7th Stg第81話「Fly High3」
突如、アンドレの執務室の電話が鳴った。
廊下から続く国王の部屋の白い扉があき、ちょうど電話が鳴るのと同時にサラが部屋に入ってきた。彼女はこの非常事態、奥にある執務室のアンドレ、ベン、そしてオスカーの仕事を邪魔をしないようにと気にしながらソファに腰掛け、持っていた本をめくり始めた。
サラは、内心この非常事態に安堵感を覚えていた。アンドレがこの宮殿に釘付けになっている今の状態が、一番安全だと思っているからだ。それもそのはず、狙われている目標物がダンスパーティだの視察だのと、いそいそ出かけられてはボディガードとして神経がすり減るばかりだ。ボディガードとしてか?・・・それとも・・。
しかしそう思っていたサラの安堵感は、この電話に出たアンドレの声によって、見事に粉砕してしまった。
「ええ?外務省にそのようなことを、あの国から?」突如、アンドレはそう言ってそこにいたべンとオスカーを驚かせた。
「それは首相にも耳に入っていますよね?…なんてことだ。仕方がありません…。私が多数のマスコミを連れて、王室専用機でヘランテ空港まで救助に乗り付けましょう。報道陣とともに行動すればきっと彼らも下手な手出しはできないはずです。至急、そう防衛省と外務省に連絡を・・・」
アンドレがそう言いかけたところで、ベンは近くにあった別の受話器を掴んだ。
「Hold On!(そのまま待て)」
ベンは受話器にそう叫ぶと、すぐ電話の保留ボタンを押した。
「国王!勝手にそう決められては困ります。あの国は思っている以上に危険です。ここは大物政治家に任せてみてはいかがですか。それに空港への着陸事態ができないのでは、話になりません。」
この時のベンの眼は真剣だった。細いその瞼の向こうからアンドレの透き通るような青い瞳を直視してそう語った。
「しかし、もう時間がないのです。わが国民がわれわれに救助を求めているのです。この件は3Xが絡んだ思惑が背後にあるのは必須・・・。だからこそ、私があの国へ行くべきなのです。」
そのドタバタを耳に挟んだ、隣の部屋のサラは彼らの近くに歩み寄ってきた。
「大勢のマスコミがカメラ持参で行けば、向こうも下手に手は出せないかもしれないが・・・。」
オスカーが静かにそう言った。
「・・・ダメだな・・。警察や軍隊に抑えられて、カメラを取り上げられるのがオチだ。」
そこに入室してきたサラは、脇に吊るした拳銃を確かめながら、もう一度ホルスターに入れ直すと、ため息交じりにこう繰り出した。
「あの国に取り残された在フォイオン人は合計30人。CH-53Aなら1機で運べる。低高度でアラビア海から侵入し、ピックアップポイントで合流する。」
「アラビア海?」アンドレはそのセリフに驚いた表情をして見せた。
「フォイオン海軍の空母がゾコトラ島沖に展開しているはずだ。詳しくはタイムテーブルを作成するが、おおよその作戦はこうだ。こちらから王室専用機にマスコミ姿の空挺隊員を乗せて、友好的である周辺国に向かって飛ぶ。おおっぴらに輸送機のエンジントラブルを地上管制に伝え、適当にダッチロールして進路を南に稼ぎ、当国のこのポイントあたりで空挺部隊を放出し、機は反転帰投する。」
アンドレの目の前に広げられた机の上の地図を指差すサラだった。
「今から、在イラソ国フォイオン人は各個前進でこのポイントへ移動し、落下した空挺部隊の援護を受けながら、ヘリとの合流地点・・・、ここらあたりを目指す。うまくいけば、ヘリは低高度飛行で母艦に戻れる。やるなら夜だな。」
ベンが納得した顔をしながらうなづいた。
「なるほど、ヘリのキャパシティ上、空挺隊員は4人が限度だ。王室専用機後方の緊急避難用のドアを使おう。投下用に作られていないのは承知だが、4人の隊員が飛び降りるには十分な広さだ。前方ドアだと、エンジンに巻き込まれる可能性がある。この行動は敵の・・・いや・・敵ではないか・・この国のスクランブル機が来ないうちに済ませなければならない。」
