8th Stg第84話「Information1」
夏のフォイオンは、どこもかしこも観光客であふれかえっていた。そんな観光客も同様、食い入るように見つめているテレビでは、昨日起きたトルコ航空による同胞救出事件の話で持ちきりだった。さまざまなコメンテーターが頻りに弁を震わせ、それと同時にトルコ国に対して感謝を述べる政治家の面々の言葉がつづられた。
この日、宮殿内では国王の部屋をノックするものは誰もいなかった。アンドレにとっては今日は久しぶりのオフ、とはいえ一人急ぎ足で廊下を歩くベンジャミン ゴードン中尉にしてみれば、今すぐにでも彼をたたき起して、この書類の山を片付けてほしいと思っていた。
廊下ですれ違いざまにフランツが声をかけてきた。
「すみません、ベン。安全保障室長から、ぜひ国王に取次いでほしいと採算電話がありました。」
速足で歩くベンを、やっととっつかまえたかのようだった。忙しいのはフランツも同じだった。
「で、何と答えた?」ベンは歩くのをやめず、二人並んで歩きながら会話をつづけた。
「もちろん、今日一日はオフだと」
「上等だ。今度報告するときにはそこまで一気に一度で報告せよ。」
「りょ・・・了解。」それだけぶっきらぼうに言うと、さっさと歩いて行ってしまったベンだった。フランツはきょとんとした表情で、しばらくぼうっとベンを背中を見ていたが、まだ仕事が残っていることを思い出して、その場を立ち去ったフランツだった。
フォイオンの都市部に位置するトルコ大使館では、朝から電話や来訪者に追われ、そこに勤務している大使館員全員は、目が回るような忙しさにてんてこ舞いといった悲鳴が聞こえてきそうだった。
しかしそんな大使館のある一室では、フォイオンの政治家や警察族、軍事アナリスト等が集まって、静かに渡された用紙をみつめていた。
「ここに書かれた内容は、まぎれもない事実です。我が国トルコはPKK/KONGRA-GELのテロ行為によって2004年までに民間人30,000人以上が死亡しました。しかし、近年そんな彼らを金銭的支援していたロシア、シリア、ギリシャが、急きょその取引を辞退したのです。」
テーブルの中央に座ってそう語ったのは、あのレイモンだった。
「資金源を断たれ、彼らの活動が縮小されたのであれば何も問題はないが…。」一人のフォイオン側のスーツがそう口を開いた。
「いいえ、新しく始まった彼らの金集めのそのやり方が、実に奇妙なのです。」
「少し質問させてくれ。レイモン氏、こういっちゃあ何だが、君はトルコ航空のパイロットだ。なぜ、こんな外交の話を君が?」
「私に情報を託した者がいます。その男はロシア連邦保安庁Federal Security Service of the Russian Federation、略称:FSB)に所属するイワン・ストラヴィンスキー少佐です。」
「FSB・・・・いいのか?そんな名前まで公表しても?」レイモンはその返答の代わりに、首を縦に振ってみせた。
「我が国の諜報機関によれば、この男の情報は信用が置けるとのことです。今までPKK/KONGRA-GEL、彼らの資金源の大半が、不法な麻薬取引とヨーロッパに住むクルド人による献金によって得ていると思っていました。しかし彼の新しい情報では・・・、PKK/KONGRA-GELメンバーが大規模なテロ活動から、個人的な殺人に手段を変え、そしてその殺された人間は裕福で名声もあり、かつ音楽好きな有名人ばかり。そして、殺された連中の保険金の受け取りは、その家族ではなくすべてHonestと名乗るグループ、もしくはそのFake会社。」
そこまで話を黙って聞いていたフォイオン側の警察官僚は、その重い口を開いた。
「全く一緒だな…。通称ロバート・ヤン、実名ヤン・ビョンホン事件だ。」
「ロバート・ヤン・・・ああ!あの有名な音楽家が自宅前で焼身自殺した事件!!それを調べていたベルヌーイ弁護士も彼らの家で何者かに殺されたやつですよね!!」
「レイモン君、ここから先はオフレコでお願いしたい。・・・・そのアーネストというグループを、君はどういう組織だと思っている?われわれの調べでは、アーネストは非常に巨大な組織だ。そして複雑な組織編制をとり、すべての我々の捜査が壁にぶち当たる。裏で大きな権力が動いている、そう思っても大丈夫かね?」
「残念ながら、私はエージェントではありません。このグループに関して私が得た情報は、このイワンという男が私に手渡したこのスティックだけです。」
「その中身は・・?」
「私にもわかりません。ただ、このスティックと一緒に実験サンプルをプレゼントしたい。フォイオンの姫君にこれを、届けてほしいと。」
「姫君???」
「サラ・ブルックナー軍曹のことか?」
「はい、そうです。」
宮殿の庭に流れる噴水の音が、アンドレの部屋に静かに響き渡っていた。カーテンが下ろされたままの、その部屋の中央にあるアンドレのベッドでは、二人が寄り添うように熟睡していた。サラは、ゆっくりと目を覚ました。
「ん・・・・」目の前にいるアンドレがその瞳に飛び込んでくると、彼女は急に驚いた様子でアンドレの顔を覗き込んでしまった。
『・・・・ウィル…今まで一緒のベッドだったけど・・・こんな風に近くに来ることなんてなかったのに・・・』
サラは自分の体に触れているアンドレにドキドキしていた。
「ん・・サラ、・・起きたのですか?・・・」アンドレも目を覚ましたのか、彼女の体を抱きしめながらそう言った。
「え・・ええ。今さっき・・・」
「朝寝坊も、サラと一緒だったら、気持ちがいいですね・・・・」
「あの、…メイドとか起こしに来ないのかしら?・・・・」
「来ません。そう言っておきました。」
「そう・・・そうなの・・・」アンドレは急にサラの体の上にのし上がってきた。
「ちょっと・・・ウィル??」サラの戸惑っている表情を楽しむかのように、彼女の前髪をそうっとなぞると、やさしくキスをしてきたアンドレだった。
「ん・・・・」
どれくらい時間が経ったのか、見当もつかなかった。彼の長いキスを受け入れてしまったサラは、まるでまだ夢の中にいるような、体が溶けてしまうような・・そんな気分だった。
「・・・ウィル・・あの」彼女が何か語ろうとしたとき、それを拒むようにまたキスを続けるアンドレだった。
突如、どこからともなく射撃音が聞こえてきた。
「フォイオン軍のM-16ライフル音!!」サラがそう叫んだとき、アンドレはベッドの近くにあったインターフォンを鳴らした。
「ベン!何があったのですか?」アンドレがそう叫ぶと同時に、ベンの声が聞こえてきた。
「警察官僚の乗った車のドライバーが工作員だったらしい。ゲートを通り過ぎると同時に、官僚を人質に3Xのありかを言えと脅してきたので、射撃命令を出しました。」
「ドライバーは死んだの?」
「いや、腹に食らって意識は混沌としていたようだが、まだ死んじゃいない。たった今救急車に乗ったところだ。来るか?」
「・・・・・あ・・」サラはアンドレの顔をちらっと見た。
「私も行きます。」アンドレは笑ってそう答えた。サラも少しだけ微笑むとインターフォンに向かってこう言った。
「了解した。すぐ向かう。」サラがその回線を切ると同時に、彼女はシーツをはねのけ着替えに行こうとすると、アンドレはそんな彼女の腕をとり、またベッドに連れ戻されてしまった。
「ちょ・・・・」
「もう少しだけ…」サラの体を引き寄せ、強く抱きしめたアンドレだった。
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