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なんて夢を見てんだ俺は!! 作者:rikka

西部動乱編

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動乱、開幕

「報告します! 第二商業地区にて一部の近衛騎士、及び警備兵たちが住民達を殺害しているとの報告あり! 詳細は未だ掴めておりません――!」
「近隣の住民の避難を指揮していた部隊の者十数名が乱心! 応援に駆け付けた警備隊と乱戦に入りました――!」
「歓楽街にて火災が発生! 火の手が早く消火が間に合いません! どうか増援を――!」

 かつての統一戦争の最中ですら、ここまでこの城が混乱に見舞われた事はなかっただろう。
 突如リディアの元に報じられた凶報。自分達が所有する警備隊やその指揮のために出向いていた近衛騎士達による虐殺。
 聞いた当初は、何者かが警備隊を装って混乱を生みだしているかとも思ったが、報告を聞けば聞くほどそうは思えなかった。

「近衛騎士は総員を持って暴れている者どもを討ち取りなさい! 情け容赦は一切無用!警備――いえ、仕方ないわ……自治軍本隊に通達、すぐに住民の避難指揮を! 消火作業の方には動ける警備隊を当てて、様子のおかしい者は出たらその場ですぐに拘束しなさい! 場合によっては斬り捨てよ!」
「はっ!!」

 それぞれの方面から救援要請や報告に来ていた者たちは、怒声に近いリディアの命を伝えるためにすぐさま消えて行った。
 リディア自身もいつでも戦場に出られるようにすでに甲冑を着込んでいる。
 文官として有名なリディアだが、護身程度ならば自身も剣を振るう事が出来る。
 いざという時には前線に出る覚悟も出来ている。それがなくては、誰も自分に着いてこないと言う事を知っているため、最低限の鍛錬は欠かしていなかった。

「キュベレ、近衛軍を動かします。住民達の状況把握はまだですか!!」

 住民の居場所を把握しなければ、このような混乱時には被害が大きくなる。
 すでにキュベレには命令を発して、斥候隊を放させている。本来ならばとっくの昔に戻ってきてもおかしくないハズなのだが……。

「――ご報告申し上げます!」

 ちょうどリディアがそう思った時に斥候が戻ってきた。

「遅い! 何をしていたの!!?」

 即座にキュベレが叱責の声を上げるが、リディアはそれを片手で制する。

「叱るのは後にしなさい! 民間人の現状は!?」

 今は数を一つ数える間すらも惜しい。視線で遅れて来た斥候を刺しながら先を促す。

「はっ! 現在、一番混乱の激しかった第三商業地区の住民達は旧門広場に野営設備を利用し仮設された避難所に集められております! すでに軍医、および民間の医師・薬師により負傷者の手当ても行われており、付近の混乱は徐々に収まりつつあります!」

 旧門広場とは、このユルフェイヌがただの砦から城下町へと生まれ変わる際にそれまでの門の場所を利用した広場である。
 大きく三つに分かれた商業地区の中心に位置する広場であり、周辺区域の民を集めるには最適の場所といえる。
 最大の混乱区域が収まっているのはいいことだが、問題は今もなお暴れている兵士達だ。

「分かりました。すぐに各地域に自治軍を派遣しましょう。それまで、これ以上民に犠牲を出さないように細心の注意を払う様に各部隊長に伝えてください。特に、旧門広場を指揮しているベルフラウ殿には念を押す様に。今回の指揮は迅速でしたが、あの人は手柄を焦って前線に立ちたがる傾向があります」

 武以外の能力は並み以下なのに、家柄が立派なためにしぶしぶ大きな仕事を任せなければならなくなった女の顔を、苦々しく思い出しながらそう伝える。だが、

「いえ、ベルフラウ卿率いる重警備隊は、先の混乱が酷く主だった士官は負傷しております――現在は」
「……なんですって?」

 報告が続けられているのにも関わらず、思わずリディアはそれを遮って声を上げてしまっていた。
 一つに、ベルフラウ卿は取り立てて有能と言える貴族士官ではないが、剣の腕前だけは『それなり』に高かった。
 リディアに言わせればそれしか取り柄が無いのだが、彼女は自分の腕に自信を持っており、配下の者もそういった者たちを揃えている。その士官たちがことごとく指揮が出来ないほどに負傷しているというのが、容易には信じられなかった。
 てっきり、唯一実務に置いてそれなりにできる気弱そうな副官が今回の指揮をしたと思っていたのだが、この様子では違う。
 そう、二つ目は――いったい誰が指揮を?
 真っ先にその報告をしなかった斥候を恨みそうになるが、先に住民の状況を話すように命令をしたのは自分だ。
 後を続けるように言うと、斥候は戸惑いながら――

