が跳ねる。いつも通り私の返事を待つことなく静かに開く。顔を覗かせたのは信者の人だった。

「そろそろ、参拝の時間です」
「―― ……え」

 そうか、今日は『お仕事』のある日なのか。
 私は一分一秒でも早くここを出たかったけれど、ここに居る以上、私にしか出来ないことを疎かにすることは出来ない。

「神子様」
「はい、大丈夫です。用意して行きます」

 考え込んでいた私に、不安そうな声が届く。大丈夫だと重ねて、そう伝えれば「お手伝いします」と入ってきた。
 この間まで当然のように全て手伝ってもらうことになんの疑問も感じなかったし、なんとも思わなかったけれど、少し抵抗が出来てしまった。でもだからといって、断ることも出来ないだろうから私は素直にお願いする。

 身体を清めて、着たままになっていたジプシー風の可愛らしい服から、ドレープのきいた、流れの美しい長衣へと着替える。
 さらりとした肌触りが心地良くて私はとても気に入っている。いつもならこの内側から清らかになっていくような気がするこの禊に心が落ち着くのだけど、今の私の胸のうちは彼のことでいっぱいだった。

 駄目だ。
 私は今、癒しの神子として、ここまでの遠い道のりを歩んできてくれた人たちに会うのだから、上の空では失礼すぎる。
 心落ち着けなくては……そう思い、蟠りを解くためにも気になっていることを聞いてみた。

「あの、ここには神殿の関係者の方しかいらっしゃらないんですよね?」
「はい、神子様の間に訪れるもの以外は誰もおりません」

 機械的に答えられて、やっぱりと得心する。
 ということは、やはり私は街に降りないといけない。

 そして私は、ぴったりとくっ付いていた信者の人に先に行ってもらい下準備をしてから礼拝堂へと入った。
 いつもと同じように厳かな空気の中参拝の儀は執り行われる。
 このときは常にみんなの期待に応えなければと思って熱心に祈る。今日も例外なくそうするつもりで、気持ちも整えたはずだけど、やはり遠く離れた大きな扉を開いて彼が顔を出さないかと気もそぞろになってしまった。

「―― ……本日はこれで……」

 良かった。
 それでもなんとか無事に役目を終えられて、胸を撫で下ろす。

 ―― ……キィ……

 私は自室に戻ることなく、礼拝堂に行く前に誰も居なさそうな一室に置いておいた服にさくっと着替えて部屋の一番大きな窓を少しだけ開け、とんっと外に出た。
 もちろん街に降りるため。
 正面から出れば、みんなが心配するだろうし色んな手配に気を使ってくれるだろう。そんなの私の私用では申し訳ない。

 適当な場所が一階で良かった。
 二階とかだと流石の私でも飛び降りる勇気はない。

 そっと窓を閉めてこそこそと外に出た。人の波はあっという間に引いてしまうのか、誰かに見付かるということはなかった。
 舗装されていない道を歩くという経験はあまりしたことがないから、こんなに歩きづらいと思わなかった。

 踵が擦れて早々に靴擦れが出来てしまう。

 今は下り坂だからまだ良いけれど、帰りはこれを登るんだなと思うとちょっと落ち込む。でも、そのくらいの苦労で許してもらえるなら頑張ろう。

 ……街にいれば良いけど。ふと恐いことを考えてしまった。

 勢いで出てきたは良いけど、良く考えたら怒ってそのまま国に帰ってしまったかもしれない。だから今日もまだ姿を見せていなくて。

 私は降りてきた道を振り返る。
 もう既に神殿の先っぽも見えない。前を見ても街もまだ全然見えない。

「―― ……まあ、良いか」

 とりあえず、行ってみよう。
 こうなっては進むしかないと、私は落ち込む気分を奮い立たせた。


 ―― …… ――


 な、なんとか辿り着いた。
 街の外門までくると、既に空は茜色になっていた。

 急がないと……いるとすれば宿だと思うから、私は通りすがりの人に近くの宿を聞いて回った。数がそんなに多いわけではなかったから、定宿は直ぐに見付かったけど……

「もう、居ないから。待っても無駄だよ」

 がっくりした。
 ひざが笑ってしまうくらいがっかりだ。そんな私に、小母さんはにこにこと人の良い笑顔を向けて「泊まっていくかい?」と告げてくれる。

「あのお方はここを定宿にして、熱心に神子姫様の下に通われているみたいだし、あんた少しばかり神子姫様に似ている気がするから、邪険にはされないよ」

 にこにことそういわてなんと返して良いか戸惑う。

「私は、その」
「アタシもお目にかかったのは一度きりだけどね、お綺麗な方だよ。なんというか人間離れしているというか、ああ、もう、アタシたちとは住む世界の違う姫君だね」

 そんな大層なものではない。

「だからね、到底手の届かないお人だよと何度もいっているのに、聞きゃしない。男ってのは馬鹿だね」

 どこか呆れたように告げた小母さんに、曖昧に微笑む。男の人がどれだけ馬鹿なのか私には分からない。でも少なくとも彼は馬鹿じゃない。
 その証拠に、その神子姫様とやらはこんなところまで足を伸ばした。
 私は胸元で震える指先を包み込む手に力を込めて、改めて問い掛ける。

「あの、それでは、彼は神殿に向ったんでしょうか?」
「さぁ、どうだろう。昨日から偉く不機嫌でね。聞くことも出来なかったよ」

 その原因は私が作ってしまった。私はしょんぼりとして「そうですか」と答えるしか出来ない。
 そんな私の様子をどう捉えたのかは分からないけれど、小母さんはカウンターから、ずいっと身を乗り出して、にこにこと続けた。

「泊まって行きなよ。隣りの部屋を空けてあげるよ。あんた可愛らしいから、きっと気に入ってもらえるよ」

 何をどう勧められているのか良く分からないけれど、それを考えている余裕はなくて、私は丁重にお断りして宿を出た。

 大体、泊まるといってもお金を持っていない。
 これからの帰りももちろん徒歩だ。

 はあ、と広場の噴水で腰掛けて嘆息する。噴水は今日も楽しげに踊っている。それを見る私の心は踊らない。噴水も綺麗に見えない。

 ―― ……はぁ

 早く戻らないと私は何も持って出ていない。明かりがなくなるとあの道は恐い気がする。そう思うのに、余りにもがっかりしすぎて直ぐには動けなかった。

 こうやってずっと擦れ違っていくのかな。

 よいしょと、立ち上がって本格的に日が暮れるまでに街を出た。
 門番の人には「もう無理だよ」といわれたけれど、私にはあの神殿しか帰る場所はない。だから「慣れてるから大丈夫です」と笑って街を後にした。

 慣れてない。
 全然、全く持って慣れてない。
 慣れているはずがない。

 どうしよう。
 歩いているうちに空が群青色になって、煌くはずの星が姿を消し始めた。雨、とか、降らないよね。ここは基本的に晴れで、私、この夢を見始めて天候の変化があったことはないのに。初の悪天候をこんな山道で味わうなんて……。

 さっきから、靴擦れも益々痛むし、足は棒のようになってしまったし。
 来るときと同じように後ろと前を交互に見る。

 もう街の明かりも遠い。
 どっちもどっちだ。

 仕方ない、歩くか……私はずきずきと痛む足を堪えて歩く。あまり長い時間止まっては、足が笑って進めなくなってしまう。
 この道の先には神殿しかないから、参拝時間以外は殆ど人が居ないのだろう。恐いくらい誰とも擦れ違わない。

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