4th Stg第54話「The Sullen Tones-8」
この日の王室警護員は大慌ての様子だった。国王がお忍びでマッケラン中学校に行ったかと思えば、急にベルモンド中央病院まで行くと言い出す・・・。しかもきな臭い匂いを感じる危険な状態であるにもかかわらず、彼らの不安などよそに、国王とサラ達を載せた黒塗り車両は、静かに中学校を後にした。
ベルモンド病院はダウンタウンのはずれにあった。あたりはビジネス街といった雰囲気で、スンニが先ほどまでいたカフェテリアとは、そんなに距離があるわけではなかった。
病院の中央玄関に、3台の黒塗りが入り込み、事前に駆けつけていた王室警察官が、しきりに周囲を警戒している様子だった。病院内でも、あちらこちらにあるゴミ箱を撤収し、放置された鞄などの持ち主を確認するなどの作業をようやく終えたところだった。
車からアンドレが姿を現すと同時に、廊下の向こうからネクタイをあわててしめながら走ってくる病院長らしき人物が、息も絶え絶えにしてやっとの思いで玄関にたどり着いた。
しかしそこでは、国王と軽く挨拶を交わしただけで、すぐ病院の建物内に姿を消した。
「ヤン・スンニさんがここへ運ばれたと聞いています。この子は彼女の娘です。会わせてあげてください。」
アンドレが、廊下を急ぎ足で歩きながら病院長にそう伝えると、病院長はまだネクタイが気になるのか、両手でしきりとそれを直しながら首を縦に振ってうなづいた。
サラはしきりに辺りを見回し落ち着かない様子だ。ホウィの情報を疑っているわけではないが、往々にしてこういうガセネタをつかませ、VIPを呼び出し罠にはめるといった手段はよくある話だからだ。
そんな急ぎ足で物々しいサラたちの一行を、一般の診療患者が驚いた様子で遠巻きに見ていた。両利きのサラはアンドレの左側に立ち、拳銃の入ったガンホルダーを体の右側にぶらさげていた。
「ウィル、ここは右側通行でよろしく」彼女はそうアドバイスした。なぜなら、廊下を右側通行し、サラがその左側をエスコートすれば、通行人から襲われたときのリスクが減る。
「了解」アンドレは小さくそう答えた。サラは、アンドレの左側にある部屋が突然開くことを恐れていた。そのためかついつい、いつでも右腕一本で彼を廊下に伏せさせることができるよう、極力彼に接近した状態で歩いていた。
スンニの病室に案内され、病院長がそうっとドアを開けると、右足を包帯でぐるぐる巻きにされたスンニがベッドで、泣きそうな顔をして寝ていた。
「お母さん!!」ソニンは母親に駆け寄った。
「ソニン・・・」驚いた様子でソニンを見ると、駆け寄った娘を抱きしめたスンニだった。その姿に、ほっとした表情を見せるアンドレ達だった・・・。なぜなら、いつもの彼女は何かにイライラして子供に愛情を注いでいないかのような雰囲気だったからだ。病院長が、緊張しながら説明しだした。
「スンニさんはダウンタウンの、とあるブティックから出てきたあと、交差点で見切り発車の車に撥ねられたそうです。全身打撲と右足の骨折、幸い大事には至りませんでしたが、警察はなんかしらの事件性をもって調べているようです。」
「事件性?」サラはもっと情報を知りたい様子で、病院長の顔を見つめた。しかしその後はスンニが言葉をつなげた。
「あの車は、私が交差点を青で渡るのを見て、突然走り出してきたんだ・・・。私を撥ねた後、ドライバーはバックミラーで私を確認している様子が見えた・・・。まだ生きていると知った彼らは、また後退してこようとした・・・。おそろしいよ・・。いったいどうして私が・・」スンニは娘を抱きしめながら、涙を浮かべて震えていた。
「その車に2度も轢かれてしまったのですか・・・なんてひどいことを・・」
アンドレがそういうと、スンニは病室の外で警官と話をしている子供たちのほうを見てこう語った。
「いいや、バックしようとした車にちょうど子供たちが石を投げつけてくれて・・ほら、あの子たちだよ」
指差した方角には、今日練習に来る予定だったバンドメンバーの3人が、事情聴取を受けている最中だった。その子供たちを見てアンドレとサラが驚いた。
「彼らは・・」アンドレがじっと彼らの様子を注視していると、そこにいた警察官が国王が気づき、事情聴取をやめ子供たちを病室へ招きいれた。今度驚いた顔を見せたのは子供たちのほうだった。まさか、国王がこの病院に来るなんてこと、思いもしなかったからだ。
