4th Stg第56話「The Sullen Tones-10」
スンニは病院の一室で、ギプスの折れた足をかばいながらそこにある車椅子に乗ろうと必死だった。体調もよくなってきたのか、彼女の顔は今までになく明るく、いつも振り乱していた黒髪も、今日はつややかに光って見えた。そこにいるソニンは、母親のそばで心配そうにその様子を見ていた。
手伝おうとする病院のスタッフの好意を断って、自分の力だけで車椅子に乗り込んで見せたが、肝心のギプスの足を折り曲げることができず、彼女はがっかりした。
「ありゃま・・・・。足を曲げられないんじゃ、車椅子にも乗れないのかい・・・」
いつもの彼女なら、猛烈に文句を言っているところだ・・・。そのお茶目な行動にそこにいた若い介護士の男性とスンニは大笑いした。
「僕がストレッチャーで、そのまま会場まで連れて行きますよ。」
その筋肉質な介護士は笑ってそういった。結構イケメンのその男に運ばれるのかと思うと、スンニは少し恥ずかしそうに照れた。
「久しぶりに若い男とお出かけか・・・。」その時部屋のドアが開いて、今度は病院スタッフの女性が、何かしら小包のような大きな箱を持って入ってきた。車椅子で四苦八苦しているスンニの膝元へ、そうっとその箱を手渡すとスンニはその差出人の名前に驚いて、大きな眼をクリクリさせた。
「な?・なんで?国王が私に??まさか・・借金の請求でも・・・」
ソニンが首を振りながら、『まるで見てて・・』といわんばかりに小包の包装を破りだし、中の箱を開けて見せた。すると中から白い素敵なドレスが出てきた。
『コンサート会場でお会いしましょう。』と書かれたカードと直筆の国王のサインを見てまたもや絶句した。ソニンは母にこう語った。
「私と一緒に病院に来てくれたあの男の人、実はアンドレ国王なのよ。これから一緒にコンサートをするの。」
「ええ??」
「だから、お母さん。午後のコンサートこれを来て、必ず見にきてね。」
スンニは驚き、涙を浮かべながら何度もうなづいた。
「もちろんだとも!さ・・あんたはもう行きなさい・・。コンサートの主役が来ないんじゃ、みんな心配するだろうから・・・。」ソニンはうなづいて、母の手を握ると部屋から飛び出していった。
そんな頃、日曜日のマッケラン中学校では、警戒を強めるセキュリティとチャリティコンサートに入ろうとする観客、そして案内する会場係等でごった返していた。
体育館に入ろうとする全員の手荷物が調べられ、午後1時からの開始だというのに、9時にはすでに大勢の観客が詰め掛けていた。その中でも目立っているのがテレビカメラの存在だった。数年前に、兄ロイとアンドレの写真が雑誌に掲載されて以来、結構な人気を得ているアンドレは、世界中の女性から憧れの目で見られていた。それも手伝ってかマスコミはこのシャッターチャンスを逃すはずもなく、各国からフォイオンに集まってきたのだ。
そんな学校周辺から少し離れた公園の駐車場では、ICCトラックがおびただしい軍用車両に周りを固められながらスタンバイしていた。中にはこのアンドレの行動にちょっといぶかしげに顔をしかめているベンの姿があった。
「何事もなければいいが・・・」
「ちょっと怒っていますか?」オスカーが、コンピューターから流れてくる音声を、ヘッドフォンで肩耳だけ当てながらそう言った。
「怒ってはいない。我々の任務はあくまでも国王の護衛だが・・・なにもこんな学校でやらなくてもと思ってな。で、オスカー、何を聞いているんだ?」
「例の教会のミサの映像から、音声だけを抽出したものなんですが、・・・・」
そう言ってヘッドフォンをまた耳に押しつけた。
「音楽の中に一定の周波数が含まれているようです・・・。これを見てください。人間の耳に聞こえるか聞こえないかの高周波なのですが、なにか・・・呪文のような・・・」
オスカーは、モニターに映し出された波形を指差した。
「呪文?」
「もう少し、詳しく調べてみないとなんとも・・・」
「ふむ・・・。頼んだぞ。ところで、今回は上空監視のレーダーは回っているだろうな。」
「もちろんですよ。」オスカーはそう言って親指を立てた。
「パブロが指揮してスティンガー部隊の配置も完了している。おまけにアパッチも離陸済みだ。」
ベンは納得するかのようにそう言ってうなづいた。
「2度と同じヘマはしませんよ。」オスカーは自信たっぷりといった様子でそう言った。
時計が午後1時を回ると、体育館にいる観客の視線が、一気に中央ステージにふりそそいだ。テレビカメラが一斉に回りだし、緊張が次第に高まっていった。スポットライトで照らされたステージ中央には、ドレスを着たソニンとアンドレ王が静かに、バイオリンとフルートを演奏しだすと、一斉にため息にも似たどよめきが会場を包んだ。ベッドのまま搬送されたスンニはドレスを体の上にあてがいながら、その曲をじっと聞いて涙していた。
誰もいないスンニの家のドアノブに鍵が刺さり、ガチャっと音を立てて開錠すると、ゆっくりノブが回ってそのドアが開いた。弁護士のベルヌーイが、前もって預かっていた家の鍵をポケットの中に戻すと、部屋の様子を見て驚いた。
「汚い部屋だな・・・。えっとスンニがいうには・・・彼のMP3は書斎の机の中にあるはず・・・」あっちこっちに乱雑におかれた家具をよけながら、奥の書斎へと向かっていくベルヌーイだった。
