第六章 ミュセドーラス平野大決戦! 第百六八話
空が紅く輝きだす。幾万の兵の血を吸ったミュセドーラス平野の夕焼けはかつてないほど紅い色をしていたと、どの兵も口を揃えて言ったと伝えられる。
黄昏の空を背に、白銀の鎧に身を包んだ女将がフランシスの前に現れた。
「再びお目にかかれて光栄です。ピット卿」
「これはまた……」
マレーネの言葉に、フランシスは低く笑って返した。マレーネを笑ったのではない。自らの運命の皮肉を笑ったのである。ワイバニア十二軍団長の中でフランシスが最も戦いたくなかったのはマレーネだった。
その知謀、行動力、将器ともに第二軍団長と言う器をとうに超えている。単なる軍人にとどまらず、外交、内政と言う舞台でも十分に活躍できる人間、それがマレーネ・フォン・アウブスブルグであった。
そして、三十歳という若さも、彼女に大いなる可能性を見せてくれるはずであった。
”ピットの前に敵はなし”
フランシスを語る上で重要な一節である。誰がはじめて言い出したかは分からないが、老いてなお、フランシスは数百の人間を斬り、一対一の立ち合いでは、負けなしの達人であった。フランシスと戦うこと。それは戦いを挑む者にとって死を意味していた。
「お主とは、戦いたくはなかったのぅ……」
「わたしもです、ピット卿。ですが、これも上位軍団長たるわたしのつとめ。クライネヴァルト軍団長がいない今、あなたを討ち取れるのはわたししかございません」
「老いたとはいえ、孫のような年の娘に討ち取られるほど、わしの腕は鈍ってはおらんぞ」
そういうと、フランシスは大剣を構えた。歩兵一個大隊を昏倒させた殺気は健在である。マレーネのほほに一筋、汗がたれる。
「ご心配には及びません。わたしとて、上位軍団長の端くれ。その責に見合う武勇は持っております」
フランシスに和すようにマレーネは槍を一回転させ、構え直した。舞を思わせるその動きの美しさは、フランシスも兵達も一時戦いを忘れさせるほどだった。
(悔いはない。生涯最後の相手に申し分なし)
フランシスは再び笑った。彼自身にしかその意味はわからなかったであろうが、それでもフランシスは笑った。人生の最後にしてもっとも満ち足りた瞬間であったのだから。
「ではいざ、尋常に勝負」
フランシスはワイバニアの聖母に向き合った。
非常に申し訳ありません。
『龍の旗の下に』をしばらく休載させていただきます。
再開時期を今年一月からにしていましたが、しばらく延びる予定です。
申し訳ありません。
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