6th Stg第72話「Pablo George Granados〜Scoundrels1」
数年前の南仏、カステルノダリ
フランス外人部隊第4連隊の教育機関があるここでは、夕暮れになるとグランドをジョギングし、体を鍛えている軍人の姿があった。遠くに沈んでいく赤い夕日をバックに、一人の筋肉質な男が駆け足から早足にスピードを落とすと、体につたう汗をタオルで拭きながら、大きく体をストレッチし始めた。
「っよお!パブロ!!今日はこれでおしまいかい?」
そんなパブロに声をかけたのは、あの悪名高いマシューとジョルジュだった。
「なんだ?」パブロはあまり話したくない表情を隠そうと、彼らに背を向けてそう一言だけ言葉を発した。それもそのはず、この分隊が編成されてからというもの、この二人のいい噂を聞いたことがない。傭兵として入隊した外人部隊の新兵教育とはいえ、4か月も彼らと一緒に訓練しなければならないかと思うと、正直へどが出そうなくらい嫌だった。
『それに・・・』そう思いかけたところにマシューが言葉を滑り込ませた。
「頼みがあるんだ。実は預かってもらいたいものがあってな。俺のロッカー、いっぱいになってしまって入れる場所がない。その点、お前さんのロッカーは隙間だらけだろ?」
たまたまロッカーが隣同士だったため、そんなマシューが私物を入れさせてくれと頼んでいるのだ…・。
「悪いが、断る。俺たちは1流軍人だぞ。いざというときのため私物は最小限にしておくべきだ。これは陸軍の基本だ・・・」
「おやまあ、スペイン軍人の家系だということも違うね〜〜!ほんの1週間ほど預かってくれるだけでいいんだがね。なんなら、パブロの車にでも入れさせてくれるとありがたいんだが・・・」
マシューがそう言い終わると、ジョルジュが援護してきた。
「俺からも頼む。マシューの妹の誕生日プレゼントなんだそうだ。来週の3連休で家族が来るらしいんだとさ。」
パブロは妹というセリフに反応した。そう、パブロにも故郷のスペインには、およそ兄と似ていない可愛い妹がいる。
「来週の金曜日まで預かればいいんだな?」二人は大きくうなずいた。パブロは持っていたカバンの中から車のカギを出すと、駐車場に向け歩き出した。そのとたん、マシューとジョルジュは不敵な笑いを見せ、そのあとをついて行った。
そんな3人の姿を目で追いながら、自分のバラック(Barrack軍用廠舎)に向かって歩いていたのは、女性初で外人部隊に入ったイギリス国籍のサラ・ブルックナー軍曹だ。司令庁舎2階建て建物の一室にある、カギのかかるシャワールームで汗を流し、またむさくるしい男たちと同居するあのバラックへ帰る途中だった。おもわず目に飛び込んできたその光景に、フッと小さくため息をつく彼女だった。
「サラー!!」不意に後ろから彼女に声をかける男の声がした。サラは振り返ることもなく、もくもくと急ぎ歩きバラック前まで歩み寄った。後ろから追ってきた茶髪にワイシャツ姿の男は息を切らしながら、サラの背後で動きを止めた。
「サラ!やっと見つけた!夕食は済んだ?一緒にラウンジにでも行かない?」
「ホウィ、お前まだここで寝泊まりしているのか?」あきれた様子でサラがそう答えた。
「しばらく外には出られないんだ。カステルノダリの女性が俺を放っておいてくれなくてね。で、どう?」
「断る。」そうきっぱり言うと、サラはかまぼこ型バラックの汚いドアを開け、中に消えて行った。ホウィは残念そうにがっくり肩を落とした。
「じゃ、情報屋からのメール待ちでもしながら、今日も寂しく一人酒か・・・。」
ぽつりとそう言うと、とぼとぼと司令庁舎に向け帰っていくホウィだった。
「ホウィ。また振られたのか?百戦錬磨の女性キラーでも軍曹は落とせないようだな。」
銀色の髪をした男がそんなホウィに声をかけた。ホウィは振り向くと、そこに緑のBDU(戦闘服)を泥だらけにし、手に小銃を持った汗臭い男がにんまり笑っていた。
「イワン、今頃終わったのか?」課業時間はとっくに過ぎていた。それなのにこの分隊の教官は厳しいらしく、時間外訓練に熱心という噂だ。