書斎にある机の中の楽譜を適当によけながら、彼はMP3を探した。
「お、あったぞ。」引き出しの中から、ビデオで見たMP3と同じものを見つけると、それをポケットの中にしまった。
「・・・これは・・・・・」ふとMP3がしまってあった同じ位置に一枚の紙を見つけた。
「教会宛の手紙だ・・・日付は自殺をする3日前。なんだこれ・・・何語なんだ?・・・」意味不明のアルファベットが並ぶ手紙をじっと見つめたベルヌーイだった。
「St.Hone ・・・・ここだけしかわからん・・・。何かの暗号か?Honeは磨ぐ・・・刃物を磨ぐ・・才能を磨く・・。Hone、もしかしてアナグラム変換?Honeを先に持ってくればHonest・・・これでアーネストだ。才能を磨く・・教会に集まっていたセレブや優秀な人材・。次の文字は・・・」
ふと彼の背後に人の気配を感じたベルヌーイは、とっさに振り返り叫んだ。
「誰だ!!」そこにいた、いかにも西部劇に出てきそうな色黒の男は、黒系のスーツを着こなし不敵にも笑って見せた。そう・・この男はいつもクライブの近くにいるあの男、ハンスだった。
「よくそこまで漕ぎ着けましたね。でももうここまでですよ、ベルヌーイ弁護士・・・」
「なぜ、私のことを・・!?」ハンスの目はベルヌーイが過去によく立ち会った、殺人者たちと同じオーラをしている・・・。そう感じた彼はとっさに後ずさりして、その部屋から逃げようと辺りを見回した。そして額から突如汗がこぼれだした。それほど、この男からきな臭い何かを感じたのだ。
「この情報を王室に持って帰ってもらっては困るんですよ。」
「・・・お前は誰だ?」
「冥土の土産に少しだけ教えてあげましょう・・・。その手紙に書かれているアルファベットからHonestのアルファベットを消してください。でも二つ重なっている場合には、一つだけを消す。残った文字をアナグラム変換すると、できる言葉があります・・・・」
「なぜ・・・こんな複雑なことを・・・何のために?」
「その答えと、このなぞなぞの答えは一緒・・・・・・Elimination」
ハンスの背広の胸元から取り出したサイレンサー付の拳銃が火を噴いた。その場に血しぶきを浴びて倒れ、カーペットの床にじわじわと真っ赤な血が広がっていった。
倒れた彼のポケットから、MP3を取り出し手紙を破り捨てると、ハンスは何事もなかったかのように家を後にした。
サラは、大きな歓声とともにドラムやギターが鳴り響く体育館の袖から、ステージに立つアンドレの姿ばかり眼で追っていた。そして考えた・・。なぜこんな気持ちになるのだろうかと・・・。一緒に病院の廊下を歩きながら、ついつい彼の腕をそうっと取ってしまったのも、彼の護衛するのに都合がいいからなどという、そんな理由などではない・・。
「彼を守りたい・・・それは変わりはない・・」そうつぶやくと彼が握った自分の右手を大きく目の前に開いて、笑って見せた。そんなサラにベンが近づいてきた。
「どうだ?」相変わらず無愛想にそう聞いたベンだった。
「異常なし・・・。執拗なまでのセキュリティチェックが功をなしているといえるわね。」
「そういう意味ではない。・・・近頃、よく笑うようになったじゃないか」ベンジャミン・ゴードン中尉から出た、久しぶりの笑顔のように思えた。少し唖然として、そのままぼうっと立ち尽くしてしまったサラだった。
「外人部隊に来たときの、あのぶっきらぼうな印象は、今はもうない。」
「よ・・喜ぶことなのかどうか・・・、兵士としては今が一番、最悪な状態なのかも。このままじゃウィルを本当に守りきれるかどうか心配だわ・・・。」
「さっき、ベルヌーイが殺されたと連絡が入った・・・」
「え!?」サラはじっとベンの表情を見た。『どこの誰に??』
「何か、情報を掴んだようだ。彼が倒れていたカーペットに、ダイイングメッセージが残されていた。今、警察の鑑識が調べている・・・・。」
「射殺?それとも・・ナイフ?」
「サイレンサー付の拳銃で、見事に心臓を撃ち抜かれていた。シロウトの犯罪じゃなさそうだ。・・・いつか・・・アンドレ王もそんな風になってしまうのかもしれないな」
「!!・・なんで、そんな事いうの?あの人を守るために私たちはここにいるんじゃない!・・撃たれて死んでしまうだなんて・・・そんな事言わないでよ!!」
「・・・守りたいだろ?」
「当たり前じゃない!!」
「俺が軍人だったから君はそんな気持ちになることができなかった・・。守ってあげたい。助けてあげたい・・・そして王も、パブロから教育を受け君を守ってあげたいと思っている。それが愛ってもんだ。その気持ちを大切にするんだ・・・・」
「・・・・・・」サラは右手のこぶしをぎゅっと握った。あの時握り返されたアンドレの暖かさを思い出したようだった。
「俺は今からベルヌーイのところへ行く。後は頼んだぞ。・・・・」そういってサラの肩に手をやると、体育館から去っていくベンだった。
「・・ウィル・・あなたを・・守る・・」
そういって右手の指輪を左手でそうっと握り締めた。遠くには女性の観客から黄色い声をしきりに受け、軽く手を振っているアンドレがいた。
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