「げ、現在は、駈けつけられたリアフィード家ご息女と、その従者の方が代理と言う事で指揮を取っています」

――リアフィード家
 真っ先に思いつくのは、急遽この西部に派遣されてきたあの隻腕の少女。
 だが、彼女はついさっきまでここにいて、事態の鎮圧のためにベルヌーイと共に兵を連れて飛びだしたばかりだ。ならば……

「テレーゼ=リアフィードと、あのシノブという者が?」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






――ざん……っ!

 空気の振動を肌で感じられるような、重く、そして鋭い金属音が雨が降りしきる大通りに鳴り響く。
 音の出元は、黒衣を纏ったシノブの手元。鞘から抜き放たれたその刃から。
 周囲にいる警備隊士達は、そこの光景に目を奪われていた。
 黒衣を纏った奇妙な人物が鞘から剣を抜き放つたびに、身体を動かす度に、

――どさっ……

 恐慌状態に陥っているとはいえ屈強な兵士が成すすべもなく崩れ落ちて行くのだから――

(これで8人。テレーゼが11人。兵士達が対応したのも含めりゃもう30近くになるか?くそっ、どこまで増えていくんだ!)

 周囲から様々な感情の入り混じった視線を向けられている張本人――シノブは、思いっきり舌打ちをしたい気分になりながら血ぶるいした剣を鞘におさめ、辺りに耳を澄ませて他に異常が起こっている場所を特定しようとしていた。
 雨に打たれながら――身体を冷やしながら戦い続けているために、すでに息は上がっている。
 先ほど合流したテレーゼという剣士と共に城を目指そうとしていたシノブだったが、急遽予定を変更し、この場へと留まり事態の沈静を最優先に動いていた。
 それだけ周囲の状況が、シノブの予想を超える速度で混乱へと陥っているという事――

(いや、違う。そうなるように仕組んだんだ。どっかの誰かが……)

 先ほどから一緒に戦っている兵士達の質は決して悪くない。
 今までシノブが斬り倒してきた盗賊や追剥とは比べるまでもないだろう。それがこうも混乱に陥っているのは、指揮すべき人間が『全員』深い傷を追って倒れているからだ。

「――ご丁寧に皆綺麗に両腕をやられていたな。ベルフラウ卿に至っては右足も……」

 抜き身の剣をぶら下げながら、隣で周囲を警戒している剣士――テレーゼが、先ほどの出来事を思い出して不愉快そうに眉をひそめる。

「あの傷は、おそらく細身の短槍だ。かなりの手練が紛れ込んでいるな」

 血にまみれて、地面に打ち捨てられていた貴族士官達を手当てしたのがつい先ほどの事。
 その誰もが深い傷を負っており、あれ以上放置していたら流血とこの雨に体力を奪われ、今頃文字通り冷たくなっていただろう。

「まぁいい、会えば斬る。それだけだ。シノブ、これからどう動く?」

 シノブにとって意外だったのは、このテレーゼという剣士が自分の言葉を素直に信じ、従ってくれたことだ。
 妹の事が気になっていたのか、『混乱しているからこそ一刻も早く城に行き、指示を受けるべきだ』と主張し続けていた彼女。
だが、余りの被害の多さゆえに、ここに留まり混乱の回復に努め、来るだろう正規兵の受け入れ態勢を整えるべきだというシノブの説得に、しばらくは反対していたが結局、こうして自分と動きを合わせてくれている。
 もっとも、恐らく自分の言う事に折れてくれた最大の原因は――

(一人でも多くの民を救う事こそ本当の栄誉だ、か。我ながら臭い台詞を思いついた物だけど……なんでそれにコロッとかかっちゃうんだろ……)

 恐らくは栄誉、名誉という言葉に弱いのだろうとシノブは推測していた。スレイから聞かされていた話でも、昔から騎士になりたいという想いは人一倍強かったようだった。

(そもそも外部の人間があんまり長く指揮するのも拙い。くそっ、さっさと伝令兵なり代理の士官なりが来ると思ったけどおせーよ!!)