「おれんとこの教官は、サラのところの教官ゴードン中尉と違って、新兵いじめが好きなようだ。こってり絞られたよ。で、少し俺と付き合え。1900(7時)にラウンジで待ってる。」
「男の趣味はない。」
「抱きついたろか?」イワンはふざけて泥だらけのその体を、ホウィに摺り寄せてきた。
「やめろ!!〜〜!7時にラウンジね!!」ホウィはそう言うと、急ぎ足で司令庁舎に戻って行った。
ホウィ・ラマルク(フランス国籍)はこの町で探偵業をしていたが、女性トラブルに見舞われ、当時募集していたここ第4外人連隊の事務員に急きょ雇われ難を逃れたという話だ。特に軍人として扉をたたいた各国の猛者たちには、個別にここに入隊することを決めた理由があるが、それをいちいち気にしている余裕など、もちろんありはしなかった。
2段ベッドが左右に並べられたバラック内の簡素な部屋の中で、数人の男たちが思い思いに何かをしている様子がうかがえた。左手前のカーテンを開けると、サラだけが使っているベッドとロッカーがあり、殺風景で殺伐とした空間だけがそこにあった。
「よお、サラちゃん。シャワー終わったの?ちゃんと洗ったかどうか確認してあげようか?」カーテンの向こうで一人の男の声がした。サラは何も言わずロッカーを開けると、中にはほとんど私物はなく、T-シャツや靴下、タオルなどが入っているだけで、パブロ同様隙間だらけの空間だった。
サラはベッドに置かれた手紙を手に取った。一枚はロンドン郊外の住所で、もう一枚はスペイン海軍情報局からだった。宛先はパブロになっている。サラは思い切りカーテンを開け、手紙を持ったまま屋外に出て行った。
駐車場に置かれたパブロのSUVに向かうと、マシューの手荷物を車に入れ終えたパブロが、地面にいる1匹の子猫と遊んでいる姿を発見した。パブロの背後に立ったサラは、いつも通りのぶっきらぼうな口調でこう言った。
「猫か?」パブロは驚き、あわててその猫を隠そうとした。
「いや・・・」
「まさかとは思うが、飼っているわけではないだろうな?」サラはそう言うや否や、SUVの後部座席に猫の餌が乗っていることに気付く。
「違う。その・・妙になついてしまってな・・・。悪いが、内緒にしておいてくれ。この訓練期間が終わったら、母国に連れて帰る。」サラはおもむろに手紙を差し出した。
「?」
「親父からの手紙だ。間違って私の所に届けられていた。じゃあな・・・」
サラはそれだけ言うと、パブロに背を向けた。
「サラ!このことは・・・」サラはその声に振り返った。でかい筋肉質のこの軍事オタクが、胸に小さな猫を抱いている姿を見て、少し口元が緩んだ。
「心配するな・・。確かに動物の飼育は規則違反だが、面倒を起こすつもりはない。」
そう言いきると、サラは来た道を戻って行った。
その翌日、集められた教室内で演習規定について教鞭をとるベンの姿があった。40人ほど教室内に押し込められた新隊員の中に、サラ、パブロ、そしてマシュー・ジョルジュの姿があった。
「特に君たちは母国で教えられた数々の軍事アクロネム(Acronym 各語の頭字をつづりあわせて作った語=NATOなど)があるだろうが、このフランス外人部隊で雇われたからには、我々の使うこれらの専門用語を全部覚えておけ。基本的にはそう変わりはないはずだ。来週、テストがある。」ベンは時計をちらっと見た。
「・・・それと、この中で小動物を飼っている者はいないか?」
突然の話の展開にそこにいた全員が顔を見合せた。サラはそれに動じず身動きひとつしなかったが、一番後ろに座ったパブロはその大きな体を身震いさせた。ベンは机にもたれかけ、腕組みをしてみせた。まるでそれは威嚇をしているようだった。
サラと分隊は違うが同じ小隊に所属するイワン・ストラヴィンスキーという男が、そんなパブロの状況を見逃しはしなかった。そう、この男はホウィと飲み仲間のあの銀髪の男だ。名前からしてロシア系のこの男は、今もロシア国家で甚大な組織力を持つ、ロシア連邦保安庁に所属していたと噂されている。本当にこの男が諜報部員だったかどうかは誰も知るよしもない。しかし、どことなく他人への観察力は強いようだった。