「よかったら何があったのか、話をしてくれないかな?」きょとんとした表情でそこに立っている子供たちに、アンドレが優しく問いかけた。
「今日は・・3人とも塾があって、終わってから体育館に行こうとしたんだ。そしたら交差点でこの人が轢かれそうになっているのをみて、あわててそこらの石を投げたんだ。」
「僕は携帯でムービーをとったよ。ほら」そういって携帯を見せた。
「僕は生まれて初めて警察に電話した。ちょっと慌てたけれど、警察官の人の褒められたよ。」
3人の連係プレーは最高のパフォーマンスを見せてくれた。ひとりが防御し、ひとりが証拠を取り、残り一人が警察に連絡した。なかなかのチームワークだ・・・。サラはひそかにそう思い微笑んだ。バンドメンバーの隣にいた警察官が会話をつなげた。
「なかなか的確な情報伝達だったと聞いていますよ。このムービーファイルはこちらで犯人の割り出しに使わせてもらいます。」その話を聞いたスンニは、彼らに何度も何度も感謝を述べた。
「ありがとうね・・・本当にありがとうね。」
「・・・人のために役立つって・・うれしいことだね」
「うん。うれしい。」
「困っている人を助けることって、こんなに自分が幸せな気持ちになれるんだって初めて気づいたよ」
3人は始めて、助け合うことがどんなにすばらしいことなのか気づいた様子だった。他人から感謝されるとこんなにもうれしいと思う素直な感情が、この事件で新しく彼らを成長させたようだった。
アンドレは、男の子たちの前でしゃがみ、こう言って見せた。
「よく気づいたね。偉いよ・・。君たちはフォイオンの英雄だ。」
国王にそう言われ、こっぱずかしそうな表情をして見せた3人だった。そんな彼らにソニンは近づいて言った。
「ありがとう・・・」
「ソニン、・・・」4人の子供たちは互いに微笑んだ。その様子をほほえましく感じているアンドレとサラは、じっとその4人を見つめていた。その後、ふとサラは使われていない隣のベッドに置かれたスンニの荷物を見つけた。事故に遭いボロボロになってしまった真新しいワンピースが袋から顔を出していた。
「・・・ブティックでこれを?」
「それは、・・・中学校で行われるソニンのコンサートを見に行こうと・・。借金して買ったものなんだ・・」
「お母さん・・知ってたの?」ソニンは母親の顔を見つめた。
「ごめんよ。ソニン・・・私は母親として失格だよ。離婚して、働けない体になって・・・迷惑かけてばかりで・・。許しておくれ・」二人はベッドでまた抱きしめあった。
「・・ところで、あなたはいったい・・・」スンニは、急にアンドレの顔を見てたずねた。
「あ、この人は・・・」一人の男の子が話をしようとしたとき、アンドレが口元に指をあてしーっと合図をした。
「・・あ、私はとある企業の社長です。とりあえず、ここは私が払っておきますので、後で少しずつでも返してくださいね。さ、では行きましょうか。」
そういってソニンを残し、サラとともに部屋から出て行った。あわててその後に続く病院長だった。
廊下を歩いていくアンドレの横にいたサラは、ふとアンドレの顔をチラッと覗き見するかのように見た。この人と一緒にいると、そこにいるすべての人が幸せな気分になれる・・・そんなことを感じていた。彼のりりしいその横顔に少し胸がどきどきするような、そんな気持ちになった・・・。
『なんだろう・・・こんな気持ち・・・。彼の隣をこうして歩いているだけで、なんだかとてもうれしいような・・・』サラは彼の上質なスーツの腕を自分に引きとめておきたい、そう思ったとき彼の左腕にそうっと腕を絡めてみせた。
「・・・サラ?・・」彼が振り向いた瞬間、ついついこう答えてしまったサラだった。
「・・・・い・・いざというとき、ウィルを廊下に伏せさせるためよ!!」
サラがうつむいて、しかもムキになってそう答えると、アンドレは微笑んで見せた。
「・・・そうですよね。」サラは微笑むアンドレの顔をまともに見ることはできなかったが、アンドレの左腕に絡めた自分の右手を、彼の右手が覆うように包み込んでくれたその暖かさに、いくらばかりかの幸せを感じ取っていた。
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