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彼方ニ対スル不感症
第一話
 ―― ……一人で居て独りなのと 同じ空間に誰か居ても独りなのは
                   どちらがより独りなのだろうか…… ――


 見渡す限り白。
 白い壁、白い天井。
 広い窓には白いドレッシーなカーテンが掛かっている。

 そして、私は四本の白い柱に囲まれた白くて広い寝台の上で、獣の相手をする。熱く、早く。打ち付けるような震動にぼんやりと身を任せる。

 これは夢。
 本当に夢。
 私のもう一つの顔。

 目の前の男は西の方の国で宰相閣下を勤めている立場ある人らしい。
 そんな人が、こんな人形みたいな私を抱いて何が楽しいのだろう? いや、楽しいかどうか、そういうレベルで私は抱かれているわけじゃない。
 彼はこの場所に”癒し”を求めてきている。そして、私の存在そのものがこの世界では”癒し”になるらしい。

 夢の世界だからよく分からない設定だ。

 実際の私は三十を目前に控えて、結婚もし、子どももいて世間的に見てもごく普通の奥様だ。一般的な概念に取り入れるなら、きっと十分に幸せな環境にいるのだろう。

 でも私は、リアルでも、この夢の世界でも独りだ。
 けれど、夢の中ではこうやって私を求めてくれる人が居る。リアルとは小さくてとても大きな違いだ。

 私がこの夢を見始めたのはいつだったか、もうとても昔のようなそれとも最近のような。曖昧でよく分からない。最初はどれだけ私は欲求不満なのかと、項垂れたけれど、こうも立て続け、毎日のように夢を見続けていれば、そこに何か意味があるのかもと思い始める。

 どうせ私は何年も一人で眠っている。どんな夢を見ようと私の勝手だろう。

 夢の中での私の位置づけは『癒しの神子』だった。
 私の声を聞き、姿を見、触れる。どれでも良い。それで人々は癒されるらしい。実際、手傷をおったものの傷が綺麗さっぱりなくなったこともあるから本当なのだと思う。

 その私は聖域と呼ばれる場所に建つ、この神殿の中に住まわされ、沢山の信者たちに囲まれて何不自由なく過ごさせてもらっている。
 昼間は巡礼者に微笑みかけ、人々が救われますようにと声を掛け、そっと頭を垂れる彼らの額に手を掛ける。ただそれだけを繰り返しているだけなのに、人々の列は収まらない。

 権力・財力のあるものはこうして夜伽に訪れることもある。
 国なんてものを支えるためには、憂うこともあるのだろう。私には分からない。ただの遊女のようなものだと思ったこともあるけど、それなら普通に色町でその類の女性と遊ぶほうが楽しいはずだ。
 それなのに彼らは通ってくる。
 他にも、北の国の騎士とか東の国の魔術師、南の国の王子、各国の王陛下なども顔を見せることがある。正直その全てを把握しているわけじゃない。
 そして、全てこうやって関係を持っているわけでもない。求められれば断らない。性別も関係なく……それだけでもある。
 私はただの人形で心は必要ないから。

「―― ……っく、っ!」

 ぼんやりと考え事をし、天蓋を眺めている間に宰相閣下は達してしまったらしい。
 彼は達するまでに時間が掛かるくせに、そのあとは何事もなかったように夜が明けぬうちに寝台をあとにする。

「煌く星の輝きさえも奪う月のような姫。この熱が冷め切らぬうちにまた、窺います…… ――」

 天井を眺めながら、宰相閣下の残した言葉を復唱する。

 馬鹿馬鹿しい。
 何が月のような姫、だ……。

 恋愛的な感情なんて、私に一欠けらも持っていないくせに。口先だけで雄弁に語られる愛の台詞。私は馬鹿馬鹿しいとしか思えない。けれど、

「―― ……寂しい」

 好きとか嫌いとか、そんな感情を抜きにしても、つい先ほどまでは人のぬくもりがあった。
 夢であってもそういう感覚だけは鋭敏で、それだけは心地良いと思う。それがあっさりと取り除かれてしまうと残るのは寂しさと虚しさだけだ。

 ごろりと寝返りを打って、夢の中で瞼を落とす。適度な疲労感が私を夢の又夢へと誘っていく。


 ***


 ―― ……PPP……PPP……

「ん」

 枕元に置いてある目覚まし時計の音で目が覚める。
 カーテンの隙間から差し込んでくる朝日が眩しい。今日もくだらない一日が始まった。

 私はいつもと同じように朝食の準備をする。主人と自分の分、子どもの分。
 毎日毎日用意する。
 それなのに、なくなるのは私の分だけ。残りは私のお昼になる。みんな朝食を取るより五分でも十分でも長く眠っていたいらしい。
 それならそれで、私も作らなければ良いのだろうけど、もし、今日は食べていこうと気が変わったときに可哀想だと思い、毎日一応何かしら用意する。

「いってきまーす」

 とランドセルを背負った子どもが近所の子の誘う声に呼ばれて出て行った。それに続く形で夫も出て行く。
 いってらっしゃいと、告げても帰ってくるのは「ん」の一言。いってきます。が正解だよ。もう、いうのも面倒臭くなった。
 以前は夫の気を取り戻そうと躍起になっていた。
 エステにも通ったし、骨盤ダイエットとかもやってみた。その甲斐あって、結婚前と体型はあまり変わらないと思う。
 年齢と共に襲ってくる肌の張りとかは、もう、どうしようもないけれど。

「はぁ」

 鏡に映る姿を見て溜息。
 心が離れているのか身体が離れているのか、もう私には分からない。その両方でないことを祈るけど、きっとそうなる日も近い。
 子は鎹とはよくいったもので、何の特技もない私にはあの子を一人で育てていくだけの甲斐性がない。正直、そうなるのが恐い。だから、独りであることくらい我慢する。邪険にされるわけでも喧嘩を毎日しているわけでもない。

 ただ、独りなだけだ。

 洗濯機を回して、掃除をして……ネットオークションでも覗いてみようかな。そして、お昼を食べて、買い物に行って、夕飯の準備をして……帰りを待って、また片付けて……毎日毎日毎日ほぼ変わることのないサイクル。

 早く生き終れば良いのに。

 ふと気を抜くとそんなことばかり考えるようになっていた。

「ねぇ、もう一緒に寝ても良いかな?」
「疲れてるからいつもと一緒で良いだろ?」
「そ、そうだよね。うん……おやすみなさい」

 一緒に眠らなくなったのは子どもが産まれてからだ。
 夜泣きが酷かったし、彼には仕事があるから夜はちゃんと眠ってもらわなくてはいけなくて、必然的に私と子どもは寝室を出ることになった。
 それからは一階の和室が私の寝室。子どもが一人部屋を持つようになった、今でも、だ。

 今夜も、ぱんぱん。とお布団の端っこを揃えて眠る支度を整える。

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