 テレーゼとシノブは、指揮する者がなく混乱していた警備隊を、あくまでも代理という形で指揮している。
 てっきり誰か副官か部隊長が指揮を取っているかと思えば、そのほとんどが念入りに襲われていたために混乱しており、リアフィード家の名前のおかげもあってあっさりとこちらの指揮に乗っかってくれた。
 動ける人員の3分の1程を借りて、残りの3分の2が管理している仮設――確か、旧門広場とかいう所へと続く主要な道の封鎖を行なっていた。要するに安全確保である。
 5人1組で組ませたいくつもの小隊が偵察活動を行い、怪我人や逃げてきた人を見つけるたびにこちらへと誘導させて、暴れている兵士を発見、あるいはチームの誰かが暴れ出したら即座に拘束するように指示を出している。

(どんだけの数の兵がラリってるか分かんねーけど……一部傭兵っぽい奴らもラリってた。ひょっとしたら民間人も……)

 今も多くの民間人は混乱の中にいる。おそらく怪我人もまだ多くいるのだろうが周囲の状況が分からない以上、目の前の事象に対して最善を尽くすしかない。
 シノブはいつも通り白い葉に指示を書いてから、それをテレーゼに見せる。
 それに目を通し、彼女から見て同じ考えだったのだろうか、どこか満足そうに頷いてから、手を上げて兵士を呼び付けた。すぐさま兵士の一人がやってきて敬礼を取る。
 以前、スレイが自分の事を幹部の人間に話し絶賛されていたという話は聞いた事があったが、ひょっとしたらその伝手でなにか脚色された話を聞かされていたのかもしれない。
 とにかく、今シノブとテレーゼの行動と思考は上手くかみ合っていた。
 テレーゼが、リアフィード家の威光を後ろ盾にしているとはいえ表に立ち、兵を叱咤激励して押さえている。
 ならばシノブが成すべき事は見て、聞いて、考え、そして次の一手を打つ事だ。

(混乱はまだまだ続く。しかも誰かが起こした物だ。あるかどうかは怪しい所だけど……もう一嵐あるかもしれないと考えておくべきか)

 となれば、警戒するべきは多くの人が集まっている場所――つまりは避難所だ。
 その旨を書いた葉に目を通すやいなや、質問の一つ、疑問の一つ口にせずに、テレーゼが兵士に向けて口を開く。

「避難所周囲の警戒を強化してくれ。避難所事態が落ち着いているのならば少々兵を割いても構わん。難しい事は分かっているが、剣戟の音一つ民の耳に入らないように留意してくれ。ここで民の不安を煽るわけにはいかん」

 テレーゼの言葉に、伝令の兵士は再び敬礼を取る。
 避難所の方には、住民達に顔が知られている者達を出来るだけ集めて置いている。
 顔の知られていないテレーゼや、あからさまに怪しいシノブが指揮するよりは上手く機能するだろうと考え、そして今のところは上手くいっているようだ。
 定期的にくる報告でも、医薬品が足りない等の厄介事はあれども基本的には落ちつきだしているようだ。

(にしても、わざわざお偉い貴族にこんな形で喧嘩を売るなんて……)

 突如兵士達が暴れ出した理由は調べてみない限り断言はできないが、士官貴族の怪我の件も合わせて作為的な物であるのは間違いないだろう。例えば――薬物とか……
 とにかく、暴れている連中を抑え込む必要がある。時間が経てば経つほど民間人の不安は大きくなるし、雨で冷えた空気が体力を奪っていくだろう――

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「――ちっ」

 激しくなってきた雨では、足音が聞き取りづらい。
 横道から剣を腰だめに構え、軽装備の警備兵が叫びながら突進してきた。
傍にいた兵士の一人がシノブの盾になる様に動こうとするが、シノブはそれを手で制する。
 これまで一人で行動してきたシノブにとって、自分の動きが阻害されるその行動は返って邪魔だった。
 剣の柄に手を添え、腰を落とす。
 相手は錯乱しており、力こそ強いだろうがそこらの盗賊の方がよっぽど怖い。

――しゃんっ!!