「MP(警務隊)からの通報だ。まさかうちの小隊に限ってこういうことはないと思うが、妙な画策をしている者がいたら、誰でもいい、この私に密告せよ。秘密は守る。以上だ!」
そう言いきると、次々と席を立ち教室から出ていく仲間たちだった。
口々に『たかが動物のことで何で…』と声が上がった。パブロは少しおどおどしながらテキストをカバンに放り込むと、ちらっとサラのほうを見て立ち去ろうとした。
「ちょっと待て!」急なベンの声がパブロを立ち止らせた。まるで心臓が口から出てきそうな表情だ。
「マシュー、それとジョルジュ!お前たちに話がある。」パブロはほっとしたかのように、その教室を出て行った。廊下に出るとサラはそんなパブロを追った。
「顔に出やすい男だな。」二人は歩きながら話しだした。
「俺はお前とは違う・・・。父上が俺の軍人としての成績をいつも気にかけているのだ。エリート軍人として俺は一点の曇りもあってはならない。家族のいないお前には、わからないだろ?」
「まあな」
「サラ、お前がいくら子供の時から慣れ親しんだ戦場でも、部隊に貢献し活躍できるのはエリートであるこの俺だけだ。」そう言うと、サラの前に出て急ぎ足で歩いていってしまった。パブロは職業軍人として、ここフランス外人部隊に自分を探しに来たのだろう。戦場で活躍し武勲を得ることを、家族が期待している・・・。
サラは思った。『本当の戦場を経験したければ、こんなところではなく、アフガニスタンや南アフリカなど戦火燃えさかる所に行くべきだ・・・』と・・・。
「この頃、お前の分隊じゃ世話の焼けるクソガキ兵士が大勢いて、さぞかしママは育児に大変だろ?」そんなサラに声をかけたのはイワンだった。
「ここでも諜報活動するつもりか?」
「まさか、ただお前さんが苦労しているなと思ってさ。ЕСЛИ вам, то моя помощь препятствовала мне знать.(何か力が必要だったら言ってくれ。)」
「敵の言語は全くわからん。」サラがそう言うとイワンは笑った。たしかに彼女が幼少期にアフガニスタンにいた頃、敵であるソビエト軍が武力突入した。だから敵の言語ってわけだ。
そのころ、教室に残されたマシューとジョルジュは、そこに立つベンジャミン・ゴードン中尉の前で、黙って話を聞いていた。
「お前たち、外人部隊に入隊した動機はなんだ?」その質問にマシューが笑った。
「まさか、これから入隊検査ってわけでもあるまいよ。中尉・・・。」
「はっきりいおう。さっきも言ったが、MPから連絡があった…。お前たち二人のロッカーから多額の金が見つかったが、それは何のために必要なのだ?」
ロッカーチェックは軍隊ではよくあることだ。時々警務隊による抜きうち検査で、個人ロッカー内を調べることがある。衛生上よくないものや麻薬など保持していないかチェックするのだ。ジョルジュがその答えに戸惑い眼を泳がし始めた。どちらかというとリーダー格であるマシューが、瞬時にフレンドリーな笑いを見せこう言ってのけた。
「それは・・・今度3連休ですからね。だから女でも買おうかと思って、急きょ銀行からおろしたんですよ。だって、中尉聞いて下さいよ。サラって女が同じバラックで寝てるんですぜ。」そう展開したマシューのセリフを聞いて、ぱっと顔つきが明るくなったジュルジュだった。
「そうそう、俺たち男にとっちゃ、まったく目の毒以外何物でもない!我慢は体に良くない!ねえ、わかるでしょ?」へらへら笑いながら答える二人を見ながら、ため息をつくベンだった。そのとおり、教官ベンも実は女性が入隊したことを快く思ってはいなかった。
「そうだな。だから俺は女が入隊することを反対したんだ。最初からこうなるってことくらいわかっていた。」
「よかったら、中尉も一緒にどうです?朝までゆっくり遊びませんか?」
「いや、俺は遠慮しておこう。行くんだったらお前たちとではなく、一人で行く。ま、しっかり公共衛生には気をつけていけ!!」
そう言いきると、ドアをあけ部屋を出ていくベンだった。
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