思ってもみなかった作戦がそこに展開した。今現在の自国の船籍がどこに展開しているかなど、アンドレにとってみれば知る由もなかった。
フォイオンは長年、戦争の惨禍を受けたことのない国だ。中東諸国に程よく近い不安定な地域にありながら、ここ数百年間、大戦といわれるほどの戦争にも関わることなくこれた。しかしその反面、こういった非常事態に有効な作戦を立案できる経験豊かな軍人は、全くを持って存在しない・・・そう言っても過言ではないだろう。
ここにいる実戦を豊富に経験した、元フランス外人部隊の傭兵を除いては・・。
アンドレは受話器を耳にあて、その向こうにいるであろうその男に、具体的な作戦内容を伝えはじめた。
「いい考えだ、サラ。君は兵士としても優秀だが、参謀としてもイケルな。」
ベンがパソコンをたたきながらそう言うと、サラは照れたように髪を直して見せた。
「たまたま、レミーから借りた本から飛び火して、こんな本など読みあさっていただけ。」
手に持ったフォイオンの防衛白書を掲げ、ちょっと苦笑いしたサラだった。
「この防衛白書、内容はまあまあよ。」アンドレに聞こえないように小さめの声でそう言うと、ベンも細く笑って見せた。サラはまだ電話が続いているアンドレをちらっと見ると、小声でこう言った。
「それに・・・ウィルにはあんまり危険なことして欲しくないのよ・・。本当に、国王自ら救助に乗り出すなんて、いったい何を考えているのやら…」
「・・ボディガードとして心配しているのかな?それとも、フィアンセとして?」
オスカーがそう言うと、サラは答えに困った。そこに電話を終えたアンドレがサラの前に歩み寄ってきて、彼女の体をそうっと抱いた。
「感謝します。サラ・・。この件は防衛省等、主要官署に至急伝達し具体的な作業に取り組むようお願いしました。さすがですね。」
「いえ・・・たまたま、空母の居場所を知っていたから・・・。」
「ゆくゆくは王妃兼防衛参謀として制服を着用したサラに会えるかもしれませんね。」
「・・王妃?ちょっと・・・」サラはアンドレの言葉にたじろいだ。
「そうなったら、私たちの結婚式には二人とも第1種礼装ですね。」
そう言うとアンドレはサラにそうっとキスをした。
「今夜は・・・」そういいかけたところにまた電話が鳴った。アンドレはすぐさま電話を取ろうと机に向かったが、その電話はすでにベンがとっていた。
「今夜は・・何よ・・・。」サラは本を手にしたまま、アンドレの言葉の意味が何を指しているのかとドキドキしてしまった。
「国王!ただいま防衛省からの連絡で、大型国籍不明機1機の領空侵犯が確認されたそうです!!」
ベンの声を聞いて、アンドレは電話回線をスピーカーフォンに切り替えた。
「その飛行機はどのような?」電話の前でアンドレがそう尋ねると、スピーカーから首相の慌てた声が飛び出してきた。
「レーダーサイトからの情報ですと、国籍不明機がレーダーレンジ内に入ってきたのは、東からの方向。フォイオンにまっすぐ向かっているとのことです。機種は不明、戦闘機ではなく大型の航空機と推定。もうすぐスクランブル機がその航空機を視認できるとのことです。」
今度はベンの声が飛び出した。
「IFFは?」
「それが、IFF敵味方識別装置を作動させていない模様。レーダーマンは機影からAirbus300と推定しています。」
サラは、スピーカーから流れてきた言葉を聞くと驚いた表情でこう語った。
「変ね・・・IFFも作動させず、しかも民間旅客機?もしかしたら亡命かも。いや・・・爆撃機である可能性も捨てきれない。」
サラの言葉にアンドレはうなづいて見せた。
「空軍のスクランブル機がこの機体を視認できたら、その情報をすぐ教えてください。とりあえず安全が確認できるまで、全高射部隊の防空警戒を密に。」
「わが軍にはすでに防空警戒態勢1が出ております。」
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