 身体を捻る様にして鞘から抜き放たれたその刃は、降りしきる雨ごと兵士の剣の刃を斬り裂いた。

「ふ……っ!」

 それと同時に、まるで示し合わせたかのようにテレーゼが踏み込む。一息で間合いを詰めた彼女は、そのままその兵士へ当て身を喰らわせた。
 どすっ! という鈍い音が響き渡るのと同時に、その騎士は口から少量の血と共に苦悶の声を発し、崩れ落ちた。
 二人が行った流れるようなその動きは、錯乱していた警備兵はもちろん、盾になろうとしていた兵士や周りの者たちにも何が起こったのかよく分からなかったのだろう。皆茫然と目をパチクリさせて、ただシノブとテレーゼをじっと見つめている。
 先ほどからより一層強くなる視線。ただ、その視線には畏怖と、そして尊敬の念が確かに含まれていた。

(もうこの視線にも慣れたけどさ……)

 隣を見ると、テレーゼは軽く息を整え、何事もなかったのように佇んでいる。
 周囲から聞こえる『さすがはリアフィード家の人間』だの『従者ですらこれほどの……』などといったざわめきなど聞こえはしない。まったく聞こえはしないのだ。

「テレーゼ様! そしてシノブ様はおりませんか!?」
「うん?」

 明後日の方へと飛んでいたシノブの思考をこっち側へと引き戻したのは、どこからか走り寄ってくる兵士の呼び声だった。

「テレーゼはここにいる。何事であるか!」

 テレーゼの声に反応した兵士は、自分達がしている腕輪――リアフィード家の紋章をその目で確認してから、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
 共に行動していた兵士ではない。もしそうならば顔に見覚えがある筈だが……

(どこかから応援に来た兵士か? いや、でも俺の事を様づけって……)

 用事の内容に当たりをつけようとしている間にも、兵士は二人の傍へと駆けよりひざまずいた。

―ひざまずいた?

「ちょ――」

 思わず声を上げそうに――というか上げてしまったシノブだが、その兵士はまったく気にせず頭を深く下げたまま言葉を続ける。

「ハウゼン卿からのご伝令です! 現刻よりテレーゼ=リアフィードに一時的に現場指揮権を譲渡! リアフィード家従者、シノブはテレーゼ=リアフィードの副官として当該区域の事態鎮静に全力を注げとのことです!」

 そう言いながら、跪いたままの兵士が顔を上げて差し出してきたのは、スレイに渡されたのと似たような銀製の腕輪。それが二つだ。
 腕輪に彫られているのは、生命を象徴しているのか、木の葉が生い茂る一振りの枝。
 あの赤毛の女騎士や、先ほど運ばれていた士官貴族が腕に付けていたものと同じ腕輪だ。

――こ、今度はハウゼン家の紋章までくっついてきやがった……っ!

「……確かに、受け取った」
(あっさり受け取んな! 正規軍やら近衛隊が来るんじゃないの!!?)

 予想外の事態に目を白黒させるシノブを尻目に、テレーゼはその腕を受け取り、身につける。
 当然だが、今度はシノブが取る手番となり――当然だが、拒否権など彼は持ち合わせていなかった。
 こくりと頷き、僅かに震える手でそれを受け取る。

「なお、自分は以後、当事態が沈静化するまでテレーゼ様達の補佐としてお仕えするよう命じられておりますニルファと――」

 目の前の兵士がなお何か言い続けているが、聞きたくなかった。
 いや、自業自得であるというのは重々承知だしハウゼン卿に目を付けられる覚悟はしていたのだが、せいぜいが呼び出しをくらい事情聴取を受ける位だろうと予測していたわけでそれがなんやかんやでこんなことになってつまりは――

(どうしてこうなった……)

 この一語に尽きた。以前にも繰り返した様な気がするが、それは今どうでもいい。
 シノブは泣きそうな顔で――ひょっとしたら少し泣いていたかもしれない――フードを押さえながら空を仰いだ。

「これで正式に、大手を振って兵を動かせるようになったわけか」

 シノブがリアフィード家の腕輪と並べるようにその腕輪を身に付けたのを確認してからテレーゼは不敵な笑みを浮かべる。
 気合いが十分すぎるほど見られるその笑みは、月並みな表現をすれば新鮮な得物を前にした獣の匂い。いや、家紋的に言えばこれ以上なく似合っているのだが――
 シノブが思わず出しそうになったのは、簡潔な言葉。

――勘弁してくれ……。

 人目など気にせずに思いっきりため息を吐きたいという欲望を飲み込み、ぐっと自制する。なんにせよ、正式に警備部隊の指揮を預けられた以上、今まで正式な指揮官を受け入れる事が出来る様な『待ち』の行動ではなく、文字通り最善を尽くせと言う事になるのだろう。
 半端な事をしようものならば、この預けられた紋章を裏切ったと言う事になって――

「シノブ、策は任せたぞ。お前の補佐が心強いというのは身にしみて理解している。頼むぞ」

(…………準備できた医薬品の中に胃薬とかあったっけか?)

 頷きながらも、キリキリ痛む胃の辺りにそっと手を当てる。
 なんにせよ、指揮を預けられた以上即座に対応しなければならない。
 もたもたしていれば紋章を裏切った事になって以下略。

(とはいえ、一体どう動けばいいのか……)

 この騒動が何者か――『敵』の仕掛けたものだとすれば、その目的はおそらくハウゼン卿だろう。それが単に失脚を目論むだけなのか、殺害まで考えてのこの事態か……

(どっちにせよ、そしてなんにせよ、街を守るべき兵士が住民を襲ったんだ。そん中に旧開拓民やら先住民系の人もいるんだろうし、いま取っている融和政策はよくて足踏み、悪ければもう一度内乱状態に逆戻り。リディア=ハウゼンの失脚はもう秒読みに入った様なもの。でも、同時にそれは『どっかの誰かさん達』の首も絞めることになる。だってのに――)

 失脚させるだけなら、伸ばした陰謀の手を掴まれないために、出来るだけ地味に動こうとするはずだ。
 これまで『どっかの誰かさん達』が散発的な扇動しか行って来なかったのは、ハウゼン卿の失脚を狙う者同士の足の引っ張り合い、発言力の奪い合いというのもあっただろうが、なにより下手に事を大きくする事を恐れたからに違いないとシノブは考えている。
 それがここまでの行動に出た。
 目標が変わったのか、それまで足の引っ張り合いをしていた者が一致団結して大事を起こすことに決めたのか、あるいは――指し手が変わったか。

(相手の狙いが、リディア=ハウゼンの失脚やら融和政策の反対なんかじゃなくなったと仮定しよう。そこからさらに大事を起こすってことは……いや、そもそもこれだけの事が起こってしまった以上起こり得るのは……)

 素早く葉を取り出し、いくつかの確認事項と指示を書き込みテレーゼに渡す。
 それに目を通した彼女は眼を見開く。

「シノブ。確かに暫定的な指揮権が与えられたとはいえ、私にここまでの権限は……」

 そう口ごもるテレーゼだが、そうなるのは予想していた。シノブ自身もここまでやる必要はあるのかと考えてみたが、ここから先の身の振り方を考えるに、どうしても時間は必要だった。おそらくこのままでは、逃げ出す暇も作れない位に忙しくなるだろう。
 シノブはその葉をさっと取りあげ、ニルファと名乗った兵士に渡す。
 すると、彼女はしばらく考え込み、

「ハウゼン卿に確認を取る必要があります。ただちに早馬を飛ばして参りますので、少々お時間を頂いてもよろしいですか?」

 と答えた。
 むしろ、彼女に一度確認を取ってもらえるほうがシノブとしても有り難い。
 テレーゼが、どこかほっとしたように息をついてから『頼む』と短く告げるや否や、深く頭を下げてからタッと駆けだした。おそらく、近くに馬をつないであるのだろう。

(さて、焼け石に水かもしれんが、時間は稼げる……か?)

 シノブはなんとなく、遠く離れているがこの場所からも見える大きな門を鞘で指す。
 避難所である旧門広場からそのまま移動させられたこの街の象徴ともいえる、巨大な門。
 その門は、この騒動が始まってからが固く閉ざされている。

(どこのどいつかが指し手なのか知らんが、俺が危ない橋を渡っている最中に厄介事を起こしやがって! 何も起こらなければもうちっとは俺の胃も安らかだったっつのに――)

 剣を返すだけだった旅のハズが、出会った女に事務仕事を押しつけられて、錯乱した兵士相手に斬り合いを演じて、そして今では暫定的とは言え指揮官テレーゼの副官という有り難くない立場まで預けられてしまったと言うこの理不尽。
 とりあえず、今も自分の隣で真面目な顔を作ろうとして必死にニヤけるのを我慢しているテレーゼは後で一度ハッ倒そう。
 そんな場違いな決意を固めながら、姿なき指し手の――『敵』の姿を頭に思い浮かべる。

(――覚悟はできてるんだろうな、クソが……っ)

 シノブが口に出さずに言った、呪詛に近い言葉は当然誰の耳に入らず、ただ雨音だけが鳴り響いていた。




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